2016.11.23
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思考力・判断力・表現力を育む「鑑賞教育」(vol.2) 対話による美術鑑賞がもたらす教育効果 ―国立美術館『美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修』― 後編

思考力・判断力・表現力を育む「鑑賞教育」(vol.2)

対話をしながら美術作品を鑑賞する鑑賞教育は、「思考力・判断力・表現力」の育成につながるとして、今、注目を集めている教育法。鑑賞教育の指導者研修リポートに続く後編では、この研修プログラムで司会を務めた東京国立近代美術館 企画課 教育普及室 主任研究員の一條彰子氏に、指導者研修の成果や鑑賞教育の教育効果、具体的な実践方法などについてお話しいただいた。

思考力・判断力・表現力を育む「鑑賞教育」 ~対話による美術鑑賞がもたらす教育効果 ―国立美術館『美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修』― 後編

指導者に聞く

美術と対話の力で、子どもの感性や能力を引き出す

対話による美術鑑賞は「アクティブ・ラーニング」そのもの

東京国立近代美術館 企画課 教育普及室 主任研究員 一條 彰子 氏

東京国立近代美術館 企画課 教育普及室 主任研究員 一條 彰子 氏

━━東京国立近代美術館は、対話による美術鑑賞を中心とした教育プログラムに力を入れておられます。美術鑑賞に対話を取り入れられたのはなぜですか?

一條彰子 美術作品の前で話し合う手法は、私がかつて勤めていた東京・池袋のセゾン美術館(1999年閉館)で1990年頃から行っていました。子ども達にもっと美術に触れ、楽しんでもらいたいという思いから、「お話ししながら絵を見てみよう」という形でスタートしたのです。

最初は手探りだったのですが、ちょうどその頃、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された新しい鑑賞方法「ヴィジュアル・シンキング・ストラテジー(VTS)」――当時は「ヴィジュアル・シンキング・カリキュラム(VTC)」と言いました――が話題になりました。鑑賞者同士の対話を通して鑑賞を深め、「観察力」「批判的思考力」「コミュニケーション力」を育成するというもので、このメソッドを知ってからは、意識的に対話を鑑賞に取り入れ始めました。当館では私が赴任した1998年から、このVTSをベースにした教育プログラムを行っています。近年は鑑賞教育に取り組む美術館も増えており、そこでは「対話による鑑賞」は鑑賞教育の基本になっています。

━━今、対話による美術鑑賞が特に注目されているのは、どうしてなのでしょうか。

一條彰子 そこには、学習指導要領の変化にみられるような、学校教育に求められるものの変化があるといえるでしょう。次期学習指導要領では主体的・対話的で深い学びである「アクティブ・ラーニング」がキーワードになっています。対話による鑑賞は、このアクティブ・ラーニングそのものです。

また、物事を多面的、客観的に捉える批判的思考力(クリティカル・シンキング)は、あらゆる教科で必要とされる能力です。それが身につくことも対話による美術鑑賞が注目される理由の一つでしょう。対話による鑑賞は「見る」「考える」「話す」「聞く」の循環を生み出します。その中で子ども達は「同じ作品を見ても一人ひとり感じ方が違うこと」「その違いは、皆が自分の意見を言わなければわからないこと」「違う意見があるのは悪いことではなく、友達の意見を聞いて自分の意見や見方が変わる場合もあること」に気づくのです。

子どもの発達段階に合わせた作品を選び、鑑賞方法を考える

━━東京国立近代美術館が提供している、対話による美術鑑賞の教育プログラムについて教えてください。

一條彰子 「ギャラリートーク」と呼ばれる対話を用いた探究的な鑑賞を行っています。学年単位で90分程度の受け入れをすることが多いです。例えば2クラス60人で来館される場合なら、10人ずつ6グループに分かれ、ギャラリートークを体験してもらいます。ガイドスタッフ(解説ボランティア)が各グループについて、子ども達から作品について感じたことを引き出しながら、3作品をじっくりと鑑賞します。

小学校低学年の子どもの場合は、鑑賞を深めるために、作品と同じポーズをとったり、絵の中に描かれている人物の気持ちになってセリフを考え、それを吹き出し型の付箋紙に書き出して絵のカラーコピーに貼ったりといったアクティビティを、ギャラリートークの中で行うこともあります。未就学児から小学校低学年を対象とした当館オリジナルの鑑賞ツール「セルフガイドプチ&みつけてビンゴ」を使っても、遊びながら楽しく作品に触れることができます。中学生のグループ学習などには、目の前の作品を見ながら設問の答えを書き込むワークシート「こどもセルフガイド」を配布したりもしています。

━━ギャラリートークで鑑賞する作品は美術館で選ばれるのですか?

