教育トレンド

教育インタビュー

2018.03.21
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内田 良 ブラック部活動を語る。

世論の追い風がある今、教員は部活動改革・働き方改革の声を上げるべき。

内田良氏は学校生活で子どもや教員が遭遇する様々なリスクについて調査研究し、広く情報発信している社会学者。2017年に上梓した『ブラック部活動―子どもと先生の苦しみに向き合う』(東洋館出版社)では、部活動の問題点をエビデンスと現場の声から明らかにし、社会問題化への火付け役となった。本書で提案する部活動の改革は、子どもの負担軽減と共に、教員の多忙化の解消、ひいては教員の働き方改革にもつながるものとして注目される。これからの部活動のあるべき姿と、その実現に向けた動きや課題とは? 部活動や働き方の改善に向けて立ち上がった教員達の活動とは? 内田氏にお聞きした。

目指すべきは、競争から離れたゆとりある部活動

学びの場.com内田さんは組み体操や柔道の事故、体罰など、これまで子どもの苦しみに主眼を置いた研究をされてきました。部活動の問題で教員の苦しみにも目を向けたのは、なぜですか? 

内田良学校内での事故などの問題は、ほとんどの場合、子どもは被害者、教員は加害者という構図で論じられます。部活動においても、強制的で過剰な活動による子どもの体や学業への悪影響が問題視され、教員はその責任を問われる、というケースが大半です。しかし、教育課程外の活動である部活動は、本来は子どもの自主的な参加によって成り立つもので、教員にも勤務時間外に及ぶ指導の義務はありません。それにもかかわらず教員の多くは顧問を任され、月80時間の過労死ラインを超えるほどのサービス残業や、わずかな手当てでの休日出勤を強いられて、授業研究すらままならない状況に置かれている。そんな現場の苦しみの声を耳にしたこともあり、「加害者として責められてばかりでは、教員は聞く耳を持たなくなってしまう。そうなれば、いくら私が働きかけても子どもの安全を守ることはできないのではないか」という危機感を覚えました。そこで、部活動における教員の苦しみを取り上げ、広く現場の理解を得ようと考えたのです。

学びの場.comそんな子どもと教員の負担を軽減するために、本書『ブラック部活動』では部活動の活動量を削減する「総量規制」を提案されています。

内田 良総量規制で目指すのは、子どもがスポーツや文化活動を自らの意思でゆとりを持って楽しめる、放課後の「居場所」としての部活動。その実現には「練習時間数・日数の削減」に加えて「全国大会への不参加・参加大会の精選」が必要です。なぜなら、部活動がこれほどまでに過熱したのは、大会で勝つという「競争」を重視しすぎたから。勝つことが楽しく、やりがいがあるがゆえに子ども達は練習に、教員達は指導にのめり込み、活動量がどんどん増大してしまう。大会への参加を抑制しないことには、この「楽しいからハマる」という負の循環に歯止めをかけることはできないと思います。1989年の学習指導要領改訂で部活動が子どもの人物評価の対象となったことも過熱の要因の一つですが、部活動を競争の論理から切り離すことは、この評価の対象から外すことにもつながります。

学びの場.com子どもの人間性をより評価する大学入試へと改革が進む今、部活動を評価の対象から外すことはできるのでしょうか?

内田 良地域活動やプライベートでのスポーツ・文化活動など、部活動以外の色々な活動を評価の対象にすることができれば、可能だと思います。ただ、それが評価のための強制的な活動になり、第二の部活動のような存在を生んでしまっては元も子もないので、注意が必要でしょう。

行政が改革に乗り出すも、課題は山積

学びの場.com総量規制の実現につながる動きはありますか?

内田 良文部科学省の外局であるスポーツ庁の有識者会議が2017年度内に策定を予定している「運動部活動に関するガイドライン」の案に、都道府県中学校体育連盟などが主催団体に大会の統廃合を要請することや、参加する大会数の上限を設けることが盛り込まれました。中学校の休養日を平日1日以上、土日1日以上の週2日以上、1日の活動時間を平日2時間、休日3時間程度とする数値目標も明記されています。

学びの場.com主に中学校が対象とはいえ、国が具体的なガイドラインを示したことは前進ですね。

内田 良そう思います。ただ、今回の内容では教員の大幅な負担軽減にはならず、子どもの負担軽減につながるかも疑問です。確かに活動量は減りますが、それはスポーツ科学の研究を踏まえ、「体を壊さずに効率よく勝つ」ことを目指しているにすぎないからです。短時間で効果が得られる活動の実施が求められているので、これまで以上に厳しい練習が行われる可能性があります。大きな転換を図るためには、活動日数を週3日程度にまで減らし、参加できる大会の規模を地区大会までにするなどの思い切った対策が必要。トップアスリートやプロを育成する活動は民間のクラブチームに任せるべきです。

学びの場.comそこまで部活動の在り方を変えるとなると、保護者や大会主催団体から反発もあるのでは?

