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教育インタビュー

2021.06.14
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大貫 麻美 日常で出会う「不思議」を科学的な「学び」へ

幼児教育を教科指導へつなげる

「チョウのあしって何本?」「ダンゴムシのあしってどこから生えているの?」教科指導が始まる前から子どもたちは日常で不思議に出会い、科学的な学びは始まっている。日常にあふれる不思議を学びにつなげ、将来の教科指導へとつなげていくための幼児教育プログラム開発の成果などについて、自然科学系教育を専門とする白百合女子大学人間総合学部初等教育学科の大貫麻美准教授に伺った。

子どもたちの視点に立った理科・算数の指導法

学びの場.com

大貫先生の研究内容について教えてください。

大貫 麻美(敬称略 以下、大貫)

白百合女子大学人間総合学部初等教育学科で、小学校や幼稚園教諭、保育士を目指す学生を指導しています。学生たちは将来、教員や保育士として働くことが大きな道筋となっていますが、子どもと関わる幅広い職種に就く可能性もあります。

私自身の専門は自然科学系の教育学ですが、小学校1年から始まる算数、小学校3年から始まる理科教育はもちろん、それ以前の幼児期にはどんな学びがあり、それが教科教育とどのようにつながっていくのか、うまくつなげるためにはどうすべきかや、動物園や博物館、科学館、図書館などの外部施設との連携方法も研究の対象にしています。

学びの場.com

近年の国内外の動向について教えてください。

大貫

子どもたちが将来にわたり活用していける力の育成や、その力とはどういうものなのかということに目を向け、教育の在り方が検討されてきています。教員が教え込むのではなく、子どもたちが何をできるようになっていくのかということを意識して授業を構成し、子どもたちが学びへの意欲をもって夢中になりその結果として力がつくということが期待されています。幼児期からの積み上げとして、自然の中にある不思議を見出す力やそれを探究していく力の育成が大切になってくると感じています。

理科では

白百合女子大学 大貫 麻美 准教授

学びの場.com

理科の授業はフィールドワーク中心ですか。

大貫

場所にはこだわりません。外でしか学べないこと、逆に教室でしか学べないこと、近年ではICTの世界を使って理解できることや、図書の中に飛び込むことによって得られる学びもあります。いろいろな場面で学んでいくことが大切です。

幼児教育では環境をいかに作っていくかが教員側のひとつのしかけであると考えています。子どもの自発的な学びは様々な場面で起こります。紙ひとつをとっても、色々な種類の紙と出会う機会があれば色、厚みや透け感など、多様な気づきが生まれるでしょう。また、こうした気づきを教科の学びにつなぐには、意図的に算数や理科の目で見るようなしかけをしたり、問いかけをしたりすることが大きなポイントではないでしょうか。

教員に苦手意識があると子どもたちに影響しうるので、理数系科目でつまずいた経験のある学生には、子どもの視点に立って、どういうところにつまずきやすいポイントがあるのか、どういう支援をするといいかなども考えてもらっています。

学びの場.com

具体例を教えてください。

大貫

3年生の理科では初めに昆虫の体のつくりと働きについて学びますが、子どもたちは普段から外に出ていろんな昆虫に出会っているはずです。その昆虫について、日常で無意識に見るときの目と意識的に見るときの目で気づきが違ってきます。

例えば、まず教室で「アリのあしって何本?」「体はどんな形なのだろう?」「チョウってどんな形?アリとは違うのかな?ダンゴムシはどうでしょう?」と投げかけ、子どもたちに絵を描いてもらってから外へ出ると昆虫の見方が変わります。知っていると思っていたのにわからないことに子どもたちが気づけると、それを確かめたいという気持ちになります。「ダンゴムシのあしがどこからどう生えているかは意識していなかった!」という場合は、あしの数や生え方に注目するようになります。

学びの場.com

日常にある不思議に気づくことから、どう学ぶのでしょうか?