一條彰子 基本的には美術館で選びます。もちろん、先生には事前に打ち合わせに来ていただき、学習課題に沿った作品を見せてほしいといったリクエストがあれば、できるだけ取り入れています。それ以外にも、特別な配慮が必要な子どもがいるかなど、学校ごとの事情を細かくお聞きしてから内容を決めています。

━━作品を選ぶ基準はあるのでしょうか。

一條彰子 当館のコレクション展の中から子どもの発達段階に合わせた作品を選び、鑑賞の方法を考えます。例えば、小学校低学年の子どもに肖像画を見せて「同じポーズをとってみよう」と促せば、見ただけではわからないモデルの気持ちを想像することができます。一方、歴史概念がまだ成立していない小学校低学年の子どもに、絵の背景にある歴史を想像させるのは困難ですし、それどころか「絵を見るには歴史の知識がないとダメなんだ」という先入観を植えつけてしまうかもしれません。

他館の学芸員や教育学の専門家と共同で制作したウェブサイト「鑑賞教育.jp」上のプログラム「鑑賞教育キーワードmap」で、学齢にふさわしい作品や鑑賞の方法を一覧にして紹介していますので、授業のヒントにしていただければと思います。当館や国立美術館に出向くのが難しい地域の学校はもちろん、美術館に来る前後の授業に使っていただくのもよいでしょう。

━━ギャラリートークを体験した子ども達や先生方の反応はいかがですか?

一條彰子 先生からは、「普段、授業で発表しない子どもが、とても熱心に発言していて驚いた」という感想をよく聞きます。正解を問う授業とは違い、ギャラリートークでは作品を見て感じたことや発見したことについて問いかけていくので、子ども達もリラックスして楽しく話ができるのでしょう。

━━特別な支援が必要な子どもが参加する場合、どのような対応をされているのでしょうか。

一條彰子 皆と同じように活動できるという前提のもとに来館されるケースがほとんどで、特別支援学級の先生が付き添われるので、特別な対応をするわけではありません。ただ、ガイドスタッフがそれを把握していないと、その子が皆と同じ行動が取れなかった場合、その子自身にプレッシャーを与えてしまう可能性もあるので、その点は適宜配慮しています。

身体的な障害がある子ども達の場合には、動線を工夫するなどします。以前、盲学校の高等部の生徒に対話による鑑賞を行ったことがあります。ガイドスタッフが言葉で絵の説明をすると、生徒は頭の中で絵を思い描き、わからない点をガイドスタッフに問いかけます。そんな対話を繰り返すうちに、生徒の中で想像の絵が完成し、鑑賞が深まっていったのです。

ギャラリートークは一般の方に向けても行っており(※毎日14時よりガイドスタッフによる「所蔵品ガイド」が行われている)近年は未就学児を対象とした「親子でトーク」というプログラムを実施しています。また、育休中のお母さんグループからの要望を受け、赤ちゃん連れのお母さんに向けたギャラリートークを行ったこともあります。公募はしていないのですが、仕事を離れて子育てをするお母さんの疎外感・孤独感を和らげる機会として、需要があると感じています。

指導者研修を経て、鑑賞教育のキーパーソンに

アートカードを使った「名探偵ゲーム」を記者も体験! 親が選んだ1枚のカードを他のプレ−ヤーが質問をしながら推理していく。これは、大人の我々も夢中になった。楽しく遊びながら、作品を細部までじっと見て、考え、それを言葉と結びつけ、さらに表現する力が養われると感じた

