食糧難解決のカギは紙?―「紙とセルロース(植物繊維)」―
紙のはじまりっていつ? 昔は何で、どうやって作られていたの? 人間は、紙の原料となるセルロースを食べているって本当? などなど、紙にまつわるお話です。
紙のはじめというと、エジプトのパピルスが思い浮かびますが、現在私たちが使っている紙は、A.D.105年に,中国の蔡倫(さいりん)が発明したとされてきました(『後漢書―蔡倫伝』)。しかし、20世紀に入って前漢時代の複数の遺跡から紙が発見され、蔡倫以前に紙が存在したことが確認されています。これまでのところでは、1986年に中国の天水(てんすい)市、放馬灘(ほうまたい)という所で発見された放馬灘紙(B.C.150年前後のもの)が最も古いとされています。これらのことから、現在では、蔡倫は紙の製法を確立し普及させた人であると位置づけられています。
このような歴史を持つ紙はわたしたちの身のまわりの至るところで使われています。特に日本の文化は、『紙と木の文化』と形容されるくらい、昔からありとあらゆる場面で使われてきました。本はもちろんのこと、建材、紙パックや最近では服にまで使われ、紙の種類は大変豊富になってきています。それでも、紙の作り方は蔡倫のころと基本的には同じです。
作る手順は、まず材料(『後漢書』によると、材料として樹皮、麻布、ぼろ布、古い漁網を使ったとあります)を、木や草を燃やした灰を水に混ぜた灰汁で煮ます。次に、叩いたりすりつぶして(この作業は「叩解(こうかい)」と呼ばれます)細かい繊維にします。最後に、この繊維同士を水の中で均等に絡ませます(この作業は「紙漉(す)き」と呼ばれます)。これを乾かすと紙になるのです。今日の紙作りでも、
1.植物繊維を使う
2.繊維を叩解する
3.水の中で漉く
ということが行われていますね。
古代エジプトのパピルスは、植物繊維を使っておりペーパー(paper)の語源ともなっていますが、叩解して漉くという作業を行っていないため今日の紙とは別のものになります。
ここで紙の作り方について少し化学的に考えてみましょう。私たちがよく使う紙、たとえば教科書やノートは、パルプを主原料としています。パルプは木材から余分な部分を取り除いて、セルロース(植物繊維)だけにしたものです。自然の状態のセルロースは何本も集まって束になっており、そのセルロースの束はリグニンという物質が接着剤のようになってお互いにくっついています。パルプにするためには、チップ(木片)を機械で摺りつぶしてセルロースの束同士を分離させたり、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)などを使い加熱してリグニンを溶かしてセルロースの束だけが残るようにします(クラフト法)。
次に、このパルプを叩きます(叩解)。叩くことで繊維の長さが短くなり、セルロースの束は解きほぐされて枝状になります(フィブリル化)。繊維が短く、枝が多くなればなるほど紙質は緊密になり、薄くなるが密度の高い重い紙ができます。逆に繊維が長く、枝が少なければ紙に隙間ができ、厚くなるが軽い紙ができます。紙質は叩解の仕方に左右されるのです。
叩解が終わると繊維を水の中で均一になるように泳がせます(漉く)。実はこの工程は紙にとって大変重要です。セルロースは水酸基という「手」を持っています。水の中ではこの「手」は水と結合(水素結合)します。このままでは繊維はバラバラになったままですが、乾かすと水の分子が離れてセルロースの水酸基同士が結合(水素結合)します。これで紙ができるのです。しかし紙を水につけるとセルロース同士の結合がほどけて、セルロースは水と結合します。つまり紙になる前のばらばらの繊維にもどるのですね。トイレットペーパーが水に溶けるのも、再生紙ができるのも、セルロースにこのような性質があるからなのです。
基本的に紙は再生可能ですが、ワックスがついた紙コップや、合成糊で接着された紙、感熱紙のような特殊な薬品で処理されている紙、シュレッダーなどで細かく裁断されてしまった紙などは再生しにくいのです。紙に付着した水に溶けない薬品は紙がばらばらの繊維に戻るのを邪魔してしまうからです。またあまり紙の繊維が細かくなりすぎると、紙を漉くときに水と一緒に流れてしまい繊維同士が絡みにくくなります。これに対して再生しやすい紙は、OA用紙や新聞紙などです。
■ 私たちは、普段の食生活で紙を食べている??
紙の原料となるセルロースを、私たちは普段の食生活の中で毎日食べていますが、人間はセルロースを分解する酵素を持たないので消化できずに排泄するだけです。しかし、セルロースはでんぷんと親戚関係にあるといえます。でんぷんはグルコース(ブドウ糖)が結合した「多糖類」とよばれる高分子化合物ですが、人間はこれを消化して生命活動の基となるブドウ糖を得ています。セルロースも多糖類なのです。「しろやぎさんとくろやぎさん」の歌にあるように、牛や馬や羊などの草食動物は、体内にセルロースを分解する酵素を持つ微生物がいるので、草やわらを食べてブドウ糖を得ることができます。もし人間も草食動物のようにセルロースを消化できたとしたらどうでしょうか。
現在では、自然界に豊富に存在するセルロースからオリゴ糖を得る研究が進められています。オリゴ糖自体は甘みがあり、比較的消化しにくいのでダイエット甘味料のような位置づけになっています。しかし、研究が進んで更に効率的にセルロースを利用する方法が見つかれば、人間にとって重要なエネルギー源(栄養源)となり「食糧難」はなくなるかもしれませんね。