2007.06.26
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特別支援教育の基礎知識 一人ひとりのための教育支援を実現する手立て

特別支援教育が今年4月、全国の学校現場でスタートした。LD、ADHD、高機能自閉症など、特別な支援の必要なすべての子どもたち一人ひとりの特性に合った学習・生活面のサポートの充実が期待されている。一方、専門知識を持つ人材やノウハウの不足から、対応に苦慮している学校も少なくない。今回は、東京都立港養護学校の大木豊校長と川上康則教諭のコメントを交えながら、子どもたちへの具体的な支援のあり方や今後の課題について考えてみたい。

特別支援教育の基礎知識 ~一人ひとりのための教育支援を実現する手立て

特別支援教育が目指すもの ~「場の教育」から「ニーズの教育」へ

すべての先生が特別支援教育の担い手に

東京都立港養護学校 大木豊校長
東京都立港養護学校 大木豊校長

学びの場.com(以下、学びの場) この4月からスタートした特別支援教育は、従来の教育とどのような点が違うのでしょうか。

大木校長 従来の教育と特別支援教育との違いをひとことで表現すると、「場の教育」から「ニーズの教育」への変化だと言えます。これまでのように、養護学校や特殊学級などの限られた場だけでなく、小中高校、大学まで含めて、特別な支援を必要とする子どもたちすべてに対して、ニーズに応じた教育を継続的に行うというのが基本的な考え方です。

 具体的な対象として、特別支援学校(従来の盲・ろう・養護学校等)に通う子ども、特別支援学級に通う子ども、通級による指導を受けている子どもに加え、通常学級に在籍するLD、ADHD、高機能自閉症等の発達障害のある子どもも含まれているのがポイントです。通常の学校の先生方一人ひとりが、特別支援教育の担い手になると言えます。

 「ニーズに応じた教育」を実現する手立てとして、これまでは個別に子どもに関わるケースの多かった学校、医療、福祉の各現場が連携し、一人ひとりに合った個別の教育支援計画を作成し、小学校から高校、大学まで一貫した支援を継続するという方策が打ち出されています。
また、特別支援学級と通常の学級との間で交流や共同学習をしたり、特別支援学校に在籍する子どもたちが地域の学校に副次的な籍を置き、学校行事や学習で交流したりするなど、学校内や地域とのつながりをつくる取り組みも大きな柱になっています。

LD、ADHD、高機能自閉症とは?

 LD(学習障害)とは、「知的発達の遅れはないが、『話す、聞く、読む、書く、計算する、推論する』のうち特定領域の習得と使用に著しい困難を示す状態」と定義されている。学校では、「文字を正確に書き写せない」「はさみがうまく使えない」「話し言葉がうまく聞き取れない」「計算の位取りがわからない」といった状態が見られることが多い。

 ADHD(注意欠陥多動性障害)とは、「年齢や発達段階に不釣り合いな、注意力、衝動性、多動性を特徴とする行動の障害」のこと。学校で見られる様子としては、「集中できない、集中しすぎる」「離席が多い」「順番が待てない、いきなり大声を出す」などが挙げられる。

 高機能自閉症は、一般には「知的障害を伴わない自閉症」とされ、コミュニケーションの障害や言葉の発達の遅れ、特定のもの・分野への強いこだわりなどが特徴。学校では「相手の気持ちを推測できず、不適切な発言をしてしまう」「通学路や持ち物、その日の予定などが急に変わるとパニックを起こしてしまう」といった症状が見られる。

