2019.05.17
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映画を通して自分で考え、自分の言葉を身につける授業 ー映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』を鑑賞し、ラース・クラウメ監督と語るー

「西高の学びは、授業中だけで終わるものではない」という東京都立西高等学校公民科教員・篠田健一郎教諭の言葉で始まった今回の特別授業。内容は日本での公開前の映画を生徒が鑑賞し、監督や出演俳優を学校に招いて映画について討論するというユニークなもの。その目的は、「他人の言葉ではなく、自分の言葉で考える力を身につけること」だという。主体的・対話的で深い学びを体現するディスカッションの様子をリポートする。

概要

<授業クラス>

  • 日時:2019年3月9日(土)
  • 学校名:東京都立西高等学校(1〜3年生のうち希望者が参加)
  • 鑑賞映画:『僕たちは希望という名の列車に乗った』
  • 登壇者:ラース・クラウメ(監督・脚本)
  • 指導教諭:篠田 健一郎

<授業内容>
この映画討論の授業は2016年11月から始まり、今回で第5回目を迎える。鑑賞した映画を題材に、監督や関係者との討論を通し人間としての生き方や在り方を考えるのだ。今回の映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』では、主人公が高校生であることから保護者も参加して開催された。

(過去に題材にされた作品)
『未来を花束にして』、『ヒトラーへの285枚の葉書』、『ナチュラル・ウーマン』、『ちいさな独裁者』

映画について

『僕たちは希望という名の列車に乗った』©Studiocanal GmbH Julia Terjung

授業のリポートに入る前に、映画のあらすじに簡単に触れておきたい。

舞台は1956年冷戦下にあった東ドイツ。大学進学を目前に控えた高校生のテオとクルトが、西ベルリンの映画館でハンガリーでの民衆蜂起のニュースを知る。クラスの中心的存在であったふたりは、ハンガリーへの黙祷を捧げようとクラスメイト全員に提案し、授業開始の2分間それは実行された。だが自由を求めるハンガリー市民への彼らの哀悼は、“社会主義国家に対する反逆行為”と捉えられ、政治問題に発展していく。当局からやってきた国民教育大臣から一週間以内に首謀者が名乗り出なければ大学への進学を認めないと宣告された生徒たちとその家族。首謀者を密告して大学に進学しエリート階級へ進むのか、自らの信念を貫き通し労働者として生きるのか、人生に関わる重要な選択の岐路に立たされた彼らの決断とは……ベルリンの壁建設前、実際に東ドイツで起こった実話を元にした映画となっている。

監督のラース・クラウメ氏はこれまでに『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』など史実に基づく作品を手がけてきた。今回の映画も原作ディートリッヒ・ガルスカが自身の体験を記した『沈黙する教室 1956年東ドイツ—自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語 』を基に制作。ガルスカは事件の当事者の19人の生徒の中の一人であり、クルトのキャラクターには彼の実体験が反映されているという。

映画のキャラクターに自分の姿を重ね合わせる生徒と保護者

今回の討論の進行役を務める教員・篠田教諭は、授業の前に提出された生徒たちの感想についてこのように話した。「感想の中で多かったのは、主人公たちと同じ世代の若者として、自分たちの信念を突き通して西ドイツへの逃亡を決断した勇気に感銘を受けた、という意見です」続いて、あらためて生徒の口から感想について発言を求めた。

映画の感想を話す生徒(画像提供:アルバトロス・フィルム)

生徒A 「生徒たちの決断はすごいと思います。だけど、私には家族がいて、居場所があります。そのすべてを投げ出して西ドイツへ行く決断をする自信はありません」

生徒B 「国民教育大臣から『黙祷の提案者は誰か』と尋ねられたときに、多くのクラスメイトが『私が提案者です』と名乗り出ますが、私はあの場にいてもできなかったと思います」

ほぼ同い年の主人公たちの決断を称賛する一方で、自分たちの場合に置き換えるとその決断はできないという意見も出ていたようだ。生徒たちの意見に対してクラウメ監督は次のように語った。

左:進行役を務めた篠田健一郎教諭、右:映画監督のラース・クラウメ氏(画像提供:アルバトロス・フィルム)

