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教育インタビュー

2022.07.08
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小野健太郎 数学の観点から現実世界の問題を解決する実体験を

「オーセンティック」な算数の学びのあり方とは

小野健太郎氏は武蔵野大学で教員養成に携わりながら、大人が社会生活の中で知識・技能を用いる場面と同型の文脈でのオーセンティック概念に基づく算数・数学教育を研究しています。従来のコンテンツ・ベイスからコンピテンシー・ベイスへと教育観が移行する中、オーセンティックな学びは、知識や技能を使って実際に問題を解決できる子どもを育てる学びのあり方として注目のキーワードです。今回、『オーセンティックな算数の学び』(東洋館出版社)を上梓した小野氏に、子ども達がオーセンティックに算数を学ぶことの意義や、授業づくりに役立つ実践アイデアを伺いました。

子どもが「学ぶ意義」を感じられる算数・数学教育を

学びの場.com

以前は小学校で教員をされていたとのことですが、どのようなきっかけでオーセンティックな学びに着目されたのでしょうか。

小野健太郎

かつて在籍していた私立小学校や東京学芸大学附属小金井小学校には研究を推奨する風土があり、私は大学で数学を修めたことから、算数の教材開発を始めました。以来、子どもがつまずきやすい小数や分数のかけ算、割合などをテーマに研究に取り組んできましたが、10年ほど経ったところで、こんな疑問を抱くようになりました。「単元ごとに教材研究を行って子どもの理解を深めることは大事だけれど、その効果は自分の授業を受ける子ども達だけが対象で、一時的なもの。『そもそもなぜ算数を学ぶ必要があるのか?』と、算数に向き合えない子ども達がもっと根本的に算数を学ぶ意義を感じられるようにできないだろうか」と。

そんなときに出会ったのが、島根県立大学教授の齊藤一弥先生によるオーセンティックな課題を取り入れた算数の実践でした。本物のトマトを題材に「どれが最もお買い得か?」を問い、リアルな問題を数理的に比較するにはどうすればよいのかに迫る実践でした。この実践を拝見したとき、自分の疑問をクリアにしてくれるのはこれだ!と直感し、書籍やビデオを参考に自分なりに実践をしてみたことが始まりです。

学びの場.com

そこから現場を離れて研究の道に入られたのはなぜですか。

小野健太郎

1つは、教員時代の経験から研究におもしろみを感じていたこと。もう1つは、教育実習生の指導を担当する中で、その成長を目の当たりにしたことです。研究がしたかったのはもちろんですが、教員養成に携わりたいという思いも強くなり、研究の道に進みました。現場を完全に離れたわけではなく、今でも週3回、小学校で子ども達と授業実践に取り組んでいます。

コンテンツ・ベイスからコンピテンシー・ベイスへ

武蔵野大学 教育学部 教育学科 准教授 小野健太郎氏

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『オーセンティックな算数の学び』では、現実の世界の出来事を式や図などに置き換える過程で「フィクション」が生じること、それは数学的な問題解決に必要である一方、どこか不自然で、子どもが算数の問題に馴染めない要因にもなっていることを指摘されています。どういうことでしょうか。

小野健太郎

本来は、現実の世界に困りごとがあり、それを解決するために数学を駆動させる、というのが自然な文脈です。その場合、現実世界のいろいろな要素から不要なものを捨て去って抽象化し、式や図などの数学的表現に置き換えて処理します。そして、その数学的解決に意味づけや解釈を行い、現実の世界に持ち帰ります。この問題解決は、知識や技能を使って実際に問題を解決できる子どもの育成を目指すコンピテンシー(資質・能力)・ベイスの教育観に立ったもので、オーセンティックな学びとも考え方を同じくしています。

ところが、私たちはこれまでコンテンツ(内容)、つまり今次の学習指導要領でいう知識・技能の習得を主な目的とするコンテンツ・ベイスの教育観に立ち、現実の世界を反映しているようでありながら、実はあらかじめフィクションに近づけた算数の課題場面を設定してきました。その方が現実世界の複雑な要素に惑わされずに知識・技能を効率よく身につけることができるからなのですが、これが算数の問題に「うそっぽさ」を感じさせる所以ともなっています。

