2014.01.28
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通常学級で活用したい特別支援学校のスキル(vol.1) 「新聞作り」から自尊感情・他尊感情を育て、キャリア教育へ ― 東京都立城北特別支援学校 ― 前編

特別支援教育で実践される授業づくりの視点や工夫は、通常学級でも大いに活用できる。学校現場では今、学習内容が増え子どもたちの指導法にさらに工夫を凝らす必要が出てきている。特に、発達障害などを抱え、特別な配慮が必要な子どもたちが在籍していればなおさらのことだ。そこで今回は、東京都立城北特別支援学校で行われた授業と、授業者たちによる指導ポイントを紹介する。次回、後編では本授業の学習効果を高めるために、事前に行っていた「ある活動」をリポート予定!

授業を拝見!

肢体不自由と知的障害を併せ有する児童たちの「新聞作り」授業

学年・教科:小学部4、5、6年(児童8人) 生活単元学習
単元:「しんぶんきしゃになろう!」(全12時間)
本時の目標(第11時間目):取材ノートで振り返りながら、意欲的に新聞記事作りに取り組む。本時の学習活動がわかり、見通しを持って活動する。新聞記事の構成を考えて、自分なりに表現することができる。
授業者:菅谷和寿 主任教諭(T1)、森奈緒 教諭(T2)、植竹安彦 教諭(T3)
使用教材・教具:ペン・のり・色画用紙・写真・イラスト・文字原稿等の記事作成用ツール及びパーツセット(個別)、取材ノート、ミニ黒板等

新聞作りで「思いやりの心」を育む

本授業は、肢体不自由と知的障害を併せ有する小学部高学年児童の学習グループで行われる。障害レベルも学習レベルもそれぞれ異なる8名の児童たちは、今年度、「新聞作り」に励んでおり、現在3号目を作っている所。なぜ、新聞作りなのだろうか。
「本学習グループの年間目標である『相手を思いやる心』を、取材や記事作成等の活動を通して育むのがねらいです。単に新聞を作るのではなく、取材される側の気持ちになって取材し、適切な態度や言葉遣いを学ばせたい。読者のことを考えて記事を丁寧に書く大切さ、相手を意識する大切さを学ばせたいと考えています」
とは、菅谷和寿主任教諭だ。そのため、取材の練習にも一工夫凝らされている。まずは、取材の「悪い手本」を教員が実演。ぶっきらぼうな態度や丁寧ではない言葉遣いを見せた上で、「良い手本」を実演し、どのように感じるかを比較させる。
「なぜ感じ方に違いが出るのか、児童の言葉で表現させ違いに気づかせました。相手が、気持ちが良いと感じる挨拶にはどんな要素が必要か、児童なりに考えさせています」
と解説してくれたのは、学びの場.com「教育つれづれ日誌」執筆でおなじみの植竹安彦教諭だ。

視覚と聴覚に訴えて、わかりやすく

校長先生の顔写真を提示

全12時間中11時間目の今日は、いよいよ新聞記事の作成を行う。まず目についたのが、児童の「視覚」に訴える指導技術だ。

本学習グループの児童たちは、イメージしたり記憶したことを思い出したりすることに苦手さを有している。そこで授業の導入では、前回校長先生にインタビューしたことを思い出させるために、校長先生の顔写真を提示。さらに以前作った新聞第2号を見せて活動内容を想起させつつ、まだ白紙状態の第3号の台紙を見せて
「今日は3号を作ってもらいますが、まだ真っ白です!」
と、菅谷主任教諭は少々大げさに見える身振りと言葉で示す。新聞作りの活動を思い出させると共に、空白を埋めて完成させたいという意欲を刺激するのがねらいだ。

  • 記事作成用紙の見本を提示

  • 写真や道具はトレイに入れて各児童に配布

  • 車輪付きで移動可能なミニ黒板

記事作成方法の指導でも、視覚効果が活用されていた。一人ひとりに、「記事作成用紙」を配布。これは、見出し欄、記事欄、写真欄、名前欄等の記入欄が予め書かれた台紙で、どこに何を書くか迷わずに済むようになっている。ちなみに、記事作成用紙は各児童の学習の到達段階と取材テーマに合わせて一人ずつ異なっており、作業に必要なペンやノリ等の文房具、写真やイラスト記事原稿等のパーツは、個別のトレイに入れて配布し、スムーズに作業を行えるよう配慮されていた。

