2021.04.07
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『旅立つ息子へ』都立西高等学校3年生親子特別授業 〜コロナ禍の今だからこそ考える、親子の絆、子離れ、自立成長〜

自閉症スペクトラムを抱える息子を全力で守ろうとする父と、その父の愛を受けて心優しい青年に成長した息子。そんな親子の姿を追った映画『旅立つ息子へ』。この作品を観た東京都立西高等学校3年生の生徒とその親御さんが、映画の脚本を執筆したダナ・イディシスと息子ウリ役を演じたノアム・インベルにリモートでインタビュー。その上で親の立場、子どもの立場で、それぞれ作品を観て感じたことなどを語り合う特別授業が都立西高等学校にて行われた。その模様をレポートする。

『旅立つ息子へ』
【実施日】3月16日(火)17:00〜18:30 Zoom にてイスラエルと中継
【登壇者】脚本家…ダナ・イディシス 俳優…ノアム・インベル 都立西高等学校3年生と保護者(親子8組16名、生徒のみ参加1名、保護者のみ参加1名の計18名)
【進行】都立西高等学校社会科教諭…篠田健一郎先生

Zoom にてイスラエルと中継

この春、卒業を迎える都立西高等学校の3年生と、その保護者が参加

「文武二道」「自主・自律」を教育理念として、国際社会で活躍できる器の大きな人間の育成を目指しているという都立西高等学校。これまでも多様な教養講座や集中講座などを設けてきただけに、この特別授業の話が舞い込んだ時はすぐに引き受けることを決意したそう。

特に3月9日に卒業式を迎えたばかりの高校3年生とその親御さんが対象ということで、西高最後の授業という意味でも生徒たちと親御さんたちは皆、とても意欲的にこのZoomでイスラエルにいる脚本家ダナ・イディシスさんと、息子ウリ役のノアム・インベルさんと中継を結んで行われるQ&Aに取り組もうとしていた。

映画は参加者全員が事前に鑑賞。親子授業にふさわしく、この『旅立つ息子へ』は父と息子という親子愛をじっくり掘り下げた家族ドラマだ。

自閉症スペクトラムの息子ウリ(ノアム・インベル)の世話をするため、売れっ子グラフィックデザイナーというキャリアを捨て、田舎町でのんびりと暮らしているアハロン(シャイ・アビビ)。しかし別居中である妻のタマラ(スマダラ・ヴォルフマン)は将来を心配して、ウリを全寮制の特別支援施設に入所させると決めてしまう。定収入がなく、養育不適合と裁判所により決定されてしまったアハロンは妻の言うことに従うしかない。だがその施設に連れていく日、ウリは嫌がって駅のホームでひと騒動を起こしてしまう。そしてアハロンはある決意をする……というストーリー。

生徒たちが脚本家と俳優へオンラインでインタビュー

脚本家のダナさんに聞く

まず生徒から、いの一番にあがった質問は「自閉症を抱えたウリは、ダナさんご自身の弟さんがモデルだそうですが、ダナさんは弟さんの性質をどのように受け止めていたのですか?」というもの。これに関して脚本家のダナさんが答えたのは「おっしゃる通り、これは私の父と弟の関係をモデルに書いた脚本です。いずれ来るであろう2人の未来を予見しながら、また畏れながら書きました」ということ。

ダナ「弟は4人兄弟の末っ子で、皆とても彼を可愛がり、守ろうという気持ちでした。彼のコミュニケーションは一般の人と違うので、私たちは外の世界との橋渡し役でした。監督のニル・ベルグマンも弟を10歳の頃から知っているので、この映画には監督から見た父と弟の姿も反映されていると思います」

次は保護者側から質問が出た。

「親離れ、子離れの普遍的な気持ちが丁寧に描かれていました。私自身も2人子育てをしているので、アハロンの親としての色々な苦労が報われたような笑顔にはとても感動しました。なぜ本作は、母親との別離などがあった後の、ウリがある程度大人になってからのストーリーにしたのでしょう?もっと前から描いたらそれぞれの心情がより深く描けたのではないでしょうか?」

ダナ「大きく環境が変化した出来事を描くよりも、父と息子の間の細やかなやり取りにフォーカスした方が、2人が”シャボン玉の泡の中”に入っているような、現実から離れたような特別な関係性が際立つと考えたからです」

この後も生徒、保護者両方から次々と積極的に質問が飛び出していく。

生徒「自閉症の息子と父親という特殊な関係を描いているようで、不思議と自分のことのように共感できる作品でした。質問ですが、親子に限らず、共依存のような関係になっている2人を見ると、第3者の視点でそれを脱した方がいいと思っても、踏み込むことは難しいです。そんな時、どうすればいいと思いますか?」

ダナ「私は、アハロンとウリはとても孤立した状態だということを多くの人に知ってほしいと一番望んでいたんです。だから、あなたが自分ごとのように感じてくれたことはとてもうれしいです。共依存の関係性には、ケースバイケースですが、どのような形にしろ、いずれ終わりが来るものだと思います。解決方法の一つとしては、私が映画の中で描いたように、周りが手助けをすることだと思いますね。2人が”泡”の中にいる限り、成長は難しい。それは一般の親子関係でも同じなのではないでしょうか」