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フィクションから始まる算数の教え方自体に無理があるということでしょうか。

小野健太郎

はい。算数のフィクションとノンフィクションの順序が逆になってしまっていることが、両者の不自然で不幸せな関係を生んでいるのだと思います。

例えば、中学受験の段階ではつるかめ算、和差算などたくさんの解き方を学ばないといけませんが、中学校で学ぶ一次方程式を使うと、そのほとんどが簡単に解けるようになります。これは一次方程式というコンテンツのよさの1つです。ところが、先に一次方程式の解き方を教えてから現実の世界でどう使えるかを考える、という順序で実践すると、そのよさは伝わりません。心ある先生は、昔から算数や数学を学ぶ価値に気づかせるような教材開発や授業の工夫を行ってきましたが、全体的な流れとしては知識・技能の習得と再生に重心が置かれていたということです。

フィクションから始まる算数を「そういうものだから」と受け入れられる子どもは、いわゆる暗記・再生型の算数と相性がよい。逆に、「現実にこんな状況があるのかな」と疑問を覚える子どもの方が、本来は数学という学問において望ましい姿勢をもっているといえます。

学びの場.com

今次の学習指導要領では、コンテンツ・ベイスの教育観からコンピテンシー・ベイスの教育観へと移行がなされました。

小野健太郎

AI(人工知能)は知識・技能を溜め込んでアウトプットすることが人間以上にそれが得意ですから、私たちがそのスキルをいくら磨いても勝てません。もうコンテンツ・ベイスで学ぶことにはあまり意味がないということを、子ども達に明示的に伝えるべきときが来ていると思います。

オーセンティックな算数の学びがもたらすもの

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オーセンティックな学びは、子どもたちにどういった変化や効能をもたらすのでしょうか。

小野健太郎

大きく分けて3つあります。1つは、算数・数学以外の既有知識も活性化されること。現実の世界の文脈を実現するオーセンティックな学びでは、算数・数学で学んだことに限らず、子ども達がもっているすべての知識を課題解決に使うことができるので、算数が苦手な子も学びに取りつく島が生まれます。

例えば、交通量を表と棒グラフに表す3年生の授業の導入で、実際に学校の周辺道路を撮影した動画を見せると、子ども達は算数という教科以外の既有知識を働かせて課題場面に向き合うことができます。

2つ目は、現時点では仮説ですが、市民や生活者、労働者としての大人が知識を社会生活の中で使う場面に近い文脈(現実の世界のオーセンティック文脈)で学ぶことで、子どもが将来、学んだ知識を使いやすくなると考えられることです。なぜなら、子どもは学んだ文脈と似た文脈の環境でないと既有知識を発揮できないということが、心理学や認知科学で明らかになっているからです。

私自身、ある家庭科の先生から、クッションを作る5年生の授業で上下左右に5cmの縫い代をつけて布を切り取るように指示したら、うまくできない子どもが3人に1人くらいいたと聞いています。これは、算数の授業で学んだ知識が、ペーパーテストで問題を解く文脈でなら活用されたとしても、採寸して布を切るという別の文脈ではなかなか駆動しないことを示しています。

3つ目は、これも仮説ですが、研究者が学問として数学を追究するのと似たやり方(数学の世界のオーセンティック文脈)で学ぶことで、そうした大人が使っているのと同じ数学的な見方・考え方を習得できるのではないかということです。

数学者は自ら問題を発見し、それを数学的な見方・考え方を働かせて追究して、得られた証明を学問集団に託して成否を問います。同じように、算数の学びでも自ら問いを見つけ、それに対する自分なりの考えをまとめてクラスのみんなに投げかけ、反証や反例、承認を得るというプロセスを踏んでいくことで、数学者のように課題へのアプローチの仕方を学べるのではないかと期待しています。