 いずれも近年になって見出された発達障害で、原因についてはまだ不明な点が多い。適切な支援を行うことで症状はある程度改善するものの、成人後に症状が残るケースもあり、「大人のADHD」が社会問題として取り上げられる機会も増えている。
文科省が平成14年に行った調査では、通常学級に在籍するLD、ADHD、高機能自閉症などの子どもは、全国で約68万人(義務教育段階の全児童生徒数の6.3%程度)に上る。これは教員による判断で、医師の診断に基づく数字ではないが、発達障害を持つ子どもはごく身近にいると捉えておいたほうがいいだろう。
障害の種別を特定することが特別支援教育の目的ではないし、「授業中に離席をしたからADHDだ」などと即断するのは危険ですらある。しかし、発達障害の存在に気づかないまま対応していると、苦手なことを強制して症状を悪化させたり、二次的な障害を誘引してしまう心配もある。その子の特性を理解するひとつの足がかりとして、こうした発達障害の基本症状や支援のあり方を知っておく必要があるだろう。

学校の教育力を地域貢献につなげる

都立港養護学校の中庭
都立港養護学校の中庭

学びの場 現在の養護学校は「特別支援学校」と名称変更することになっていますが、学校としての機能はどのように変わるのですか。

大木校長 本校の子どもたちに対する指導に加え、地域における特別支援教育のセンター的な役割を果たしていくことになります。
具体的には、本校の特別支援教育コーディネーターによる巡回相談や、専門家を招いた研究会などを通じて、他校の先生方に情報提供や指導法のアドバイスなどを行います。私たちが培ってきたノウハウを幅広く提供することで、通常の学校に通う子どもたちも、専門性の高い支援を受けることができるようになるでしょう。

 現在多くの学校が、特別支援教育コーディネーターに指名された先生を中心に校務分掌を設け、学校ぐるみで指導に取り組む体制を準備されている段階だと思います。今後の連携の中心になるのはコーディネーター同士の交流ですが、管理職の先生や一般の先生方も含め、さまざまなレベルでの交流や情報交換も求められると思います。

 こうした変化を踏まえ、本校としては今後、人権を尊重しながら個別のニーズに応じた指導を行うことで、「一人ひとりの可能性を伸ばす教育活動」を目指していきます。そのためには、教員個々の指導力や専門性をさらに高め、学校としての教育力を向上させることが大切です。それが、私たちが果たすべきもうひとつの役割である地域への貢献にもつながると考えています。

特別支援教育が自然に受け入れられる環境づくり

校長室
校長室

学びの場 特別支援教育を推進していくうえで、今後どのような点が課題になるとお考えですか。

大木校長 「通常学級にいる支援の必要な子ども」をどうサポートするかがひとつの課題だと思います。その子の持つ発達障害について担任の先生や保護者、周囲の大人たちが理解している場合はよいのですが、気づかずに子どもを苦しい状況に置いてしまっているケースもあると思うのです。

 たとえば自閉症の子どもは、「理由もなく怒ったり騒いだりする」と見られがちですが、それは周囲の大人の判断であって、子ども自身にはきちんとした理由があるものです。自閉症の子は特定のものに強くこだわる傾向があり、小さな変化にも過敏に反応します。一例を挙げると、登校してきた子どもに私が上着を着てあいさつをすると、「上着を着ている姿」がその子にとっての私のイメージになる。ですから、暑くなって途中で上着を脱ぐと怒ってしまうのです。教室の掲示物が少し変わっただけでパニックになってしまう子どももいます。

 こうした特性を理解し、先生方が普段の接しかたや教室づくりを工夫することで、子どもは今よりもずっと落ち着いて学校生活を送ることができます。LDやADHDについても同様で、子どもに合わせた支援を行うことで症状を改善することが可能です。

学びの場 先生や保護者など、子どもと接する大人たちが発達障害について理解を深める必要がありますね。

大木校長 特別支援教育の第一歩はそこから始まりますし、私たち特別支援学校の教員も、日頃の経験を生かして地域での活動を積極的にお手伝いしていきたいと思っています。

 しかし学校現場の現状を考えると、毎日の学習指導や校務で手一杯と感じている先生方も少なくないでしょう。先生方が「強制されている」「やらされている」と感じるような支援では、子どものためになりません。参加しやすく魅力ある研修会を企画するなど、情報発信のあり方にも工夫しながら、特別支援教育がすべての学校現場へ自然に受け入れられるような環境づくりに取り組んでいきたいと考えています。