生徒「物語のモデルになったお父様はこの映画をご覧になってどのような感想を持たれましたか?」

ダナ「父はいつも私の仕事に批判的だったのでドキドキしていたのですが、『自分たちのストーリーの純粋な部分を抜き取ったような、嘘のないものになっている』と言ってくれたので、とてもうれしかったですね」

生徒「うがった見方かもしれませんが、アハロンは、息子に献身的な自分でいることに、自分自身で満足していたように見えました」

ダナ「自己満足だとは思いませんが、息子への献身を言い訳にして、キャリアや恋愛といった自分自身の現実から逃げていたということを、アハロンは最後に気づく。そういうことがあったと思っています」

俳優のノアムさんに聞く

また、自閉症の息子ウリ役を演じたノアムさんにも次々と質問が及んだ。

生徒「卒業式の翌日に観たので、親元を離れていくウリの姿が自分と重なりました。ノアムさんは、役作りにおける歩き方や立ち居振る舞いの研究はどのように行いましたか?」

ノアム「父が、自閉症の子たちを預かる施設に勤めていたので、小さい頃からそういった子たちと関わりを持っていたんです。また今回、ベルグマン監督と一緒に様々な施設を訪ねて、どんなふうに皆が交流をしているかを学びました。長いプロセスを経て、自閉症の人たちと同じように、彼らが深くて広い内面を持った人たちだと心から理解することができました」

保護者「父親の立場で観て、父と母で感じる時間軸が違うというのが印象的でした。質問ですが、オファーを受けた時と、実際演じてみた時で、予想外だったポイントはありますか?」

ノアム「オーディションの時すでに、この役は自分にもらえると確信を持っていたくらい入念な準備をして臨みました。撮影中はその世界の中に入り込んでいたので、映画が完成した時に初めて物語を外から眺めた気がして不思議な気持ちでした」

生徒「演じているご自身は、ウリをどのような性格だと考えていますか?」

ノアム「ウリの性格を考えながら演じたというよりは、父親との関係性を考える中で自然とウリというキャラクターが出来上がっていきました。とても優しくて繊細で可愛いところがあって愛情深い人だと思います」

保護者「一番好きなシーンはどこですか?」

ノアム「たくさん好きなシーンがあるので難しいですね!例えばお父さんとお互いの顔を手で挟むシーンは、お互いの心がとても通じ合って、自閉症であるということを超えた関係性に思えたので大好きです」

コロナ禍で気が付いた家族や他者との関係

時に自分の感想なども絡めた質問なども飛び出し、イスラエルと日本という距離感を忘れさせるような熱感を帯びていく。そしてついにはコロナにまつわる質問も。

生徒「コロナ禍で家族との会話が増えた反面、それぞれが独立した個人だと実感しました。同じ屋根の下で暮らしていると、つい、似た価値観を持つと誤解して衝突してしまうことがありますね……。お二人はこの1年で家族関係に何か変化がありましたか?」

ノアム「僕自身は、コロナ禍で家族と長く過ごすことが苦痛になってしまい家を出たので、ちょっと複雑です(苦笑)」

ダナ「私自身はコロナ禍の最中に娘を出産したので、とても印象深い1年でした。その前はベルリンに住んでいて、パンデミックの直前にイスラエルに戻ることができました。自分の大切な人が自分の近くにいるということの大切さを実感しました」

こうしてまたたく間に1時間ほどの質問タイムが過ぎていき、最後にはダナさんとノアムさんから、日本で新たな旅立ちを迎える参加者の皆さんに対してメッセージが送られた。

ダナ「互いに耳を傾けるということ。親、子ども、そして自分自身の声を聞くということがとても大切なのだと思います。私も弟から多くを学んでいます。弟は言葉で表現するのは苦手ですが、しっかりと見ていると、彼の言いたいことのエッセンスは分かるんです」

ノアム「ウリの立場から伝えてみようと思います。ウリは、自分の内面を外の世界に表出するというのがとても困難で、いつも戦っています。実は自分自身にも、ウリと同じようなところがあります。でもそれを克服しようとすることが大事なのではないでしょうか。それによって他者と繋がりや関係を持てるのではないかと思うからです」

中継終了。参加者で感じたことを話し合う

インタビューを振り返り、映画の感想を共有する

かくして無事にイスラエルとの中継は終了。その後は親は親、生徒は生徒で集まり、全部で4つのグループに分かれて、それぞれが感想の共有タイムを作り、グループごとに感じたことを発表していった。

生徒「駅でウリが叫び出すまでは、父親が息子をコントロールできていましたが、それができなくなったというのが非常に象徴的であったと思います。2人は“泡”の中にいたという話がありましたが、その中でも力関係はあって、それが崩れていきました。そういった中でアハロンだけで実はウリを支えていたわけではなかったこと、またウリ自身も実は強い面があったことなどに気づかされて関係性が変化し、ついに“泡”の中に居続けることができなくなったのだと思います。最終的には施設でウリが自動ドアを克服するシーンがウリの一定程度の自立を象徴的に表していたのではないでしょうか。むしろ親子愛はベッタリしていた前半よりも、息子を突き放したように見えて実は突き放してはいないグレーゾーンのような後半にこそ答えがあったのではないでしょうか」

さらに別の生徒グループからも自立のキッカケは何だったのか、というのを追求してみた感想の結果などがあげられた。

生徒「先ほどダナさんから、親子が”泡”に入ってしまっているという表現がありましたが、最後に2人は”泡”を破ったのではなく、”泡”自体が広がったんじゃないでしょうか。自立の象徴となるシーンも、行動のきっかけを作ったのが父で、一人でできるようになったのがウリだから」

などという意見も飛び出した。また保護者チームからは、「わりと淡々とドライに描かれていることが普遍性につながり、いろんな人の感動を呼ぶのではないか」という推測が飛び出したりも。さらにこの映画を通して子どもたちに伝えたいこととして「自分の知らない世界に対して学んでほしい」という言葉を残した。また保護者チームからは「なかなか最近は一本の映画を見て、あれこれと話すことがなかったので、いい経験になりました」という声もあがった。

映画をきっかけに親と子の立場から意見を交わす

それだけではない。進行の篠田先生に促されて、生徒から親に対しての質問なども飛び出してきた。

生徒「高校を卒業して、親の好みや望みとは全然違う方向に、中には理解の及ばないような進路へ行ってしまう人もいると思うのですが、それって実際に親としてはどう思っていますか?」

保護者「私は『好きを大切にしないでどうするの!』と思います。歳を重ねて“好き”がないと、人生が面白くないから。若い時のエネルギーで好きなことを追求して、そのまま突き進んで欲しいです」

保護者「さみしくないと言ったら嘘になるけれど、覚悟はできています。西高を選んだという時点で『大丈夫なんだろうな』と、子どもの学校生活を見ていて思いました。また、私たちの世代は『女性は総合職になりたいと思ってもなれない』という考えがまかり通っていた時代。今は、選ぼうと思えば何にでもなれる。今まで自分たちよりも上の世代が少しずつ開拓してきたおかげで、本当に自在にいろいろできる。だからどこへでも行って!と思いますね。ただ、小さい頃に、私たちが大好きな人へ教えた大好きなものも、忘れずに大切にしていてほしいです」

生徒「もし自分の子どもに発達障がいがあったとしたら、どういう幸せを子どもに与えるべきだと考えて、どういう育て方をしたと思いますか?」

保護者「私の弟に知的障がいあったのですが、父は、親が亡くなったときに子どもがどのように生きていけばいいかを考えていたと思います。知的障がい者のグループホームを作ったり、自活するための収入が得られるような手段を授けようとしたりしていました。障がいの有無にかかわらず、親は少なからずそのようなことを考えるんじゃないでしょうか」

保護者「障がいのあるお子さんの育て方について、必ずしも、両親の意見が合致するとは限らないし、離婚している家庭も多いです。それでも、目の前の問題について調べたり専門家に聞いたりしながら、何が正解か分からないなりに、遠くに見えている明かりに辿り着くために努力するしかないのだと思います」

親子が映画を通してそれぞれの絆を見つめなおす

今だからこそできる親子ならではのやりとり。映画を通してここまで濃密な親と子の時間を紡ぐことができるとは。そのためにも映画を観て自分の感想を言い合うことは、自分の考えを伝えるとともに大事なコミュニケーションの力をアップすることにもなるので大切なのだ。最後には子から親へ、親から子へそれぞれのメッセージが伝えられた。

生徒「高校生活の中でも旅立ちのときでも、両親はいつも私のことを待ってくれていると感じます。その感謝を改めて伝えたいです」

保護者「1本映画を観ただけでこんなにも語り合える、子どもたちの成長を感じました。アンパンマンとか見ていたのに賢くなっちゃって……!」

保護者「西高校で過ごした3年間はとても貴重な、ここでしか過ごせない時間だったのだなと思いました。今後の人生でもどうか大切にしてほしいです」

映画を観た後に友達同士で、あるいは親子でいろいろと語る。そういうことは自分も高校時代は特に盛んにしてきたことのひとつだ。だがコロナ禍でそういう機会はまちがいなく減った。それは文化的な危機なのではないか……と進行の篠田先生も語っていた。

だが、親子が映画を通してそれぞれの絆を見つめなおしている姿を見て、まだ危機は回避できるという思いを強くした。遅くはない、これからでもこうやってひとつの作品を使って大事なコミュニケーションを取っていけば、それは必ず子どもにとっても親にとっても大きな人間としての成長を促すことになるのだ。映画という『他者の人生を客観的に見ることで自分の人生を振り返る』ツールをもっと大切にしてほしいと感じた一日だった。

(作品情報)
『旅立つ息子へ』
配給:ロングライド
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
(C)2020 Spiro Films LTD

文:横森文 画像提供:ロングライド

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