2007.12.25
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体育からはじめる授業改革 子どもに体力と意欲、先生に指導力をもたらす授業づくり

子どもの体力低下が指摘されるなか、さいたま市では、学校・家庭・地域の連携により子どもの体力向上を図る施策を打ち出している。今回は活動の一例として、市立鈴谷小学校の公開授業を取材。体育授業の充実が、子どもの体力面だけでなく、学習態度の改善や教員の指導力向上など多くの効果を上げているという。

実践の場から~体育からはじめる授業改革

さいたま市立鈴谷小学校1学年2組体育授業リポート

単元名: 表現・リズム遊び ~わくわく どうぶつランド~(6時間扱い)
本時(3時間目)のねらい: 友だちと仲良くおどることができる
場所: 体育館
授業者: 高木博子教諭


「ゆっくり動く動物」になって遊ぼう!

体育からはじめる授業改革

 6時間計画のこの単元では、「ぴょんぴょん跳ぶ動物」「はばたく動物」「にょろにょろ動く動物」など、さまざまな動物になりきって友達と一緒に表現遊びを楽しむ。3時間目の本時のテーマは「ゆっくり動く動物」。2組担任の高木博子教諭が指導した。

 ストレッチやなわとび、音楽に合わせたダンスなどで身体をほぐしたあと、「ゆっくり動く動物に変身して遊ぼう」という学習テーマを確認。

 最初に活動の見通しを持たせるため、全員でゾウになりきってみる。高木教諭は、「鼻が長かった」「耳が大きかった」など動物園で見たゾウの特徴を発表させる一方で、ゾウの足に見立てた砂袋をドスンと床に落として、大きさや重さを具体的にイメージさせた。

体育からはじめる授業改革

 体育館には、模造紙でつくった「森」や「花畑」、青いマットを敷いた「川」、跳び箱にマットを被せた「山」が用意されている。高木教諭の動きを真似てゾウになりきった子どもたちは、川で水浴びをしたり、森のリンゴを食べたり、山の斜面を転がったり、歓声を上げながら「どうぶつランド」を楽しんだ。

 全員が一周したところで高木教諭がトントントンと太鼓を続けて叩くと、子どもたちは一斉に集合。「トン」は座る、「トントン」は起立など、言葉ではなく太鼓のリズムで動くのが授業の約束事になっている。

 ゾウを演じて「ゆっくり動く」感覚を掴んだあとは、一人ひとりが違った動物に変身する。「みんなは何になりたい?」の問いに、子どもたちからは「ゴリラ」「かめ」「ひつじ」「パンダ」といった声が上がる。

体育からはじめる授業改革

 高木教諭は「どうやったらゆっくり動く動物になれるかな?」と投げかけながら、子どもたちが挙げた動物の写真や、「のそのそ」「のんびり」「どしどし」といったキーワードを貼ったり、数人の子どもに実演させたりして、動きのポイントを理解させた。

 「ゆっくり動く動物になーれ!」と呪文をかけると、子どもたちはそれぞれの動物に変身。ジャングルを連想させるBGMが流れるなか、床に腹這いになったり、はいはいをしたりして、グループごとにまとまって「どうぶつランド」を動き回った。

 高木教諭は子どもたちの動きをデジカメで撮影しながら、「○○さんいいねえ」「○○くんの動きがおもしろい!」と声をかけていく。丸くなってじっとする子ども、追いかけっこをするグループ、キーキーと鳴き声を真似る子どもなど、ゾウのときには出なかった表現の工夫も見られた。

体育からはじめる授業改革

 このあとさらに、ペアでの「あてっこ遊び」、グループでの「まねっこ遊び」を楽しんでから授業の振り返りへ。一人の子どもの動きをグループの他のメンバーが真似る形式で、すべての子どもが発表を行った。

