2006.10.24
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科学エッセイ:かんらん石 地底から宇宙までの謎を語る宝石

科学エッセイ「科学夜話」では、理科の学習指導要領に掲載されているいろいろなモノや現象を入口に、少々掘り下げた内容や、思わず「へぇボタン」を押したくなるような知識をわかりやすく紹介します。授業の合間に、明日の授業に備える夜のひとときに、くつろぎながら読んでいただければ幸いです。ご案内は私、理学博士の春名誠。第2回のテーマは「かんらん石」です。

「かんらん石」は、主要な造岩鉱物の一つとして中学校の理科第2分野、高等学校の地学や理科総合Bの授業に登場する鉱物です。けれども、一般の人によく知られている鉱物ではありません。山で水晶を見つけたことがある人はいるかもしれません。自然史博物館で大きなダイヤモンドの原石やカットストーンを前にため息をついたことがある人もいるかもしれません。けれども、かんらん石を見たことがある人はいるでしょうか? かんらん石は、単に主要な造岩鉱物というだけではなく、地下深くのマントルでは地表よりももっと普通に存在する鉱物の一つですし、さらには地球だけではなく、隕石の中にもたくさん見られます。美しいものは宝石にもなります。
 今回は、このかんらん石という鉱物についてお話ししたいと思います。

かんらん石は、造岩鉱物

かんらん石は、「玄武岩」などの火成岩中に含まれています。玄武岩は、マグマが地表に噴き出して固まった岩石(火山岩)の一つです。その代表的な産地は、兵庫県にあるその名も「玄武洞」という場所で、<写真1>のような見事な柱状の玄武岩が見られます。その他、富士山は玄武岩からできている火山ですし、避難指示が解除された今もなお、火山ガスと隣り合わせの生活を余儀なくされている東京都・三宅島も玄武岩からなる火山島です。<写真2>に三宅島産の玄武岩を示します。黒っぽい灰色をしていて、非常に粒が細かいのが特徴です。かんらん石は、直径1mm程度の地味な飴色の粒として入っています。この状態ではかんらん石はまったく目立たないのですが、玄武岩が風化すると、かんらん石が集まり、独特な飴色~緑色の砂になります。ハワイ島の「グリーンサンドビーチ」では、このようなかんらん石の砂が集まって、文字通り緑色の砂浜ができているそうです。
  • <写真1>玄武洞(兵庫県豊岡市)。「柱状節理」と呼ばれる見事な柱状の集合。(クリックで拡大)

    <写真1>玄武洞(兵庫県豊岡市)。「柱状節理」と呼ばれる見事な柱状の集合。(クリックで拡大)

  • <写真2>かんらん石を含む玄武岩。東京都・三宅島産。囲み部分を拡大した画像<写真2a>では、かんらん石が2粒見られます(矢印)。灰色の地の部分は、拡大画像でもわからないくらい粒が細かいです。このように、より大粒の結晶が細かな地の中に含まれる岩石の組織を「斑状組織」と呼び、マグマが地表~地下のごく浅いところで固まってできた岩石の特徴です。(クリックで拡大)

    <写真2>かんらん石を含む玄武岩。東京都・三宅島産。囲み部分を拡大した画像<写真2a>では、かんらん石が2粒見られます(矢印)。灰色の地の部分は、拡大画像でもわからないくらい粒が細かいです。このように、より大粒の結晶が細かな地の中に含まれる岩石の組織を「斑状組織」と呼び、マグマが地表~地下のごく浅いところで固まってできた岩石の特徴です。(クリックで拡大)

かんらん石は、上部マントルを構成する

地球を輪切りにしてみると、中心まで一様なのではなく、ちょうどニワトリの卵のように、いくつかの層からできていることがわかっています<図1>。私たちが生活している地球の表層部は地殻と呼ばれ、海洋で薄く、大陸で厚い(と言っても、地球全体からすると文字通り「殻(から)」程度のものですが)という特徴があります。その下には「上部マントル」と呼ばれる、地殻とは性質の違う岩石からできている層があります。

<図1> 地球の内部構造。地球内部は、表面から中心に向かって地殻、マントル、外核、内核に分けられます。マントルは、さらに上部マントル、遷移層、下部マントルに細分できます。上部マントルを形づくるもっとも普通の鉱物がかんらん石です。

 現在、日本の地球深部探査船「ちきゅう」が、海の上から掘削機を海底面まで降ろし、さらにそこから最大約7kmの深さの穴を掘って、人類史上初めて、上部マントルの岩石をマントルから"直接"採集しようという壮大なプロジェクトを敢行しようとしています。けれども、実は、上部マントルの岩石は、そこまで行かなくても"間接的"には採集できるのです。上部マントルを構成している岩石のかけらが、マグマに運ばれて地表にもたらされることがあるからです。

