2014.02.25
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通常学級で活用したい特別支援学校のスキル(vol.2) 身体の機能を覚醒させ、学習態勢を整える活動 ― 東京都立城北特別支援学校 ― 後編

東京都立城北特別支援学校で実践された新聞作り授業。肢体不自由と知的障害を併せ有する児童たちが授業に集中し、単元の活動に積極的に取り組む様子を前回紹介した。実は、この子どもたちの学習意欲にはある活動が深くかかわっていたのである。それは、身体機能を覚醒させる「自立活動」というもの。これを毎朝取り組むことで、学習態勢を整えていた。後編では、この実践と理論を詳しくリポートする。

授業を拝見!

バランスボール、トランポリン、ローリングカー……授業前に行う身体的活動

学年・教科:小学部4、5、6年(児童8人) 自立活動
単元:「身体の取り組み/学習の準備をしよう」
本時の目標:各関節の可動域を確保し、身体の柔軟性を高める。心身共に覚醒させ、学習の準備をする。体幹の機能を高め、姿勢の調整力を高める。
指導者:植竹安彦 教諭、菅谷和寿 主任教諭、森奈緒 教諭
使用教材・教具:トランポリン、バランスボール、座位保持椅子、ローリングカー等

平衡感覚を働かせると、姿勢の悪さ、目の動きが改善する

マットの上でストレッチ

「新聞作りの授業を取材されるなら、ぜひその前の『自立活動』からご覧になってください」
そう植竹安彦教諭に勧められ、我々は1時間目から教室にお邪魔した。するとそこでは、初めて目にする光景が繰り広げられていた。そりのような乗り物に児童を仰向けに乗せ、ぐるぐると回す教員。マットの上で関節の可動域を確保するストレッチを行う教員……。
「一見遊んでいるように見えますが、これも『自立活動』の一部。教科指導の準備運動です。この自立活動があってこそ、学習効果が高まるのです」
と、菅谷和寿主任教諭は力強く語ってくれた。よく観察してみると、一人ひとり活動メニューが違う。個別の障害や課題に合わせてメニューを組み立てているのだ。

まず目についたのが、「ローリングカー」と呼ばれるそりのような乗り物や、車輪付きの椅子(座位保持椅子)に児童を乗せ、それをその場で教員がぐるぐる回す運動だ。
「これは平衡感覚を高める運動です。平衡感覚が低反応だと『多動』や『落ち着きのなさ』といった行動が表れることがあります。平衡感覚の刺激が足りないと脳が感じ、自己刺激的に身体をゆする等してしまうのです」
と植竹教諭。また、
「姿勢が悪い子も、平衡感覚の情報が正しく脳に伝わっていないことが原因の場合があります。自分の身体が傾いているのを自覚できないのです。その場合、回転運動等で平衡感覚を使った運動を十分に行うと、よい姿勢を自ら作り出せるようになります」(植竹教諭)。

  • ローリングカーに乗せた児童をぐるぐる回す

  • 座位保持椅子に座らせた児童をぐるぐる回す

回転運動を終えると、植竹教諭はなぜか児童の目をのぞきこんでいた。これは、「眼振」の時間を測っているのだそうだ。
「眼振とは、回転運動をすると目が左右に振れ続ける反応のこと。この児童は眼球運動を司るまでの反応が低いので、眼振の時間を目安に適度な刺激を得たかを判断しています」。

平衡感覚や固有覚を働かせて、読み書きが苦手な子、落ち着きのない子も改善

トランポリンの上で揺られながら絵や文字を読む児童

トランポリンの上に座って揺られながら、約3m先にある絵や文字を読んでいる児童もいた。これは、眼球を動かす機能を高めているのだという。
「この子は眼球を随意的に動かすのが苦手なことにより、文の読みも苦手になっています。そこで平衡感覚を高めると、眼球をうまく動かせるようになり、文も上手に読めるようになるのです」(植竹教諭)。