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数学の世界のオーセンティックな学びは、数学という学問のおもしろさに目を開かせ、算数・数学への距離を縮めることにもつながりそうですね。

小野健太郎

子どもが算数・数学を嫌い・苦手になる原因はいろいろ考えられますが、答えの正誤がはっきり現れることは大きいと思います。先生が答えだけにフォーカスしてフィードバックをしていると、算数・数学と子どもの距離は広がっていくのではないでしょうか。

しかし、これからの子ども達に求められるのは、自分の思考のプロセスを式や図、表などを用いて、他者に伝わる形で表現する力です。答えが誤っていても十分に自分の思考プロセスを表現できている場合と、正解を出せていても思考プロセスをまったく表現できていない場合とでは、前者の方がずっと価値が高い。これまでも「途中式が大事」という言い方はされてきたと思いますが、答えという結論に至ったプロセスに価値があると、その意義を明示的に伝えていくことが、先生方には求められていると思います。

「子どもが実感を得られる学びになっているか」という視点

学びの場.com

オーセンティックな算数の授業を行うにあたり、どんな点に留意して臨めばよいですか。

小野健太郎

子どもが算数を学ぶ意義を実感できているか、という点に尽きます。取り掛かりやすいのは「データの活用」領域ですね。今次の学習指導要領で新しく設定された統計に関する領域の単元で、自分たちの身の回りの問題解決に統計を使う場面を見出していくと、オーセンティックな学びを実現しやすいのではないかと思います。

例えば、ある教科書に「校内でのけがを減らそう」という課題場面の例が載っています。統計的なツールを用いて、どんな場所でけがが頻発しているのか、どういう種類のけがが多いのか、といったデータを提示することで、納得感のある解決方法を見出せるかもしれません。これは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための対策をデータに基づいて判断しようという昨今の社会的な実践と同じ文脈を示しています。

青色の太線2本は平行か?

学びの場.com

「データの活用」領域以外では、どのような学びが考えられますか。

小野健太郎

小数のかけ算や割合など、多くの子どもがつまずいたり疑問を抱いたりする単元は、数学の世界のオーセンティック文脈を実現するチャンスだと思います。

最近、4年生のクラスで行った直方体の授業で、こんなことがありました。側面の一辺を指し、「この辺と平行な辺はどれですか?」と問うと、全員が答えを言うだけでなく、「直方体は長方形で囲まれた図形で、長方形の向かい合う辺は平行だから」と理由も答えることができました。ところが、向かい合う面の上辺と下辺については、多くの子が平行だろうと思いながらも、まだ学んでいないため理由を説明できない。そこで、ある子から「平行の平行は平行ですか?」という問いが飛び出しました。見た目だけで平行に見えるから、と判断するのではなく、「平行の平行は平行である」という命題にきちんと理由をもって応えたいというのはきわめて数学的な態度だと考えます。

数学的な意味でのオーセンティックな学びは、子どもの問いをもつ感度に左右されます。なぜ平行なのかと疑問を抱き、理由を知りたいと思うならオーセンティックな学びになりますが、平行な辺を見出すだけで○がもらえるという世界観では、そうはなりません。子どもと先生がオーセンティックな学びを実現できる関係になっていることが大事です。

学びの場.com

子どもの問いを引き出す工夫も必要になりますね。

小野健太郎

それについては、問いを引き出す実践や教材など、これまでの知見がありますし、きちんと教材研究をすれば、多くの子どもが疑問を抱くだろう部分は必ず見つかるものです。そもそも30人も子どもがいたら、そのうちの誰かが疑問を感じているはずで、1人が問いを口にすると、それが呼び水となってクラス全体に共有されていきます。授業中に発言できなければ、振り返りの時間にワークシートに書いたって構いません。そうした経験を繰り返し、数学的にオーセンティックな姿勢を育んでいくことが大切だと思います。

