2016.11.02
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差別意識はなぜいけない?

私、アグネス・チャンがこれまで学んだ教育学の知識や子育ての経験を基に、学校や家庭教育の悩みについて考える連載エッセイ。第90回目のテーマは「日常の中にあふれる様々な差別意識。差別意識を持たない子どもを育てるためにはどうすべきでしょうか?」です。

差別意識のない子どもを育てるために

イラスト「アグネスの教育アドバイス:差別意識はなぜいけない?」

人種や宗教、性別、障害、学歴などに関する偏見に始まり、果ては夫の年収や雇用形態の違いで「勝ち組・負け組」とするような風潮まで、私達の身の回りには様々な「差別意識」があふれているように感じます。「差別は良くないことだ」と誰もがわかっているにも関わらず、なぜ人は人をカテゴライズし、優越感を得たがるのでしょうか。

大人がこうした疑問に真正面から取り組み、差別意識に敏感にならなければ、「差別はなぜいけないの?」という子どもの疑問に説得力のある答えを示すことはできないでしょう。今回は、差別意識が生まれる要因やその影響、差別意識を持たない子どもを育てるためにどのようなことができるかを考えてみます。

誰の中にもある、差別意識の種

そもそも、人はなぜ差別をするのでしょうか? その要因には、先天的なものと後天的なものがあるようです。先天的な要因は、自分のテリトリーを守り、優位に立って生き抜こうとする自己防衛本能と、種の保存を目的とした生殖本能。野生動物ほど強くはないにせよ、人間にもこれらの本能が備わっていると言われています。後天的な要因は、歴史や文化、環境の中で刷り込まれた偏見や思い込み、先入観、固定観念など。女性が男性と同じように能力を発揮し、人種間にはごくわずかな遺伝子配列の違いしかないことが明らかにされている今も差別がなくならないのは、この後天的な要因も大きいのではないかと思います。

例えば、移民や難民の問題。外国人が観光目的で訪れる場合は大歓迎でも、移民や難民としてやってくる場合には受け入れに難色を示したり、退去を望んだりするケースが少なくありません。その背景には、「自分達の仕事が減るかもしれない」「治安が悪くなるのでは?」といった自己防衛本能による危機感が影響していると感じます。

男性優位の社会が形作られた背景には、女性を自分の支配下に置くことで子孫を残すチャンスを他者に奪われまいとする、男性の生殖本能が関わっているようです。その中で女性蔑視の偏見が生まれ、固定観念として刷り込まれていったと考えられます。

偏見や思い込みが人に及ぼす影響については、心理学でも様々な研究がなされています。例えば、散らかった教室に無作為に選んだ子どもの顔写真を並べ、その中の誰が教室を汚したかを教師に推測してもらう実験を行った所、ほとんどの教師がいわゆる「かわいい子」は選ばない傾向にある、という結果が出ています。また、教師が「この子の学力は高くなさそうだ」という先入観を持っていると、その子に対する指導がおろそかになりがちで、結果として成績が上がりにくくなる可能性があることも明らかにされています。

これらの要因を見ると、親も教師も例外なく、誰もが無意識のうちに差別意識を持ちかねないことに気づかれるでしょう。

親や教師が子どものロールモデルに

差別は、差別された人の心を傷つけ、その人生まで左右するほど恐ろしいものです。さらには諸刃の剣のように、差別をした人をも傷つける危険もはらんでいると思います。なぜなら、人は差別をすることで優越感や快感を得ると同時に、良心の呵責も覚えるからです。その心理的な矛盾によるストレスで、自分を愛せなくなってしまう可能性もあるのです。

こうした不幸の元である差別意識を子どもに植え付けないためには、なるべく小さなうちから働きかけることが大切になってきます。まずは親や教師が差別的な言動を取らないように努め、子どものロールモデルになることが必要でしょう。大人が人によって態度を変えたり、中傷をしたりしていれば、幼い子どもはそれを正しい行いと思ってしまうかもしれません。勇気がいることではありますが、自分の意識や言動を改めるだけでなく、周囲の大人に良くないと思う点があれば指摘し、正していくことも心がけていただければと思います。

また、子どもに常日頃から「外国人は怖い」「男の人は偉い」といった偏見や思い込みには意味がないということ、気をつけていないと自分も誰かを差別する恐れがあるということを語り聞かせるのも有効だと思います。「あなたが素晴らしいように、他の人も素晴らしい。肌の色や性別が違っても、皆大事な仲間なの」「人の上に立ちたいという気持ちが生まれた途端、差別が始まることを忘れないで」というように、子どもに繰り返し語りかけてみてください。「あなたは東洋人。西洋の人から差別されたらどう思う?」「『子どもは口をきくな』というのも差別だよ。そういうことされたい?」など、差別される側に立って考えさせるのもよいでしょう。これはそのまま、「差別はなぜいけないの?」という疑問の答えになるはずです。

私の3人の息子達は、こうした幼少時からの働きかけと、アメリカの高校・大学に進学した経験により、差別に対して高い意識を持つようになりました。今では、私が息子達から教えられることも多々あります。一朝一夕でできることではありませんが、日々の働きかけは未来に必ず実を結ぶと信じて、差別意識のない子どもを育てるための第一歩を踏み出していただければと思います。

アグネス・チャン

1955年イギリス領香港生まれ。72年来日、「ひなげしの花」で歌手デビュー。上智大学国際学部を経て、78年カナダ・トロント大学(社会児童心理学科)を卒業。92年米国・スタンフォード大学教育学部博士課程修了、教育学博士号(Ph.D.)取得。目白大学客員教授を務め、子育て、教育に関する講演も多数。「教育の基本は家庭にある」という信念のもと、教育改革、親子の意識改革について積極的に言及している。エッセイスト、98年より日本ユニセフ協会大使、2016年よりユニセフ・アジア親善大使としても活躍。『みんな地球に生きるひと』(岩波ジュニア新書)、『アグネスのはじめての子育て』(佼成出版社)など著書多数。2009年4月1日、すべての人に開かれたインターネット動画番組「アグネス大学」開校。2015.6.3シングル『プロポーズ』release!!(Youtubeで公開中)

AGNES CHAN OFFICIAL SITE ~アグネス・チャン オフィシャルサイト

構成:吉田教子/イラスト:あべゆきえ

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