トランポリンの上にさらにピーナッツ型のバランスボールを置いて座る児童

ピーナッツ型のバランスボールをトランポリンの上に置いて座り、上下に揺れる運動をしている児童も見られた。これは体幹を鍛えているそうだ。
「姿勢が悪い子は体幹を支える筋緊張の調整力が低い場合があります。体幹の筋肉で身体を支え、姿勢を維持できないから、肘をついて身体を支えようとしたり、椅子からずりおちそうな後傾姿勢になったりするのです。バランスボールが揺れることで、平衡感覚を働かせて、姿勢を整えます」(植竹教諭)。

重いトランポリンを押すのも自立活動

約1時間の自立活動が終わりに近づいた頃、重いトランポリンをうんしょうんしょと押して片付けている児童の姿を発見。実はこれも自立活動の一環なのだという。
「この子は、固有覚がうまく働いていないのです。固有覚とは、自分が手足等の身体の部位をどう動かしているか、どう力を入れているか、を感じ取る感覚。この固有覚の感度が低いと、手指や足等を思った通りに動かせなかったり、力の入れ加減が苦手になったりします。そこで、重いトランポリンを押して運ぶことで固有覚に実感が伴うようにフィードバックを返すのです」(植竹教諭)。

自立活動が終了すると、すぐさま前編でリポートした新聞作り活動に入った。着席した児童たちを見て驚いた。明らかに、自立活動をする前と様子が違うのだ。多動気味だった子は、身体の揺れも治まりスッキリとした表情で着席。猫背気味で姿勢が悪かった子は、ピンと背筋が伸びていた。やや興奮気味だった子は、落ち着きを取り戻していた。菅谷教諭の「自立活動をしてこそ、学習効果が高まる」の意味を具体的に知ることができた。

実践者に聞く

学習態勢を整える自立活動は、通常学級・家庭でもできる

初期感覚の未発達が原因でつまずきを抱えている子は、通常学級にも多い

東京都立城北特別支援学校 植竹安彦 教諭

自立活動の効果を目の当たりにした私は、気になっていた疑問をぶつけてみた。
「通常学級に在籍している子どもにも、応用できますか?」
 と。答えは、イエスだった。植竹教諭によると、
「通常学級の授業参観に行くと、『この子は姿勢が悪いけど、平衡感覚が低いのが原因ではないか。平衡感覚をもっと使った運動を取り入れてあげたいな』等、気になる子がたくさん目につきます」
 他にも、教室の壁に貼られている絵から、○をしっかり閉じられない子や、基底面(地面等の部分)がまっすぐ描けていない子は、眼球を動かす筋肉を上手に使えていない。走っている姿からは、体幹が弱い、固有感覚が鈍い、といった傾向も見当がつくそうだ。

「私たちは、五感と呼ばれる視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚に加え、『固有覚』と『平衡感覚』を加えた『七つの感覚』を持っています。子どもの実態を読み取る際は、その中でも、初期感覚とも言われる『触覚』『固有覚』『平衡感覚』の使われ方を丁寧に見ていきます。そして、感覚統合療法(発達障害のある子等へのリハビリテーションの一つ)の視点を取り入れ、自立活動の指導計画を立てています。通常学級にも、初期感覚の未発達が原因で学習上・生活上の困難を抱えている子はたくさんいますので、自立活動の視点を取り入れることで改善につながるはずです」
 とのこと。例えば、姿勢が悪く、何度「きちんと座りなさい」と注意しても直らない子。この場合は、平衡感覚や固有覚からの情報が正しく脳へ伝達されていないことが原因の場合があるという。自分の姿勢が崩れているのを自覚できず、どこの筋肉をどう使えばきちんと座れるかわからないのだ。そんな子に、いくら「しっかり座りなさい」と叱っても自分の身体が自覚できていないので、子どもの心が傷つくだけだという。

読み書きが苦手な子は、眼球をうまくコントロールできないのが原因になっている場合があります。文章を目で上手に追えないから、どこまで読んだか、書いたかわからなくなり、詰まってしまうのです」
ひらがなの「ぬ」のように線が交差する文字を苦手とする子も、身体の正中軸が育っておらず、視空間のとらえづらさが原因である可能性が高いそうだ。
「動作が粗雑だったり、あちこちよく身体をぶつけたりする子は、固有覚がうまく働いていないのが原因かもしれません。自分のボディイメージ(身体意識)がつかめていないのです。クルマの運転に例えるなら、車幅感覚をつかめていないから、クルマをぶつけてしまうという現象です」。

