2008.08.20
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科学エッセイ:あなたとわたしの違い ゲノムと環境

科学エッセイ:あなたとわたしの違い

第9回のテーマは「あなたとわたしの違い」。京都大学大学院の加納圭がご案内いたします。

あなたとわたしは「生まれ」も「育ち」も違う

当たり前の話ですが、あなたとわたしは違います。「生まれ」の違いと「育ち」の違い、これらの違いがあなたとわたしが違う理由です。
「生まれ」の違いは「ゲノム」の違いです。あなたとわたしのゲノムの違いは0.1%。たったの0.1%と思うかもしれませんが、この0.1%があなたとわたしの生まれの違いです。

しかしながら、全てが生まれの違いだけで決まる訳ではありません。この0.1%のゲノムの違いに加えて「育ち」の違い、すなわち生きてきた「環境」の違いがあなたとわたしの違いに影響します。
今回は、あなたとわたしの違いを生み出す「生まれ(ゲノム)と育ち(環境)の違い」について、生命科学の視点から見ていくことにしましょう。

そもそも「わたしのゲノム」って何?

「わたしのゲノム」とは、わたしが誕生する元となった受精卵に含まれていた全遺伝情報のこと。具体的にはわたしたちが持つ23対46本のDNAに含まれる遺伝情報のことをいいます。遺伝情報はDNAを構成する4種類の塩基と呼ばれる物質である「アデニン(A)」「チミン(T)」「グアニン(G)」「シトシン(C)」の並びで表されます(本「科学夜話」の加藤牧菜氏「遺伝子、DNA、ゲノムってなに?」の〈図4〉 をご覧ください)。わたしのゲノムを「A」「T」「G」「C」の4文字で表すことにすると約60億文字に相当する情報量に相当します。
「わたしのゲノム」はこれら膨大な遺伝情報のことをいうのです。

ゲノム情報は「遺伝子」と「非遺伝子領域」に分けられる

ゲノム情報は大きく分けると「使われる情報」と「使われない情報」に分けることができると考えられています。前者は「遺伝子」、後者は「非遺伝子領域」や「ジャンク(がらくた)DNA」などと呼ばれています。

「遺伝子」からはその情報を利用して「遺伝子産物」がつくられます。遺伝子産物の大半は「タンパク質」です。わたしたちヒトの場合、約10万種類の遺伝子産物がつくられると考えられています。これら約10万種類の遺伝子産物による複雑な化学反応系が構築されることで、細胞が、ひいてはヒトが生きていくことができていると考えられています。

〈図1〉DNA、遺伝子、非遺伝子領域の関係。遺伝子の情報から、タンパク質をはじめとする遺伝子産物ができる。

〈図1〉DNA、遺伝子、非遺伝子領域の関係。遺伝子の情報から、タンパク質をはじめとする遺伝子産物ができる。

生まれの違い1 -遺伝子の多様性‐

ある遺伝子がDNA上で占める場所は「遺伝子座」と呼ばれています。ヒトゲノム中には約2万5000もの遺伝子座が存在することが知られており、それらの位置が染色体上にマッピングされたものは「ゲノムマップ」と呼ばれています(詳しくは「ヒトゲノムマップweb版」をご覧ください)。

 1つの遺伝子座には1つの遺伝子しか位置しません。しかしながら、同じ遺伝子座に位置しうる1つの遺伝子には、複数の種類があります。つまり遺伝子には「多様性」が存在するのです。これらの知見をもとに、現在では「遺伝子プール」という考え方が提唱されています。すなわち、同じ遺伝子座に位置することができる多様な遺伝子は常に「プール」されていて、わたしやあなたはその「プール」から1つの遺伝子を持ってきて遺伝子座に位置させているとみなすことができるのです。

 実際には、両親それぞれから受け継いだ2組の遺伝子座があるので、ある遺伝子座に対して、遺伝子プールから2つの遺伝子を持ってきます。といっても実際にどこかに遺伝子が貯め込まれているプールがあるわけではなく、「遺伝子プール」とはあくまで説明のための概念的なものであり、プールに相当するのは、地球上の全ての人々です。2つの遺伝子を持ってくるということは、両親から2つの遺伝子を受け継ぐことに相当しています。

 わかりやすい例としてABO式血液型を決める遺伝子であるABO遺伝子をとりあげてみましょう。ABO遺伝子には大ざっぱに分類して「A」という種類、「B」という種類、「O」という種類の3種類が存在することが知られています。つまり「遺伝子プール」には大ざっぱに言ってこれら3種類の遺伝子が「プール」されていることになります。

〈図2〉遺伝子プール(イメージ図)

〈図2〉遺伝子プール(イメージ図)

そしてこのプールから
「A」と「B」を1つずつ持ってきた場合には血液型が「AB型」
「A」を2つ、もしくは「A」と「O」を1つずつ持ってきた場合には血液型が「A型」
「B」を2つ、もしくは「B」と「O」を1つずつ持ってきた場合には血液型が「B型」
「O」を2つ持ってきた場合には血液型が「O型」
となっているのです。

