増え続けている児童虐待
ニュースなどで児童虐待の事件を目にする機会が増えました。2010年度に、全国の児童相談所が対応した児童虐待件数は5万5152件で、前年度より1万件以上増加、この20年間では50倍以上増加しています。
このような深刻な事件ほどではなくても、子育て中のお母さんが日頃、言うことを聞かない子どもにイラっとして、つい手を上げてしまい、後で「これは虐待?」と悩んでしまうという話もしばしば耳にします。そこで今月は、躾と虐待の線引きはどこにあるか、虐待に進まない対処法などについて考えてみたいと思います。
「公衆の面前でできる行為かどうか」がバロメーター
「躾のために」と体罰を取り入れている親御さんもいらっしゃるでしょう。しかし私は、体罰は躾に効果がないと考えます。考えてみてください。もしあなたよりも3倍くらい大きな人が、いきなり自分を叩いてきたらどうですか? 非常に恐怖を感じるはずです。もしかしたら、あまりの恐さに何について怒られているか、わからなくなるかもしれません。また、体罰は子どもに暴力を振るうことを教えてしまいますから、子ども自身が今度は友だちに同じように暴力を振るうようになってしまうかもしれません。
さらに、体罰を行って、その時は子どもが言うことを聞いたとしても、次回は前回よりも強く叩かなければ効き目がなくなるでしょう。つまり、体罰はエスカレートしていく傾向があるのです。そして、虐待にまで発展してしまう可能性があります。
このような理由から、私は体罰を子育てに取り入れません。躾は時間がかかるもの。子どもには言葉で伝え、本人が納得するまで繰り返し教えることにしてきました。

母性とは自然に芽生えるものではない!?
「子どもを産んだ時から、母性が自然に芽生えるはずなのに、なぜ我が子を虐待するのか?」と思う人も多いでしょう。ところが、母性とは子どもを産んだからと言って自然に芽生えるものではないのです。様々な育児プロセス、たとえば自然分娩や母乳育児などの経験を経て、徐々に芽生えていきます。従って、「どうしても子どもが苦手で、育てるのが難しい」という親も中にはいます。そういう方はどうかSOSを発してください。児童相談所に行くのがためらわれるのであれば、近所の保育園や幼稚園、かかりつけの小児科医にでもよいのです。それらの人たちに相談すれば、彼等はそのような親たちがいることを児童相談所に伝えなければいけない義務がありますから、すぐに助けが来てくれるでしょう。
「虐待が止められない」と親自身がSOSを発したら、子どもを一定期間引き離すことが一番有効です。誰しも、子どもの成長段階で苦手な時期と好きな時期があるもの。私の母の場合は、赤ちゃん時代がとても好き。でも言葉を話し始めたり、歩き始めたりする頃の子どもは少々苦手で、孫がそのくらいの年齢になると「私には預けないでね」と言っていました。たまたま苦手な時期に躾がエスカレートして虐待になってしまう可能性もあります。母性があっても、子育てが苦手な時期があるのだということを社会も認識して、適切なサポートができればと思います。
子育て中には誰だって一度や二度、いや何度でも行き詰まりを感じるものです。そういう時は、普段から育児サークルや保育園、公民館などへ子連れで出かけて、同じような親たちとの輪を広げておきましょう。虐待の80%は就学前の子どもに起こっていると言われます。学校に行く前の子どもが健やかに成長できるよう、親だけでなく周りの人たちも温かく見守ってあげましょう。

アグネス・チャン
1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)
構成:菅原然子/イラスト:あべゆきえ
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