金メダルは金じゃない?
オリンピックに出場する全競技者にとって、いや、オリンピックを目指しながらその志がかなわなかった全競技者にとっても、メダルは特別なものなのだと思います。その頂点に君臨する金メダルは、中でも特別なものなのでしょう。「最高でも金、最低でも金」なんて言葉もありました。
オリンピックの金メダルは、そのような競技者の純粋な思いを象徴する混じりけのない純金でできています、と言いたいところですが、実はそうではありません。IOC(国際オリンピック委員会)の定めるオリンピック憲章では、「純度92.5%以上の銀製メダルの表面に6g以上の金をメッキしたもの」と定められているそうです。
さらに、同憲章では、銀メダルは、純度92.5%の銀と定められていますので、金メダルと銀メダルは材質的にはごく近いものということになります。銅メダルについては、特にIOCの規定はないそうですが、英語の名前「bronze medal(青銅メダル)」の通り、きっと100%の銅ではないのでしょう。
なお、科学者にとっての金メダルといえば、ノーベル賞のメダルですが、こちらは純度75%の金(18金)製なのだそうです。
貨幣としての利用
金、銀、銅と聞けば、メダルの次に思いつき、かつもっとも身近な利用例は、貨幣(硬貨、コイン)でしょう。実際にその歴史は古く、紀元前7~8世紀ごろに世界で最初に使われた貨幣は、金や銅でできていたそうです。日本最古の貨幣として知られる和同開珎(わどうかいちん、わどうかいほう)には、銅貨と銀貨がありました。また、日本最古の金貨は、それから遅れること52年、760年に登場しました。
それ以降、様々な金・銀・銅貨が生まれました。江戸時代を中心に鋳造された大判や小判は、その中でも最もよく知られたものです。現在では、金貨と銀貨は記念硬貨以外には使用されていませんが、銅は今でも一番重要な貨幣の材質です。
〈図1〉に、 アルミニウム100パーセントの1円硬貨を除く、現行の代表的な貨幣の成分を示します。このように、多くの貨幣は銅合金でできています。そして、どのような金属を、どのくらいの割合で混ぜるかによって、いろいろな色がでてきます。
金色の5円硬貨は「黄銅(真鍮、英語ではbrass=ブラス)」からできています。この同じ材質は、トロンボーンやホルンなどの楽器にも使われていることから、これらまばゆい金色の楽器を中心に編成されている楽団のことを「ブラスバンド」と呼ぶわけです。
10円硬貨は、上で少し述べた「青銅(ブロンズ)」でできています。青銅と言えば、オリンピックの銅メダルのほかに、紀元前の青銅器文明で知られるように、もっとも古くから知られている合金です。
その他、50円硬貨・100円硬貨・旧500円硬貨が白銅でできています。現在の500円硬貨は、ちょうど5円硬貨と旧500円硬貨の中間のような成分でできています。現在の500円硬貨が、前のものよりも少し黄色っぽいのに気付いている方はいらっしゃいますか?
