2025.06.05
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「先生、うちの子が...」その電話、私ならこう受ける・全3回(後編)

児童の話が変わる。
相手を傷つけたとされる子が「自分のほうがつらい思いをした」と語る。
そのようなとき,教師はどう動く? 
真実は円柱形のようなもの。ケーススタディを通して,いじめ解決の姿勢を考えます。

目黒区立不動小学校 主幹教諭 小清水 孝

前編で設定した仮のケースを再掲します。

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とある日のことです。児童の登校5分前。
校務用タブレットに,Aさんの保護者から欠席連絡が入ります。
「うちの子がBさんにいじめられています。いじめは以前から続いています。Aの名前を使って『Aウィルス』と言ってくるそうです。事実であればご指導いただき,Bさんの保護者にも伝えてほしいです」
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前編のおさらい,聴き取り前のポイント

いじめ初期対応の重要性

いじめの訴えには,迅速な報告・連絡・聴き取りの方針説明が不可欠です。初期対応が保護者の信頼と問題解決に直結します。

保護者への事前説明と同意

聴き取りの方針(期間,場所,体制,報告のタイミング)を事前に保護者に伝え同意を得ることで,トラブルを防ぎ,円滑な連携を築くための配慮をします。

専門性の高い聴き取り技術とプロ意識

事実把握に加え,専門性の高い聴き取り技術が必須です。子どもの証言のずれや保護者の心情に配慮する、教員としてのプロ意識も重要です。

【第4段階】いじめを受けたとされるAさんへの聴き取り

基本中の基本であり,指導者であれば誰もが行うことでしょう。ただし,ペア体制での聴き取りが望ましいです。
学級担任一人での対応は、話の受け止め方に偏りが生じます。
子どもが後から話の内容を変えることも珍しくありません。複数での聴き取りは必須です。

【第5段階】周囲の児童(第三者)に話を聞く

言動を指摘された子が「やってない」と話したら?

Aさんの次に,相手を傷つけたとされるBさんにすぐに聴き取りをしてはなりません。私は必ず周囲の児童に聞きます。
Bさんから話を聞いて,「知らない」「やってない」「何のことか分からない」と言われたら、状況が複雑になるからです。

行き詰まって無理矢理に話を引き出そうとすれば,「行き過ぎた指導」と受け取られる可能性があります。Bさんの保護者からも懸念の声が上がり,必要以上の対応を抱えることにもなりかねません。
まず,周囲から丁寧に状況を把握することが大切です。ただし,話してくれた児童が不利益を被らないように配慮する必要があります。

【第6段階】相手を傷つけたとされるBさんに話を聞く

「むしろ,やられているのは私だ」と主張したら?

周囲から情報を得て,状況をある程度把握できたところで、Bさんに話を聞きます。教室の端や廊下で対応することはありません。必ず,職員室や落ち着いて話せる部屋を使います。
教室や廊下はBさんの「ホーム」であり、Bさんの気持ちが強く出やすくなってしまうことがあります。また,ほかの児童がやり取りを耳にした場合,今後の展開が難しくなることがあります。聴き取りの場所には配慮が必要です。

さらに「(第三者の)Cさんに聞いた話だけど...」などと、個人名や個人を特定する情報を出してはいけません。第三者の児童が不利益を被らないようにしましょう。

これで、Bさんが話す内容と、周囲の情報が一致すれば大きく前進します。
Bさんに「認知のズレ」がある場合は,対応に時間がかかります。Bさんが次のように語る場合もあります。

「ウィルスと言ってしまった。だけど,Aさんがいつも睨んでくる」

こうした場合,プロの教師ならどうするのでしょうか?

問題行動があったとされるBさんが,一転して「自分がいじめを受けている」と話す。立場が入れ替わるように感じる場面は、教育の生活指導の中でもよくあることです。
Aさんに再度話を聞き,事実を確認をします。加えて、周囲の児童にも改めて話を聞きます。

再聴き取りの結果,AさんがBさんを睨んでいたという事実は確認できませんでした。

このことをBさんに丁寧に伝えます。

「周囲の人にも聞いたけれど,AさんがBさんを睨む姿を見た人はいませんでした」と,教師が伝えたとします。

すると、Bさんは次のように話すかもしれません。

「いや,絶対に睨んでくる。先週も睨んできた」

これが、よくあるリアルなやりとりです。認知のズレが生じている可能性があります。このような場合,皆さんはどのように対応されるでしょうか?