港養護学校の取り組みから ~その子のための学習環境づくり

写真や絵を使って「見せて説明する」工夫

 都立港養護学校は都内に31校ある知的障害養護学校のひとつ。学区は港、品川、目黒、渋谷の4つの区にまたがり、小学部、中学部、高等部に計189人の児童生徒が在籍している。川上教諭の案内で、子どもの障害に合わせた学習環境づくりの工夫を見せてもらった。

港養護学校の取り組みから ~その子のための学習環境づくり
教室の構造化。用途と空間を対応させ、ものを整頓することが基本

 川上教諭が担任する小学部1年生の教室に入ると、特に自閉症の子どもに配慮した『構造化』と呼ばれる空間づくりに目がいく。広さは通常の学校のものと変わらないが、間仕切りやロッカーなどを使って室内をいくつかのスペースに分けているのが大きな特徴だ。
「ここは全員で集合する場所、給食を食べる場所、個別のワークを行う場所というように、スペースと用途をはっきりと分けているんです。自閉症の子どもは狭い場所が落ち着くので、教室の一角にその子のためのスペースをつくる場合もあります」と川上教諭。
空間の構造化だけでなく、その日の予定を黒板の所定位置に大きく掲示し、子どもに活動の見通しを持たせる工夫もされている。決められた時間に、決められたことをきちんとこなすという意味では、学校生活のスケジュールそのものの構造化と言える。

子どもと教員のコミュニケーションにも使われる写真プレート
子どもと教員のコミュニケーションにも使われる写真プレート

 教室内でもうひとつ目立つのが、写真や絵を多用した掲示物だ。自閉傾向のある子どもは視覚的な情報に強いという特性を持っているため、言語による情報伝達だけでなく、写真などで「見せて説明する」ことがコミュニケーションを図るうえで有効なのだという。

 川上教諭の教室には、トイレやグラウンド、体育館の写真にマグネットをつけたものがロッカーに貼ってある。体育館の写真を黒板に貼って次の授業の集合場所を示すなど教諭が使うこともあれば、言葉ではうまく伝えられない子どもが、トイレの写真を取って「トイレに行きたい」という意思を伝えたりすることもあるそうだ。

 こうした視覚的な図を利用した掲示物は、校内の至るところで見られる。たとえば校長室のドアには、ネクタイ姿の人をモチーフにした視覚記号(ピクトグラム)がついていて、「校長室」という言語が理解できない子どもでも、その部屋にいる人物の姿を直感的に理解することができる。

一見しただけでその部屋の用途がわかるように工夫されたピクトグラム
一見しただけでその部屋の用途がわかるように工夫されたピクトグラム
 

一人ひとりの課題に応じて教材を自作

指導に使う教材をライブラリー化して共有。「その子」のためにつくられたオリジナルの教材が多い
指導に使う教材をライブラリー化して共有。「その子」のためにつくられたオリジナルの教材が多い

 正面玄関そばにある「教材ライブラリー」からは、同校の日々の実践の姿が伝わってくる。特別支援教育の現場では、その子の障害の特性や学習課題に合わせて専用の教材を自作することが多い。ライブラリーは各教諭が制作したさまざまな教材を共有する場で、その日の活動に必要なものを教室へ持っていって利用している。既成のドリルやプリント類なども揃っているが、学年ごとに分類されてはいない。障害のある子どもの学習能力は個人差が大きいため、その子にとって適切な教材を選んで使うのだという。

 自作教材としては、サイコロを四角い穴に入れたり、複雑に曲がった針金に沿って輪を動かしたりするなど、目と手を使うものが多い。これらを活用しながら目と手の協応動作を高めることが、知的障害のある子どもへの支援では特に重要だと川上教諭は言う。
「こうした学習に加え、出席簿を職員室へ届ける、新聞を取ってくるなど、小さな役割をこなす体験も学校生活のなかに取り入れています。そうした積み重ねが、基本的な生活技術を身につけることにつながるのです」。