ただし、正確には「A」「B」「O」という分類を、さらに細かく分類することができます。これらの細かい分類は、血液型という表現型には影響を及ぼさないため普段話題になることもありませんが、遺伝子プールの中には含まれているのです。そしてABO遺伝子の遺伝子座だけに限らず、約2万5000の全ての遺伝子座について同じことがあてはまります。
「遺伝子プール」から選んできた遺伝子の違いが、「あなたとわたしの違い」の1つです。

生まれの違い2 -非遺伝子領域の多様性-

遺伝子に多様性があるだけでなく、非遺伝子領域にも多様性は存在します。むしろ、非遺伝子領域の多様性は遺伝子の多様性よりも、さらにずっと変化に富んでいます。その理由は、遺伝子に有害な変化が起こると、その有害な遺伝子を持つ個体は生き残ることができなくなるため、有害な遺伝子は遺伝子プールの中に残らず、消えてしまうからだと考えることができます。

一方、非遺伝子領域は変化したとしても有害なものになることはほとんどないため、その変化は淘汰されることなく蓄積されてきたと考えられています。結果として、ゲノムの約7割をも占める非遺伝子領域には多くの多様性が見られます。そのため、この多様性は「DNA鑑定」として利用されています。非遺伝子領域の多様性がまるで「指紋」のような役割を果たすのです。例えばある人のある場所の非遺伝子領域では、C,T,Aという3文字が5回繰り返されているのに、別の人では7回繰り返されているといった違いが、指紋のような役割を果たします。このような箇所を複数組み合わせることで、個人の特定が可能になるのです。

また、非遺伝子領域には何の役割も持たないのではなく、遺伝子の使われ方を調節する機能を持つのではないか、そして、体質や個性といった微妙な差異は非遺伝子領域の個人差によってもたらされているのではないかと考えられ始めています。
非遺伝子領域に見られる塩基配列の違いも、「あなたとわたしの違い」の1つです。

育ちの違い

あなたとわたしは、生まれ(ゲノム)だけでなく、育ってきた環境も違います。わたしは山と海と川に囲まれて育ってきましたが、あなたは都会のビルに囲まれて育ってきたかもしれません。わたしは野菜嫌いで肉や魚を好んで食べてきましたが、あなたはそうではないかもしれません。
このような育ちの違いもまた、わたしをわたしらしく、あなたをあなたらしくしているのです。

あなたとわたしは生まれ(ゲノム)が違うのだから当たり前だと思われるかもしれません。しかしながら、たとえゲノムが全く同じである一卵性双生児も、育ちの環境の違いによって全く同じ人にはならないことが知られているのです。それだけでなく、生まれつきある病気にかかる可能性があった子でも、育ちの環境によっては病気にかからずにすむことができることも知られています。

よく知られている例として、フェニルケトン尿症という病気をあげることができるでしょう。この病気は、フェニルアラニンというアミノ酸を摂取してもそれを代謝することができず血中に蓄積することが原因で発症し、知的障害などの症状がでることが知られています。しかしながら、フェニルアラニンを含まない食事環境で育てられた場合には、発症せずにすむのです。
生まれだけでなく、育ちもまた、あなたとわたしの違いをもたらす大きな要因なのです。

結び

ここまで説明してきたとおり、あなたとわたしに違いがあるのは、生まれ(ゲノム)と、育ち(環境)の両方が違うからだ、ということになります。このように、「生まれか育ちか?」という昔からの疑問にも、現代の生命科学は科学的な答えを与えようとしているのです。

さらに知りたい方へのオススメ

よく設計図やレシピに喩えられるゲノムとは? 2003年にヒトのDNA塩基配列がすべて判明し、どの染色体のどこにどんな遺伝情報が載っているかが、かなりわかってきた。それを図にまとめたものが『ヒトゲノムマップ』である。ゲノム科学の基礎を解説し、ゲノムマップの読み方を詳しく紹介する。「一家に1枚ヒトゲノムマップ」付き。
加納 圭(かのうけい)

加納 圭(かのうけい)

所属: 京都大学大学院 生命科学研究科 生命文化学分野 博士後期課程4年
京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS) オフィスアシスタント
駿台予備学校 化学科講師
学位: 修士(生命科学)

1980年生まれ、和歌山県出身。2003年、京都大学理学部卒業後、同大学院生命科学研究科(西田栄介研究室)でMAPKと線虫C. elegansの寿命の関係について研究。「RNAi法を用いた線虫MAPKカスケードを構成する遺伝子の寿命に対する影響の網羅的解析」で修士号取得。2005年に博士後期課程に進学するのを契機に同大学院内の加藤和人研究室に移り、サイエンスコミュニケーションを専門とする。その中でも特に「生命科学教育」を専門に扱い実践的研究を行っている。
またその傍ら予備校・高校で教鞭を執り、現場の感覚を養うとともに現場のニーズを研究に取り組もうと日々格闘している。夢はお茶の間が科学の話で満たされること。
主な著作としては『一家に1枚ヒトゲノムマップ』(監修:文部科学省、販売:科学技術広報財団)、『ヒトゲノムマップ(京都大学学術出版会)』がある。

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