内田 良保護者だけでなく、部活動に熱心に取り組んでいる教員からの反発も大きいでしょう。その壁を超えられるかどうかのカギは、校長をはじめとする管理職にあります。彼らが部活動の負の側面に目を向け、改革の必要性を説明することができれば、理解は得られるはずです。大会の主催団体である日本中学校体育連盟、全国高等学校体育連盟、日本高等学校野球連盟、全国高等学校文化連盟などの反発も予想されますが、抜本的な改革には、ここの協力は不可欠。そしてまた、トップアスリートを学校外の民間のクラブチームで養成するための仕組みづくりも急ぐべきです。「競争」と「居場所」を分けて制度設計を進めるということです。今日の部活動の在り方を当たり前のものと思わず、子どもや教員の負担に目を向けていただきたいと思います。

学びの場.com教員の負担軽減策としては、2017年に文部科学省が制度化した、部活動の外部指導者を学校職員として採用する「部活動指導員」が注目を集めています。導入は進んでいるのでしょうか?

内田 良全国に広がりつつあります。最近では、2016年度にスポーツ庁が実施した中学校の運動部活動の調査において、1週間の活動時間数の多さで全国3位だった福岡県の福岡市のほか、岩手県、東京都などが公立中学校・高校への部活動指導員の採用を決めています。ただ、部活動指導員を含む外部指導者の導入で教員の負担は軽減されるのですが、競技経験のある外部の人材はトップアスリートを養成するような専門的なトレーニングを課す可能性があり、かえって子どもの負担が増すのでは、という懸念もあります。スポーツ庁のガイドラインも含め、まずは学校管理下の部活動については、競争から離れた在り方を考え、その上で施策を立てるべきでしょう。

過重労働の背景にある、昔のままの法制度と教員文化

学びの場.com教員の長時間労働に歯止めがきかないそもそもの要因は「給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」にあるとのこと。見直しは行われないのでしょうか?

内田 良給特法の規定では、基本給の4%を教職調整額として全員に一律支給する代わりに、どれだけ残業しても時間外手当は支払われないことになっています。これにより、学校は出退勤時間すら管理されない、長時間労働の無法地帯となっていったのです。4%という数字は、週2時間弱という1966年の小中学校における平均的な残業時間をもとに算出されたもので、週20時間にも及ぶ今日の実態からは大きくかけ離れています。それにもかかわらず見直しが行われないのは、現在の時間外手当を予算化すると年間1兆円にも達してしまうからです。

学びの場.comもはや手をつけられない所まで来てしまった、ということですね。

内田 良そうなった背景には、長時間労働や休日出勤を「子どものための献身的な行為」として美化する、根強い教員文化があります。職員室の中にいる教員は自分達の働き方を当たり前と思い、不満を覚えてもなかなか口には出せないので、外からは問題点が見えにくいのです。だからといって、このままにしておけば教員の働き方改革は進みません。今年1月、私も参加している、大学教員や過労死遺族による「教職員の働き方改革推進プロジェクト」は、教員の残業の上限規制や給特法の見直しを求める約50万人の署名を文部科学省に提出しました。給特法が改正され、時間外手当が発生するようになれば、部活動の在り方も見直さざるを得なくなるはずです。

部活動改革から働き方改革へ、広がる教員達の声

学びの場.com『ブラック部活動』について、学校現場からはどのような反響がありましたか?

内田 良「よくぞ書いてくれた!」という賛同の声がある一方で、「楽しくやっているのに水を差すな」という反発の声もありました。ある教員はこの本を学校の図書室に入れたいと提案しましたが、大きく意見が割れ、結局、管理職判断で却下されてしまったのだそうです。私の研究ではこうした両極端の声があるのが常なのですが、今回は新たな反応もありました。ある学校の新年会の席で、主任クラスの教員が「最近はマスコミの目が厳しいから、部活動の在り方も考えないとね」と語ったというのです。納得はしていなくても、今の部活動はやりすぎだという認識は持っている。そんな賛同と反発の間にいる教員の声が届き始めたことは、大きな前進と受け止めています。

