2008.06.24
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

特別支援教育の現状と課題 教師と保護者が本音で語る「現場の悩み」

特別支援教育の制度がスタートして1年余りが経つ。文科省による調査では、校内の体制整備は進んでいるとのことだが、実際には"教員の負担増"など、さまざまな課題が噴出しているようだ。そこで今回、特別支援教育の現状と課題について、特別支援教育コーディネーター、教員、保護者の当事者たちに意見交換をしてもらった。

特別支援教育の現状と課題~教師と保護者が本音で語る「現場の悩み」

座談会メンバー

※編集部注:本座談会は、特別支援教育の特性上、個人情報に言及する可能性があるため、参加者名および学校名は匿名とさせていただきました。

R教諭
G教諭
J教諭
Uさん

特別支援学校教諭。エリア・コーディネーターとして、小中学校などでの巡回相談や研修、関係機関との橋渡しを行う。地域全体の活動状況にも精通する専門家。

都内公立A小学校養護教諭、特別支援教育コーディネーター。推進体制の設計や研修企画、教員・保護者へのアドバイスなども担当する、校内におけるリーダー的存在。

G教諭と同じA小学校教諭。現在は高学年の担任で、クラスには支援の必要な子どもも在籍。特別支援教育の考え方を学びながら、その子に応じた関わり方の工夫を実践している。

B小学2年生の広汎性発達障害の男の子を持つ母親。我が子との接し方だけでなく、担任や学童クラブ指導員、周囲の保護者との関係づくりでも苦慮している。


意識と理解

 子どもを受け入れ、認めてあげるために

「クラスがなぜ荒れるのかという疑問が、活動のきっかけでした」(G教諭)

学びの場.com (以下、学びの場) まず、A小学校の特別支援教育の現状についてご説明ください。

G教諭 本校では1年前倒しで始めていて、現在3年目に入っています。実は以前から、指導力のあるベテランの先生のクラスでも荒れてしまうことがあって、どうすれば改善できるのかという問題意識が取り組みのきっかけでした。

学びの場 具体的にはどんな活動から始めたのですか?

G教諭 子どもの実態を見直して、学校全体で情報共有するしくみをつくりました。子どもの日常の行動で気になる点や友だちとのトラブル、教師の声かけに対する反応などを記録・分析したところ、全体の1割くらいの子が、行動面で何らかの「つまずき」を抱えていることがわかってきたんです。

学びの場 どういう子どもが多いのでしょう。授業中の私語や立ち歩きなどですか?

J教諭 一番多いのは、「人の話は静かに聞く」とか「廊下を走らない」といった学習や生活上のルールを守れない子ですね。教師の指示を聞かないし、何度注意しても同じことを繰り返してしまう。

Uさん うちの子もそうですが、発達障害を持つ子は対人関係でも問題を起こしやすいんです。暴力もあるし、ちょっとした言葉がきっかけで友だちとトラブルになったり。

R教諭 先生からすると、手の掛かる、扱いにくい子どもですよね。そういう子への関わり方が上手くいかないためにクラス全体が荒れてしまうこともある。逆に言えば、支援の必要な子をきちんとフォローしてあげることで、その子自身も、周囲の子どもも落ち着いて学習ができるようになるのです。

Uさん 先生方は特別支援の必要性をどの程度意識されているのでしょうか。うちの子の学校では、発達障害のことをよく理解されている先生もいれば、そうでない先生もいるのですが。

J教諭 どの学校でも個人差はあると思いますよ。私の場合は、子どもとの関わり方をG先生に相談したことがきっかけで、特別支援のことを知るようになりました。

G教諭 指導困難なクラスや子どもを持って、大変な思いをしてはじめて特別支援の知識が必要と気づく先生は多いですね。逆に、子どもとの関わり方や学級経営で困っていない先生は、いままでのやり方で上手くいっているから必要ないと考えているし、意識も高くありません。

「指示を聞けないのにはその子なりの理由がある、と考えてみる」(J教諭)

R教諭 “いままでのやり方”は結果として成功した一事例であって、どの子にも常に有効とは限らないんです。実際、実績のあるベテランの先生のクラスでも荒れることはあるのですから。

G教諭 でも指導力に自信を持っているベテランの先生ほど、いままで上手くいった方法が通じなくなると、「こんなにしているのに、なぜ子どもは私の思いに応えようとしないのか」と悩みがちで、特別支援の必要性になかなか気づいてくれない。