<写真3>マントル起源のかんらん岩(黄緑色)を含んだ玄武岩(灰色)。アメリカ合衆国アリゾナ州サン・カルロス産。(クリックで拡大)

<写真3>マントル起源のかんらん岩(黄緑色)を含んだ玄武岩(灰色)。アメリカ合衆国アリゾナ州サン・カルロス産。(クリックで拡大)

<写真3>にそのような岩石の標本を示します。これを観察してみると、少し丸みを帯びた黄緑色の岩石が、灰色の岩石の中に埋まっているように見えます。両方の岩石を比べてみると、黄緑色の岩石は、この写真でもわかるくらいに粒が粗く、地下深くでゆっくりと生成したことがわかります。この岩石は「かんらん岩」といい、黄緑色の粒はすべてかんらん石です。それに対し、かんらん岩を取り巻く灰色の岩石は、ずっと粒が細かく、マグマが地表で急速に固まった岩石であることがわかります。この灰色の岩石は、先ほどもご紹介した玄武岩です。この標本は、マグマが上部マントルのかんらん岩をけずり取って上昇し、そのまま地表に噴出して固まり、玄武岩になった、というストーリーを物語るものです。

かんらん石は、隕石にも含まれる

<写真4>石鉄隕石。アルゼンチン共和国・エスケルに落下し、1951年に発見されたもの。写真横幅約4cm。産業技術総合研究所・地質標本館所蔵標本(登録番号R78254)。写真撮影・提供:青木正博・地質標本館館長。(クリックで拡大)

<写真4>石鉄隕石。アルゼンチン共和国・エスケルに落下し、1951年に発見されたもの。写真横幅約4cm。産業技術総合研究所・地質標本館所蔵標本(登録番号R78254)。写真撮影・提供:青木正博・地質標本館館長。(クリックで拡大)

宇宙からの使者「隕石」。実は、かんらん石は、隕石の中にもよく見られます。<写真4>は、薄くスライスした隕石の写真です。銀灰色の地の中に緑色の粒がたくさん見えます。地は金属の鉄で、粒がかんらん石です。この隕石は、石(かんらん石)と鉄(金属鉄)半々からできている、という意味で「石鉄隕石(せきてついんせき)」と呼ばれ、太陽系の小さな天体の内部が一度融けて成分が分化し、その後に破壊されてできた破片が地球に落下したものだと考えられています。

かんらん石は、宝石

<写真5>表面を研磨したかんらん石(宝石名=ペリドット)の原石とネクタイピン。原石は<写真3>と同じくサン・カルロス産。(クリックで拡大)

<写真5>表面を研磨したかんらん石(宝石名=ペリドット)の原石とネクタイピン。原石は<写真3>と同じくサン・カルロス産。(クリックで拡大)

<写真4>の隕石は、ちょうどよい厚さにスライスしてあるため、かんらん石が光を通し、とても美しい標本になっています。このように、かんらん石の中でも大粒で透明度が高く、美しいものは、宝石として利用されています。宝石名を「ペリドット」といい、8月の誕生石として知られています。<写真5>は、<写真3>でご紹介したようなかんらん岩から取り出され、表面を研磨したペリドットの粒と、それをさらにカットした石を用いたネクタイピンです。

 上部マントルから来たかんらん岩には、かんらん石のほか、「ざくろ石(ガーネット)」やダイヤモンド(非常に稀ですが)など、これまた宝石になりうる鉱物が含まれていることもあります。上部マントルは、まさに宝石箱といえるでしょう。

 いかがですか? かんらん石は、太陽系から地球深部までの様々な情報を含んだ鉱物であることがおわかりいただけたと思います。ジュエリーショップなどでペリドットをお見かけになったときには、そのふるさとであるマントルや、宇宙のことに思いを馳せてみるのもいいのではないでしょうか。

さらに知りたい方へのオススメ

本文でご紹介した通り、上部マントルは主にかんらん石からできています。しかし、そのさらに下の下部マントルや核はどうなっているのでしょうか? 本書は、最新の高温高圧実験の結果をもとに、地球の「中身」がどうなっているのかを生き生きと描いています。「外核は対流する鉄の海」など、生徒に話したくなる秀逸なコピーもたくさん
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日本科学未来館・常設展示 『深海掘削からわかる地球のしくみ』

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文・写真1,2,3,5撮影・写真2,3,5の標本所蔵:春名誠1:じえじ、春名誠/イラスト:みうらし~まる

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