やるべきことを常に確認できる黒板掲示は通常の学校でも活用可能
やるべきことを常に確認できる黒板掲示は通常の学校でも活用可能

 80人以上の教員が集まる職員室の先には、高等部の生徒たちが美術や木工、清掃・クリーニングなどの作業学習を行う教室がある。卒業後の就職に役立つ実践的な技術だけでなく、社会人に求められるソーシャルスキルを高めることが実習の目的だ。

 1年生の教室にあった「見せて説明する」手法はここでも多く目につく。木工の実習室では、作業の流れと生徒の名札を黒板に貼り、誰がどの作業をするかが一目でわかるようにしている。また清掃・クリーニングの実習室では、揃えた靴の写真を床に貼って整列位置を示したり、テーブルを拭く手順を数字と矢印で説明したりする工夫もある。

高等部の生徒が使う実習室でも、指示を視覚的に示す工夫が随所に
高等部の生徒が使う実習室でも、指示を視覚的に示す工夫が随所に

 川上教諭は、「必要な情報を常に見せておけば、口頭での説明を聞き逃した生徒も、自分のやるべきことを把握することができます。『言葉に頼らず、見せて伝える』ことが大切です」と話す。こうしたノウハウは、特別支援教育の場だけでなく、通常の学校現場でも活用できるものだろう。

 この10年ほどで大企業の障害者雇用が進んだこともあり、卒業生の就労状況はよくなっている。同校でも、作業学習や職場体験など「働ける力」を身につける指導を充実させる一方、あいさつや返事といった基礎的なコミュニケーション力を育てるため、小学部段階からの継続的な支援にも力を注いでいるという。

 

 

子どもが落ち着く教室づくりと支援のヒント ~子どもの「サイン」を読み取ろう

「ニーズに応じた支援」はすべての子どもに有効

東京都立港養護学校 川上康則教諭(特別支援教育コーディネーター)
東京都立港養護学校 川上康則教諭(特別支援教育コーディネーター)

 特別支援教育では、一人ひとりの教育ニーズに応じた指導や、その子のための個別教育支援計画に基づいて、小中高校さらには学校卒業後まで含めた一貫した支援の継続を目指しています。学校だけでなく、福祉や医療、学童保育など子どもに関わるさまざまな人たちが連携した取り組みになるため、現場の先生方には発想の転換が求められるかもしれません。

 こうしたなかで私たち特別支援教育コーディネーターが果たす役割は、子どもへの指導法から校内の組織づくりまで、学校での取り組み全般について外部からアドバイスやサポートをすることです。特別支援教育に対する現場の関心は高く、私も地域の学校の研修会に招かれ、先生方とお話をする機会が増えてきました。

 養護学校の子どもたちは、地域で生活しているという実感を持ちにくいものです。本校の学区は近隣の4つの区に広がっていて、多くはスクールバスで通学していますから、地域の皆さんも身近なところに養護学校の子どもがいることに気づきにくい。本校に通う子も、それぞれの地域で生まれ育ち、将来も地域の一員として暮らしていくのですから、早い段階から、地域社会の人々や同年代の子どもたちと関わっておくことが大切です。私が地域の学校の先生方と交流し養護学校の子どもの様子を伝えることは、本校にもメリットがあるのです。互いにギブアンドテイクの関係ですから、学校の先生方も気兼ねせず、私たちのようなスタッフをどんどん活用していただきたいと思っています。

川上教諭の教室
川上教諭の教室

 研修では、その学校が抱えている課題に即したトピックを選ぶようにしていますが、どの学校でも共通してお話する話題もあります。
まず、子どもの学校での様子を記録する際、人によって受け止め方の違う言葉や、判断基準のあいまいな言葉は使わないようにすること。また、複数のエピソードをまとめて書かないようにとアドバイスしています。たとえばその子の様子を、「集団行動ができない」と大ざっぱに捉えてしまうと、40人学級での行動に問題があるのか、班別活動がうまくできないのかがわからず、適切な支援ができません。どんな状況で、何ができて何ができないかを具体的に見ることが大切です。

