2023.02.08
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「ヒトって死んじゃったらどうなるの?」子どもと"死"について話すときに伝えておきたいことは?

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験をもとに、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。子どもに「死ぬこと」について聞かれたときに、うまく説明することはなかなか困難です。子どもが抱える死への疑問や不安、恐れにどう向き合えばよいでしょうか。今回は「子どもと"死"について話すときに伝えておきたいことは?」をテーマに考えました。

子どものうちに命を育てる経験をすること

「死」を教えるということは、「生きる」ことを教えることだと思います。そのためには、子どもと一緒に生き物を育てる経験をすることが一番です。豆やタマネギ、ジャガイモなど身近なもので充分です。タネから芽が出て、育ち、実がなって、枯れる、それが命です。生きているものには終わりがあります。そして、枯れてもまた土に還って、世の中の役に立ちます。みんなに役目があり、順繰りとまわって、命の輪ができていくのです。私たちもその中の一部にすぎません。自分なりに命を全うすることの大切さを、命を育てることで子どもたちは知ることができます。

息子たちが小さいころ庭に夏みかんの木があって、毎年、アゲハチョウが産卵に来ました。アゲハチョウが産んだ卵は、幼虫になって、サナギを作って、そして蝶になって、飛び立っていきました。繰り返されるこのプロセスを「素晴らしいね」「美しいね」と感動しながら見守ることで、出会いと別れ、生きること、死ぬことを学ぶことができた気がします。命が繋がっていく、繋げるためにみんな必死で生きている、そういう経験をすれば、命について自然に感じ取るはずです。

「なぜ生まれ、死ぬのか」は、誰にも分かりません

生死について説明しようとしても、なぜ生まれて、なぜ死ぬのか実は誰も分からないのです。分からないからこそ、死ぬことが怖くて、たくさんの宗教や哲学が生まれたのです。

「教えに従えば、死んだ後は幸せな世界に行けます」「死んだ後は天国が待っています。神様に会えます」と宗教が生まれるのもそのためです。それは私たちが「死」と言う未知のことを恐れる気持ちがあるからです。

「死んだらどうなるの?」「死ぬことがあるのなら、なぜ生まれるの」と、子どもに聞かれても本当のことは誰も説明できません。この矛盾を抱えたまま生きていかなければいけないのですから、過剰に怖がらないことも大切です。

生死に関しては、民族や文化によっても考え方は異なります。たとえば、日本のように医療技術が発展していない国に暮らす人たちにとっては、私たちよりも死がもっと身近な場合もあります。私が初めてエチオピアを訪問したとき、衛生状況は悪く、電気や食べる物も無くて、人々は原始的な生活をしていました。干ばつがきたら、毎日のように人が死んでしまいます。赤ちゃんが生まれても必ず育つとは限らず、生と死は背中合わせで、死は遠いものではありませんでした。

そこで現地の人に聞いたことは、「死」には二つあるということです。石のように完全に死んでしまう「ストーンデッド」と、生きている死「リビングデッド」は違うというのです。たとえば、集落の集まりがあって話し合いをするときに、自分たちで解決できない問題があると、代表が離れた場所に行き、木に向かって話しかけます。死んでしまった人たちに、この件についてどう考えるのか、相談するそうです。そして、死者と会話をしたら、また戻ってきてみんなにメッセージを伝えます。彼らの中では死者は生きているのです。

彼らは、みんなが忘れてない限りは、その人は生きている「リビングデッド」なんだと言います。みんなが忘れてしまったら、その人は「死んだ」ことになります。肉体はないけど、彼の存在はあるのです。肉体は土に還っても、彼の残したものが生きている限りは死んでない、と考えていることを教えてくれました。

私も身近な人が亡くなったときには、この話を思い出します。肉体は見えないけど、私たちが忘れない限りはその人は死んでないのです。その人が生きたエネルギーは、また別のエネルギーに変わって戻ってきているのです。違う形で戻ってきているから、私たちは直接分からないだけです。

命がめぐる中で自分にできることを考える

「死」は、エネルギーが転換する時のひとつの言葉です。エネルギーがトランスフォームして、違うものになっていくだけで、この世の中から無くなるわけではありません。大事なことは肉体を残すことではなく、見えないものを残すことです。亡くなった人の魂が、残った人たちの心の一部になるのです。この肉体は形をかえてぐるぐるとまわっていくので、何も恐れることはありません。命がめぐる中で、自分が何を残すか、何をどうやって楽しむのかが大切です。

命とは、自分の持っている時間なのだと思います。自分の時間を誰かのために使えば、つまりその人と一緒に生きていることになります。自分の力を創作に捧げたら、その作品と一緒に生きていることになります。「私の魂のすべてをこの絵に捧げました」「魂を込めて作りました」という言葉を聞くことがありますが、本当にその通りだと思います。時間を費やして作り上げたということは命がかかっているのです。

「何も残さずに死ぬことが怖い」という人もいますが、方法はいくらでもあります。子どもを産み育てたり作品を作ったりすることだけがタネを残すことではありません。木を植えたり、花を育てたりすることもできるし、困っている人たちのために、寄付をして命を救うこともできます。図書館に行って本を読んであげるようなボランティアも、子どもたちの心にタネを残すことができます。形にこだわらなければ、自分の命を捧げることはいくらでもあります。

「私はあなた、あなたはみんな」、これは私がコンサートでファンに呼び掛ける言葉です。共に生きるということは、そういうことだと思います。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

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