大貫

不思議だな、と興味をもったところを追究していく過程が大切になると考えます。幼児期にはいろんな感覚を働かせる経験を多くしてほしいと思います。例えば、アートの目で色に注目して昆虫を見たり、体の柔らかさや硬さという触覚で感じ取ったり、五感を通して気づいていくことができるでしょう。こうした気づきを基にしながら科学的な視点で、体の構造に着目したり、生息環境に目を向けたりしていくのが教科としての理科の学びになるのだと思います。

算数では

学びの場.com

算数の場合はどうでしょうか。

大貫

例えば、動物たちが描かれたこの絵を算数の目で見たらどんなことに気づくでしょうか。「体の大きさに関係なく1は1」「ピンクでも茶色でも1は1」のように1という数の深さに気づくことや、「一番背が高いのはどれだろう?」「並んでいる順番に規則性はあるかな?」と考えることも算数の見方・考え方になります。

学びの場.com

理科の目で見るとどうなりますか。

大貫

理科の目で見ると「入道雲がある」「水着を着ていて暑そう」といったことを根拠に夏のイラストだと季節を推測することができそうですね。このように、知識を活用して考える経験も大切だと思っています。海外と比較すると日本は、自分の人生において、数学や理科の勉強が役に立つと考えている子どもたちが少ないという課題がありますが、学んだ知識を日常生活の中で活用する場面があると理解することが重要だと思います。

幼児期から始まる理数系の学び

「新しい生命科学教育の根幹を担う日本独自の学際的幼児教育プログラムの開発」

学びの場.com

この研究プロジェクトを始めたきっかけを教えてください。

大貫

子どもの不思議を見つける目を大切にしたいという私自身の想いからプログラムの開発に至りました。理科や保健の授業は小学校3年生から始まりますが、それまで学んでいないのではなく幼少期の日常からつながっているはずと考えました。

幼児教育の5領域のひとつに「健康」という領域があります。大人の支援はもちろん必要ですが、子ども自身が自分で健康を維持できるようにしていくことの重要性も幼児教育のカリキュラムの中で問われています。子どもが自分でやりたいと思えるようにするためにも、科学教育と健康教育の両方の視点が入ったプログラムがあれば子どもにとって豊かな学びになるでしょう。

学びの場.com

プログラムの内容はどのようなものですか。

大貫

プログラムは大きく分けて2つ、歯と怪我に関するものを開発しました。

5歳頃から乳歯が永久歯に生え変わり、子ども自身が自分の成長をドラマティックに受け止められる時期です。そのような場面で子どもたちに響くよう、歯に関するプログラムを作りました。怪我のプログラムは子どもたちに自然治癒の能力があるということ、自分も負傷しうることの両方を意識してプログラムを作っています。どちらも子どもの身に起きる現象ですが、目に見えない出来事や体の中で起きている事象、時間経過による変化も含んでいます。歯のプログラムも、自分の顎が大きくなって大人の歯が生えるということに目を向けられるようにしました。

学びの場.com

どのような効果がありましたか。

大貫

歯のプログラムでは「ここが抜けた!」と口の中を見せてくれたり、怪我のプログラムでは膝小僧の怪我を見せてくれたり、内容を自分事として捉えてくれている様子が分かりました。一方で、歯の数や形のような子どもたちが普段着目しないようなことも、あえてプログラムに入れています。鏡で歯を見て比べたり、友達の歯を見ながら模型を使って並べたりすることで、毎日見ていても気づかなかった自分の歯について知ることができます。

子どもが歯の形に沿って歯磨きし始めたり、今まで嫌がっていた歯磨きを積極的にするようになったり、栄養が歯に関わると気づいて栄養をとる意味に目を向けていく子どもたちがいたり、保護者や園からは様々な報告がありました。

プログラムの中では物語の中での学びも重視し、子どもの日常につながるものだけでなく、日常を飛び越えることも意識しています。歯のプログラムでは人間だけでなく動物にも目を向け、歯の形に多様性があることや歯の形や並び方で動物を見分けられること、私たちの歯には何種類か形があるということ、私たちもうまく歯を使い分けて食べていることなどにも気づくことができるようになります。ヒトと他の動物の共通性や多様性への気づきを育み、理科だけではなく、国語の教科書で出会う読み物の中の学びともつながるようにしました。