続いて、作業工程を車輪付きの「ミニ黒板」で示して一斉指導する。これは、手元にある記事作成用紙のどこに何を記入するかを、1、2、3、4と番号を振って示し、さらにわかりやすくしたもの。T1~T3の3名の教員が各児童に付き添ってマンツーマンに近い個別指導をする際にも活用していた。例えば、作業手順がわからなくなった児童の目の前にミニ黒板を移動させ、番号を指し示しながら伝える等だ。

視覚だけでなく、「聴覚」にも訴える指導が見られた。ミニ黒板で写真や文字原稿を貼る手順を植竹教諭が実演した際、

「この1番に記事の見出しを貼ります」
と言った後、落ち着きを失っていた一人の児童に
「せえの!」
と、掛け声をかけさせた。その声を合図に、今度は児童全員が
「ペッターン!」
と、一斉に声を合わせていた。つまり、自分に注目させたくて落ち着きを失っていた児童に「せえの」を言わせ、その一言で学習集団が動くダイナミックさを経験させることで自尊心をくすぐり、集中力を取り戻させていたのである。これは、通常学級で学習意欲を失いかけている児童にも活用できるスキルだ。

また、児童全員に「ペッターン」というオノマトペ(擬音語)を言わせることで、全員の集中力も1か所に向かわせたのである。同時に、作業の動作イメージを予測させ、動作表象を引き出し、児童の主体性をも引き出している。
「『せえの』の声が小さい時や、代表者としてふさわしくない振舞いの場合は『ペッターン』はさせません。そして、必ず児童全員に目配せをして、教員に視線が向いていることを確認しています。ここを落とすと、皆で新聞を作るという集団意識が芽生えないので、指導者の腕の見せ所です」
と植竹教諭。オノマトペを活用した指導は、植竹教諭の「教育つれづれ日誌」にも、「家庭科での料理手順の指導方法」として載っているので、ぜひ一読してほしい。

上手に褒めて、自尊感情を持たせる

視覚や聴覚を使った、児童にわかりやすい指導技術も特徴的だが、授業を拝見して最も感心したのは、褒め方の上手さだ。とにかく褒め方が具体的でバリエーション豊富なのだ。児童が出来上がった記事を発表する時には、
「皆、○○(児童の名前)記者に注目!」
と、児童を“記者”と呼んで自尊心をくすぐる。同時に、皆に注目させることで発表者である児童に責任感を持たせている。発表する側・聞く側の互いを大切にする心――自尊感情と他尊感情を育むねらいだ。記事の内容には
「すごいね! 皆、校長先生がコーヒー好きだなんて知っていた? しかもモカだって! よく取材してあるね!」
と、内容の一つひとつを賞賛していた。

自尊感情を持たせる指導という点では、各自の記事には「取材記者」という欄に必ず自筆で署名させ、顔写真を貼らせていたのも特徴的だった。
「自筆の署名は、自分の仕事の証。つまり、自分の仕事に責任を持たせるキャリア教育の視点による活動です。書字が困難な子でも、教員が手を添えて頑張って名前を書かせています。やり遂げた達成感や充実感、そして責任感を高めるため、署名させ、顔写真を貼らせるのです」(植竹教諭)。

発表が終わった児童には
「とても素晴らしい取材と記事だね! ○○さん、ありがとう!」
と、児童全員に拍手を促し学級全体で褒める。すると、褒められてはにかむ子、「どんなもんだい!」と自信をのぞかせる子と反応は様々だが、どの子の目もキラキラと輝いていたのが強く印象に残った。

実践者に聞く

「思いやりの心」を育み「キャリア教育」へつなげる

「褒める」ことがなぜ大切か?