私が主催する教育サークルで尋ねると、次のような回答がありました。

「認知のズレ,よく感じます。以前は『なぜこんなに食い違うのだ』と,今回でいうBさんに腹を立てることもありました。『どうせあなたがやったのでしょう』と,先に決めつけて聞き取りや指導をしてしまい,後悔したこともありました」

「事実を確認するための聴き取りではいつも子どもたちの認知のズレに悩まされています。平気で嘘をつく子や,『あっちが悪い』と被害意識の強い子にどうしたらよいのだろうと感じています。正直なところうまくいった試しがありません。」

「認知のズレが生じてしまうのはよくあることで,また仕方ないことだと思います。しかし,そのズレを教師目線で判断して,指導を続けると『押しつけられた』になってしまい,双方が納得できなくなってしまいます」

このように悩まれる先生方も多いと推察します。では,現場のプロフェッショナルはどのように対応するのでしょうか?
私は決まって「真実は円柱形」の話をします。

【第7段階】図解で示す

真実は円柱形

まず,白い紙に円柱形の見取り図を描きます。描いて「見せる」ことが重要です。言葉では理解しきれません。特に認知にズレがある子には,視覚的に見せることが有効な場合が多いです。

「これは円柱形です。上から見ると何に見えますか?」(円です)

「横から見ると何に見えますか?」(長方形かなあ)

「そうです,長方形です。丸くカーブしていても長方形に見えますよね?」(うん)

「先生は,Bさんが言うことも信じます。確かに睨まれているのかもしれません。ただし,これは円柱形を上から見ているのです。わかりますか?」(うん)

「Aさんは『睨んでいない』と言っていますね?それは,円柱形を横から見ているのです。わかりますね?」(う,う~ん)

「どちらも同じ円柱形で,同じものを見ています。しかし,違う角度から見ているから,異なる物を見ているよう感じるのです。どちらも同じ円柱形なのにね。だから,先生は,AさんとBさんのどちらが正しいかを1つに絞ることはできません。Bさんの言うことも信じます」(うん)

ここまで一気に話します。教師がBさんを「信じる」と伝えることが重要です。信頼する人にしか,児童は心を預けません。理詰めをしても納得しません。信頼関係が重要です。

「『ウィルス』という言葉については,AさんもBさんも,話が一致していますから,同じ角度から見ていますよね」(うん)

「では,せっかく同じ角度から同じものを見ているのだから、そこから話し合うのはどうですか?」(うん)

「Bさんは,『ウィルス』って言ったことをどう思っているのですか?」(少しよくないと思う)

この段階でも「少し」としか答えないのも、子どもらしい反応です。しかし,教師に心を預けた始めた状況とも捉えることができます。焦らず続けます。

「では,Bさんはどうしますか?」(う~ん,謝る)

ここまで話せれば、対応の90%は進んでいます。

【第8段階】双方が納得したうえで面談させる

関係を修復する教育技術

両者を会わせる前に,Aさんにも「真実は円柱形」の話をします。

「Bさんが謝りたいと言っています。Aさんは,どうしますか?」(受け入れる)

「Aさんから何か言うことはありますか?」(もう次は絶対にウィルスって言わないで!)

このように強い言葉で気持ちを伝えたら,その場でBさんが反発する可能性があります。「もう絶対にウィルスって言わないで!」などの表現は避けたほうがよい場面です。

「Aさん,もうちょっとだけ優しく言うとしたら,何て言いますか?」(私は睨んでないよ。)

「さらに,もうちょっとだけ優しく言うとしたら,どんな言い方になりますか?」(私はそのつもりはないけれど,睨んだように見えたとしたらごめん)

「Aさん,すごいですね。心が広いです。嫌な思いをしたのに,優しく言えるのですね」

このように、子どもたちの気持ちを受け止める状態を整え,言い合いにならないよう配慮してから、AさんとBさんを面談させます。教師は長々と話しません。理想は1~2分程度です。時間が長くなるほど,思わぬことが噴き出す可能性があるからです。

いじめ対応、聴き取り後の「もう一歩」とは?

前編と後編を合わせ,対応の第1~8段階を記載しました。児童数1400人の学校の生活指導主幹を5年連続務めた私なりに体系化した考え方です。

教育サークルのメンバーの感想を引用します。

「円柱形を目の前で描きながら、見え方や感じ方の違いを視覚的に理解させる指導法は,Bさんの感じたことを否定することなく受け止め、AさんとBさんが共通して見える面(○○ウイルスという言動)について,ピンポイントに話し合うことができます。教師や保護者の目線ではなく,当事者同士の目線に立ちながら話を進めることを,いじめ対応だけではなく,日常的なトラブルにも生かしていきたいと思いました」

いじめ対応はこれで終わりではありません。聴き取りをした後にもポイントがあります。後編で終える予定でしたが,聴き取り後のポイントについて,「完結編」として次回紹介します。

教師の仕事の本分は授業です。授業に集中するためにも,日々の生活指導に追われすぎないことが肝要です。そのためには,教育哲学と教育技術が必要だと思います。

小清水 孝(こしみず たかし)

目黒区立不動小学校 主幹教諭


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現場で使える技術、できる実践、リアルな指導法を日々追究しています。
現場の先生方、共に考え、指導法の選択肢を増やしていきましょう! 
NPO教育サークル「GROW5th」代表。

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