 ここでも高木教諭は、子どもの動きを丹念に追いながら声かけ。「手と足の動きがおもしろいね」「ワニが獲物を見つけたのかな?」といった言葉に促され、子どもたちの動きはいっそう「ゆっくり動く動物」らしくなっていった。


「楽しく仲良く鍛える体育」をテーマに全学年共通の視点から指導を見直す

体育からはじめる授業改革鈴谷小学校 教諭
研究主任 体育主任
菊池健一 氏

 本校では昨年度から3年計画で、「楽しく仲良く鍛える体育」をテーマに実践研究を行っています。「進んで体力づくりに取り組む」「めあてを持って学習に取り組む」「自分の学習を振り返り、次に生かせる」を目指す児童像とし、(1)体育授業の改善、(2)体育朝会(リズムなわとび、ペース走など)、(3)体育イベント(なわとび大会、校外のスポーツ大会など)といった活動に学校全体で取り組むものです。

 授業改善に関しては、「できる」「できそうだ」「受け入れられている」という思いを味わわせることを全学年共通の重点として設定し、子どもの実態を考え合わせながら指導の工夫を図っています。今回の1年生の授業でも、砂袋を使ったイメージ化や「どうぶつランド」という場の設定、教師の言葉がけ(「できる」)、写真や音楽の活用、教師の演示(「できそうだ」)、ペアやグループでのまねっこ遊び(「受け入れられている」)と、3つの重点にアプローチするための具体的な手だてが組み込まれていました。

 実践も2年目に入り、子どもたちにも変化が見られます。自分の目標を持ってなわとび大会に参加したり、友達と協力して運動会を盛り上げたりするなど、運動に対する積極的な姿勢が出てきましたし、他の教科の授業態度もよくなりました。

 これまでの活動の成果を受けて先生方の思いも高まっています。来年度は、各先生の指導のアイディアを整理しながら、「楽しく仲良く鍛える、鈴谷小の体育授業」として、ひとつのカタチをつくっていきたいと思っています。

保護者参加の「学校保健委員会」概要

体育からはじめる授業改革

 今回の公開授業は、同校が日頃の実践の様子を保護者やPTA関係者、地域の人々に知ってもらおうと企画したもの。上で紹介した1年生のほか、市が派遣する「小学校体育授業サポーター」を活用した4年生と6年生の走り高跳びの授業もあった。

 授業後の「学校保健委員会」では、授業を行った3人の教諭が、学習のねらいや指導上の工夫をわかりやすく解説したほか、菊池教諭が同校の子どもたちの体力低下の現状や実践研究の概要を説明。また、さいたま市教育委員会の千葉裕指導主事が、市が取り組む「子どものための体力向上サポートプラン」の紹介を交えながら各授業を講評し、「こうした学校の活動を、家庭や地域もバックアップしてほしい」と保護者らにメッセージを送った。

 同校が体育の実践研究に取り組み、保護者や地域への情報発信・共有を進めている背景について、山下成明校長に聞いた。

体育を軸に、地域とともに歩む学校づくりへ

体育からはじめる授業改革さいたま市立鈴谷小学校 校長
山下成明 氏

  本校の「楽しく仲良く鍛える体育」は、市教委などの委嘱を受けた研究ではなく、学校独自に取り組んでいるものです。体育を研究テーマとした理由は大きく2つあります。ひとつは、さいたま市は全国的に見ても子どもの体力低下が深刻化しているため、学校現場としてこの問題に取り組む必要があるということ。もうひとつは表には出ないものですが、子ども・教師・授業を変え、学校の教育活動の質を高めていきたいというねらいがあったからです。

 実は本校では、一部のクラスで指導困難な状況が見られました。学級崩壊ともなれば、先生は自分の指導力に対する自信も、改善への意欲も失って追い込まれてしまうものですが、こうした状態を立て直す方法として、体育は有効なのです。
 体育の授業では、先生の笛や太鼓を合図に子どもが集団で動く機会がたくさんあります。指示に従って集合、整列、立つ、座るといった一斉行動を行うという、すべての教科につながる学級経営のベースを、授業のなかで身につけさせることができます。

