2014.04.22
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「1人1台情報端末」でつくる、これからの授業と教室 UTプロジェクト2013年度成果報告会レポート

「UTプロジェクト」は、内田洋行教育総合研究所と玉川大学教職大学院による共同研究プロジェクト。2009年度の活動開始以来、普通教室におけるICT環境や、ICTを活用した授業方法、教員用コンテンツなどについての調査・研究・開発を行っている。2014年2月14日、本プロジェクトの2013年度成果報告会が、東京都中央区の内田洋行新川本社で開催された。1人1台情報端末の導入・運用時の参考となる情報が満載の、報告会の模様をお伝えする。

研究概観

国主導から地方自治体主導の1人1台情報端末環境へ

玉川大学教職大学院・教授 堀田龍也 氏

開会にあたり、UTプロジェクトの共同研究者である玉川大学教職大学院・教授の堀田龍也氏 から、本プロジェクトによる研究の概観が説明された。

2009~2011年度の第1期は、「普通教室でのICT環境」をテーマに調査研究を実施。2012年度にスタートした第2期の3年間では「普通教室での1人1台情報端末環境」をテーマに掲げ、1人1台情報端末環境のあり方や、情報端末による学習活動や指導方法に関する調査研究を行っている。

これまで、1人1台情報端末の実践研究は総務省の「フューチャースクール推進事業」をはじめとする国主導のものが中心だったが、2013年頃からは地方自治体による取り組みが見られるようになった。そこで本プロジェクトでは、2013年度は世田谷区教育委員会と世田谷区立東玉川小学校の協力を得て、同校に1人1台情報端末環境を整備。地方自治体の予算で整備が可能で、かつ、現場で実践する教員が無理なく効果を実感できる1人1台情報端末環境の実現に向けた調査研究を行った。

堀田氏は、「地方自治体では、既存の設備を活かしつつ、段階的にICT環境を整備していくことが必要。また、その途上においても実施可能な学習活動を明らかにすることも重要です。先生方には情報端末を自由に活用していただき、その中で使用頻度の高いものや、導入初期の課題などを観察させていただきました」と述べた。

第1部 研究報告

1人1台情報端末の導入・活用に関する調査研究

研究概要、運用・実践例、構築環境について

株式会社内田洋行 UTプロジェクトメンバーによる世田谷区立東玉川小学校での調査研究についての報告

はじめに、内田洋行のUTプロジェクトメンバーから、世田谷区立東玉川小学校での実証研究の概要、運用と実践例、構築した環境についての報告が行われた。

教室に整備した環境は、情報端末(36台)、電子黒板、電子黒板提示用PC、無線LANアクセスポイント、充電保管庫、デジタルテレビ(これに電子黒板を外付け)と実物投影機は既存のものが用いられた。情報端末には、文字や絵などが入力できるデジタルノート、資料やワークシートなどの転送・配布・回収が行える授業支援システムなどのソフトウェアが導入された。

東玉川小学校の先生方による実践事例としては、デジタルノートと授業支援システムを使って「情報端末へのワークシート配布→デジタルノートでのワークシート記入→発表」という作業を繰り返し行った学び合いの授業、動画をフォームの確認に役立てた体育のグループ活動、教員が作成した図を児童が情報端末で動かせるようにした算数でのコンテンツ活用、児童が作成したレポートを画像データ化して活用した社会科の発表など、創意工夫に満ちた学習指導が報告された。また、運用例では、道具箱や仕切りを付けた買い物かごに情報端末を入れて安全に持ち運べるようにしたり、ウレタンクッションを切ったものを情報端末の下に敷いて角度を付けることで画面への映り込みを防ぎ、姿勢よく画面を見られるようにしたりといった工夫をしていたことが紹介された。

[教員アンケート報告]教材・コンテンツの充実と、トラブルのないICT環境への期待

富山大学人間発達科学部 准教授 高橋 純 氏

続いて、本プロジェクトの共同研究者である富山大学人間発達科学部・准教授の高橋純氏から、世田谷区立東玉川小学校での教員アンケート報告が行われた。これは、教員に対して1人1台情報端末環境の導入前に行ったアンケートと、導入後のインタビューによる調査結果をまとめたもの。教員はいずれも、ICT活用の前提ともいえる電子黒板や実物投影機などでの教科書や資料の提示に以前から慣れ親しんできた方々だ。

すべての教員が指摘したのは、機器トラブルのない1人1台情報端末環境の重要性。1人1台情報端末の活用では、資料などの提示・配信を行ったり、子どもの学習成果を回収したりできる、デジタルノートと授業支援システムが、特に課題解決学習に役立つとされた。また、情報端末に搭載されているカメラ・ビデオ機能も活用の幅が広いとして、その有効性が認識されていた。一方で、教材・コンテンツについては、使いやすい市販品の充実を求める声が寄せられた。

