右手に鉄球、左手にビー玉を持ち、台の上に立って手を伸ばし、持っている手を離す。さあ、やってみましょう!
物体は重い方が速く落ちる??
古代ギリシャの偉大な哲学者であるアリストテレスは、大きな石は小さな石よりも速く落下すると考えました。つまり重いものは軽いものより速く落ちるということです。今では誰でもこの考えが誤っていることを知っていますが、今から2300年以上前のことですから、こうした考えは当然のことと信じられていたのです。さらにそれから2000年近くもこの間違いは支持され続けました。
この誤った伝統に真っ向から挑戦したのが、ガリレオ・ガリレイ(1564~1642イタリア)です。ガリレオは、アリストテレスの理論を信じ込み、その応用ですませていた学問に、「自分の目で観察して確かめる」という手法をとりいれました。彼は実験や観察を重視し、自分の正しい考えを証明するには実験するしかないと結論づけました。今では当然のこととされている手法ですが、当時は伝統やカトリック教会という大きな壁が彼の前には立ちはだかっていました。それでもガリレオは屈することなく自分を信じて研究を続けました。
ガリレオが示した真空落下の思考実験
ガリレオは、正しい結果を求めて、学生たちに一つの思考実験を示しました。思考実験とは、実際に実験を行うのではなく、実験をしたとすると、こうなるはずだとして推論を重ね、議論を進めていく方法のことです。さあ、私たちも同じように、物体の落下について思考実験をしてみましょう。
もし、アリストテレスがいうように重い物体は軽い物体より速く落ちるなら……
問1:重い鉄球と軽いビー玉をひもでつないで、同時に落とすとどうなるだろうか?
回答a :重い物体(鉄球)が速く落ち、軽い物体(ビー球)がゆっくり落ちようとするから、この物体は、鉄球1個が落ちるよりおそく落ちるはず
回答b :この物体は、鉄球にビー玉がついているので、鉄球1個よりも重くなる。だから鉄球1個が落ちるより速く落ちるはず
回答:2個をつなげたら、それまでは同時に落ちていた鉄球は、もう一つの鉄球より速く落ちるはず
回答:重いほうの100kgの鉄球が地面に落ちたときに、軽い方はまだ落ちていないはず。
問1では、思考の進め方によって、2つの結論が導かれてしまいます。また、問2,3はあり得ないということになるわけです。
このようにもともと設定した理論が間違っていると、答えは矛盾したものになってしまいます。これを解決するには、最初の設定を変えるしかありません。物体の落下する速さは重さによって異ならない、つまり重いものも軽いものも同時に落ちる、と考えるのが正しいのです。実際に、真空中では、すべての物体は同時に落下します。
真空落下実験を行ったアポロ宇宙船
真空落下実験は、真空ポンプと専用のガラス容器があれば、中学校の授業でも簡単に行うことができます。真空排気したガラス容器中でコインと羽毛が同時に落ちる様子を見た生徒は、必ずといっていいほど「おおっっ!!」とつぶやきます。結果に意外性のある大変インパクトのある実験です。でも、こうした装置がない場合はどうしたらよいのでしょうか。お薦めは、WEBにあります。
本当に真空中で手から離れた物体が同時に落ちるのか、これを実際に確かめたのはアポロ宇宙船によって月面に降り立ったアメリカの宇宙飛行士でした。
1971年7月30日アポロ15号月着陸船(ファルコン)に乗って月面に降り立ったデビッド.R.スコット船長とパイロットのジェームス.B.アーウィンは、様々な調査活動を終えた8月3日に、テレビの前で真空落下実験を行ったのです。
スコット船長が右手にハンマー、左手に羽毛を持ち、同時に手を離すと、ハンマーと羽毛がゆっくりと落下して月面に同時に着地しました。月の重力は地球の1/6ですから落ちる様子もはっきりとわかります。
(※リンク先の画像はクリックすると拡大します。また、Quicktimeのムービーで動画を見ることができます。)
画像が不鮮明なのは、時代を感じさせますが、動画で宇宙飛行士が興奮したように解説しているのが印象的です。会話は中学生でも理解できる英語です。
「So I'll drop the two, and hopefully, they will hit the ground at the same time. 」
この2個を落とすと、それらは同時に地面に落ちるはずです。
「How about that!」
やった!
