教科学習と探究の接続をどう実現するか?(2)
前回は教科学習と探究の接続について書きました。新学習指導要領の内容も確認しながら、教科学習と探究の接続が重要ということをおさえつつ、学校現場の抱える課題を2つ指摘しました。そして「教科学習と探究の接続において大切な視点は教員の教科観や授業観だ」と書いて終わりました。今回はこのことについて書きたいと思います。
立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平
教員の教科観や授業観
「普段どんな思いで授業をしているのか?」「教科指導を通してどんな生徒を育てたいのか?」「そもそも何故〇〇(自分の教科)教員になったのか?」。教員にとって重要な問いです。そして教員は誰もがこの問いの答えをもって教員になっています(なっているはずです)。教員生活を続ける中で問いの答えを忘れてしまうこともあるでしょうが……
本校の探究の授業には「問いを立てる」という単元があります。「問いを立てる」にはコンテンツが必要ですが、そのコンテンツとして教員が自分の教科を学ぶ意味を語るという取り組みをしています。話を聞くとその先生の教科観や授業観が伝わってきます。探究の授業をすることで、各先生が持っている授業観や教科観が変わっていくかどうか、実はここに探究と教科の接続の大きなポイントがあるように思えてなりません。もしかしたら、その背景には、先生自身が授業や教科を探究しているかどうかが明らかになるからかもしれません。
探究の指導を通じて変わった授業観
2020年10月28日の夜、マイプロジェクト事務局主催で「教科学習と探究の接続をどう実現するか」というテーマでのオンライン探究勉強が行われました。そのときに発表した本校の若手教員、A先生の発表内容を紹介します。
A先生とは、2年前から一緒に探究の授業を担当しています。当初は「探究の授業は本当にやりたくない、カリキュラムに存在している理由が分からない、逃げたい」と思っていたとのことです。その背景には「自分は国語で採用されているのに、なんでわけのわからないものをやらなきゃいけないのだ」という思いがあったようです。
そんなA先生ですが、探究を担当しなければいけないという状況になったときに「バックネット裏族(自分では何もせず外から文句を言うだけの人)になるな」という中学校の先生からの言葉を思い出し、その言葉を大切に探究に取り組みます。2年目には探究で使えるものを全部国語に使おうと教科と探究をつなぐ取り組みをはじめます。もちろんはじめは教科での取り組みもうまくいかないことが多かったのですが、「授業こそ自分のマイプロジェクト」と腹をくくり、「どうしたらうまくいくのだろう、そもそも、うまくいった授業ってどんな授業のことなのだろう」と問いを立てて自ら考えます。その後、探究で活用したワークシートを国語の授業でも使い、コア探究で問い立てした内容でミニ文章を作成させるなどの取り組みを進めます。文学総合(国語の選択授業)では、「文学作品×学問」というテーマで、文学作品をある学問の視点に着目して分析する取り組みをしています。A先生の取り組みはまさに、探究と教科の融合です。
この取り組みの裏にはA先生自身の教科観・授業観の変化があります。「授業とは試験問題が解けるようにすること、与えられた問いに対して答えが出せること」という授業観が、最近は「授業とは視野を育てること」というように変わってきたようです。A先生は「視野を育てるためのコンテンツが教科であり、コンテンツと『今』をつなぐのりが探究なのでは?」とも言っています。以前教員ではない立場で探究の指導などで学校に入られている方が、「先生にしかできないことは教科の見方・考え方でテーマを切ること」と言われていましたが、おそらく同じような感覚なのだろうと思います。たしかに教科は世界を見る道具ですし。
教員が変われる場、成長できる場を!
本校の若手教員の例を書きましたが、考えれば考えるほど、マインドセットという問題にたどりつきます。「何もしなければ何も失敗しないように思える(本当は何もしないことが失敗なのですが)」というのは事実です。逆に何かをすると上手くいくことも失敗することも出てきます。探究も同じです。探究の取り組みを進めるということは、生徒や教員が成長するということは事実ですが、同時に何らかのうまくいかない出来事は必ず起こります。教員の成長の差が明確になるかもしれません。
マインドセットは「成長型(グロースマインドセット)」と「固定型(フィックストマインドセット)」の2種類に大別されます。成長型は「自分の能力は努力次第で成長させることができる」という考え方であり、固定型は「能力はもともと決められており変わらない」という考え方です。成長型の人は、ミスをしても事実を受け止め問題解決に取り組みます。しかし、固定型の人はミスから目をそらし、自己防衛する傾向があると言われています。
教員が探究を面白がれるか、伴走できるか?教科を探究できるか?それは、教員が成長型のマインドセットを持てるのかどうか、そして多くの教員が自分が持つ教科の価値観や自身の成功体験を一度壊して再構築することができるのかに尽きるのかもしれません。ただ一つだけ言えることは、教員がマインドセットを変えるチャンスや場が必要で、探究にはその可能性があるということです。
教科学習と探究の接続を学校で取り組もうとするときに、リーダーシップや仕組みもいろいろ重要でしょう。しかし、まずは教員が越境して、学びあい、柔らかなマインドセットで取り組むこと、それができる場が重要だと思います。
大きな問題を見据えつつ、今大切なことは、目の前の生徒や学校をどうするのかということです。「1人の100歩より、100人の一歩」。元城南高校校長の和田美千代先生が常に言われていることですが、この言葉の重みを感じます。
新学習指導要領は資質能力ベースですべてを貫き、教科の位置づけそのものも変わろうとしています。10年後にふりかえった時には大きな変化が起こっていることでしょう。今は明るい未来を信じて、現場で一歩でも取り組みを進めるしかないのかなと思います。
お読みいただきありがとうございました。これが今年最後の投稿になります。よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。
関連リンク
酒井 淳平(さかい じゅんぺい)
立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。
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