2020.12.02
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コロナ禍で問われるモラルとは?

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験を基に、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。今回のテーマは「コロナ禍で問われるモラルとは?」です。緊急事態に右往左往する大人の姿は子どもたちの目にはどう映っていたのでしょうか?新しい生活様式が始まり「モラルある行動」が求められる今、改めて考えたいモラルについて取り上げます。

モラルは人々が集まって生活するために必要なもの

モラルとは、人間が社会生活をするうえでの永遠のテーマです。多くの宗教や哲学、法律と同じように人間が平和に、お互いに害を与えないようにフェアに生きるために作った仕組みです。モラルは人々が集まって生活するために必要なものです。
では、モラルはどこから生まれるのでしょうか?それは「不安」だと思います。モラルがあれば人々の行動は予測できます。政府がマスクの着用を呼び掛ければ、罰則がなくても、みんながお互いのためにマスクをする、これがモラルある行動です。もし、みんなが従わなければ、人々の行動や感染の広がりは予測できず、社会の秩序を守ることができません。法律に違反しているわけではないけれど、モラルとして守る。みんながある程度モラルを守ってくれたほうが、安心して生活できますよね。だから、社会のリーダーや大人たちがモラルを破り、思いやりのない行動をとっていては、子どもたちを含め社会的な不安も高まってしまいます。

モラルに沿った行動の大切さとルールに反対する意見のバランス

新型コロナウイルスをきっかけに、日本は世界の中でもモラルが守られている国だと認識されるようになりました。緊急事態宣言も、感染防止対策も、強制ではないんですよね。何か罰則があるわけではないのに、みんながお互いのためを思って行動を自粛しています。例えば日本では災害が起きて支援物質をもらうような非常時でも、争ったりすることなくきちんと列に並びますね。自分さえよければいいと思っていないからです。
モラルを高く保っていられる理由の一つとして、日本は島国だからだという説があります。周囲を海に囲まれているため、逃げ場はなく、かつての日本では生涯を同じ場所で過ごすことが当たり前でした。閉ざされたコミュニティの中で、最も気になるのは周囲の目です。他人の目が気になるので、お互いに自制するわけです。自分が悪いことをしてしまったら、自分だけではなく家族やコミュニティにも迷惑をかけてしまうため、無言のルールでも守っていく必要がありました。
逆にいうと、やりたいことができない、言いたいことも言えないというプレシャーもあったのではないかと思います。同調圧力が人間の想像力や自由も抑制していたかもしれません。

しかし、大多数がモラルに添った行動をする中でも、ルールを破る人は一定数います。中にはとにかくルールが嫌い、自由にふるまいたいっていう人もいるでしょう。もう一つは、ルールそのものに疑問を抱く人。「このルールは間違っていないかな?」「こんな状況はおかしいって誰かが言わないといけないんじゃないかな?」と立ち止まって考える人です。
例えば、校則で黒髪と定められているから、生まれつき茶色い髪の場合は黒く染めないといけないとか、遅刻は絶対にダメだから、たとえ友達が転んだとしても乗り越えて学校に急ぐ。「それっておかしいんじゃない?遅れてもいいから、倒れた友達を助け起こしてあげるべきじゃないの」と気が付く人がいます。決められたルールや多くの人が正しいと思っているモラルに対してノーと言えることも大切なんです。だから、必ずしもモラルは守らなければいけないものではありません。ルールに反対する意見が、場合によっては社会全体が進んでいくチャンスになることもあるのです。

物事の本質を見極めるために必要なこと

何が正しくて、何が正しくないかということは、文化と時代によって変わっていくものです。昔は10代で結婚して、20代になったら「もう結婚適齢期は過ぎた」なんて言われていました。今の日本では、結婚は18歳からと定められていますよね(※注)。結婚という制度についても、一夫多妻制の文化の人たちから見たら、私たちのルールがおかしいと思うかもしれません。国際化が進み、多くの文化が交わるなかで、モラルや価値観の対立は激しくなっていくのではないでしょうか。

物事の本質を見極めるためにも、正しい答えは一つだけではないという教育も必要です。私たちが信じているサイエンスも、現時点での真実でしかありません。科学が進化すれば、さらに真実に近づいていきます。モラルも同じです。何が一番正しいのか、何が人間の幸せや平和につながっていくのかということは、永遠に問いかけていかなければいけない問題です。ただ、最近では哲学や宗教の影響力は弱くなり、マスの力、多数決で物事の是非を決めるようになりました。数が多ければ正しい。大多数の意見に従うべしという、ちょっと危険な民主主義に近づいている気がします。51%が絶対に正しいのかということも問いかけられている時代です。判断基準も人類のためだけではなく、「地球や環境のため」という視点に変わってきています。人間は今、モラルについて考えていくための大きなターニングポイントに立っているのではないでしょうか。

※注
現在(記事リリース時点)の民法では婚姻年齢は男性が18歳以上、女性は16歳以上と定められている。2022年4月施行の民法改正により、男性、女性ともに18歳になれば結婚できる。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

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