一日のスケジュールを示した黒板
一日のスケジュールを示した黒板

 次に、因果関係を決めつけないことです。「この子は片親だから」「共働きだから」「親の愛情が足りないから」といった憶測に過ぎない捉え方をやめ、子どもの現状を冷静に見つめる必要があります。

 3つめとして、特別支援教育という概念を広く捉えてもらうようにお願いしています。特別支援教育は「LD、ADHD、高機能自閉症」といった診断名のついた子どもだけを対象にしているイメージがあるかもしれませんが、決してそんなことはありません。「一人ひとりのニーズに応じた支援」はすべての子どもに有効なことですから、診断名の有無に関わらず、すぐれた教育ツールやノウハウは積極的に使っていきましょうと提案しています。

子ども目線の疑似体験で発達障害を理解する

 個別のニーズに応じた指導を実現するための第一歩は、その子の持っている特性や、学校生活で直面している困難と、その要因を正しく理解することです。

「ココロ」という文字が書いてあるが、背景と読み取るべき文字の境界があいまいなため読みにくい。発達障害の子どもに配慮した教室の掲示物づくりでは、余分な周辺情報をカットして見やすくすることが大切
上図:「ココロ」という文字が書いてあるが、背景と読み取るべき文字の境界があいまいなため読みにくい。下図:発達障害の子どもに配慮した教室の掲示物づくりでは、余分な周辺情報をカットして見やすくすることが大切

 たとえばLDのなかでも計算の苦手な子には、筆算の位取りができないケースがよく見られます。これは計算力の不足ではなく空間認知の問題で、2つの数の足し算なら、「上の数の1の位と下の数の1の位を足したものが、答えの1の位に入る」という空間の位置関係がうまく捉えられないのです。こうした子どものつまづきが理解できないと、計算ドリルを繰り返しやらせるといった指導をしてしまいがちです。当然、これは子どもにとって苦痛ですし、失敗体験を重ねることで自己評価を下げ、学習への意欲を失わせることにもつながります。

 空間認知に問題のある子どもは、ものにつまずきやすく、平均台がうまく渡れないといった特徴があるので、こうした様子から発達障害の存在に気づくこともあります。学校のさまざまな活動のなかで子どもたちが見せる「サイン」を的確に読み取る力をつけることが大切だと思います。

 そこで私は、各校で行う研修のなかに、発達障害のある子どもの感覚を疑似体験する試みを取り入れています。たとえば右図は、子どもの「ものの見え方」をイメージしてもらう素材です。初めは混乱しますが、見方がわかると隠れている文字が見えてくるはずです。背景をカットして文字だけを取り出すと、誰でもはっきりと読むことができますね。発達障害のある子どもは、全体像のなかから読み取るべき情報をうまく引き出す力が弱いのですが、余分な情報を取り除くことでこれを補ってあげることができるのです。

「すっきり感」が学びやすい教室づくりの基本

 こうした手法は、学習環境づくりにも応用できます。私が各校でおすすめしているのは、教室をすっきりさせ、子どもが落ち着いて学習に集中できる環境をつくることです。部屋が散らかっていると、好きなように散らかして構わないのだと誤学習してしまう心配もあるので、「すっきり感」を大切にした教室づくりを心がけてほしいと思います。

大田区内のある区立小学校の教室。机の周辺から掲示物まで、ものを減らしてすっきりさせることが落ち着いた学習空間づくりにつながる
大田区内のある区立小学校の教室。机の周辺から掲示物まで、ものを減らしてすっきりさせることが落ち着いた学習空間づくりにつながる

