2022.02.23
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園児の科学的思考の芽生えを育て、就学後につなげる 遊びと読み聞かせを融合させた「理科読」プログラム

科学的体験と本を通して科学に親しむ「理科読」。今、この新たな教育手法が全国に広がりつつある。「NPO法人ガリレオ工房」は"科学の楽しさをすべての人に"をモットーに、全国各地でさまざまな活動を展開しており、その活動の1つに理科読の出張授業・イベントがある。2017年から社会福祉法人聖華が運営する東京都内の認可保育園で理科読プログラムを実施。当初3園で始め、2021年度から4園に拡大して、年4回行っている。科学遊びと科学にまつわる絵本の読み聞かせを通し、園児の科学的思考の芽生えを育てる。今回は、2022124日に町屋保育園で開催された出張プログラムの模様をリポートする。

「理科読」プログラムリポート

〜年長児対象「科学の絵本と遊び」〜

毎年テーマを掲げて年長児を対象とした「理科読」プログラムを実施している。5年目となる2021年度のテーマは「紙と遊ぶ」だ。1回目は「弱い紙強い紙」、2回目は「にじむ紙にじまない紙」、3回目は「透ける紙」を実施、4回目となる今回は「紙に色を写し取ってあぶりだしをしよう=あぶりだし」が行われた。

まずは挨拶からスタート。授業者は寺井千重子氏、森加奈子氏、内田洋行・自治体ソリューション事業部の土井美香子氏。3人とも所属は異なるが、ガリレオ工房のメンバーとして活動している。森氏は“もりりん”、寺井氏は“テラノドン”、土井氏は"ドードー"というニックネームで呼び合い、園児が親しみやすい雰囲気が作られていた。

プログラムは着席して実施。これは感染防止対策と作業のしやすさに加えて、園児が集中して学びに取り組めるようにという考えからだ。

実験の説明をする森加奈子氏

森氏がみかんの断面を紙に押し付け、園児に示す。

「みかんの中にはジュースが入っているんだよ。紙にぺったんして、乾かすとオレンジ色がうっすら残ります。これは何の色かな?」

森氏の質問に、園児たちは「水!」「種!」と口々に答えた。

「この色の正体を確かめたいので、みんなで野菜や果物を紙にぺったんしてみてください」と寺井氏。

各グループに野菜や果物が1種類ずつ配布される。きゅうり、りんご、金柑、大根、ピーマン、トマトなどさまざまだ。輪切りだったり、縦切りだったり断面の形が異なるものを1人1個受け取る。園児は興奮しながら紙に断面をぺったんする。

続いて紙をホットプレートで炙り、「見てみて!ジャーン!」と園児に披露。みかんの形がくっきり浮かび上がり、園児からは「わー!」「すごーい!」という大歓声が起こった。

寺井氏が園児全員がぺったんした紙を炙り、土井氏が冷ましてから、各グループに返却。何の野菜や果物なのかを各グループの代表の園児が紙を見せながら発表した。

「ぺったんした紙を温めると、ジュースが茶色く焦げました。これを『あぶる』といいます。この焦げているのは何だと思う?」(森氏)

園児のひとりが「栄養!」と答えると、森氏は「そう大正解!みんなを大きく強くしてくれる栄養が茶色くなって出てきました。みかん、大根、きゅうり…みんな茶色くなるけれど、少しずつ違う栄養なので、いろいろな野菜や果物を食べよう。」と解説した。

ガリレオ工房のメンバーがあらかじめ炙った紙を数枚ほど園児たちに示し、断面から素材をあてる質問が繰り出された。

「玉ねぎ!」「れんこん!」「にんじん!」「ゴーヤ!」と元気な答えが返ってきた。

「ゴーヤはね、焦がしてもしっかりした緑色。すごい栄養が入っているんだよ」と森氏。

続いて、みかんの果汁を使ったお絵描きタイム。綿棒に果汁をつけて、紙に好きな絵を描いていく。ホットプレート付近は床に赤いテープが貼られ、園児の立ち入りを禁止。事故防止の対策もしっかり行われていた。

