2024.03.06
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教育の未来のために。若者を苦しませる「奨学金」返還について考える

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験をもとに、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。日本学生支援機構によると、学生の約半数が奨学金制度を利用しているとの調査結果があります。また、社会に出る前に多額の奨学金返還義務を負うことや滞納も問題視されています。今回は「教育の未来のために。若者を苦しませる『奨学金』返還について考える」をテーマに考えました。

長年疑問の「奨学金」のあり方

返還が必要な「貸与型」の奨学金というのは、実態は「ローン」であって「奨学金」とは言えないと思います。以前、奨学金の委員会に参加したことがあるのですが、そのときから「奨学金」というネーミングには疑問を感じています。返さなくていいものだけを奨学金とすべきではないでしょうか。この名称を変えないと、「学生を援助するために好意的に貸与されるもの」「無償で与えてくれるもの」みたいな印象を与えてしまうと思います。
一般的に私たちがお金を借りるためには、信用が必要で、たくさんの書類を提出しなければいけません。でも、奨学金の場合は、学生であれば比較的審査が通りやすいという特徴があります。
奨学金を気軽に借りてしまったら、就職してもなかなか返せません。実際に、多くの学生が返還しないか、返還できない状況にあり、どうやって回収するのかが問題となっています。最近では民間の債権回収会社に委託しているようですが、私はそのやり方には賛成できません。奨学金ではなく「ローン」や「借金」という名称なら、借りるときによく考えるようになると思います。

負担の大きい大学教育費

奨学金の返還金滞納は、アメリカでも大きな問題となっています。
日本の大学の場合は、学費は年間100万円程度(私立文系の場合)、卒業までに約400万円の負担が必要です。これはかなりの金額ですが、頑張れば返済できないわけでもありません
アメリカの大学の場合、学費は年間500万~900万円(私立)もかかります。スタンフォード大学のようなトップクラスの大学の場合は、収入によって学費を援助するような制度が用意されていますが、多くの大学は学生が全額を負担する必要があります。
寮費などを含め4年間で約3千万円ものローンを背負ってしまうこともあるため、返済が難しく、多くの若者が苦しんでいます。
しかも、近年では大学を卒業しても高い収入が得られるとは限らなくなってしまいました。アメリカの場合は特にそうです。どうやって高額な奨学金を返したらよいのでしょうか。これからは奨学金を返さなくていい方法を考える必要があると思います。バイデン大統領も学生ローンの返済を免除する政策を打ち出しましたが反対意見も多く、高額な学費や学生ローンについての問題は解決していません。

教育の無償化への願い

現在、日本では、大学授業料の無償化が議論されています。私はそれに大賛成です。奨学金をどうすべきか考えているよりも、大学を無料にしてほしいと思います。早く就職したいという希望もあるでしょうから、専門学校も対象にしてもらえれば、多くの学生が専門知識を身に着けることができるでしょう。
財源は心配ですが、日本は子どもの数が少なくなっているし、欧州ではすでに無償化を実現できた国もあるので無理なことではないと思います。ほかの出費を削ってでも、子どもたちに高等教育を受けさせることには意味があります。
ただし、無償化にあたっては、大学が安易に学費を値上げしないように厳しい制限を付けるべきです。また、学生が留年や退学をした場合には返金しないといけないような条件をつければ、きちんとした人材が育つでしょう。
いきなりすべての大学を無料にすることは難しいとしても、国公立大学からスタートして、徐々に私立大学も対象にしていくのはどうでしょうか。

すべての大学が無償化すれば、逆に教育の中身が問われていくと思います。学費の制限がなくなれば、地方の子どもが都市部の大学に進学したり、首都圏の子どもが地方の大学に進学したりしやすくなって、より自分に合った教育を選べるようになるでしょう。
大学の本質が見えてくることにより、学生が集まらずに閉鎖してしまうところもあるかもしれません。それはそれで仕方のないことだと思います。私立大学に助成されている多額の交付金についても議論されるかもしれません。
無償化の制度を受け入れるかどうかは大学に決めてもらえばいいことです。「うちは無償化にしません」というような大学があってもいいと思います。
収入や世帯、進学先などの制限をつけずに、幼稚園から大学卒業までのすべての学費が無料になれば、子ども一人当たり約1千万円もかかるといわれる教育費の負担が大幅に軽減されます。そうすれば、「もう一人、子どもを産んでもいいかな」と考える夫婦も増えるかもしれません。家計の問題で進学できない子どももいなくなると思います。

子どもにかかる費用を考えると、「本当に産めるだろうか」と悩んでしまう人が多いのも当然です。子育ては本来楽しいことなのに、心配事が多くて大変だと思います。子どもを産み育てるということが、とても勇気のいる選択肢になってしまいました。私の理想は、子どもの教育費と医療費がすべてタダになることです。子どもたちのために国や企業が協力して、ぜひ実現してもらいたいと思います。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

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