J教諭 そこで意識を変えられるかどうかがポイントだと思います。「思いに応えない」ではなく、「指示を聞けないのにはその子なりの理由がある」という特別支援の考え方を取り入れることで、その子を認めて、受け入れられるようになるんです。

R教諭 意識の変革は、担任の先生だけでなく管理職にも求められますね。管理職の後押しがあると、G先生のようなコーディネーターも動きやすいので、学校全体の取り組みが活発になりますから。そして保護者も学校の活動を理解して、協力していくことが大事です。

Uさん はい。親が先生を信頼しないと、子どもも信頼しなくなるんですよね。私が担任の先生への不満を子どもの前で見せているうちに、子どもも同調するようになったことがありました。それからは、意識して先生のいいところを話すようにしているのですが。

G教諭 それはすごく大事です。うちの学校でも、保護者面談などで直接お話しいただける場をつくるので、ご家庭で担任批判をしないでくださいとお願いしています。学校だけががんばっても状況は変わりませんから、親御さんと学校が同じ視点に立って、一緒にお子さんに関わっていくことが大切なんです。

体制づくり

 推進体制をつくり、動かすためのカギ

「生活指導との連携が、特別支援への第一歩になります」(G教諭)

学びの場 文科省の調査(平成19年10月現在)では、ほぼ100%の小学校で校内委員会の設置とコーディネーターの指名が行われています。学校現場の体制づくりは進んでいると見ていいのでしょうか。

R教諭 統計上は「進んでいる」と言えるのでしょうが、具体的な活動は学校ごとに差があります。整備した体制をどう動かしていくかが今後の課題ですね。

学びの場 A小学校の推進体制はどのようになっているのですか? 管理職とコーディネーター以外に、キーパーソン的な先生がいるのでしょうか。

座談会風景

G教諭 校内委員会には、管理職、生活指導主任、教務主任、コーディネーター(2名)、低・中・高学年の学年主任と専科主任、スクールカウンセラーが参加しています。
 このメンバーのなかでは、生活指導主任の役割が大きいですね。特別支援の活動は生活指導と関わる部分が多いですから。

R教諭 A小学校も実施初年度は、G先生と生活指導主任の先生がコーディネーターをしていましたね。

G教諭 はい。どの学校でも、生活指導の一環として子どもの情報を共有する活動を行っているはずです。その延長線上で、その子に学校としてどんな関わりができるか話し合うことが、特別支援への第一歩になるんです。

J教諭 あと、学校生活の共通ルールをつくって6学年全体で指導していく活動も、生活指導主任の先生がリードして取り組んでいますね。

「中学校の体制が変わると、地域全体の活動が充実します」(R教諭)

Uさん コーディネーターの先生はほとんどの学校にいるというお話ですが、うちの子の学校ではどなたなのか、親の私も知らないんです。子どものことを相談するときも対応してくれる先生がまちまちで、窓口役も決まっていないようなのですが。

R教諭 その辺が文科省の統計からは見えてこない問題点なんです。おそらく、コーディネーターはいるけれども親御さんには知られていないのだと思います。

G教諭 うちの学校では、学校便りなどで「お子さんのことでお困りのときは声をかけてください」とコーディネーターの存在をお知らせしています。保護者会の帰り際などに私に声をかけてくれる親御さんもいて、その立ち話をきっかけに家庭と学校の連携が始まることもありますよ。

R教諭 保護者と担任をつなぐ窓口はコーディネーターですから、指名するだけでなく、家庭にも情報発信していくことが大切ですね。

学びの場 中学校の現状はどうでしょう。小学校同様、体制づくりは進んでいるけれども、具体的な取り組みは学校間で差が出ているのでしょうか。

R教諭 そうですね。ただ、不登校や非行といった大きな課題に対して特別支援のアプローチを必要としている学校は多いですし、先生方の意識次第かと思います。

G教諭 合同研修や情報交換といった地域の幼・小・中の連携も、中学校がリードしてくれるとやりやすいですね。

R教諭 実際、中学校が変わると地域全体の活動が充実するんです。国が目指す特別支援教育には、個別の支援計画を策定し、幼・小・中、それ以降も一貫した支援を行う活動も含まれています。そのしくみを動かすのは人ですから、合同研修などを通じて、その地域の特別支援教育に関わる人たちのネットワークをつくっておくことは重要なのです。