ブランコや「だるまさんがころんだ」がお勧め

では、通常学級や家庭でどのような運動をすれば有効なのだろうか。
「平衡感覚が低反応の子どもには、ブランコが王道です。加速度刺激もいっぱい入り、平衡感覚の反応が高められます(ブランコを怖がる子もいますので、様子を見ながら取り組んでください)。また、ブランコを大きく揺らすには足の振りに合わせて骨盤を前後に動かすことが必要なため、姿勢の調節にも効果があります。さらに、身体を支えるためには、両手でパワーグリップという握りで握るので、手指も育ち手先の器用さにもつながります。あとは『しっぽ取り』等の身体を回転させ、ひねる動作の入る遊びや、『トランポリン』等の上下の揺れ刺激が入る遊びもお勧めです」

とのことだ。これらの遊びにより平衡感覚がよく働き、姿勢調節のスイッチが入りやすくなる。すると、姿勢を支える体幹部の筋肉が使いやすくなる。こうして、体幹が鍛えられ、姿勢がよくなり、肘をつく等身体を支えるために使っていた手を学習のために使えるようになって、学習しやすくなるというわけだ。

「固有覚の低反応が原因で動きが粗雑だったり力の加減ができない子は、重いものを持ったり、押したりする運動によって固有覚からの情報が脳へ伝わりやすくなり、身体の輪郭がとらえやすくなり、ボディイメージをつかみやすくなります。このようなタイプの子には少し重い物を持ったり押したりする活動や、重力に逆らう動き(抗重力屈曲姿勢)、ゆっくり動く動きなどもお勧めです。重力に逆らう動きとしては、大人にしがみつくような姿勢や、『豚の丸焼き』と呼ばれる、鉄棒にしっかり脚を巻きつけ、肘を曲げ、顎を引くような姿勢もよいです。さらにゆっくり動く動きとしては、太極拳のような動きや『だるまさんがころんだ』のように、動きを止め続ける活動も効果があります。特に、中間位姿勢を取り続けることは、力の入れ加減をする上では大切な練習になりますので、より身体の細部まで意識が向き、ボディイメージを育てることに役立つと思います」。

困っている事の主訴を明確にし、正しい情報を得る

「昔は、遊びながら初期感覚を育める環境がありました。ブランコや鬼ごっこ等の遊びの中で自然と平衡感覚や固有覚を鍛えられたのです。しかし今は、多くの遊具は校庭や公園から撤去され、外遊びをする機会も激減しています。初期感覚が未発達なまま適切な指導や支援をせずに放置していると、子どもは姿勢が悪かったり集中力が低かったり、学習に遅れが出る等の状態に陥るでしょう。そして親や教師に叱られるばかりで自信を失い、自尊感情も他尊感情も育めず、情動が崩れ、注目してもらいたいがために注意獲得行動や問題行動に走る場合もあります」

そのような最悪のケースを避けるためにも、発達障害の専門家に相談したり、専門書を読んだりして、正しい情報を得てほしいと植竹教諭は助言する。
「手っ取り早くハウツーを知りたがる方が多いですが、原因をしっかり突き詰めた上でないと、適切な支援にはなりません。子どもは一人ひとり違います。A君には効いたけど、Bさんには逆効果ということもありますから。
 何に困っているか、まずは主訴を明らかにしましょう。そして、『なぜ』『どうして』『この子はこのような行動になるのか?』を考えていきます。すると、仮説が立ってくるので、それらを検証してみるのです。わからなければ専門家に尋ねてください。私も相談に乗ります。困難を抱えている子どもたちの味方になり、支援していきましょう」。

記者の目

取材を終えて帰宅した私は、さっそく娘と一緒に平衡感覚を育てる運動――椅子に乗ってぐるぐる回る運動をやってみた。それほど植竹教諭と菅谷主任教諭の実践と理論には説得力があったのだ。そして「自立活動」や「感覚統合」についてもっと知りたくなり、インターネットでも調べてみた。姿勢の悪さや落ち着きがない等、子どもが抱えている課題にどう対処すればいいのかわからず、頭を抱えている教員や保護者も多いと思う。そんな方にとって、自立活動は解決へのカギの一つになるのではないかと感じた。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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