地学と化学:なぜ、金・銀・銅は古くから利用されているか
(1) 金・銅はその特徴的な色から、銀は金との共存から
金・銀・銅は、あらゆる金属の中で、特に古くから発見されていました。銅は、紀元前7000年前ごろから、そして金・銀も紀元前2600年前には発見、利用されていたようです。
それは、まずはその特徴的な色から。金の黄金色、銅のあかがね色。このようなはっきりした有色の金属はほかになく、ほかはすべてピカピカ光る白色(いわゆる銀色)になります。
銀は、色については他に似たような金属が多いのですが、金と密接に共存する場合が多く、貴重な金と一緒に出てくる、金に負けず劣らず美しい金属という認識だったのでしょう。これで、銀が白色の金属の代表として認識されたのだと思われます。
(2) 鉱石をつくりやすい
金・銀・銅が古くから利用されてきた一番の理由は、それらが一か所に集まって高い濃度を示す特殊な岩石(=鉱石)をつくりやすいことにあります。
〈写真1〉に、 鹿児島県の菱刈鉱山の金鉱石採掘現場を示します。写真の左上から右下方向に延びる白っぽい脈が金を含む鉱石からできている鉱脈です。このような鉱脈は、まわりの岩石の割れ目を、いろいろな成分を溶かし込んだ高温の水溶液が流れ、金をはじめとする成分を沈殿し、割れ目をふさいでいったものです。ちょうど切り傷が血液から生じたかさぶたによってふさがれていくのと似たようなイメージでしょうか。
このような脈から採取された菱刈鉱山の金鉱石には、1トン当たり50グラムくらいの金が含まれています。割合としてはたったの0.005%で、写真でも金らしいところは全く見えません。しかし、これは、上に書いた普通の岩石の中と比べると、何と10,000倍以上高い濃度なのです。
金を例に取りましたが、銀も銅も、このように高濃度に集まった鉱石をつくりやすい金属なのです。
(3) 金属の状態で見つかりやすい
(2)で「金属の鉱石には、金属が高濃度に集まっている」と書きましたが、普通の岩石の中でも、鉱石の中でも、金属がそのままの姿で存在することはあまりありません。多くは、酸素や硫黄などと結合した化合物として産します。鉱石には、そのような化合物がたくさん含まれています。そこから金属を取り出すには、酸素や硫黄を取り除くという困難な作業が必要となります。
そもそも、化合物の形では、目的の金属がいくらたくさん含まれていても気づかない、ということにもなりかねません。ピカピカ光る金属鉄と、酸素や水と化合した赤茶色の鉄サビとでは、見かけも全然違いますね。
しかし、稀には金属がそのままの形で山や谷に転がっていることがあります。人類が最初に発見し、使用した金属は、きっとそのようなものだったに違いありません。
それが金・銀・銅なのです。
(4) 特定の地域に偏って存在しない
また、金・銀・銅は、量さえ問わなければ、広く見出すことができ、産地が著しく偏っていないことも、その発見・利用を促進した要因と考えることが出来ます。
本年7月12日から9月21日まで、東京・上野の国立科学博物館にて「金GOLD 黄金の国ジパングとエル・ドラード」展が開催されていますが、その展示物に、日本全国から採集された砂金の標本があります。それらの砂金は北海道から九州まで広範囲にわたる産地から収集されたもので、そこには賀茂川(京都市)、多摩川(東京都)、荒川(埼玉県)など、都市部を流れる川もありました。このように、金は結構身近で採集することができるのです。
一方、同じく展示されていた砂白金の標本はずっと少なく、しかもそのすべてが北海道産でした。白金(プラチナ)〈注〉が、イオン化傾向が小さく、金属の状態で見つかりやすいにもかかわらず、本格的な利用が最近までなされていなかった原因は、稀少性とともに、この地域的な偏在性にあるといえます。
〈注〉白金は、英語でplatinum(プラチナ)といいます。「白金」を直訳した「ホワイトゴールド」は、金に他の金属を混ぜてつくる銀色の合金の名前です。プラチナとは全く別物です。
終わりに
春名 誠(はるな まこと)
所属:(株)内田洋行 教育総合研究所
学位:博士(理学)
子供の頃から「自然」と「集めること」が好きで、小学校半ばまでは昆虫・古銭・切手少年。小5で水晶を見て以来、鉱物に魅せられ、そのまま理学部で地学を専攻することになる。産業技術総合研究所・地質標本館非常勤職員(岩石等の標本整理・研究・展示解説・イベント主催)や玉川大学非常勤講師(宇宙科学)を経て、(株)内田洋行に入社。現在は、教育総合研究所に在籍。「理科」「教育」「博物館」「標本」等をキーワードに仕事をしている。阪神ファン。
構成・文・図:春名誠/イラスト:みうらし~まる
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