最後は作品をお互いに披露。最後に「あぶりだし」という言葉を全員で復唱し、学びを振り返る。

「みんなすごい!よくできました。今日、おうちの人に『みかんの汁であぶりだしをしたよ』とお話してね」と土井氏。この遊びを広げて、葉っぱや花の色を紙に写し取る、きゅうり、スイカなどやよもぎを擦ってちょっと水を加え絞るなど、ミカン以外の物の汁で絵を書いてみるなどの活動に広げることも意識しているそうだ。

読み聞かせをする寺井千重子氏

終盤には絵本の読み聞かせが実施された。寺井氏が読んだのは『みかん』。みかんの構造や栄養がわかりやすく伝えられた。園児たちは聞き入り、今までの賑やかな様子が一変して集中していた。

絵本を紹介する土井美香子氏

続いて土井氏が”もっと知りたいと思ったら読む絵本”の一部を紹介する。今日のプログラムに関連する絵本リストを事前に保育園に渡してあり、保育園はその絵本を図書館で借りてきて、一定期間園児が手に取れる場所に並べて置く。

まずは『みかんのひみつ』を紹介。みかんのへたは栄養のトンネルであること、一つの袋の中にもまた小さい袋のつぶが入っていること、一つの袋に270粒も小さい袋が集まっていたのを数えたページを示すと、想像以上の粒の多さに園児からは「えー!すごーい」という歓声が。

『やさいの おなか』では、野菜の断面は外から見てもわからないから、わくわくするよねと語りかける。断面の形を想像したり、断面図から元の形を類推することは、図形の学びにもつながる。

さらに『干したから…』『しわしわ かんぶつ おいしいよ』を活用しながら、食材は干すことで乾物となり、長期保存が可能となることが伝えられた。「野菜だけじゃなく、お肉やお魚も乾物にできるんだよ」と土井氏は付け加えた。

「みんなと一緒に遊ぶのは今日が最後です。これから1年生になるまで、また1年生になった後も本をたくさん読んで楽しい遊びを覚えてね。最後はみんなで良い姿勢でご挨拶をしましょう」という声かけのもと、全員で終わりの挨拶をして1時間弱のプログラムは終了した。

保育士カンファレンス

今日のプログラムを振り返る

プログラム後はガリレオ工房メンバー3人と、上野小夜子園長、保育士スタッフによるカンファレンスが実施される。プログラムの振り返りや今後のアプローチについて話し合いが行われた。

「挙手してから発言する子が多く見受けられました。話を聞く姿勢もきちんと身につけられていて、もうすぐ小学校に入るんだという意欲が感じられますね。」(土井氏)

「私たちの作業を子どもたちがしっかり観察しているのが印象的でした。『みかんのジュース!』『水!』と言葉にちゃんとできていて、とても嬉しかったです。」(森氏)

「グループ作業では、紙を置く場所をみんなで話し合って決めるなど、協力し合う様子も見られました。また教わったことを『家でやってみよう!』など、興味が広がっている様子がうかがえます。また子どもには本当に色々なリアクションがあることが見えたのも大きいですね。園全体で科学の芽を広げていきたいです。」(上野園長)

「プログラムは年々新たな要素が加わるので、保育士としても興味がどんどん湧いてきます。子どもたちが失敗を恐れず、ポジティブな気持ちで取り組めるのもいいですね。お絵描きをする時に『間違えて塗っちゃった』という子がいましたが、いざあぶりだしたら、いい感じの濃淡に仕上がったんです。綺麗だねと伝えたらとても嬉しそうで。失敗したと決めつけず新たな発見に気付かせ、さらに保育士が共感してあげるのも大切と感じました。」(富澤先生)

「基本的に子どもは“失敗したくない”という心持ちですが、今日のプログラムではまずやってみて、それがどうなるかを知りたいという雰囲気でした。間違えや失敗はないんだ!と自信に溢れていましたね。」(土井氏)

