科学エッセイ:冥王星 最果ての惑星から太陽系のフロンティア代表へ
今日から始まる連載・科学エッセイ「科学夜話」。理科の学習指導要領に掲載されているいろいろなモノや現象を入口に、少々掘り下げた内容や、思わず「へぇボタン」を押したくなるような知識をわかりやすく紹介します。授業の合間に、明日の授業に備える夜のひとときに、くつろぎながら読んでいただければ幸いです。ご案内は私、理学博士の春名誠
そもそも、なぜ今「惑星の定義」か?
冥王星は、1930年、アメリカ・ローウェル天文台のクライド・トンボー氏により発見され、水・金・地・火・木・土・天・海の8惑星と同様、太陽の周りの軌道を回っている「太陽系第9惑星」と認定されました。「アメリカ人が初めて発見した惑星」ということでアメリカ国内の反響は大きく、ディズニーキャラクターにも、「プルート」(冥王星)の名を冠した犬が登場しました。
しかし、研究が進むにつれ、冥王星は、他の8つの惑星とはかなり性格が異なるということがわかってきました。まず、ユニークなのがそのきわめて小さなサイズです。冥王星の直径は約2,300km、これは他の8惑星のどれよりも小さいだけではなく、地球の衛星である月よりも小さいのです<図1>(ただし、発見当時は、地球の半分近い直径を持っていると思われていました)。
また、太陽を回る軌道もユニークです。他の惑星の多くが、真円に近い形でほぼ同一平面上にある軌道上を回っているのと違って、冥王星の軌道は少しつぶれた円形をしており、かつ他の惑星の軌道面に対してかなり傾いています。そのせいで冥王星の軌道の一部は海王星の軌道の内側を通り、冥王星がそこにいる間は、海王星より太陽に近づくのです<図2>。最近では1979~1999年がその期間にあたり、1978年頃、当時中学生だった筆者は、「もうすぐ水・金・地・火・木・土・天・冥・海なんですよ」と理科の先生に得々と話した記憶があります(ちょっといやな生徒?)。
冥王星の内部の構造とその成分も、他の惑星とは異なっています。大雑把に言えば、水星・金星・地球・火星が「鉄+岩石惑星」、木星・土星が「水素惑星」、天王星・海王星が「水素+氷惑星」であるのに対し、冥王星は「氷惑星」であるらしいことがわかっています<図3>。これらのことが明らかになるにつれ、「冥王星って、本当に惑星なの?」という疑問が、研究者の間で抱かれるようになりました。
一方、1950年前後に、アイルランドのケネス・エッジワースとアメリカのジェラルド・カイパーが、それぞれ独立に「冥王星付近あるいは外側に、氷でできた小さな星々がたくさん存在する」というアイディアを発表しました。この星々は、「エッジワース・カイパーベルト天体」または簡単に「カイパーベルト天体」と呼ばれ、その実在を求めて精力的に観測がなされた結果、1992年以降、たくさんのカイパーベルト天体が実際に発見されました。その中には、冥王星に近い大きさの星もいくつかありました。それで、「冥王星は、惑星と言うよりも、カイパーベルト天体の1つなのではないか?」と考えられるようになりました。ただし、冥王星よりも大きなカイパーベルト天体は見つからず、そのことにより、冥王星はかろうじて他のカイパーベルト天体と区別される「惑星」でありつづけました。
しかし、昨年、アメリカ・カリフォルニア工科大学のマイケル・ブラウン博士が、あるカイパーベルト天体(名称・エリス〈※注1〉)が、冥王星より大きいと報告したのです。これで冥王星を特別扱いする理由がいよいよ薄弱になり、もし冥王星を惑星とするなら、エリスは勿論、他にも惑星と考えてよい星がたくさんあるのではないか、ということになったのです。実際、エリスは、冥王星より大きいと報告された直後から、「第10惑星か?」と騒がれました。以上のことより、冥王星をはじめとするカイパーベルト天体をどのように扱うかを念頭に、惑星を科学的に定義し、整理することが緊急の課題となりました。
〈※注1〉当時は、「2003UB313」または「ゼナ」と呼ばれましたが、本年9月13日に、国際天文学連合により「エリス」という正式名称が与えられました。エリスとは、ギリシャ神話の女神の名前で、神々のパーティーに金のリンゴを投げ込んでトロイ戦争の原因を作ったことから、「不和と争いの女神」とされています。この星の発見が今回の惑星の定義の遠因になったことが、ギリシャ神話のストーリーになぞらえられているわけです。
国際天文学連合総会での議論
上記のような背景の下、本年8月14日~25日に、チェコ共和国・プラハで、国際天文学連合(International Astronomical Union; IAU)の総会が開催され、科学的な「惑星の定義(惑星とは何か?)」が決議されました。決議までの道程は決して平坦ではなく、一度提出された案が否決され、再提出された案がようやく決議された、という状況でした。
16日に提出された第一案は、「惑星とは、①恒星の周りを回る、恒星でも衛星でもない天体で、②十分な質量を持つため、自らの重力により丸くなったもの」(原文を少し改訳)というものでした。この定義はゆるく、冥王星は勿論、火星と木星の間にたくさんある天体(小惑星)のうちもっとも大きなセレス、冥王星と相伴うカロン、および先ほどご紹介したエリスをも惑星として認定するというものでした。それで当初は「太陽系の惑星、9個から12個に」と発表されました。