 左の写真は、大田区立小学校の4年生の教室です。このクラスにはADHDとアスペルガー症候群(言葉の発達の遅れをともなわない高機能自閉症)の子どもが在籍しており、こうした発達障害に配慮した教室づくりが実践されています。
特に見てほしいのは、子どもの机のフックに道具袋などを下げていないことです。ここにものがたくさんぶら下がっていると歩くとき邪魔になりますし、気が散る要因にもなる。落ちたものを拾うためには席を立たなければなりませんから、離席をしやすい子どもがわざとものを落として、授業中に席を離れる口実にすることもあるのです。掲示物は必要最小限に絞って丁寧に貼ってありますし、カーテンも風で揺れないように止めてあります。余計な情報やものをカットして「すっきり感」を演出するお手本と言えます。

教室後方には、次にやるべきワークが丁寧に並べてある。決められたものを決められた場所にきちんと置くという教室づくりが徹底されている
教室後方には、次にやるべきワークが丁寧に並べてある。決められたものを決められた場所にきちんと置くという教室づくりが徹底されている

 また、椅子や机の脚に使い古したテニスボールをつけるのも手軽で効果のある方法です。聴覚刺激に敏感に反応する子どもは多いので、余計な音が出ないようにするだけでも、子どもが集中しやすい環境をつくることができます。

 子どもの机をコの字型の配置するメリットは、先生が動きやすく、先生に対して最前列に位置する子どもを増やせることです。逆に、子ども同士が向きあう形になるので、窓の外に気を取られたり、友だちの動きに目が行ってしまうというデメリットもあります。このクラスの場合は、アスペルガーの子は黒板に一番近い位置に、ADHDの子は先生の真正面に置いていました。席替えは子どもの自由にさせず、先生が指定しているそうです。

 じっとしているのが苦手なADHDの子を教室前方に置くと、その子の動きに後方の子どもたちが注目してしまうのですが、こういう座席設定にすれば、先生がその子を常時チェックできるうえ、仮に動いても多くの子どもの視界に入らずに済む。よく考えられた配置だと思います。

「見えないもの」を視覚化して伝える工夫

「話声の大きさ」といった目に見えないものも、具体的な指標を使って視覚的に示すことで子どもたちにわかりやすく伝えることができる
「話声の大きさ」といった目に見えないものも、具体的な指標を使って視覚的に示すことで子どもたちにわかりやすく伝えることができる

  子どもたちを適切に支援していくうえでは、「見えないものを視覚的に示す」ことがひとつのポイントになります。

 たとえば現在でも多くの学校で「声のものさし」の掲示物を見かけますが、大抵は教室の高い位置に貼ってあるだけで使われていません。ある小学校の先生はこれを黒板に貼って、矢印をつけて授業で活用しています。班別で活動する際は「ボリューム3(班のなかで)」で話し合おう、でも3分経ったら席に戻って「ボリューム0(心のなかで)」になろうねと掲示物を示しながら伝える。「静かにしなさい!」と大声を出すより、こうして行動の目標を視覚的に見せながら押さえたトーンで話したほうが子どもは指示を聞きやすいものです。

友だちと自分の会話や、相手の気持ちを言葉に表して考えさせる。相手の感情を読み取るのが苦手な子どもに対しての有効な支援になる
友だちと自分の会話や、相手の気持ちを言葉に表して考えさせる。相手の感情を読み取るのが苦手な子どもに対しての有効な支援になる

 また、子どもの「心のなか」を視覚的に示すことも有効な支援になり得ます。自閉傾向のある子どもの多くは、話し相手の表情や言葉の抑揚から感情を読み取るのが苦手です。このため、場違いな発言をしたり、対人関係でトラブルを起こしたりしやすい。こうしたときには、その子と相手の子が口にした言葉を文字にして示し、「あの子はこう言ったけど、心のなかではこう思っていたのかもしれないね」と、相手の感情や思いも書いて見せ、自分の発言を落ち着いて振り返る機会をつくってあげるといいでしょう。

子どもたちの行動の背景にはさまざまな要素が隠れている。たんなる「問題行動」として片づけず、子どもなりの理由を探ることが大切
子どもたちの行動の背景にはさまざまな要素が隠れている。たんなる「問題行動」として片づけず、子どもなりの理由を探ることが大切

