2023.09.11
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安心して子どもを産める国にするために

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験をもとに、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。多くの先進国で少子高齢化が重要な課題の一つとなっています。日本でも社会や経済、文化に深刻な影響を及ぼしています。今回は「安心して子どもを産める国にするために」をテーマに考えました。

少子高齢化社会の到来

日本は長寿の国として知られ、他の国の人たちからもうらやましがられています。長生きできるということは恵みではありますが、生まれる子どもの数が少ないので、人口のバランスが不安定になり、社会がうまく立ちいかなくなると心配されています。この少子高齢化の問題はもう30年くらい前から指摘されていることです。
選択肢の多い現代とは違って、昔の生き方はワンパターンでした。学校を卒業したら、働いて、結婚して、子どもを産み育てることが幸せとされていました。そして、子どもは無料の労働力として、家の財産のように考えられていました。子どもが多い人は、たくさん田畑を耕したり、海に漁に出たりして富を増やすことができたのです。

逆に現代では、子どもはお金を消費する存在です。家業を継いだり、親の老後の面倒を見てくれるとは限りません。子どもを育てるにはお金が必要で、しかもこのお金は戻ってきません。子どもを持てる人は経済力がある人だけと思われています。
最近のアメリカのお金持ちの間では、自分では妊娠せずに、第三者に妊娠・出産を依頼する代理出産が流行っています。これでは、まるで子どもがお金で購入する「買い物」や「嗜好品」になってしまったようです。

今までは、子どもは「愛の結晶」でした。結婚は大好きな人と一緒になって、2人が3人になって、4人、5人と増えて、愛は掛け算だと実感することです。しかし、現代では「この人と結婚したい」「この人の赤ちゃんは、どんなに愛おしいだろう」「俺の子を産んでくれたらどんなにうれしいか」という気持ちが薄くなっています。このままでは、少子化はますます進むと私は思います。

結婚しない人や子どもを産まない人が増えています

少子化と言われてはいますが、子どものいる家庭は平均2人ぐらい産んでいます。しかし、産まない家庭や結婚しない人が増えているのです。政府の少子化対策は経済的な支援を重視しています。このやり方では、新しく子どもを産む人の数は増えないように思います。

例えば毎月3万円の支援金がもらえるとしたら、子どものいる家庭は助かります。しかし、独身女性に「毎月3万円あげるから子どもを産んでください」と頼んだとして、結婚して子どもを産もうと思うでしょうか? 子どもを産むことで、女性の人生は変わってしまいます。責任が増え、自由が無くなり、仕事も続けられなくなるかもしれません。
しかも、今の年金制度は、一人の子どもの背中に何人ものお年寄りが乗っているような状態です。その現状を考えると、ぞっとして子どもを産めません。金銭的な動機付けだけでは子どもの数は増えないように思います。

少子化対策に成功している国は、フランスです。たとえば、シングルマザーで子どもを3人産んでも、安心して子育てができるぐらいの状況が整えられています。法律で定められた労働時間は週35時間で日本よりも7時間も短く、子育て中はさらに勤務日や労働時間を減らすことができます。
フランスのすごいところは細かなところまで対策があり、状況に応じて政策もどんどん変えてきたことです。子育て支援の政策を立案する会議には、担当する省庁だけでなく、関連するすべての省庁の大臣や専門家が参加しています。少子化はみんなの問題なので、私はこのやり方には大賛成です。
フランスが少子化対策に成功したのは、社会全体で解決策を考えてきた20数年の並々ならぬ努力があったからだと思います。
日本も今、変わろうとしています。子どもの医療費や、大学を含めた教育費の無償化など、実現してほしい施策はたくさんあります。何よりも大切なことは、国が「私たちの方が子どもの将来をよく考えているから安心してください」という姿勢を見せることだと思います。たとえ自分が亡くなっても、子どもが幸せに過ごし、大人になったら希望のある社会が待っていると思えば、安心して子どもを産むことができます。

子育てがしやすい社会は、お年寄りや障がい者にも優しい社会

最近、次男に会うためにスペインに行って、子どもの多さにびっくりしました。スペインでは、シエスタ(長い昼休憩)があるので、夕食は夜9時くらいから始まります。レストランも夜遅くから営業を始めるので、夜中の11時になっても街にはベビーカーを押した夫婦や、子どもを連れた家族があふれています。子どもだけではなく、お年寄りや身体の不自由な人たちも街にはたくさんいて、車いすでも元気にどこへでも出掛けています。子どもの声が騒音として問題になったり、車いすの存在が迷惑がられたりすることはなく、社会が受け入れているように思いました。

カトリック教徒が多いことも影響しているかもしれません。避妊には否定的な宗教のため、家族が多く、他者への優しさがあるのでしょう。そこで暮らす人にとっては安心感のある社会です。
この優しい社会は、私にとっても居心地の良いものでした。もし、私が車いすユーザーになったとしても楽しい老後が想像できます。車いすで出掛けて、お茶を飲んだり、小さなピンチョス(スペイン料理)をつまんだり、ボランティアや街の人たちが手伝ってくれるのでバスや電車に乗ることもできます。
こんなに受け入れてくれる社会があれば、年齢を重ねるのも、子どもを産むのも怖くありません。スペインは日本よりも経済状況が悪く、失業率も高いのですが、みんなで一緒に子どもを育てていて、とても幸せそうでした。
子育てのしやすい社会は、お年寄りや障がい者にとっても暮らしやすい社会です。日本人も本来は優しい国民性です。お互いに優しさを示し、思いやりの気持ちを持てば、スペインのようにみんなに優しい社会を実現させることができるはずです。

関連情報

新著紹介心に響いた人生50の言葉』

今回の本は「自分育て」のヒントが満載です。子育て世代は勿論、全世代を対象に、心を元気にする本です。親からの金言、自己肯定感、働くことの意味、家族の絆、夢を見る力、幸せになるため、元気になるため、強くなるため、賢明になるため等、シチュエーションごとに章構成し、読者の気持ちに沿って、好きなところから読めるよう工夫しています。この言葉がみなさんの心に響き、穏やかにこだますることが出来たら、最高に幸せです。

著:アグネス・チャン
発行:かもがわ出版
価格:1,700円+税
仕様:四六判・260頁

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

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