2018.10.03
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

子どもの頃から国際社会の出来事に目を向けるには?

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験を基に、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。今回のテーマは「子どもの頃から国際社会の出来事に目を向けるには?」です。

私が携わっているユニセフの活動を通して知った、教育現場でも活かせるノウハウや、世界の現状を知る大切さをお伝えします。

まずは知ることからはじめましょう

ユニセフの活動をしていると、「私には何ができるのでしょうか?」と質問を受けることがありますが、そのときにはいつも「何もしなくてもいいから、まずは知ることから始めてみてください」と答えています。

たとえば、ウクライナ情勢のこと。先日ユニセフの活動で訪れたのですが、東部エリアは今も激戦状態です。爆弾が飛び交う中、逃げられず前線にいる子どもは20万人もいます。学校も病院も、水道局さえも攻撃されています。しかし、このことはほとんど報道もされません。

この問題に関連して、各国の歴史的背景や対立構図、資源をめぐる対立などが複雑にからむ中、例え現状を知ったところで、私にはこうした現実を止めることはできません。でもこうした状況を知っていたら、「いつか私にも何かできるかもしれない」と思える。そのように気付くことが行動を起こすきっかけになるのです。これが知ることの大切さです。

教室の中でもできる、貧しい国の現状を知る体験

ユニセフには学校事業部という部門があり、日本の学校と連携してさまざまな活動をしています。「ユニセフ・キャラバン・キャンペーン」はその一環で、教員対象の研修会や、学校でのユニセフ教室などを実施しています。ユニセフ教室では、たとえば次のような授業を行っています。

1つのテーブルには子どもを15人座らせて、クッキーを1枚。もう一つのテーブルには1人の子どもを座らせて、クッキーを15枚配ります。これは途上国と先進国の縮図です。15人でクッキー1枚ではお腹いっぱいにはならない(途上国の現状)、その一方、1人で15枚は多すぎて食べきれない(先進国の現状)。子どもたちでもよく分かる話です。

また、別の授業では、水瓶を持って、一日片道2〜3時間歩き水を汲みに行っている子どもの話を、実践を交えて伝えます。教室にバケツを用意し、水を入れて子どもたちに実際に運んでもらうのです。家の近くに水道も井戸もない子は、こんなに重いものを運んでいること、それがどんなに大変なことかが身をもってわかります。

自分に何ができるのかは、いつかその後に。

世界で起きていることを知った子どもたちが、何を感じるのか。ここはしっかり見届ける必要があります。途上国の大変な境遇を知って胸が熱くなり、何とかしたいと思える子は、とても幸せだと思います。自分は偶然この恵まれた社会に生まれてきたのではなく、実は、人のために何かできる環境にいるのだと目覚めることができたら、本当に幸せです。一方、途上国の現状を見て、「気持ち悪い、見たくない」と思う子にはもう少し教育が必要です。目をそらすというのは、まだ心を開いていないということ。前述のユニセフ教室のような取り組みを繰り返すなどで、身を持って現状に向き合い、少しずつ何かを感じてもらうことが大切です。

人は自分だけのために生きているわけではありません。本当に幸せになっていける人というのは人のことを考えられる人。本当に人のことを考えられる人は、一人でいても寂しくないし、お金がなくても貧しく感じない。それが、群れで生活する動物である人間の摂理であり、幸せへの一番の近道なのです。私は自身の子育てにおいても常にこれを言い聞かせ、子どもが自分でそう気付いてくれることを目標としてきました。

まず知ることにより、自分が置かれている立場や状況をより深く理解することができます。自分の周りしか見ていないと知識は広がらず、本当の自分がわからないということにもなりかねません。鏡で前だけ見てきれいにしていても、三面鏡で横から、後ろからと確認したら実は服が汚れていたということもあるかもしれない。多角的な視点を持たないと、最終的に恥をかくのは自分なのです。

小学生、中学生と、段階によって教育現場で教えるべき国際社会の出来事の内容や伝え方は違ってくると思います。たとえば中学生になるとアイデンティティ教育が大事になってきます。そのためにも日本のことを知ることは必須です。日本と周辺各国との関係、世界の歴史、世界の現状、その上での日本とは? 祖国とは?比較するというよりは、その違いを知ることで初めて、自分たちの役割や立場が見えてきます。これは、自分が生き延びていくためにも大切なプロセスであり、ひいては自分自身を理解し、確立していくことにもつながります。

世界で起きていることを知った時、それに対して自分は何もできなくてもいい。ただしその事実と向き合い、何かを感じること。これが全てのスタートです。何ができるのかはその後で考えればいいのです。まずは、子どもたちが知って、気付いて、感じることができるような環境を整えることが、教育現場においても家庭においても必要だと思います。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

構成・文・写真・イラスト:学びの場.com編集部

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望・気になることなど、お寄せください!

「アグネスの教育アドバイス」では、取り上げて欲しいテーマ、教育指導や子育てで気になることなど、読者の声を随時募集しております。下記リンクよりご投稿ください。
※いただいたご意見・ご要望は、企画やテーマ選びの参考にさせていただきます。
※個々のお悩みやご相談に学びの場.comや筆者から直接回答をお返しすることはありません。

pagetop