2024.02.08
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

被災地に寄り添うために、子どもたちと考えたいこと

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験をもとに、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。地震大国・日本では、いつどこで地震が発生するかわかりません。今年の元旦には、能登半島地震が深刻な被害をもたらしました。今回は「被災地に寄り添うために、子どもたちと考えたいこと」をテーマに考えました。

被災地で出会った人間の温かさと強さ

阪神淡路大震災や東日本大震災のときは、何度も被災地を訪問しました。支援物資を運び、避難されている方ともたくさんお会いしました。

現地を訪れたときのことは、涙なしでは思い出せません。
神戸で、ある避難所に行ったとき、責任者の男性に「また有名人が来たか」と邪険にされました。それでも私は帰らず、日が暮れるまで一人ひとり被災者の方々を回って、お話を聞いていました。 すると、その男性が「アグネスさん、本物だね。 写真だけ撮って帰る人も多いのに、ちゃんと話を聞くんだね」と言って、私の前で大粒の涙をこぼすのです。突然たくさんの人が亡くなって、その事実を受け入れることもできず、泣くこともできなかったのかもしれません。私もその涙が辛く、印象に残っています。

東北の避難所では、被災者の小さな女の子が私の手をとり、ついてきたことがありました。子どもたちは最初こそワーッと集まりますが、途中で飽きてどこかへ行ってしまいます。でも、その子は、私がお年寄りと対話しているあいだも一緒にいて、私が「そうですか」と言うと、彼女も真似をして「そうですか」とうなずき、私がお年寄りを抱きしめると、その子も真似てお年寄りに抱きついたりしていました。
そして、私が帰ろうとすると「ちょっとまってください」と、ポケットから小さいお財布を取り出し、中に入っていた小銭を全部出して「これをつかって、ひとをたすけてください」と言うのです。11円でした。私は思わず号泣してしまいました。彼女が「どうしてなくの?」と心配して、その子のお母さんも「彼女の思いだから、使ってください」と言うのでありがたく受け取りました。
人間の一番強い力は、思いやりと、愛だと感じました。こういう子が東北にいれば大丈夫だろうと思いました。彼女のことは、今でも思い出すと涙が出ます。
子どもたちからは、前向きなパワーをたくさんもらえます。子どものいる避難所は、比較的皆さんの雰囲気が明るい傾向があります。子どもがいると大人たちもしょんぼりとはしていられません。子どもの面倒を見なければいけないので、元気を出します。子どもの存在は恵みです。

震災から数年経って訪問したときには、避難所の方たちが手作りのプレゼントをくれたり、「これ美味しいから食べて」とお菓子を分けてくれたりしました。避難所を訪れた人たちに対するおもてなしの気持ちに感激しました。避難生活をしている人たちも、自分は無力だと感じたくないのだと思います。「もう私たちを被災者ではなく、復興者と言ってほしい」と語った言葉が頭に残っています。

本当に、いろいろな出会いがありました。 私は「思いは伝わる」と考えています。一生懸命にみんなで思えば、それは必ず伝わり、誰かの行動につながり、その人たちに届くと信じています。自分には何もできないと諦めずに、被災地のことを思い続けることが大事です。ユニセフは緊急援助だけでなく、倒壊した保育園と幼稚園の再建に全力を尽くして、地元の方々から大変喜ばれました。それもみんなの思いがあってできた事です。

災害時はインターネットに溢れる悪意に注意

災害が起こると、インターネットには様々な情報が溢れます。中には悪意を持った人たちもいるので注意が必要です。東日本大震災の時に、私は「復興するまで毎日鶴を折る」とブログに書きました。すると、一部の人たちにSNSで「迷惑」「千羽鶴を送るとゴミになる」「そんなことより募金しろ」などと非難されたのです。私は被災地のことを忘れないように鶴を折っていただけで、実際には送っていません。そしてもちろん募金もさせていただきました。それでも、「自己満足だ」などと書かれて、悔しかったです。被災地の人たちがそれを読んだら悲しいだろうとも思いました。
こういった災害が起きたときに、嘘や悪意のある書き込みをする人たちは良心に欠けています。面白がって拡散するようなことを防ぐためにも、教育者や親として、子どもたちには強く言ったほうがいいと思います。人間の好意や悲しみをもてあそぶような行動は絶対にしてはいけません。

子どもたちには、人の思いや命を大切にしないような書き込みや拡散はしてはいけないと教えましょう。そんなことをしなくても、世の中には面白いことが他にもたくさんあります。誰かを応援したり、素敵な人たちのことを知ったりするほうがいいと思います。他人を傷つけて楽しむのではなく、好意を持って、人生を面白くしたほうが、自分の糧になり、人生も心も豊かになっていきます。

思いを届けるためにできること

被災地から離れた地域にいる子どもたちに教えられるのは、災害を他人事と思わないことです。全ての援助は、現状を知って、忘れずにいることからがスタートです。自分のことのように喜んだり悲しんだりできなければ、行動にはつながりません。
ボランティアに行ったり、支援品や募金を送ったりする以外にも、思いを届ける方法はあります。もし学校として取り組むならば、子どもたちが手紙を書くのはどうでしょうか。みんなで合唱した歌を録音して送るのも素敵です。ユニセフでも、東日本大震災で被災した子どもたちと、パレスチナ・ガザ地区の子どもたちなど、世界中の子ども同士を手紙でつなげる活動をしました。それは今でも続いていて、悲惨な状況にあるガザの子どもたちに、日本から手紙を届けています。
世界や日本のどこかで、あなたのことを思っているということを伝えることが大切だと思います。自分なりに愛や気持ちをどうやって伝えられるか、子どもたちと一緒に考えてみてください。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

ご意見・ご要望・気になることなど、お寄せください!

「アグネスの教育アドバイス」では、取り上げて欲しいテーマ、教育指導や子育てで気になることなど、読者の声を随時募集しております。下記リンクよりご投稿ください。
※いただいたご意見・ご要望は、企画やテーマ選びの参考にさせていただきます。
※個々のお悩みやご相談に学びの場.comや筆者から直接回答をお返しすることはありません。

pagetop