しかし、この案だと、これから先の研究の進展により、惑星の数が急増してしまうことが容易に予想されます。実際、第一案の解説には、上記12に加え、さらに「12の惑星候補がリストアップされている」と書かれていたのです。そのせいもあって反対意見が続出し、結局は撤回されてしまいました。
それに替わって24日に提出された案は、 「惑星とは、①太陽の周りを回り、②十分な質量を持つため、自らの重力により丸くなり、③その軌道の周囲から(衛星を除く)他の天体を排除した、天体である」(原文を少し改訳)というものでした。第一案と比べると、定義の適用範囲を「太陽系の惑星」に限定した点(太陽系外のことは今回考えない)、および、新たに③が加わった点が異なっています。結局IAU総会ではこの案が採択されました。第一案、決議案について、それぞれ<図4>に示します。
この結果、冥王星は、惑星とは認められなくなりました。なぜなら、その軌道周辺で、他のたくさんのカイパーベルト天体がある冥王星は、「その周囲から(衛星を除く)他の天体を排除した」圧倒的な天体とはいえないからです。そのかわり、冥王星は、今回惑星と共に新たに定義された「矮惑星(わいわくせい)〈※注2〉の一つ」であり、かつ「海王星より遠くにある天体のプロトタイプ(典型、代表)」とされました。
かくして、発見から76年、冥王星は惑星でなくなってしまい、太陽系の天体は、水・金・地・火・木・土・天・海の8つとなりました。
〈※注2〉惑星の条件のうち、①②のみが満たされる天体で、かつ衛星でないもの。まだ正式な和名は決まっていません。
今回の決議の影響
今回のIAUの決議は、日本の教育界にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
国内の多くの科学館・博物館では、急遽展示の見直しを行ったり、とくに学芸員が来館者に対して説明を行ったりしているようです。「冥王星が惑星でなくなる」というニュースにより、通常よりも多くの人々が来館している館も多いようです。
小坂文部科学大臣は、今回の決議を受けて、8月25日の記者会見で、理科教科書の記述内容の変更が必要かどうか検討する旨の発言をしました。また、9月4日には、日本学術会議・日本天文学会・日本惑星科学会の連名で、今回のIAU決議に関する声明・提案が発表されました。簡単にまとめると、以下のようになります。〈※注3〉
②理科の教科書の記述変更については、以下のようにするのが望ましい。
中学校(2007年度): 冥王星に言及した部分を削除して太陽系の惑星は8つと記述する場合、その決定が2006年8月になされたことを書き示すこと。
高等学校: IAUの定義にしたがった記述をすること。「矮惑星」など正式な名称が確定していない概念については、当面英語名のままか、「仮称」と表記して取り扱うこと。
今後は、このような方針に従い、上記三機関・学会が、教育関係者、天文台、科学館・博物館、アマチュア天文団体等と連携しながら教育上の指針を決定し、政府に提案していくことになろうと思われます。
〈※注3〉教科書会社9社は、来年(2007年)度の「理科第2分野」(中学)、「地学Ⅰ」、「理科総合B」(高校)の教科書から、太陽系の惑星数を減らしたり、惑星のイラストから冥王星を外すといった措置を取ることを文科省に申請し、同省も承認する見通しとのことです。(9月18日毎日新聞朝刊より)
今回の決議の意義
科学の研究は、単に新しい発見を整然と積み重ねていく営みではありません。むしろ、非常にダイナミックな営みで、新しいデータが蓄積されてくると、今まで正しいとされていたことがどんどん書き換えられていくのです。とはいえ、「誰もが知っている冥王星が惑星でなくなる」ほど大きな変革はそうそうあることではありません。今回の一連の出来事とその結果は、科学のダイナミックさを大人たちが、子どもたちが理解し、知的な喜び・興奮を得るための積極的なチャンスであると捉えたいと思います。
また、冥王星については、太陽系第9惑星でなくなっても、そこからさらに広がるカイパーベルト天体の代表という新しい地位が与えられることになります。カイパーベルト天体は、太陽と冥王星との距離の約25倍も遠くまで広がっているともいわれ、まさに太陽系の科学のフロンティアなのです。太陽系の最果てへの夢が消滅するわけではありません。冥王星が惑星でなくなったことをもって「格下げ」「降格」と考えるのは的外れではないでしょうか?
~ AstroArts・天文ニュース【特集・太陽系再編】まとめより
以上が、惑星の定義と冥王星に関する一連の出来事です。この「科学夜話」をお読みの皆様は、どのようにお考えでしょうか? 身近な子どもたちは、どのように感じているでしょうか?
さらに知りたい方へのオススメ
水・金・地・火・木・土・天・海・冥の太陽系の9惑星、もとい、8惑星+冥王星の、直径が7億分の1のスケールモデルです。モデルの表面は、まるで図鑑から立体的に抜け出してきたように仕上げてあり、特に木・土・天・海は図鑑の写真で見たままです。各星の大きさの比、質量の比を正確に再現してあるので、太陽系の各星の大きさ、重さの違いを直接比較し、その多様性を実感できます。モデルの下に敷いてある赤いシートは、ただの布ではありません。やはり7億分の1に縮小された太陽の大円を表す円形シートです。
それにしても、今後冥王星のモデルはどうしましょうかねえ・・・。
文:春名誠/図1、2、3、4 :じえじ、春名誠/イラスト:みうらし~まる
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