2018.02.14
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『シェイプ・オブ・ウォーター』 種族を超えた愛を描く新たな傑作

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、種族を超えた愛を描く大人のメルヘン『シェイプ・オブ・ウォーター』です。

本作の発端は『大アマゾンの半魚人』

『シェイプ・オブ・ウォーター』は、実にユニークな作品だ。簡単に言ってしまえば全身鱗で覆われた半魚人と人間の女性の恋を描いたもの。『美女と野獣』などに代表されるように、異種の者同士の恋愛はこれまでにも色々創られてきているから珍しいものではない。ではどこがユニークなのか。それは普通に上映したら思わず笑ってしまうようなことを平然とやってのけていることだ。その最たるシーンが、半魚人とヒロインとのダンスシーン。MGMの黄金時代のミュージカルのような場面を半魚人とミュージカル好きのヒロインとで魅せるのだが、これは危険な賭けでもある。一部のマニアックな人は賞賛するかもしれないが、一般の人々は「何これ?」と眉をしかめるかもしれない。ともすれば爆笑&失笑にもなりかねないシーンだ。ところが本作では、思わずニヤリとさせられつつも甘美なため息をつきたくような名場面となっているのだから驚かされる。

そんな仕上がりからも想像がつくかもしれないが、本作はベネチア映画祭で金獅子賞を受賞、ゴールデングローブ賞では最優秀監督賞などを取り、今年のアカデミー賞では最多の13部門でノミネートされている。そう、実に映画マニアがニヤニヤするような、どちらかといえばB級テイスト的な作品でありながら、本作はヤバいくらいにA級に昇華してしまった、まさに化けた傑作なのである。

この物語の発端は、すべて監督であるギレルモ・デル・トロが子どもの頃に見た『大アマゾンの半魚人』というユニバーサル映画にある。1954年に作られたこの映画は、アマゾンにアメリカの探検隊が乗り込んでいき、そこで半魚人を発見するというストーリー。その半魚人が人間の女性に恋をするが、探検隊は「とにかく恐ろしいヤツだ」ということで、最後は半魚人を殺してしまうという展開になっている。だが、考えてみるとこれは何かおかしい。半魚人はそこのいわば現地人であり、そこへ勝手に乗り込んだのはアメリカ人の方。なのに、恐ろしいヤツだからということで殺してしまう。侵略したのはアメリカなのに、まさに納得いかぬ展開なのである。

メキシコ人であるデル・トロ監督が子どもの頃にその矛盾に気づいたかどうかはわからないが、とにかく監督は6歳の頃にこの映画を観て、半魚人が殺されずに女性と駆け落ちする漫画を書き始めたのだそう。二人が幸せになることを夢見てきた監督が、満を持して作ったのがこの作品というわけなのだ。

だがそれだけではこの映画は、ここまで各賞にノミネートされるような作品にはならなかったはず。おとぎ話のような展開ではあるし、舞台はソ連とアメリカが冷戦状態だった1962年という過去を舞台にしているが、物語自体は現代のアメリカにちゃんと呼応するものになっているからこそ、この作品は評価を受けたのだ。

本気で“愛”と“人間”に挑んだ作品

ご存知の通り、トランプ政権になってからのアメリカは、移民を追い出す対策を始めたり、イスラム教徒が入れないような政策を打ち出したり、差別や区別を助長するような状態が続いている。では62年のアメリカは? 人種差別や女性差別など様々な問題を抱えている時代であり、ソ連との冷戦で軍事力や科学力を競い合っている時代であった。これは現代にも通じる。本作をもしも今の時代で描いたならば叩かれたかもしれないが、昔という時代に包み込みおとぎ話のように半魚人と人間というファンタジーなラブ・ロマンスに仕立てることで、その裏に現代を刺すような鋭い刃物を忍ばせることに成功したのだ。

登場人物達からしてすごい。まずヒロインのイライザは決して美人ではない、40代の中年女性だ。しかも彼女は声が出ないという設定。あまり人と積極的には交わらず、もちろん恋人もなく、時には悶々とした思いを自慰行為にあててしまうような、そんな“生”な女性が主人公だ。

そして、そんな彼女と繋がっている人達もそれぞれ事情を抱えた人ばかり。イライザが働いているのは、アメリカ政府の極秘研究所。そこで掃除婦をしている彼女が、最も仲良くしているのが当時虐げられていた黒人女性のゼルダ(『ドリーム』でも素晴らしい熱演をしたオクタビア・スペンサーが、ここでも強くて愛情に溢れる女性を心に残る演技で魅せる)。この研究所でエラソーにしているストリックランドは、そんなイライザとゼルダを「トイレ掃除をする女達」と平然と卑下したりするような男。本作では、そういう差別が横行していたこともしっかりと描かれているのだ。

またもう一人イライザを助けてくれるのが、彼女の隣人のジャイルズという男性。彼はゲイなのだが、当時はゲイというだけで迫害されて当然という時代でもあった。つまりイライザとその仲間はそれぞれ差別などを受けている人達なのである。一方、軍部から来た人間・ストリックランドは、とにかく“力”ですべてを抑えこもうとする人間で、まさに権力の象徴として君臨している。彼は半魚人すらも暴力で手なづけようとし、時には酷い拷問まで行う。ま、そのせいで半魚人に指を食いちぎられることになり、それがまた彼の半魚人への憎悪を膨らませることに。そして、ストリックランドは軍事力の増強のために、半魚人を解剖してその秘密を明かそうと決意。それを知った半魚人を愛するイライザは、なんとか半魚人を逃そうとゼルダやジャイルズを巻き込んでいくことになるのだ。

でもこれってちょっと視点を変えれば……。
権力ですべて押さえつけようとするストリックランドをアメリカだとしてみると、今の北朝鮮問題や、差別問題、様々な現代の問題にすべて当てはまっていく。しかもストリックランドが愛読しているのが、62年当時にベストセラーだった『The Power of Positive Thinking』という本なのだが、これがまたドナルド・トランプ氏の愛読書でもある。なんという皮肉!!