ただし、授業の中でねらいとする部分を子どもがスルーしてしまったら、そこは先生が問いを投げかけ、立ち止まらせるべきです。疑問に思っていても声に出せない子どもがいるかもしれませんし、つぶやきとして表れているのであれば、それを問いの形にできるように引っ張ってあげる必要があります。

教科横断的・合科的に行うオーセンティックな学び

学びの場.com

オーセンティックな算数の授業に教科横断的な活動を取り入れるとしたら、どんなやり方があるでしょうか。

小野健太郎

データの活用領域で扱う表やグラフは他教科でも頻繁に使われていますから、その視点で他教科の教科書を眺めてみてください。例えば、国語科の新聞を作る授業なら、アンケートの結果発表などの統計データと記事のテーマを合致させれば、教科横断的な授業が1単元としてできます。理科であれば、4年生の1日の気温の変化という学習の中で、晴れの日と曇りの日の気温の変化を折れ線グラフに表しますが、算数でも同じ時期に折れ線グラフの授業が配当されています。3年生の理科と算数にも同時期に重さという単元があり、むしろ一緒に学ばせないのが不自然に思えるほどです。

学びの場.com

オーセンティックに学ぶことで、授業時間が足りなくなることはないですか。

小野健太郎

確かに、最初は時間も労力も必要になりますが、合科的に授業を行うことで時間は短縮できます。例えば、先ほどお話しした車の交通量を表と棒グラフに表す3年生の授業は、書籍では2回目の実践を紹介しているのですが、1回目の実践は教科横断型で行っています。国語科の話す・聞くの学習の4時間分を使って、地元の警察の方を招いて子ども達の調査結果を発表する活動と、学校の周りの車の交通量をグラフにして交通安全に役立てるポスターを作る活動を行い、2時間で終わらせています。

また、オーセンティックな学びを通じて子ども達に数学的な見方・考え方が育ち、理解が深まることでも授業時間は短縮されていくと思います。むしろ「先生、それはもういいからこっちを考えようよ」と、子どもの方から追究したい問いをどんどん見つけてくるようになりますよ。

記者の目

算数・数学ほど好き・嫌い、得意・苦手がはっきりと分かれる教科はないといわれる。私自身、算数・数学に距離を感じてきた1人だが、『オーセンティックな算数の学び』を読んで、その理由はフィクションから始まる算数に馴染めなかったためだということが理解できた。小野氏が同書で述べているように、小学校のうちから数学の世界のオーセンティックな学びに慣れ親しんでいれば、算数・数学が得意とまではいかなくとも、好きにはなれたかもしれない。オーセンティックな学びは幅広い学力の形成に寄与することはもちろん、数学の奥深さ、おもしろさを実感させ、人生を豊かにするツールとしても有用な学びのあり方だと感じた。

関連情報

小野健太郎氏・新刊『オーセンティックな算数の学び』
東洋館出版社/2,200円(税込)

第1章 算数の「フィクション」と「ノンフィクション」
第2章 オーセンティックな算数の学び
第3章 オーセンティックな算数の授業
第4章 オーセンティック再考

詳細はこちら

小野 健太郎(おの けんたろう)

武蔵野大学教育学部教育学科准教授。電気通信大学情報理工学域非常勤講師。
東京学芸大学大学院教育学研究科学校心理専攻修士課程修了。明星学園小学校教諭、東京学芸大学附属小金井小学校教諭、東京学芸大学教育学部非常勤講師を経て、現職。教科教育(主に算数)の実践研究を教育心理学的視点から進め、教員養成に携わる。また、並行して小学校での実践研究も進める。学校図書小学校算数科教科書編集協力者。分担執筆に、『教科の本質を見据えたコンピテンシー・ベイスの授業づくりガイドブック』(明治図書出版)、『ポスト・コロナショックの授業づくり』(東洋館出版社)など。新刊『オーセンティックな算数の学び』が初めての単著となる。

取材・構成・文:学びの場.com編集部 写真撮影:東洋館出版社

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