授業を終えた植竹教諭と菅谷主任教諭に「褒め方が上手ですね!」と感想を述べると、
「自分の授業をビデオ撮影し、分析したおかげです」
との答えが返ってきた。
「自分では褒めているつもりでも、ビデオを見返してみると、全然褒めていないことを痛感しました。『よく出来たね!』と口では褒めながら、視線は別の方を向いていたり、手は次の教材を取ろうと動いていたり……」(植竹教諭)。
そこで、「事実を具体的に褒める」「その子に合った褒め方」「その時、その場で褒める」「褒め方の方法・技を増やす」「子どもがドキドキする褒め方」などを指針に、褒め方を改善していったという。ではなぜ、上手に褒める必要があるのだろうか。
「子どもたちの『相手を思いやる心』を育みたいからです。この他尊感情を持つには、まず自尊感情を持つことが不可欠。自分を大切にできないうちは、他人を大切にできません」
と菅谷主任教諭。そして、褒めることで自尊感情を育て、同時に達成感を持たせるねらいもあるという。

東京都立城北特別支援学校 菅谷和寿 主任教諭

「『自分でもできた』という達成感は、『自分でも頑張れば出来ることがある』という前向きな姿勢につながっていきます。障害を抱えたこの子たちにとって、自信と前向きな姿勢は、社会に出てからとても大切なものになります」(植竹教諭)
「子どもたちには、この学校を卒業して社会で生活していくための必要なスキルと共に、意欲や自信を育てたいのです」(菅谷教諭)。

実はこの日の授業中、一人の児童が大きな声を出し、席を立って動き回りそうな素振りを見せ始めた。この学習グループには聴覚過敏で大きな声を苦手とする児童もおり、このままでは授業が崩壊する危険もあった。どう対処するのかと、私はハラハラしながら見守った。通常学級でもこういうシーンを目にするが、サブティーチャーが必死に児童をなだめて黙らせようとしたり、極端な場合は担任がその児童の存在を無視して、粛々と授業を進めたりすることもある。だが、植竹教諭らの指導は違った。無視するのではなく、進んでこの児童に役割を与えたのだ。記事作成用紙に記事や写真を貼る時の掛け声「せえの!」の音頭を取らせたのである。

「多動等の通常学級では問題ととらえやすい行動は、『私を見て!』『私の気持ちに気づいて!』というアピールの表れ。叱られてもいいから、構ってほしいのです。そのアピールに応え役割を与えれば、多動は治まり積極的に授業に参加してくれます」(植竹教諭)
事実、この児童は落ち着きを取り戻しただけでなく、イキイキとした表情で授業に参加していった。

「キャリア教育」のねらいとは?

新聞作りを通して思いやりの心を育むのは、「キャリア教育」の一環なのだと言う。
「本校の子どもたちの多くは、人の支えなしには生きていけません。周りの人たちと良い関係を築けるかどうかで、この子たちの人生は大きく変わるのです。そのためには、礼儀正しく挨拶できることや、『ありがとう』を『伝えられること』『伝えようとすること』が大切。コミュニケーションの基礎を、この単元で身につけさせたいのです」(植竹教諭)

同時に、周りの人々と良い人間関係を築く素晴らしさを理解させたいとも。以前作った新聞第2号では、「顔と名前は知っているけど、どんな人かはよく知らない先生」への取材を行ったそうだ。相手をよく知ることで、“赤の他人”が“大切な人”へと変わることを体感させるためだ。
「例えば、自分と共通の趣味があると距離が縮まり親しくなれることを、子どもたちにも体感させたい。相手を知り、自分を知ってもらうことの大切さ、人間関係を広げていく素晴らしさを、知らせたいと考えています。そして他人とのかかわりの中で、自分らしさ、自分の良い所を見つけ、将来はそれを活かした仕事や役割を担っていってほしい。この単元は、いわばキャリア教育の根幹部分を培っているのです」
と植竹教諭は語ってくれた。

記者の目

「新聞づくり」の学習指導案を見せていただいて驚いた。そこには、授業の展開・指導計画だけでなく、子どもたち一人ひとりの「目標」「指導の手立て」「評価規準」が記されていたのだ。指導案を考える時、植竹教諭は「○○さんがこんな風に授業に参加してくれたらうれしいなぁ」と、目を閉じてイメージし、それを目標や評価規準に落とし込んでいるのだという。「通常学級なら、学習が得意な子、真ん中の子、苦手な子の3パターンについて、『目標・手立て・評価規準』を立てることをお勧めします」と植竹教諭は語ってくれた。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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