 教師の指導力や授業の改善を図るうえでは、校内の研修を機能させることが重要です。現場の研修で大切なのは、楽しく、みんなで関わり合って学ぶことだと私は考えています。まずは自分の授業を見直し、指導を改善すれば子どもも変わるという手応えを掴むこと。そこから、研修の大切さをすべての先生に知ってほしいと思いました。負担の大きい委嘱研究ではなく、学校独自の活動からスタートしたのはそのためです。

 大抵の教室からグラウンドは見えるので、他の先生の授業を「見学」しやすいという点も、体育ならではの利点でしょう。特に同学年の先生の授業を見ることは、指導の参考にもなるし、やる気を刺激することにもつながります。

 公開授業や家庭への配布物、学校ホームページなどによる保護者や地域への情報発信も、先生方の意欲を高める手だてです。今回は学校保健委員会で、学校全体の活動や、家庭・地域の協力の大切さもアピールすることができました。参加していただいた皆さんの反応を見て、ねらい通りの結果が得られたと満足しています。

体育からはじめる授業改革

 本校の取り組みはまだ「研究」と呼べるものではありませんが、学校は確実に変わってきました。子どもはいきいきとした態度で授業にのぞむようになり、その姿を見て先生方も充実感を抱いています。不安定だった子どもたちも落ち着きを見せ、秋の運動会ではきれいに整列して閉会式まできちんと参加することができました。他校では当たり前のことかもしれませんが、私たちにとっては大きな成果です。「あの子たちがこんなにがんばってくれるのか」と涙を流した教員もいたくらいですから。

 体育をテーマにした実践研究は来年度が最終年となります。研修を通じて教師が力をつけ、授業を改善していくという活動を定着させるとともに、今後は家庭や地域への働きかけをさらに強め、地域全体の教育文化を高めるような動きへとつなげていけたらと考えています。

さいたま市が取り組む「子どものための体力向上サポートプラン」

保護者に見直してほしい「運動で育つ力」
体育からはじめる授業改革
さいたま市教育委員会学校教育部指導1課
主任指導主事 千葉裕 氏

 学びの場.com(以下学びの場) 子どもの体力向上のために、さいたま市ではどのような活動を行っているのですか。

千葉 さいたま市では近年、県や全国平均と比較しても子どもの体力低下が顕著になっていることに危機感をもち、学校・家庭・地域が連携して子どもの体力向上を図るためのさまざまな施策を講じてきました。これまでの取組の成果もあって中学生の体力・運動能力は改善が見られますが、小学生は依然として低い水準に留まっています。そこで今年度、従来からの施策を体系化するとともに、小学校の体育授業の活性化に重点を置いた新規事業を加え、「子どものための体力向上サポートプラン」を策定しました。

 新たな事業は、運動の示範などで先生方をお手伝いする「小学校体育授業サポーター」の全校配置、市内の小学生が共通の運動に取り組んで記録に挑戦する「体力アップキャンペーン」の実施、授業に取り入れやすい運動メニュー「体力アップメニュー」の開発と提供(小・中学校対象)の3つです。なかでも、「小学校体育授業サポーター」を全ての学校に派遣するのは全国でも初の試みで、体育授業を活性化できるものと期待しております。

学びの場 「小学校体育授業サポーター」は学校現場でどのように活用されているのでしょうか。

千葉 派遣するのは、大学や社会人などでスポーツ経験の豊富な人たちです。91校には民間業者から適切な人材を派遣していますが、さいたま市教育委員会が選定した大学生ボランティアを直接派遣しているケースも10校あります。派遣日数・時間数は、学級数に応じて調整しています。