 もちろん子どもたちは、何かわからないことがあっても、「私にはわからないので視覚的に提示してください」とは言いません。代わりに、指示に従わなかったり、どこかへ行ってしまったり、かんしゃくを爆発させたりします。こうした行動は必ずしもわがままから出るものではなく、「わからないよ」という子どもたちからのサインなのです。表面に現れる問題行動は言わば氷山の一角で、水面下には行動につながるさまざまな要因があり、それを生み出している周囲の環境や社会的な背景が隠れている。この関係を、特別支援教育に携わる多くの先生方に知っていただきたいと思います。

 

特別支援教育の推進は学級経営の改善に

その時間の授業の流れを大まかに示すだけでも、子どもが見通しを持つ足がかりになる。落ち着いて学習に集中させるうえで効果的な取り組みだ
その時間の授業の流れを大まかに示すだけでも、子どもが見通しを持つ足がかりになる。落ち着いて学習に集中させるうえで効果的な取り組みだ

 日常的にできる支援のひとつとして、その日のスケジュールやその時間の授業内容をあらかじめ示し、子どもたちに活動の見通しを持たせることも挙げられます。

 子どもが周囲の状況を見通しを持って見る習慣は、生後6、7カ月頃から始まるとされています。一番身近なのは「いないいない、ばあ」です。乳幼児はこれを繰り返し見ているうちに、「いないいない」と言われた段階で、「次の『ばあ』で顔が出てきそうだ」と見通しを持つようになるのです。1歳前後を対象にした絵本は、これと同じ展開になっていますね。最初に「いないいない」があって、次のページの「ばあ」で何かが現れるという構成です。もう少し年齢が上がると、『大きなカブ』や『ノンタン ぶらんこのせて』のように、「いないいない」が繰り返されて登場人物が増えていき、最後の「ばあ」で終わるといったお話になります。

 3歳くらいになると、『ぐりとぐら』のように複数の出来事が因果関係でつながっているストーリー性のある絵本が読めるようになるのですが、この段階でつまづくと、「見通しの持ちにくさ」が上の年齢まで残ってしまうと考えられています。

 小学校に入ると1週間の時間割に沿って学校生活を送ることになりますが、1週間の組み立て以前に、45分間の授業の見通しが持てない子は割と多いのです。活動の見通しが立てられない不安感から離席をしてしまうADHDの子もいるので、この時間はこういうことを勉強しますという流れを事前に示してあげることは、子どもたちを落ち着かせるうえでも効果的です。

 上で紹介したような支援の手法や効果は、必ずしも特別支援教育の枠内に限定されるものではありません。多くの現場を見て実感するのですが、支援の必要性の高い子どもを手厚くフォローすることは、必要性の比較的低い子どもたちや、発達障害のない子どもたちにも好影響を与え、学級経営そのものの改善につながります。こうした考え方はいまは一般的ではありませんが、今後、特別支援教育をすべての学校現場へ定着させていくうえでは、有効なアプローチになるのではないかと考えています。

医師の診断・障害の特定を急がないこと

都立港養護学校小学部の作品
都立港養護学校小学部の作品

 特別支援教育はまだスタートしたばかりですから、戸惑いや不安を感じている先生方も多いのが現状です。こうした点も含めた今後の課題をいくつか指摘しておきたいと思います。

 ひとつめは、校内の推進体制の確立と管理職の理解です。多くの学校現場に共通しているのは、特別支援教育コーディネーターが生き生きと活動できる背景に必ず、校長先生の理解とリーダーシップがあることです。特別な支援を必要とする子どもたちを引き上げることが、子どもの力だけでなく学校の教育力の底上げにもつながると考える校長先生がいると、コーディネーターも自分の仕事にやりがいを感じて活発に動くことができるものです。逆に管理職の理解のない学校では、せっかくすぐれた実践をしている先生がいても、そこで培ったノウハウが校内レベルですら共有されないという状況が生まれています。この点については、学校経営の観点から特別支援教育の価値に目を向けてもらうために、私たちも積極的に情報発信していきたいと考えています。