給食で魚が出たときに「魚にも歯があるのかな?」と問いかけたら、「小さいから無いんじゃないかな。赤ちゃんには歯が生えてないよ。」という答えがあり、確かめてみて「小さくても、自分で食べているんだね。」という話になったという園の先生のお話もありました。

学びの場.com

プログラムを開発するうえで大切にしたことは何ですか。

大貫

理科だけでなく他教科での学びも意識しました。数や形は算数、読み物は国語、世界に目を向ける読み物であれば将来的に社会科へとつながっていきます。このプロジェクトには、理科教育関係者だけでなく、司書や図書館学の専門家、幼児教育の専門家、医学領域の専門家、伝統・伝承文化の先生など多様なメンバーに参加いただきました。怪我をしたときに言う「ちちんぷいぷい」はどこから来たのか、世界の子どもたちは歯が抜けたらどうしているのか、金貨をもらう国もあるといった文化的な領域にも目を向けていく内容で、教科を超えた学びとなるように配慮しました。

学びの場.com

開発されたプログラムの中に、絵本の読み聞かせがありますね。

大貫

絵本は意図に応じて多様な役割を担える教材です。例えば、導入時に子どもたちと学びの対象とをつなげるストーリーを提供する役割、多様な気付きを他の人に伝えたり一緒に考えたりするために必要な語彙を提供する役割、自分が理解したことを確認する役割などがあります。

教科間をつなぐ指導の重要性

学びの前後をも俯瞰して支援できる教員に

学びの場.com

最後に、学びの場.comの読者へのメッセージをお願いします。

大貫

幼児教育では直接体験・間接体験の双方を通して幼児が豊かな気づきを持てるよう支援することが大切だと思っています。小学校教育ではそうした豊かな気づきをふまえつつ、算数なら、理科なら、という教科での見方・考え方を児童が意図的に行えるよう、そしてさらに教科ごとの見方・考え方を活用して多角的に事象をとらえられるよう、支援していくことが望まれると考えています。

そのためには教職を志望する学生たちに、幼児や児童の学びの今に寄り添いつつ、その学びの前後をも俯瞰して支援していくことができるようになっていてほしいと願っています。

教科での指導と教科間をつなぐ指導の両方に子どもの学びを活かしていく大事なポイントがあると思っていますが、算数や理科での学びと国語の教材との出会い方におけるひとつの提案として、今回のプログラム開発の視点を役立てていただけたらうれしいです。

近年のOECDのラーニングコンパスでは変革を起こしていく力が大事と言われていますが、幼少期から何か大きなことをしないといけないというわけではありません。「Think Globally, Act Locally」と言いますが、まずは身近なことに気づき、「だから私はこうしたい、こうしよう」と子どもたちが考えられるようになることが大事だと思います。できることの積み重ねが将来的には新しいものを作り出していく力につながっていくと信じています。

記者の目

日常の中にある気づきや子どもたちの好奇心を学びへとつなげるための活動は、算数や理科という教科への苦手意識をなくすうえで重要になっている。また、教科という枠にとらわれずにあらゆる分野へとつなげて考える指導法によって、全ての物事のつながりを意識する思考パターンを幼少期から作り上げることで、多様性への理解が生まれていくのではないだろうか。教科指導にとどまらない、これからの幼児教育への可能性を感じた。

大貫麻美(おおぬき あさみ)

白百合女子大学人間総合学部初等教育学科・准教授。
「理科」「算数」「初等理科指導法」「初等算数科指導法」等を担当。
幅広い年齢を対象とした自然科学教育を研究領域としており、研究代表者として「未来を生きる女子の生命観と自己決定力を育む生命科学教育研究~私立学校を事例として」(科研費No.17H01982)、「新しい生命科学教育の根幹を担う日本独自の学際的幼児教育プログラムの開発」(科研費No.16K12769)などの研究課題に取り組んでいる。

取材・文・画像:学びの場.com

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