 小学校体育授業サポーターは、教員ではないので、各先生の授業プランに沿って動きの示範等を行うことで指導のお手伝いをします。小学校体育授業サポーターの示範により、運動のめあてを具体的な動きとして子どもたちに示すことができます。こうした人材が入ることで「子どもたち一人ひとりに応じたきめの細かい指導ができるようになった」と先生方には好評です。

体育からはじめる授業改革

 授業では、小学校体育授業サポーターの見事な示範に歓声が上がるシーンもよく目にします。スポーツの喜びや素晴らしさを経験している人と接することは、子どもにとって刺激になります。「すごい、自分もやってみたい」という気持ちを授業のなかで盛り上げることで、運動に対する子どもたちの意識も変えていけるのではないかと思っています。

学びの場 家庭や地域の果たす役割についてはどのようにお考えですか。

千葉 子どもの体力向上は、学校だけでは実現できません。体育の授業で培った運動への意欲を家庭や地域での活動につなげ、習慣として定着させていくためには、家族や地域の人々との関わりが不可欠なのです。

 今の子どもたちには、外遊びやスポーツに必要な「3つの間(時間・空間・仲間)」が不足していると言われますが、私はそれに加え大人の意識にも課題があると考えています。「うちの子は跳び箱が跳べなくてもいいから、東大に入れる学力をつけてほしい」と要求した保護者がいたという話を聞いたことがあります。これは極端な例ですが、学力を重視するあまり、運動によって培われる力を軽視するような風潮が今の社会にあることは確かでしょう。

 運動や体育で育つのは、体力や身体能力だけではありません。「わかる」(筋道を立てて考え、改善の方法などを互いに話し合う活動などを通じて論理的思考力をはぐくむ)、「できる」(生涯にわたって運動に親しむことができる基礎的・基本的な技能を身に付ける)、「かかわる」(集団的活動や身体表現などを通じてコミュニケーション能力をはぐくむ)といった、生きていくうえで大切な力も含まれているのです。体育の授業や地域でのスポーツ活動、日常の外遊びは、身体だけでなく心も頭も育てるということに、もう一度目を向けていただきたいと思います。

学びの場 子どもの体力向上のために、家庭や地域では具体的にどのようなことができるのでしょうか。

体育からはじめる授業改革

千葉 まずは休日に少しの時間でもいいので、外へ出て親子でからだを動かす機会をつくってほしいと思います。学校でなわとびに取り組んでいるなら、子どものなわとびを跳んでいる様子を見て、誉めたり、保護者も一緒に跳んで、なわとびを楽しんだりしてみてください。

 親子で運動を楽しむセミナーを実施した時、家族みんなで体操をしたり、お父さんの腕にぶら下がってブランコ遊びをしたりする子どもは大喜びでした。そんな子どもの姿を見る保護者は、実にいい表情をしています。運動や外遊びに関心をもつだけでなく、親子のコミュニケーションを図るためにも、一緒にからだを動かす時間は必要なのだと実感しました。文部科学省も、「からだを動かすことの重要性や規則正しい生活習慣について親子で一緒に考え、一緒にからだを動かすこと」の重要性を発信しています。それぞれのご家庭で、できることから始めることが第一歩になるでしょう。

 今回、鈴谷小の「学校保健委員会」では、子どもの体力低下の現状やさいたま市の施策を、保護者や地域の方々に直接お話しさせていただくことができました。こうした機会をつくっていただいたことに感謝しています。

 学校の取組に追い風を送っていただける環境をつくるためにも、家庭や地域への情報発信は重要です。さいたま市教育委員会としてもさまざまな情報提供などを通じて、学校・家庭・地域の連携づくりを支援していきたいと思います。

記者の目

 既存の授業を題材にした鈴谷小の取り組みは、どの学校でも参考にできそうだ。千葉指導主事によると、「年間指導計画の有効活用」「なわとびなど共通の素材を学年・学校で使う」といった点が、体育の授業改善を学校全体へ定着させるポイントだという。

取材・文:栗林俊晴/写真:言美歩 ※写真の無断使用を禁じます。


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