学びの場.com最近では、これまで当たり前とされてきた部活動の指導や過重労働に異を唱える教員の声が高まり、インターネットを通して広く情報発信や署名活動が行われています。きっかけは何だったのでしょうか。

内田 良この40年ほどの間に教員の多忙化が進んだことと、匿名で情報を発信・共有できるTwitterというツールが現れたことが大きいと思います。主に声を上げているのは、部活動顧問などの仕事が集中し、パートナーや我が子と過ごす時間を奪われている若手・中堅の教員達。ネット上には休日返上で部活動の指導に取り組む教員の妻を指す「部活未亡人」、部活動が原因で家庭が崩壊する「部活離婚」というショッキングな言葉も飛び交い、事の深刻さを伝えています。

学びの場.com教員達の活動で、何か新しい動きはありますか?

内田 良『ブラック部活動』で紹介した、ネット署名を展開する「部活問題対策プロジェクト」、リアルでの集まりから発足した現職教員による全国組織「部活改革ネットワーク」、教員の働き方についての声を集めたサイト「教働コラムズ」などで活動する教員達が、「現職審議会(現職審)」というグループを立ち上げました。名称は中央教育審議会(中教審)に似せてみたとのことです(笑)。教員の働き方改革について考え、定期的に中教審への提言を行っています。部活動から学校全体へと教員の働き方に対する問題意識は広がり、世論にも影響を与えていると感じています。

世論の追い風がある今こそ、学校の意識改革を!

学びの場.com部活動改革、教員の働き方改革の推進に向けて、これから取り組んでいきたい課題を教えてください。

内田 良部活動に関する著作、調査、施策、提言などは運動部を対象としたものばかりで、文化部についてはまったく議論がなされていません。データが揃わないため実態が見えにくいのですが、私の元に届く吹奏楽部関連の声によると、運動部ほどには体力を消耗しないがゆえに、コンクールで良い成績を収めようと際限なく練習が行われる傾向にあるようです。演奏による地域貢献といった吹奏楽部の教育的意義はそのままに、やりすぎている部分をゆるくできるよう、研究と啓発に取り組みたいと思います。 また、部活動を出発点とした働き方改革では、どうしても中学校、高校が議論の中心になり、小学校は蚊帳の外に置かれがちです。とはいえ、小学校でも4割くらいの教員が過労死ラインを超える時間外労働を強いられている。いかに小学校の教員を巻き込み、働き方改革の輪を広げていくかも、これからの課題です。

学びの場.comいずれも一筋縄ではいかない問題。学校内外のすべての関係者が一体となって考え、取り組んでいく必要がありそうですね。

内田 良はい。解決には文部科学省、教育委員会、学校、保護者、大会主催団体、マスコミと、多くの人の力が必要です。しかし、当事者である教員が学校の中でこうした問題を語ることはいまだタブー視されており、危機感を覚えた一部の教員だけが外に出て声を上げている。このまま管理職を含む多くの教員が「好きでやっているんだ」「子どものためだから」と意識を変えずにいれば、マスコミは関心を失い、行政による改革も尻すぼみになって、学校はブラック一色になってしまう恐れがあります。世論の追い風がある今こそ、学校の中から声を上げてほしいと思います。

関連情報

内田良氏・新刊『ブラック部活動―子どもと先生の苦しみに向き合う』
東洋館出版社/本体1,400円+税/四六判/2017年7月31日発売

本書は部活動の教育的意義を否定するものでも、全廃を目指すものではない。訴えるのは、子どもと教員が本当に自発的に、過度な負担なく取り組める、これからの部活動のあるべき姿だ。その根拠として、著者は統計データを詳細に分析し、子どもや教員、その保護者や家族の声を丁寧に拾い上げ、矛盾だらけの部活動と教員の働き方のリアルな実態を明らかにしている。刺激的なタイトルに尻込みせず、著者の問題提起に一度耳を傾けてみてはいかがだろうか。

内田 良(うちだ りょう)

名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授
博士(教育学)。専門は教育社会学。2011年より現職。組み体操や柔道などのスポーツ事故、体罰、自殺、2分の1成人式、部活動顧問の負担、長時間労働など、学校生活における子どもや教員のリスクについて調査研究し、啓発活動を行っている。ウェブサイト「学校リスク研究所」「部活動リスク研究所」を主宰。主な著書に『教育という病』(光文社新書)、『柔道事故』(河出書房新社)、『「児童虐待」へのまなざし』(世界思想社)などがある。

インタビュー・文:吉田教子/写真:赤石

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