高橋氏はこれらの結果を受け、「今後はトラブルのないICT環境づくりに加えて、教材・コンテンツの充実が重要な課題」であるとした。

[児童アンケート報告]情報活用能力と学習意欲の向上をもたらすICT活用の可能性

横浜国立大学教育人間科学部・教授 野中陽一 氏

続いて、UTプロジェクトの共同研究者である横浜国立大学教育人間科学部・教授の野中陽一氏による児童アンケート報告が行われた。これは、世田谷区立東玉川小学校で5年生と6年生の児童を対象に、1人1台情報端末環境の導入時と活用後に実施した「小学生向け情報活用能力チェックリスト」の結果をまとめたものだ。

導入時と活用後の結果を比べると、「情報活用の実践力(ICTの基本的な操作スキル、情報手段の適切な活用)」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」のすべての項目で、5、6年生ともに向上が見られた。また、活用後に情報端末を使った授業の感想をたずねたところ、「楽しく学習することができたか」「進んで授業に参加することができたか」「自分の意見や考えを分かりやすく説明できたか」「友達やクラスの話し合いがしやすくなったか」「集中して授業に取り組めたか」のすべての項目で、肯定的な回答が90%を超えた。

野中氏は、これらの結果から「情報端末の活用は、情報活用能力や学習意欲の向上に効果がある可能性がある」と結論付けた。

[ガイドブック紹介]1人1台情報端末の導入に関する教育現場の疑問をクリアに

第1部の終わりには、内田洋行UTプロジェクトメンバーの中尾教子氏から、世田谷区立東玉川小学校での調査研究を元にしたガイドブック「1人1台の情報端末。ここから始めてみませんか?」の紹介が行われた。1人1台情報端末の導入を検討する教育委員会や教員への一助として、これ1冊で導入・運用に関する疑問を解消し、授業のイメージをつかむことができるようにと作成されたものだ。

例えば、情報端末の導入に必要な「教室環境」。「これを見れば、授業支援システムや電子黒板の必要性がおわかりいただけると思います」という中尾氏の言葉通り、本冊子には実際に教室に整備されたICT環境と、その機能がわかりやすく掲載されている。この他、電子黒板と情報端末を効果的に用いた「授業の流れ」、教科や学年を問わないICTの「典型的な活用場面」、情報端末を使いこなすための「運用のノウハウ」が事例付きで解説されている点も、見どころとして紹介された。

第2部 リレー講演

講演1 「米国に学ぶ1人1台の情報端末環境」 ~富山大学人間発達科学部・准教授 高橋 純 氏

教員用の機器整備とICT活用指導力の向上が大前提

第2部のリレー講演では、初めに高橋純氏が登壇。世界の教育現場に足を運んでICT環境の視察を行っている高橋氏は、米国での事例を紹介し、日本の1人1台情報端末環境との違いや、その課題について考察した。

高橋氏がまず着目したのは、教員用ICT機器の整備について。米国で視察した11校の教室には必ず教員用の実物投影機が整備されており、これを前提に1人1台情報端末環境が構築されている。日本では実物投影機や電子黒板など大型提示装置の普通教室への普及率が依然として低いことから、「1人1台情報端末環境の前提として、まず教員用のICT機器を整備していく必要がある」と指摘した。一方、ICT機器の活用については、米国では日本ほど教員の指導技術は重視されていない印象を受けた。しかし、教員のICT活用指導力は不可欠であることから、「日本での1人1台情報端末環境の普及に向けての課題」であるとした。

ここで、話題は児童生徒用のICT機器へ。PCを学習に取り入れてきた長い歴史がある米国の多くの教室では、その流れで自然にタブレット端末が導入されている。この点が、国際的に高水準のコンピュータ設備を有しながら、あまり有効に活用してこなかった日本との大きな違いだという。そんな米国で現在、検討されているのは「PCとタブレット端末のどちらを使うのか」ということ。高橋氏は、「PCから一斉にタブレット端末に切り替えたある学校では、児童生徒の文章を書く量が大幅に減ってしまったそうです。キーボードの有無については日本でも考えていく必要があります」と指摘した。

また、ワープロや表計算ソフトの使い方を授業でしっかりと教えており、カメラ・ビデオ機能の活用も目を引いた。高橋氏は日本の教員へのアドバイスとして「まずは各教科の学習指導要領に示されている児童生徒のICT活用を参考に、映像視聴やインターネットでの調べ学習などから始めればよいと思います。できることはたくさんあります」と述べた。

講演2 「ICT活用による授業の変容」 ~横浜国立大学教育人間科学部・教授 野中陽一 氏

持続的・効果的なICT活用のプロセスとは

続いて登壇した野中陽一氏は、近年、視察を続けてきた神奈川県内三つの小中学校におけるICT活用事例を紹介。日常的なICT活用で教員や授業、児童生徒に起こった変化と、今後の可能性や課題について語った。

