2016.12.07
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子どもの行き過ぎた暴力、なぜ起こる?

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験を基に、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。第91回目のテーマは「昨今、社会の耳目を集める"子どもの行き過ぎた暴力"。子どもを暴力に向かわせる要因や、それを予防する手立ては?」です。

今こそ向き合いたい、子どもの行き過ぎた暴力

日本の少年犯罪は2004年から減少傾向にあり、2015年には戦後最少の3万8,921人となったそうです。そのうち暴行・傷害は5,093人で、これも前年より1,150人減少しています。しかし、その一方で殺人は60人と、前年から10人増加が見られます(以上、出典:警察庁「平成27年中の少年非行情勢について」)。

このように行き過ぎた暴力事件を起こす子どもはごく少数ですが、事態は深刻さを増しているとも考えられます。マスコミに度々大きく取り上げられることもあり、保護者や教師の皆さんも気が気ではないでしょう。今月は、子どもを暴力に向かわせる要因はどこにあるのか、また、未然に暴力の芽を摘むために家庭でどのようなことができるかを考えてみます。

暴力のエスカレートを招く要因

一部の子どもが暴力行為に走り、時にそれをエスカレートさせてしまう要因として、まず考えられるのは反社会性パーソナリティ障害の一つである精神病質です。この障害を持つ人は「サイコパス」と呼ばれ、どの社会にも人口に対して数パーセントほど存在すると言われています。特徴としては、「感情が希薄で他者への共感性や良心が極度に乏しい」「口達者で表面的には魅力的な人物に見えるが、人を操ろうとする傾向や攻撃性がある」「衝動的で問題行動を起こしやすい」といった点が指摘されています。原因には遺伝的な要素も少なくないとされ、自己のコントロールを教える心理療法や薬物療法による症状の軽減が図られています。

とはいえ、暴力事件を起こす子どものすべてがサイコパスであるわけではありません。暴力的な表現のある漫画やコンピューターゲーム、インターネットサイトのもたらす影響も、大きな要因であると考えられます。有害図書・有害サイトに指定されるような残虐性の高いものはもちろんですが、一見、問題のなさそうなゲームの中にも、物を投げてキャラクターを捕らえるといった暴力的な表現が見られます。このようなものに小さな頃から親しんでいると、暴力は「面白いもの」であるかのように捉えられ、他者を攻撃することに抵抗を感じにくい子も出てきてしまうのではないでしょうか。さらにはバーチャルの世界と現実の世界が明確に区別できなくなり、手加減なく暴力を振るった結果、相手を死に至らしめてしまう危険性もあるでしょう。

子どもをゲームや漫画から遠ざけ、暴力への抵抗感を抱かせる

アグネスの教育アドバイス「子どもをゲームや漫画から遠ざけ、暴力への抵抗感を抱かせる」イラスト

サイコパスの診断や治療は専門家に任せるしかありませんが、暴力的なゲームや漫画などの影響から子どもを守るために対策することは、私達にも可能です。日本のゲームや漫画は刺激的で面白く、ハマりやすいように作られていますから、それに打ち勝つような手立てを考えなくてはいけません。

まずは脳の発達が活発な幼少期から、良くないゲームや漫画をブロックすることが必要でしょう。インターネットについては禁止するのは現実的ではありませんから、賢く使いこなすための指導が求められると思います。私は3人の息子には、ある程度の自己コントロールが可能になる高校入学まで、基本的にゲームや漫画を禁止しました。それでは子どもが学校で話題についていけなくなるのでは、と思われるかもしれませんが、息子達は友達もたくさんでき、心配するようなことは起こりませんでした。

しかし、どれだけ気をつけていても、子どもはどこかでゲームや漫画に触れてしまうものです。それらに子どもを奪われないようにするためには、世の中にはもっと面白いものがたくさんあるということを、小さな頃から教えることが大切だと思います。これは学校で行うには限界がありますから、家庭での頑張りが必要になるでしょう。

我が家では、息子達に良い絵本や本をたくさん読ませ、ミミズやカタツムリを探しに行ったり、海から連れ帰ったカニの産卵を観察したり、美術館や科学館などに出かけたり、釣りをしたりと、親子で外遊びや自然観察も楽しみました。その他にも、チェスや囲碁、ボードゲーム、しりとり、音楽、お菓子作りといった頭や体を使う様々な体験を、子どもの成長段階や興味に合わせて息をつく間もなく与え続けることを心がけました。

こうした体験は子どもに達成感を与え、「わかった!」というひらめきによって脳が活性化するという「アハ! 体験」をも呼び起こすかもしれません。また、動物との触れ合いは脳内物質のオキシトシンを分泌させ、心の安定と幸福感をもたらすと言われています。オキシトシンはセロトニンの働きをも高めてくれるので、行き過ぎた暴力の抑止にもつながるでしょう。

「すでに我が子がゲームに夢中になっている」という方も、諦めないでください。人間は経験から学ぶ生き物ですから、子どもがゲームで学んだことに親が上書きすることで、暴力への抵抗感や人の痛みを教えることは不可能ではありません。子どもがバトルゲームで人を倒して喜んでいたら放っておかずに、「あの人死んじゃったんだよ、かわいそうでしょ」「現実に起こったら怖いよね」などと言葉をかけてみてください。その時は反発したとしても、親の働きかけはきっと子どもの頭に残るはずです。

我が子が人をいじめたり、暴力を振るったりすることを楽しいと思うようになれば、それは親の責任と言えます。しかし、子どもが高校生になるまで親がしっかりと対応していれば、その後、悪い影響を受ける心配はあまりないでしょう。私の息子達は大変な読書好きになり、釣りは親子の共通の趣味となりました。皆さんも子どもと一緒に色々な体験を楽しみ、豊かな毎日を送っていだただければと思います。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

構成:吉田教子/イラスト:あべゆきえ

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