アートカードを使った「名探偵ゲーム」を記者も体験! 親が選んだ1枚のカードを他のプレ−ヤーが質問をしながら推理していく。これは、大人の我々も夢中になった。楽しく遊びながら、作品を細部までじっと見て、考え、それを言葉と結びつけ、さらに表現する力が養われると感じた

━━『美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修』では、ワールドカフェの他にグループワークや事例発表といったプログラムも実施されています。その内容を教えてください。

一條彰子 グループワークは1日目に4時間ほどかけて行いました。100名の受講者が10のグループに分かれ、各グループにファシリテーターが1~2人ついて、まずは東京国立近代美術館の所蔵作品1点を対話しながらじっくりと鑑賞します。次に、対話による美術鑑賞を授業の中で実践するには、どのような内容にすればよいかを各グループで考えてもらい、最後にグループごとに活動を発表します。

アートカードの「にたものつながりゲーム」を体験する指導者研修の受講者達。手持ちのカードの中から場札と色や形などのつながりがあるものを見つけて、皆の納得が得られるように説明することで、作品の特徴を捉え、分類する力が身につく

アートカードの「にたものつながりゲーム」を体験する指導者研修の受講者達。手持ちのカードの中から場札と色や形などのつながりがあるものを見つけて、皆の納得が得られるように説明することで、作品の特徴を捉え、分類する力が身につく

2日目の昼休みには、国立美術館5館の所蔵作品が収められたカードを使って、ゲーム感覚で鑑賞の基本が身につけられる鑑賞教材「アートカードセット」を使ったワークショップを行いました。これは鑑賞教育の事前授業用に学校へ貸し出したり、販売したりもしています。

同じ日に行った事例発表では、学校の先生や美術館学芸員を招き、鑑賞教育の実践例をご紹介いただきました。登壇された先生は、指導者研修の過去の受講者です。受講者に限っているわけではないのですが、熱心に鑑賞教育に取り組んでいる先生には、過去の受講者が多いです。美術や図画工作の先生だけでなく、小学校で全科目を教えているクラス担任の先生も、研修で学んだことをよりよく活用してくれています。対話による鑑賞では、怖がらずに自分の意見を伝える、喧嘩せずに互いの意見を受け入れるといった、あらゆる活動に必要な能力が養われるので、クラス運営にも役立つとの感想をいただいています(※「平成28年度 指導者研修Web報告」はこちら )。

アートカードの中から季節感や行事などを考え、カレンダーにぴったりなもの(2か月分×6枚、または春夏秋冬で4枚)を選んで発表する遊び。それぞれの個性が反映されたカード選びとその選択理由が面白い!

アートカードの中から季節感や行事などを考え、カレンダーにぴったりなもの(2か月分×6枚、または春夏秋冬で4枚)を選んで発表する遊び。それぞれの個性が反映されたカード選びとその選択理由が面白い!

━━成果が目に見えているということですね。

一條彰子 はい。昨年には、指導者研修10周年を記念したシンポジウムが開催され、過去の受講者による成果発表が行われました。ある小学校の先生からは、美大の学生を学校に招いて絵を制作してもらい、仕上がりまでの過程を対話しながら鑑賞するという授業を、6年生を対象に行ったという発表がありました。また、ある中学校の先生からは、受講経験のある仲間と共に、東京国立近代美術館で同僚の先生達に向けての鑑賞教育研修を行ったとの報告がありました(※「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修 10周年記念シンポジウム」Web報告はこちら)。

学芸員も含め、過去の受講者達は皆、研修での経験を様々に発展させており、全国で学校や美術館のキーパーソンが着実に育っている。それを実感しています。

記者の目

美術の分野に限らず、鑑賞教育はアクティブ・ラーニングの実践のヒントとして、様々な教科に活用できる。ご紹介した指導者研修以外にも、東京国立近代美術館では図工・美術専科以外の教員も参加できる研修を行っている。全国的にも鑑賞教育の普及に取り組む美術館は増えており、その中には東京国立近代美術館同様、あらゆる教員が参加できる研修プログラムを用意している所もあるという。そういったものを活用して鑑賞教育を学び、授業改善に役立てることもできるだろう。

取材・文:吉田教子/写真:言美 歩

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