A中学校ではICT活用を日常化するための取り組みが行われたが、2年間を通して教員のICT活用は限定的で、授業に変化は見られなかった。しかし、その1年後に視察したところ、一転して創意工夫に満ちた授業が展開され、教員と生徒のコミュニケーションも活発化していた。この傾向は他の2校でも見られたという。野中氏は、「2年間の実践でICT活用指導力を上げたことで先生方に余裕が生まれ、このような変容が見られたのでしょう」と考察した。

B小学校では、児童生徒の情報活用能力を育成するためのカリキュラム作成を目指し、実践研究が行われてきた。情報活用能力は、「つたえる」「あらわす」など児童にも分かりやすい言葉で5つに分類。これを低中高各学年の学習活動に落とし込み、実践していった。そして、児童の情報活用能力や教員のICT活用指導力に向上が見られたところで、情報端末が導入された。野中氏は、「このように情報活用を積み重ねる過程で情報端末を取り入れることは、教育方法の多様化や児童生徒中心の学びにつながり、1人1台の情報端末を活用するためのステップとして有効」であるとした。

C中学校は、言語活動の充実が成された上で1人1台の情報端末が導入されたことから、スムーズに授業での活用が進んた。活用が定着した段階で、ネットワークを介した情報共有が生徒の要望によって行われるようになった。
一方、学習者用デジタル教科書については、情報端末の画面上でデジタル教科書を見ながらワークシートに記入することは難しく、多くの生徒は紙の教科書を見ながら情報端末のワークシートに記入していたという。野中氏は「紙からデジタルへの完全移行は中学生でも困難で、個?差の解消は難しい」と述べ、今後の課題とした。

講演3 「教育の情報化政策に関する最新動向」 ~玉川大学教職大学院・教授 堀田龍也 氏

次世代の学習指導要領に向けた三つの取り組み

最後に登壇した堀田龍也氏は、数々の実践現場で得た情報教育に関する知見をもとに、2020年以降に実施される次世代の学習指導要領に向けた三つの最新動向を紹介した。

まず堀田氏が語ったのは、次世代に想定される1人1台情報端末環境に向けた実証研究について。近年、国主導の「フューチャースクール推進事業」「学びのイノベーション事業」の指定校で行われてきた1人1台情報端末による授業実践は、従来の黒板や教材と情報端末が共存する形で進められており、授業スタイルがさほど大きく変化したというわけではない。ICTを導入しても、児童生徒の指導を行うのは教員であり、その仕事に変わりはないからだ。堀田氏は、「ICTはプレイヤーである先生の意図に応じて授業を支援してくれるシステム。しっかりとした従来の授業の上に導入されることで効果を発揮するものですから、段階的に整備・活用を進めると同時に、先生の研修も行っていくことが必要です」と指摘した。

二つ目は、次世代に向けての教育内容の開発。情報教育に関しては、文部科学省が指定した研究開発学校で実験的な取り組みが行われている。例えば、自分のクラスを人に紹介するにはどの写真を選んで見せればよいか、付せんに書いた情報をどうやって分類・整理するか、といったものだ。堀田氏は、「現在は環境と内容が別々に検討されており、コンピュータを使わずにできる活動が多いのですが、情報端末という環境が揃えば、内容はより充実するでしょう」と期待をかけた。

三つ目は、小中学校における児童生徒の情報活用能力の実態の把握について。これについては、2013年度に文部科学省と内田洋行が実施した「情報活用能力調査」の結果がベースとなる。現在、分析中ということでデータの公開はなかったが、堀田氏は同調査の所見として、「学校によって大きな差がある」と述べた。例えば、現行の学習指導要領において身につけるべき基本的な操作とされているキーボードによる文字入力は、指導を行う教科が指定されていないため、児童生徒の習得状況について学校間の差が生じている可能性があるという。今後は文部科学省が位置づけについて検討し、目標達成を目指していくことになる。

堀田氏は結びの言葉として、「現在、道徳の教科化や小中高での英語教育の改革計画が進められており、今後数年間は、いろいろなことが変化すると予想されます。しかし、今あることをきちんとできていない人間に未来は作れません。新しいことにばかり注目せず、まだできていないことに目を向けることが必要です」と呼びかけた。

2013年度UTプロジェクトメンバー

堀田龍也/玉川大学教職大学院・教授 野中陽一/横浜国立大学教育人間科学部・教授 高橋 純/富山大学人間発達科学部・准教授 青木栄太/教育総合研究所・研究推進部・部長 畠田浩史/公共本部・プロダクト企画部・部長 佐藤喜信/教育総合研究所・研究推進課・課長 中尾教子/教育総合研究所・研究推進課 井上信介/教育総合研究所・研究推進課 森下誠太/コンテンツ企画部・コンテンツ企画課 大橋一貴/プロダクト企画部・ICTプロダクト課

取材・文:吉田教子/写真:吉田秀道

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