教師の負担

 多忙な学級担任の負担を減らす工夫

「支援員は『黒子』。指導を任せきりにしてはいけない」(R教諭)

学びの場 物事を進めるためには「人・もの・カネ」の3点セットが必要と言われますが、特別支援教育に関する行政の支援の現状はどうなっているのでしょうか。

R教諭 人の確保という点では支援員の配置が進められていて、文科省では今年度、3万校に1人ずつ配置する施策を打ち出しています。地方交付税の関係で地域ごとにしくみが違って、少ない地域と多い地域がありますね。

G教諭 うちは少ない地域なんです。当初は配置予定すらなかったのですが、現場の負担があまりに大きい現状を見て、年度途中から予算措置が行われました。

J教諭 担任一人ではどうしても手が回らない状況はありますから、手助けしてくれる人は必要ですよね。

R教諭 そうですね。ただ、支援員はあくまでも「黒子」で、子どもが先生の言葉を聞き取れなかったときに教えたり、書くのが難しいときに手を添えたりするのが本来の役目です。支援員がいるからといって、子どもの指導を任せきりにしてはいけませんね。

Uさん 特別支援のことを考えた教材などは整備されているのでしょうか。たとえば、うちの子は20分くらいしか集中が続かないので、授業で使うプリントが細かく分けてあるといいのですが。

J教諭 教員が自分で用意するしかないでしょうね。集中が続くように小分けにしたり、細かい字を書くのが苦手な子のためにマス目を大きくしたり、いま使っている教材を加工して対応することはできます。

Uさん でも、「うちの子のためにプリントを分けて」とは言いにくいですよね。先生は授業のプロですし、別のプリントを用意する手間をかけてしまうと思うと、遠慮してしまう。

J教諭 直接言いにくいときは、スクールカウンセラーやコーディネーターを通して伝えてもらうといいですよ。本校では、窓口役が親御さんの要望を聞いて、私たち担任に伝えるしくみになっています。

「担任の先生に、負担を押しつけないことが大事です」(G教諭)

G教諭 担任の先生には「保護者がこう言っているから」とは伝えず、「この子はこういうことで困っているようなので、こんな関わり方がいいですよ」とアドバイスするんです。教材をつくる時間がないようなら、こちらで用意することもありますよ。

R教諭 担任の先生になるべく負担をかけないように気配りをされていますね。

G教諭 もともとうちの学校の特別支援は、“担任支援”の意味合いが強いんです。保護者と対応する人を決めて、具体的な支援の方法もチームで考えて、学級担任と一緒に実践していく。担任の先生に負担を押しつけたり、孤立させたりしないことを大事にしています。

Uさん うちの子の担任の先生は孤立しているのかもしれない。私の子どもの対応方法のことで周りの先生からいろいろ言われて、「どうしていいかわからない」と涙ながらに話していたこともあるんです。

G教諭 そういう状況が一番よくないですね。子どもの支援以前に、先生自身が追い込まれて病気になってしまいます。

J教諭 こういう困っている先生を学校全体でサポートすることも、特別支援教育の目的の一つだと思うのですが。

R教諭 本来はそうなんですよ。でも学校全体で取り組んでいかないと、一部の先生に負担が集中してしまう。ですから、まずは生活指導や教育相談、「個の理解」といった既存の教育活動のなかに特別支援を位置づけて、無理のない範囲で取り入れていくことが大事ですね。

 特別支援教育とは、その子のつまずきの根本を見て、つまずかないように先回りして手を打つこと。つまずいて転んでしまった子の対応に追われている状況を変えることで、先生方の負担軽減につながるものなのです。活動が定着すれば、そこに気づく先生も増えていくと思います。

指導スキル

 つまずきの根本を見定める力をつける

「1、2年生の時期に、『生活のきまり』を身につけさせることが重要」(G教諭)

学びの場 特別支援に関する指導スキルを高めるためには、どんな点に気をつければいいのでしょうか。

R教諭 「この子にはこの手立て」というHow to的な知識も必要ですが、それ以上に、その子のつまずきの根本を見定める力をつけることが大事です。
 たとえば、発達障害を持つ子の多くは「自分に対するアンテナ」が敏感ではありません。自分の言葉や行動が他人にどう受け取られたか、自分が他人からどう見られているか、想像するのが苦手なんです。