クラウメ監督 「彼らの選択というのは、このまま東ドイツに残っていたら自分たちの未来は何もなくなってしまうという考えのもと行われた決断です。映画を制作するに当たり、実際のクラスメイト19名中15名の方にお会いして、そのうち東ドイツに残る決断をした3名の女性に話を聞いたところ、彼女たちも『自分たちの生活があるから』という理由を話していました。現代でも未だに彼らのような選択をせざるを得ない状況におかれている人がたくさんいます。だからこそ現代の人にも興味深く観てもらえる作品になっていると思います。みなさんもこれから親元を離れ自立していくわけですが、自分の意見を持ち、何を信じるのかを自分自身で考えて成長していくでしょう。この姿はテオというキャラクターに重なるものがあると思います」

監督からは現在と当時の社会の違いや、実際のクラスメイトの意見が語られ、生徒たちはさらに映画の世界に自分の姿を投影しているようだった。次に篠田教諭は、保護者にも意見を求めた。

保護者A 「我が子が幸せになれるなら、勇気を持って決断した子どもを送り出せると思います」

保護者B 「このあとベルリンの壁ができて、数十年にも渡り自分の子どもにも会えなくなる。一番輝かしい成長を見守れない、クルトの母親の気持ちを考えると目頭が熱くなりました」

『僕たちは希望という名の列車に乗った』©Studiocanal GmbH Julia Terjung

保護者世代の意見に対し、何かを考えたり、意外に思う表情をしたり、目線を外して物思いにふける様子を見せるなど、生徒それぞれの反応が見られた。また、クラウメ監督は保護者からの意見に対し、

クラウメ監督 「1956年はまだ壁が建設される前だったので、ある程度東西の行き来ができる時代でしたが、壁が建てられた後は何十年も会えない状況になりました。ドイツの秘密警察は『母親が病気だから東ドイツに帰ってこい』といった偽物の手紙を送って帰国を促していたそうです」

と、歴史の教科書からは語られない事実を伝えた。

自分の目で映画を見つめ、見解を述べる

意見を発表する生徒(画像提供:アルバトロス・フィルム)

ディスカッションは続き、印象に残っているシーンについての意見や疑問を監督にぶつけるシーンが繰りかえされた。この授業の目的「他人の言葉ではなく、自分の言葉で考える力を身につけること」の通りに、自分の視点を持ち意見を述べる生徒も多くいた。その一つが以下のようなものだ

生徒C 「劇中の生徒たちは社会主義体制に対して反発精神があって、意志を持っているという評価をされる方もいますが、僕は彼らの志に実際の気持ちがついてきていない葛藤を感じ、そこに共感しました。僕自身もそういう弱い面があるなと思ったので。でもそういった弱い気持ちがあっても、古い体制に固まってしまう大人たちを動かすのもまた、“若いエネルギー”なのだというメッセージが伝わってくる映画でした」

キャラクターの心の動きをとても丁寧に洞察し、自分自身の言葉で意見を述べた生徒。また、今の時代にも通じる普遍的な社会システムが描かれていると汲み取ったようだ。彼の意見に対し監督は次のように応えた。

クラウメ監督 「私自身も彼らくらいの年齢のときには自分の意志はあったけれども、どこか曖昧なものでした。黙祷が事件に発展して、初めて意志がはっきりとして自分と向き合うことになったのが“テオ”というキャラクターです。最初はタバコを吸って虚勢を張っているようですが、徐々に一生嘘をついて生き続けることはできないと実感します。父親の姿を見て、自分は誠実に生きたいと思い、自分に向き合い続け、映画のクライマックスではテオの心が成長した様子を描きました」

質問した生徒同様、監督も自身の若かりし頃の様子を思いながら脚本を書いていたようだ。また、史実を基にした映画の脚本は事実を忠実に描きたい一方で、主人公の成長を描くことが観客を飽きさせない仕掛けになっている、とストーリーの組み立て方についても語った。

意見を発表する生徒(画像提供:アルバトロス・フィルム)

この他にも印象に残ったシーンや映画を見て共感したことについて、以下のような意見交換がなされた。

生徒D 「主人公たちが意思決定をする時に多数決をとるシーンがいくつかありました。多数決には、みんなの意見にすることで責任を分散させるという良い面もありますが、少数派の意見をかき消してしまうという危険な面もあると思います。」