「Mr. Galileo was correct in his findings.」
ガリレオが発見したことは正しかったんだ。
ピサの斜塔と、ガリレオが行った(?)実験
長期にわたって倒壊を防ぐ工事が行われ、これ以上傾く心配はなくなりました。現在ドゥオーモと斜塔のある広場は世界遺産に認定されており、芝生の緑と大理石の建築群は大変美しい風景です。
ところで、ガリレオが斜塔で行ったという「落体の法則」実験ですが、これは後生の創作らしいのです。
この実験は、ガリレオが76歳のときに住み込みで付き添った助手のビビアーニが書いた「ガリレオ伝」に書かれているものですが、ビビアーニがガリレオ伝を書いたのはずっと後のことだからです。ガリレオの偉大さを伝えたくて、少々手を加えすぎたのかもしれません。
これとは別に、ガリレオはドゥオーモの天井につり下げられたブロンズのランプが振れる様子を見て「振り子の等時性」を発見したとも言われています。
ある日、ピサの大聖堂に入ったガリレオは、天井から吊した大きなランプに何気なく目がとまった。ランプは、大きく揺れたり小さく揺れたりするが、ランプが行って戻ってくるまでの距離に関係なく、1回の運動にかかる時間は変わらない。この時代に時計はないので、ガリレオは手首の脈を取り、時間を計ってみた。そして確信した。ランプの揺れが小さくなっても大きくなっても脈の数はほぼ同じ。つまり振り子が揺れて往復する時間は、振り子が揺れる幅で違うのではなく、おもりの重さでもない。振り子の長さによるものなのだと。
斜面落下の実験
斜面落下運動を調べることは、今では中学校で必ず行われる実験です。今は力学台車や記録タイマーというすばらしい教材があるので、運動の様子を調べることは短時間で簡単に行えます。ですが、国立教育政策研究所が実施した「平成15年度教育課程実施状況調査」によれば、第3学年の「運動の規則性」において、物体に働く力と運動の関係についての定着に、一部課題が見られる、と報告されています。記録タイマーにより得られたデータから平均の速さを求める問題、慣性の法則に関する問題などにおいて、設定通過率を下回るものが見られているのです。
これには、いくつかの理由があると思います。
例えば、
- 記録タイマーの操作や記録テープの実験結果を処理する技能は難しいので、実験の作法を学ぶ学習になってしまい生徒の学習意欲が高まらない。
- 学習の動機付けが十分でなく、なぜ運動の規則性を調べ学ぶのかという、最も大切な点が生徒に欠けてしまっている。
- 記録タイマーの台数が少なかったり、生徒が役割分担して実験を行うために、すべての生徒が記録タイマーを扱う機会が失われている。
- 実験の時間が限られていたり、記録テープを無駄にしないことを強調しすぎるばかりに、何度も試行錯誤して実験をするようなことがない。
などです。
対策として考えられることは、
- 50Hzや60Hzの記録タイマーを使わず、実験では10Hzの記録タイマーを使う。5打点(6打点)ごとに切るという手間が省けます。5打点(6打点)式のデータ処理は、実験とは別に問題演習で解説します。
- 導入として、本稿で述べてきたように、ガリレオの生涯や、ピサの斜塔のことや、アポロの実験のことなどにふれ、ガリレオの思考実験を行わせるなどして、落下運動に対する興味・関心を高めさせる。
- 運動の実験をデモンストレーションにしない。様々な運動を繰り返し確かめる活動を取り入れ、活動の中から規則性を導き出させるよう工夫する。
といったことが考えられます。
私たちは「自分の目で見る」ことの重要性を授業で繰り返し生徒達に訴えています。まずは、鉄球とビー玉を落としてどちらが先に落ちるか、授業で生徒に実際に確かめさせることから始めてみてはいかがでしょうか。
最後に:ガリレオの名誉回復
小林 輝明(こばやし てるあき)
所属: 東京都新宿区立新宿中学校 主幹
1963年生まれ、東京都出身。1986年、東京学芸大学教育学部卒業後、葛飾区立葛美中学校、文京区立第十中学校で勤務。1996年、東京都立教育研究所物理研究室で1年間研究生として研究生活を送り、燃料電池の教材化に取り組む。この研究で開発された燃料電池が、現在教材として多く販売されている燃料電池の礎となった。翌年、東レ理科教育賞を受賞。その後、新宿区立西新宿中学校、スペインマドリッド日本人学校勤務を経て、現職。
宇宙教育にも積極的に取り組み、2007年には、JAXAから派遣され、米国ヒューストンにあるNASAの教育施設で行われた研修会(SEEC)で、全米から集まった先生方に燃料電池の製作と実習を発表した。
元文部大臣の 有馬朗人 塾長(元東京大学総長、現科学技術館館長)の呼びかけで設立された「創造性の育成塾」にも、初年度から講師として関わっている。
日頃の授業では、日常生活と科学との関連や、実験・観察などの体験を重視しており、科学のおもしろさを伝えるために、新しい教材の開発にも積極的に取り組んでいる。
文・写真:小林輝明/イラスト:みうらし~まる、あべゆきえ(ガリレオ)
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