都立港養護学校高等部の作品
都立港養護学校高等部の作品

 ふたつめは、対象となる子どもたちをどう捉えるかという点です。発達障害の存在は学校現場でも注目を集めているだけに、ともすれば「LD、ADHD、高機能自閉症」といった「診断名」が一人歩きしてしまいがちですが、こうした傾向は特別支援教育を推進するうえでは必ずしもプラスにはならないでしょう。

 LD、ADHD、高機能自閉症などの発達障害には、医学上の判断基準があります。しかし医師の所見に左右される部分も大きく、ある病院でLDと診断された子どもが、数年後に別の病院でADHDと診断されるといったケースはよくありますし、複数の発達障害が合併している事例も多く見られます。より重要なのは、仮に診断名が確定しても、現場の先生や保護者がやるべき支援の方向性は変わらないという点です。「この子はADHDかもしれないので診断を受けてほしい」と要望することで、逆に保護者とトラブルになってしまうこともあるので、個人的には、障害種別の特定にはこだわらないほうがよいのではないかと考えています。

課題を抱えこまず外部の支援を活用して

都立港養護学校卒業生の作品
都立港養護学校卒業生の作品

  発達障害や特別支援教育に対する保護者や社会の理解を深めることも大きな課題と言えます。「障害」をその子の特性の一部として冷静に受け止めてもらうためには、「その障害のことをみんなが知っている」「マイナスイメージがないか、わずかである」「障害を補う手段が確立されている」という3つの条件が必要だと思います。これらが揃っていない段階で「この子はLDという発達障害で」と説明することは、保護者にショックを与えるだけでなくトラブルの元にもなります。特別な事情がない限りは、「こういう状況で落ち着かなくなるようです」とその子の特性を伝える程度に留めておくほうがよいと思います。

 こうした事情をある専門家は、「近眼とメガネ」の例で説明しています。近眼という「障害」の存在は誰もが知っていますが、マイナスイメージはほとんどありません。それはメガネやコンタクトレンズという「障害を補う手段」が確立しているからです。

 現在のところ、「発達障害と特別支援教育」は、「近眼とメガネ」ほど一般には受け入れられていません。上の3つの条件に当てはめると、「その障害のことをみんなが知っている」という状況をつくっている段階なのです。特別支援教育は、一人ひとりの子どもを大切にする教育活動であり、特定の子だけでなくクラスみんなが落ち着いて学べる環境をつくる取り組みなのだということを広く理解してもらうためにも、地道な情報発信に努めていかなければなりません。

 現場の先生方の多くは、「教員になったらその日から一人前のプロである」と大学で教えられてきたはずです。しかし始まったばかりの特別支援教育には、「一人前のプロ」などいません。その子の特徴や対応の方法がわからないときには、「助けてほしい」と声を上げていいのです。その求めに応じて、私たちコーディネーターや外部の専門家が先生方をサポートするしくみが用意されていることも、新しい特別支援教育の柱のひとつなのですから。課題をひとりで抱えこまず、外部の人材や情報、ノウハウを積極的に活用しながら、子どもの「サイン」を読み取る力を高めること。そうした先生方一人ひとりの取り組みが、特別支援教育の土台をつくっていくのだと思います。


記者の目
 特別支援教育の現場では、「困り感」という言葉がよく使われる。発達障害を持つ子どもの多くは、友だちとの関係や毎日の学習のなかで小さな「困った」を重ねながら学校生活を送っている。教師や保護者がサインを読み取り、「困り感」に手を差しのべてくれるのか、それとも、これまで同様「困った子」として片づけられてしまうのか。子どもにとって、その差はあまりにも大きい。

(取材・文:栗林俊晴/写真:言美歩 ※写真の無断使用を禁じます。)

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