クラウメ監督 「多数決というシステムに、良い点と悪い点があるということは、私も同感です。1回目の多数決は、挙手制で誰が少数派なのか分かってしまう形で行い、2回目では無記名投票で第三者が開票するという方法をとっています。彼らなりに民主的なやり方をしようと改善しているわけですね。しかしどんな状況でも、多数対少数という状況は起こりうると考えています。」

生徒E 「テオと、クルトの父親が同じように『嘘も方便』という発言をしていますが、2人の“嘘”は異なるものに感じました。父親が言った方には、自分の立場や権力というものが含まれているのではないかと感じました。」

クラウメ監督 「私も、嘘には“質”の違いがあると考えています。テオは単純に罰を受けたくないから、その場を切り抜けようとして嘘をつくことを提案します。一方でクルトの父親は、自分の権力を維持するため、引いては政治的な体制を崩させまいとして嘘を強要します。嘘は、究極的には人生を困難に陥れるものだと思います。自分を偽った生き方をしていれば何が真実かわからなくなり、自分自身が迷子になってしまうでしょう。ただ、ラストシーンで主人公が信念のもとについた嘘については、正しいことをしていると皆さんに感じていただけたのではないでしょうか。」

映画監督のラース・クラウメ氏(画像提供:アルバトロス・フィルム)

このようにディスカッションが進行していった。人それぞれ気になっているポイントが異なるのが面白い。ある人にとっては忘れてしまうようなセリフも、ある人にとっては心に響くようなセリフになる。作品への理解がどんどん深まっていく雰囲気が教室内に漂っていた。

監督も、生徒や保護者の会話を通して改めて自身の映画と向き合い、楽しい時間を過ごしていたようだ。

最後に、監督から生徒に対するメッセージでは、

「物語はインスピレーションを与えてくれるもの。映画の登場人物たちの姿を見て何かを感じてもらったり、みなさんが未来に向かっていく中で彼らを覚えていていただければ幸いです」

と今回の授業を締めくくり、監督は教室を後にした。

終わりに

映画を授業に取り入れることで、教科書の中だけでは終わらない学びが展開されていた。今回の作品は東西ドイツや冷戦構造といった歴史的背景の中で起こったひとつの事件を描いている。映画を通して「歴史」の学びに深みが増し、より興味を持てる機会になったのではないだろうか。また、他人と意見を交わすことで、自分の価値観を知り、どう生きるかを考えるきっかけにもなったかもしれない。

4月から大学に進学する3年生の生徒は授業について以下のように応えてくれた。

「私は受験が終わったタイミングでこの映画を鑑賞し、自分の年で親元を離れる決断はできないと思っていました。でも今日の討論を聞いていたら、いつの日か自立をしなければいけないし、そういった覚悟を持つことも大人になる一歩なのかもしれません」

今日の討論で心境に変化があったようだ。これから大学に進学し大人への第一歩を踏み出す彼女にとって、映画の与えるメッセージは他の生徒とはまた違ったようだ。

普段の授業の中でも自分で考える環境を意識している西高。「なぜそう思うのか?」と常に生徒に問いを投げかけ、頭の中にアクティブな状態をつくっているという。ほんの少しの心がけかもしれないが、日頃から全校で取り組むことで、今回の授業で見せた洞察力につながっていたのだろう。今後も西高の取り組みに注目したい。

映画情報

僕たちは希望という名の列車に乗った

5月17日(金)より
Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

監督:ラース・クラウメ『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』
原作:ディートリッヒ・ガルスカ「沈黙する教室」(アルファベータブックスより4月発刊予定)
出演:レオナルド・シャイヒャー、トム・グラメンツ、ヨナス・ダスラ―、ロナルト・ツェアフェルト『東ベルリンから来た女』『あの日のように抱きしめて』、ブルクハルト・クラウスナー『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』
2018年/ドイツ/ドイツ語/シネスコ/111分/PG-12/日本語字幕:吉川美奈子
協力:ゲーテ・インスティトゥート東京 
配給:アルバトロス・フィルム/クロックワークス
公式サイト:http://bokutachi-kibou-movie.com/
©Studiocanal GmbH Julia Terjung

取材・文:学びの場.com
画像提供:アルバトロス・フィルム

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