さらにすごいのは監督が自分のやりたいことを貫き通すために、自腹を切ってこの映画を作っていることだ。かつて日本でも、『シン・ゴジラ』を創る時にラブストーリーを入れたいというプロデューサー側の意向をぶっちぎり、庵野秀明監督が自分の思うままに作って成功に導いた。同様に、デル・トロ監督はヒロインに有名女優を使うとか、『美女と野獣』のように醜い野獣との愛のはずだが、最後には美しいプリンスとの愛に変わるようなハリウッド的手法を避けたいと考え、身銭を切ることにしたのだという。だからこの映画はグロいシーンもしっかり描くし、女性の性衝動などエロティシズムなども必要があれば描き、人間の美しい愛の面も残酷さや醜い部分もすべて覆い隠すことなく描き出した。

そう、つまりこの映画は本気で“愛”と“人間”に挑んだ作品なのだ。今まで描かれてきた『美女と野獣』を代表とする、愛は外見に囚われない崇高なものと打ち出しつつも、最終的には魔法が解けて美しいプリンスになってしまう「ちょっとズルくない?」的な展開がないのも本作の魅力。本当に真の愛を描ききったからこそ、冒頭で言ったヒロインと半魚人のダンスシーンを名シーンにすることができたのだ。

ちなみにタイトルの“シェイプ・オブ・ウォーター”は、器などに応じて形を変える水を、愛に例えてつけたもの。愛は状況に応じて様々に形を変えるものだから。本当の意味での“大人のメルヘン”をじっくりと味わっていただきたい。

Movie Data

監督・脚本・製作・原案:ギレルモ・デル・トロ/出演:サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、リチャード・ジェンキンス、ダグ・ジョーンズ、マイケル・スタールバーグ、オクタヴィア・スペンサーほか
R15+
(C)2017 Twentieth Century Fox

Story

1962年、ボルチモアにあるアメリカ政府の極秘研究所に、アマゾンの奥地で神のように崇めたてまつられていた謎の生物が担ぎ込まれた。研究所の清掃員で声の出ないイライザはその生物に惹かれ、こっそりと会いに行き、ゆで卵をさし入れるように。だがそんな“彼”が解剖されると知り、イライザは助けようとある計画を目論見始めるのだった……。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『リメンバー・ミー』

メキシコの「死者の日」を題材に祖先や家族を尊ぶ物語

メキシコといえば音楽にあふれた街という印象がある。だがこの映画の主人公ミゲルの家では先祖代々音楽は禁止。というのも曽祖父が音楽を追い求めるあまりに曽祖母と娘を捨てたことから、音楽を禁じ、代々靴屋を営むことになったのだ。しかしミゲルの音楽への有り余る情熱は衰えることなく、ギターを隠し持って練習していた。憧れの歌手である故・アーネスト・デ・ラ・クルズのようになるのが彼の夢だから。

そんなある日、音楽を楽しんでいたのがバレたミゲルは、大切なギターを祖母に壊されてしまう。日本のお盆のように先祖を迎える祝祭日・死者の日に行われる音楽コンテストへの挑戦を夢見ていたのに……。そこで、ミゲルはクルズのお墓に飾られていた彼のギターを借りてコンテストに出ようとする。しかし、バチが当たり、ミゲルは生きているのにドクロだらけの死者の国へ。彼は戻れるのか?

この映画の面白い所は、メキシコの人々の死生観。この国では死者の日に先祖の写真を飾って故人を偲ぶ行為をするが、ちゃんと写真を飾って偲んでくれれば死者の魂は現世に戻ることができる。しかし誰も写真を飾ってくれなかったり、思い出してくれる者がいなくなると、死者は死者の国からも姿を消して本当の死を迎えることになる。恐ろしくも哀しい設定なのだ。

これは、お盆の風習がある日本ではとてもわかりやすい展開だ。この映画を観るとなぜお墓参りをした方が良いのか、なぜ祖先を敬うべきなのかが伝わる仕組みとなっている。そしてそれはメキシコという異文化の国でも同じような伝承があることを知る驚きにも繋がり、同じ人間であることを再認識させてくれることにも繋がる。楽しいアドベンチャーであると同時に家族のドラマでもある本作は、家族の深い愛情に大人は号泣し、子どもは冒険を楽しみつつ家族の大切さを認識するようになるはず。墓参りの意味を知るためにも是非、幼稚園児から見せたいディズニー/ピクサーの傑作だ。

監督・原案:リー・アンクリッチ/共同監督:エイドリアン・モリーナ/製作総指揮:ジョン・ラセター/声の出演:アンソニー・ゴンザレス、ガエル・ガルシア・ベルナルほか(日本語吹替え版)石橋陽彩、藤木直人、松雪泰子ほか
(C)2018 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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