座談会風景

Uさん うちの子もそうです。本人はよかれと思って言っていることが、友だちを傷つけていると気づかないんですよね。

R教諭 それが対人関係のトラブルといったつまずきとして現れてくるんです。そういう子には、「いまあなたの言ったことは、友だちからこう思われているよ」と“翻訳”してあげて、周囲から見られている自分を少しずつ意識させてあげることが重要です。

G教諭 イラストや掲示物を示しながら話すのも有効です。うちの学校では各教室に、声の大きさをイラストで表現した「声のものさし」や、やさしい言葉遣いの具体例などを掲示して、子どもに指示を出すときに活用してもらっています。

J教諭 「声のものさし」を低学年から使っている子どもたちは、「いまはボリューム1だよ」と話すと、「ああそうだった」と反応はするようになってきました。子どもに浸透して身につくには何年もかかるでしょうから、継続的な指導が必要ですね。

G教諭 そういう意味では、1、2年生のときの関わり方によって、6年間を落ち着いて過ごせるかどうかが決まると言ってもいいんです。学習のルール、学習道具の使い方や片づけ方、掃除の仕方など、学校生活のきまりを指示して聞いてくれるのは低学年のうちだけですから、この時期にきちんと身につけさせることが大事です。

「保護者と担任は子どもの最もよき理解者であらねばなりません」(R教諭)

R教諭 子どもが落ち着ける環境づくりにも気を配ってほしいですね。教室のものを整頓するとか、掲示物をきれいに並べて貼るとか、ちょっとした工夫で子どもの気が散る要因を減らすことができます。

J教諭 机や椅子の脚に使い古しのテニスボールをつけて、雑音が出ないようにするのも一つのアイデアですね。

R教諭 逆に、A小学校のようなオープンルーム構造は、聴覚的な刺激に反応して注意を削がれやすい子には、集中を保ちにくい環境です。

G教諭 そうなんです。メリットもありますが、特別支援という観点ではかなり弊害を感じます。

Uさん
 いまお話にあった子どもと上手に関わるスキルは、先生だけでなく保護者にも役立ちますよね。でも保護者向けの情報は少ないし、学ぶ機会も限られています。

G教諭 その点は学校もお手伝いしていく必要があるでしょうね。以前、保護者会でR先生に子育てのヒントを話していただいたことがあって、すごく好評だったんです。それだけ、お子さんとの関わり方で悩んでいる親御さんは多いのでしょう。

Uさん 困ったときにアドバイスしてくれる相手のいない親御さんは、特につらいと思いますよ。発達障害に対する誤解も多いですから、周囲からいろいろなことを言われて、親のほうも参ってしまう。

G教諭 確かに親御さんのケアはほとんどなされていませんね。相談機関も病院も、診察は3カ月待ち、人気のところは1年待ちなど、いずれも満杯状態で、困ったときにすぐ頼れるわけではないですし。

R教諭 今年度から実施の「発達障害等支援・特別支援教育総合推進事業」では、全国のモデル地域で特別支援教育の課題を検討し、成果を全国に広げていく計画です。発達障害に関する情報センターをつくる計画もあるので、保護者への情報提供も今後は充実していくのではないかと思います。

 ただ、特別支援教育を巡る環境がいかに改善しても、保護者と担任の先生が子どものことをわかってあげて、一緒に関わっていくことがもっとも重要であることは変わりません。子どもが一番長く過ごす場所は家庭と通常学級であり、そこで一緒にいる大人は保護者と担任の先生ですからね。

特別支援教育の本来の目的は、先生の負担軽減だとR教諭は言う。だが、それがすべての学校で理解されるには、「あと10年はかかるでしょう」と。A小学校は、本来の目的に近づきつつある。一方、校内委員会もコーディネーターも名ばかりで、学級担任が矢面に立たされ苦心している学校は、ますます遠ざかりつつある。最初の一歩を踏み出すのは、やはり管理職であり、コーディネーターなのだと思う。

取材・文:栗林俊晴 ※写真の無断使用を禁じます。

【関連記事】
特別支援教育の基礎知識 ~一人ひとりのための教育支援を実現する手立て


ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop