2012.12.31
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パレスチナの教育、子どもたちは今?

第44回目は昨年11月、日本ユニセフ協会大使として視察したパレスチナ自治区の教育事情をお伝えします。1948年のイスラエル建国以来、紛争や暴力が絶えないこの地域では、子どもたちは毎日の通学さえも命がけです。

検問を何度も通らなければ学校に行けない

昨年の11月4~7日に、日本ユニセフ協会大使としてパレスチナ自治区を訪問しました。今月は、現地の教育情勢や、基本的人権さえも侵害されている子どもたちの様子についてお伝えします。

1948年にイスラエルが建国されてから、その地に住んでいたパレスチナ人は土地を追われ、多くは故郷を失いました。現在はヨルダン川西岸とガザ地区がパレスチナ自治区となっており、今回はその両方を訪れました。まず、比較的近代的なイスラエルからガザ地区に入ると一転、老婆が台車を引く、まるで時代が逆戻りしたような光景が広がっていました。そして町の周囲はイスラエル側との境界に、高さ10メートルはあろうかというコンクリートの壁が建てられ、パレスチナ自治区の人たちが閉そく感を抱えながら不自由な暮らしを強いられている現実が胸に迫ってきました。このガザ地区と、ヨルダン川西岸地区の人口は合わせて約400万人。そのほぼ半分が子どもと言われています。

その子どもたちですが、学校に通うだけでも大変困難な状況に置かれています。毎日イスラエル軍が設置している検問所を四つ通らないと学校に行けない、という子も珍しくありません。検問所では、イスラエル軍の兵士が荷物をチェックしたり、質問をしてきたりします。中には、色々とケチをつけて通過させないようにする兵士もいて、児童生徒、教師は時には2時間以上も遅刻してしまうことがあるそうです。また、少しでも反抗的な態度をとろうものなら、すぐに拘束され刑務所に入れられてしまうことも……。兵士は常に大きな銃を背負っていますし、人々は異常な緊張感に日々さらされています。特に、子どもたちの心理的ダメージは深刻です。

こうした通学の危険を少しでも取り除くために、海外のNGOのスタッフがパレスチナ自治区に入り、子どもたちと一緒に通学する、という取り組みがされています。外国人が一緒にいることで検問所の兵士たちもむやみに嫌がらせなどができなくなり、子どもたちの安全を確保しやすくなるからです。

このような状況下ですが、小学校の就学率は70~90%。通学の危険を冒してでも、多くの親たちは子どもに教育を受けさせたいと願っています。ある女性教師は「先祖代々の土地を奪われ、日々イスラエル人の入植や嫌がらせに遭っている私たちにとっては、教育が唯一の武器です。将来自分たちの国が持てるようになった時、教育を受けた子どもたちが国の基礎を作っていってほしいと思っています」と語っていました。私も現地で会ったある男の子に「頭の中にある知識は、誰にも奪うことができませんから、頑張って勉強してくださいね」と話しました。これは私の亡き父の言葉ですが、イスラエル人の入植や検問、色々な制約によって仕事もままならないようなパレスチナ自治区において、本当に教育だけが自分を守る唯一の武器なのだと実感しました。

破壊された校舎を自由に修復できない

パレスチナ自治区ではイスラエルによって建材や機材の運び込みが制限されているので、自由に公共の施設を直したり作ったりすることができません。このため、ヨルダン川西岸地区では昨年9月は、1万人以上の子どもたちが爆撃などで壊れた学校や、テントなどの代替施設で新学期を迎えました。トイレがない、飲み水がないといった学校も多く、衛生状態はよくありません。また、図書館のない学校も多く、ユニセフでは移動図書館を実施しています。

このような状況の中、パレスチナの遊牧民族「ベドウィン族」の人々は、自分たちの少ない財産を投げ打って、なんと学校を作りました。羊飼いを生業とする彼らの子どもたちはこれまで、移動の先々で近隣の学校に通っていました。ところが、イスラエル軍が道路を封鎖したため、子どもたちの通学時間が3~4時間にも及び、少しでも時間を短縮しようと、高速道路を横切って学校に行こうとした子どもたちが、何人も交通事故に遭い亡くなったそうです。それで、彼らはタイヤと土を建築資材とし、自分たちの学校を作ったのです。現在、彼らは教育の権利を主張し、この学校を認めるようイスラエル軍に対し裁判を起こしています。

一方、パレスチナ全体では高い就学率は小学校までで、中学校を修了するまでにその3割が退学してしまうという現実があります。青少年たちは行き場がなく、仕事もないと犯罪に手を染めやすくなります。その対策のため、青少年センターが約80か所も作られました。そこは、スポーツやカウンセリングの施設があります。特に男子は、「男は強くあれ」というアラブ特有の思想のため、検問所や武力攻撃などで怖い体験をしても「怖かった」とは言えないことが多いのです。このような深い心の傷を負っている子どもにカウンセリング施設は有効です。痛み、辛さ、トラウマなどを話せる、聞いてもらえる場所があると、心が軽くなり、ケアにつながるのです。

世界の子どもたちの事情を知り、教材とする

では、日本人の私たちができることは何かを考えてみましょう。第一に、パレスチナ人が現在置かれている状況を、子どもたちに知らせることだと思います。学校で子どもたちにこの問題を話せば、彼らは「どうしてパレスチナでは学校に行くのがそんなに大変なの?」「なぜイスラエル軍は検問所を作るの?」と、必ず好奇心や疑問を持つでしょう。それらに対し、教師の皆さんは宗教や哲学の違い、民族の違い、歴史認識の違い、そして人間の泥臭さなどを丁寧に伝えていく必要があると思います。

そして、学校に行くだけでも大変な苦労を負わなければならない子どもたちの存在を知れば、日本の子どもたちは自分たちがどれだけ恵まれているか、改めて気づくことでしょう。自分が幸せであることを知らないことほど不幸なことはありません。世界の子どもたちが置かれている困難な状況を知ると共に、自分が不自由なく学べる環境であり、それがどれだけありがたいことか、知るきっかけになるでしょう。

今後も様々な国を訪問し、過酷な環境で生きる子どもたちの様子や教育事情について視察した際は、随時報告していきたいと思います。ぜひ、学校や家庭教育での教材に活用してください。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

構成:菅原然子/イラスト:あべゆきえ

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