2007.02.20
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思い出の給食を再現しよう 【食と暮らし】[小6・社会科・家庭科・学活]

第七回目のテーマは「学校給食」。給食の思い出を通して親子の世代をつなぎましょう。

藤本勇二(ふじもと ゆうじ)

武庫川女子大学教育学部 教授。小学校教諭として地域の人に学ぶ食育を実践。文部科学省「食に関する指導の手引き」作成委員、「今後の学校における食育の在り方に関する有識者会議」委員。「食と農の応援団」団員。環境カウンセラー(環境省)。2010年4月より武庫川女子大学文学部教育学科専任講師。主な著書は『学びを深める 食育ハンドブック』(学研)、『ワークショップでつくる-食の授業アイデア集-』(全国学校給食協会)など。問題解決とワークショップをもとにした食育の実践研究に取り組む「食育実践研究会」代表。'12年4月より本コーナーにて実践事例を研究会のメンバーが順次提案する。

思い出の給食を振り返る

 学校給食は子どもたちの学校生活に深くかかわっています。子どもの頃に食べた学校給食の味は原体験ともいえるものです。「なつかしの給食を再現する」活動を中心にして社会科・家庭科等の教材として取り上げてみました。

 卒業が近づき小学校生活の思い出を振り返り始めた6年生の1月から学習は始まりました。子どもたちの6年間の思い出の中に給食の話題が出てきました。「1年生の時によく残してしまった」、「デザートの出る日はぜったい休まないと決めていた」。そこで自分にとっての思い出の給食を八つ切り画用紙を使って絵に書いてみました。エピソードや思い出も絵に添えました。子どもたちは嬉々として活動しました。

思い出の給食を絵に描く 思い出の給食を絵に描く
子どもたちが八つ切り画用紙に描いた思い出の給食  (クリックで拡大)

大人もなつかしい給食

 子どもたちが家庭で給食の思い出の学習を話題にしたところ、保護者も給食の思い出を語り始めました。「牛乳がおいしくなかったと言ってたよ」、「昔は今と食器が違っていたらしいよ」等、子どもたちは親から聞いた話を学校でも紹介してくれるようになりました。

 そこで、自分たちの家族に懐かしの給食の献立について取材しました。 「脱脂粉乳の味とにおいは忘れることができない」(40代)。「おかずは絶対に鯨の肉を油で揚げて、フライドポテト、人参玉葱をケチャップでからめた物をもう1回食べてみたい」(40代)。「食器はアルミで冷たい感じでした」(30代)……等々と、子どもたちの周りの大人は給食の思い出をなつかしそうに語ってくださいました。

 たとえば、40代の方の給食の思い出は次のようなものです。

おでん(じゃがいも・こんにゃく・平天)・鯨の竜田揚げ・パン・マーガリン・ミルク(脱脂粉乳)

 「これは小学校時代(低学年)の給食です。とてもおいしかった思い出があります。おでんは一つ一つがとても大きくて味も薄味でおいしかったです。
 鯨の竜田揚げは、パンの横にいつも添えられていました。しょう油の味が香ばしくて今でも思い出しては、『食べてみたいなあ』と思う一品です。
 ただ、パンは食べられずに半分残し、2~3日机の中に入れたままでいると、カチカチになってしまいました。
 ミルクもにおいが苦手であまり好きではありませんでしたが、コーヒー味はおいしかったです。途中で三角パックの牛乳に変わったように思います。
スプーンは先がフォークのように3つに割れたスプーンでした」。

給食に戦後の復興を読む

 思い出の給食の取材と平行して社会科でも給食を教材に取り上げました。15年も続いた戦争が終わり、学校給食が始まった時の写真を見て子どもたちとブレーンストーミングを行いました。その写真には笑顔で給食をする教室の様子が写されていました。「食器がみんなちがう」、「うれしそう」、「おかずがない」、「何を食べているんだろう」……、子どもたちの発言からは社会科の内容である「戦後日本の復興」の軌跡を給食の献立の変化に追うことができると予感しました。

 次に祖父母の世代からの給食についての聞き取りを年表にまとめました。給食のなかった世代から40代・50代は脱脂粉乳や固いパンのことが詳しく書かれていました。子どもたちは今とずいぶん違っていたことを実感しました。
 献立が時代とともに豊かになってきたことが見えてきました。たとえば昭和51年には「米飯給食が正式に位置づけられた」ことから献立のレパートリーが広がったことや、また「バイキング給食」が始まったことに符合し、取材したメニューも豊かになっています。それは豊かな食の時代が来たことにつながりました。子どもたちは「日本が豊かになったてきたんだなあ」と感想を述べています。

 かつては子どもたちの空腹を満たし、丈夫な体を作ることが目的だった給食は現在では、偏食・小食の子どもたちに「正しく、楽しい食事」を学ばせる場へと目的も変わりつつあるのです。給食はまさに時代を映す鏡でした。献立の変化には日本の発展の歴史が伝わってきます。これまで「戦後日本の復興」の単元は、社会科でも扱いにくい内容であったように思いますが、「給食の歴史」を教材化することで少し子どもたちも実感できたのではないかと思えました。

昭和40年代の給食を再現する

 学習の最後に昭和40年代の給食を再現しました。メニューは「コッペパン」、「春雨サラダ」、「ちくわの蒲焼き」、「脱脂粉乳」、「デザート」。「デザート」はそれ以外のメニューで不足している栄養を補うために「ミカンのヨーグルト和え」にしました。 昭和40年代の給食を再現!

(文:藤本勇二 イラスト:みうらし~まる

授業の展開案

アルマイトからPP、ガラス食器、強化磁器と改善されていった食器の歴史について調べてみましょう。
 

クジラの肉が給食のメニューから消えたのはなぜでしょうか。

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