「プログラムで行った内容を教室内に掲示してくださるのが嬉しいです。当日だけでなくその後も子どもの興味を持続させやすくなるのではないかと。そういったご協力のおかげで、回数を重ねるごとに子どもの反応も良くなってきているように思います。」(寺井氏)

「あぶりだしが終わった後に、紙を蛇腹折りにして『立ったよ!』という子がいたんです。以前紙をテーマとした回での学びを覚えていて、自分で使ってみている姿がうれしい驚きでした。学びは本当につながっているんだなと。また絵本の読み聞かせで乾物の話があった時、『干し柿!』と発言した子がいて、自分の知っている情報から言葉を選べている様子も印象的でした。子どもの可能性は無限と気付いたと同時に、その気付きを形として子どもが楽しめる方法も考えていきたいですね。」(望月先生)

「私自身、小学生の時にあぶりだしを体験したことがあるのですが、記憶ではみかんのみ。色々な野菜や果物を使ってできるのを知れたのも新鮮な発見でした。これから小学校に向けてお昼寝の時間がなくなるので、みかんの粒を数えたり、絵本を読む機会をさらに増やしていきたいと思います。」(松井先生)

上野小夜子園長インタビュー

上野小夜子園長先生

―本日のプログラムの感想をお聞かせください。
子どもたちの表情と反応から夢中になっている様子がよく伝わってきました。ガリレオ工房の先生方のお話もきちんと聞けるようになり、とても逞しくなったなという印象です。

―年4回の理科読プログラムを行うようになって、子どもや保育士の先生方に変化がありましたか?
学びを生活の中でチャレンジする子が増えるなど、自主的な発想が膨らんだように見受けられます。回を重ねるごとに自分の気持ちや考えを伝える力が格段と向上していますね。また先生方の指導方法も参考になり、保育士の子どもへの声のかけ方に変化が見られました。子どもだけでなく、保育士の芽を育てる時間でもあると言えます。

―プログラムの内容についての見解をお聞かせください。
科学がテーマながら、題材は紙や空気、影、水など身近なものなので、興味を持ちやすいのが魅力的です。自然物をじっくり観察するようになった子どもも目立ちます。また子どもの多くが絵本好きになったのも大きな変化。自分たちでも平仮名を読めるものの、外部講師の読み聞かせはより深く話に入り込みやすいようです。
―遊びは科学的な意識の芽生えを育みやすいと思われますか?
勉強というよりも遊び感覚で学べるからこそ親しみやすく、理解しやすいという印象です。以前「影」を教えていただいた後に、「朝と夕方では影の大きさが違うよ」「あそこの影は大きい」など影の話をする子が増えるなど、学びが生活に自然と浸透していくように見受けられます。
―小学校へのつながりで意識されている点をお聞かせください。
当園は幼稚園が母体ということもあり、「小学校に向けての緩やかなステップ」が目標の一つです。小学校入学後に意欲的に授業に取り組めるように日頃から準備をしていますが、保育園の段階から専門の外部講師に教わるという機会は子どもの可能性を広げる上で大変有益だと考えます。
―保育士の先生方も園児と一緒に楽しんでいる様子が印象的でした。
プログラム中は保育士はあくまでもサポート役という位置付けです。プログラム指導は基本的にお任せし、園児の視点で楽しむように関わらせてもらっています。このプログラムで紹介される絵本は大変参考になっていて、「今度この本を読んでみよう」とアイディアも浮かびやすくなります。園児視点で参加できるからこそ、保育士としての学びも大きく、継続的に保育につながっていきます。
記者の目

理科読プログラムを取材し、最も印象に残ったのは「学びへの姿勢」であった。授業者の話に興味深く耳を傾け、グループ作業も協力し合う様子が見られた。もはや年長児を対象としたイベントではなく、小学校低学年の授業のようである。保育園の段階でこれだけの準備が整っていれば、小学校での授業もよりスムーズに受けられるに違いない。また野菜や果物を手で触れた後に、読み聞かせという流れにより、本の内容により集中できていたように感じた。今後、どのような理科読イベントが展開されていくのか、注目していきたい。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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