2004.06.29
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目指せ、プロ野球選手! フリースクール「プロ養成校」の挑戦

今年5月11日にさいたま市に開校したフリースクール「プロ育成校」。元プロ野球の名選手たちが15~22歳までの不登校や中退者らを対象に本格的な野球指導を行うという「プロ育成校」とはいったいどんな学校なのか!?


元巨人コーチの中村稔氏


元埼玉県教育長で、現在、NPO法人「埼玉教育支援センター」を運営する竹内克好氏

 「取材? OK。OK。私はずっとベンチにいるからグランドに遊びに来てちょうだい」

電話の相手は、今年5月11日にさいたま市に開校したフリースクール、その名も「プロ育成校」の代表を務めるNPO法人「いじめ根絶推進会議・全国老人福祉介護会」の中村清也氏。その気さくな口ぶりに導かれるまま向かった先は、埼玉県さいたま市にある市営大宮球場だ。1塁側ベンチのドアからおそるおそる入っていくと、「僕も『中村』なんだけど(笑)!?」と目の前に元巨人コーチの中村稔氏。グランドでは、元巨人の名手で日本ハムの監督も務めた高田繁氏が生徒たちとウォーミング・アップをしている。

 実はこの「プロ育成校」、元プロ野球の名選手たちが15~22歳までの不登校や中退者らを対象に本格的な野球指導を行うという画期的なフリースクールなのだ。登校日は週3回、火・水・木曜日の午後1~5時(球場によって異なる)。スクールといっても校舎はなく、埼玉県や都内の公営球場を借りて<授業>を行う。コーチング・スタッフは、前述の中村稔、高田繁両氏に加え、元西武でオリックス監督も務めた石毛宏典氏などそうそうたる顔ぶれで、担当は曜日によって振り分けられている。一方、群馬県高崎市にある学芸館高校と提携し、高校卒業資格を希望する者は午前中、通信制の授業を受けることもできる。そのサポートにあたっているのが、元埼玉県教育長であり現在、NPO法人「埼玉教育支援センター」を運営する竹内克好氏。この竹内氏と中村清也氏との出会いから、「プロ育成校」の第一歩が始まった。

 さかのぼること1999年、中村清也氏は、いじめや不登校に悩む子どもたちに何かできないものかとNPO法人「いじめ根絶推進会議」を設立。もともと大の野球好きだったこともあり、縁あった元プロ野球選手を招いて少年野球教室をスタートした。非営利活動ゆえ費用は自腹。その活動も5年目を迎えた昨年5月、自宅のある埼玉県のNPO連絡協議会に参加した中村氏は、そこで別のNPO法人で教育コンサルタント業務に携わっていた竹内氏と出会い、意気投合。フリースクール構想が具体化していく。

 


元巨人の名手、日本ハムの監督も務めた高田繁氏
  「昔は、義務教育を終えたら、それぞれの道でプロを目指すという教育が、社会でも家庭でも当たり前だった。ところがいまは、高校を出ないと仕事に就けない。それではダメだよね。誰もが普通科高校に合うわけじゃない。はみだすのは悪いことじゃなく自然なんですよ。人間、生まれてきたらには必ず取り柄があるんだ。『それをなんとか伸ばして、メシを食わせてやろうじゃないか』っていうのが最初の発想。ならば、『プロ(職人)を作るための学校』を作ればいい」と中村氏。

 89~92年までの教育長時代、自ら偏差値廃止を訴え、県内の公立校に音楽科や調理科など専門学科を増設・新設するなど、積極的に改革に取り組んできた竹内氏の胸に、この中村氏の言葉は響いた。

 「いまの学校に合わない子はいっぱいいる。なぜみんなが普通科に行かなきゃいけないのか? 普通科っていうのは、国語とか数学とかが得意な人が行けばいい学校で、他に興味がある人は、それぞれの道で専門をきわめていけばいいんです。かつて私もいろんな学校を作りました。でもね、専門校を作るには相当の予算が必要になります。例えば音楽科。ピアノが32台必要となったら、どうです?税金で賄われている公立校に専門校を作る予算なんてないんですよ。そこでね、中村さんの野球を教えるフリースクールというアイデアに可能性を感じたんです。そして何より、教育にとって一番大事な『いい先生』のネットワークがあった」と竹内氏。

 氏はさらに続ける。「学校に大事なのは立派な校舎でもステキな食堂でもなくって、プロ意識を持った『いい先生』がいることです。あなたも取材に来てびっくりしたでしょう(笑)? スクールっていってもここには立派な校舎も机もない。あるのは借りてるグランドだけ。だけど、子どもたちもコーチも真剣です。みんな真剣に『野球をやりに来ている』。目的がはっきりしてますよね。でも、『なぜ高校に行くのか?』となったらどう? この質問には誰も答えられないのが日本の現状なんですよ。おかしいでしょう(笑)」

 

 
校舎も机もない。グランドだけが学びの場。 往年のプロ野球選手、高田繁氏から直々に指導を受ける。
   

竹内氏、そして中村稔氏をはじめとする元プロ野球OBたちの力強いサポートを得た中村氏は、今年3月マスコミ各社を前に記者会見を開き、生徒を募集した。<修業期間は3年。15~22歳までで、野球経験は問わないが、キャッチボールやランニングなどの体力テストを実施。費用は入学金5万円と参加費(一日につき)3000円>。開校2ヶ月前、時間ギリギリの生徒募集であった。そのニュースは、朝日新聞をはじめとする全国紙、地方紙、インターネットでも報道され、集まったのは22名の生徒たち。不登校の15歳からプロテスト目前の大学生まで、事情もキャリアもさまざまで、うち4名は現在、学芸館高校の通信教育を受講している。

 付き添いの父兄に、スクールの印象を尋ねてみた。

 「初日が終わって、息子が言ったのは『楽しかったよ!』。自宅からグランドまで片道3時間以上かかるのに、本人まだ一度も休んだことがないんです(笑)。それだけの魅力があるんだと思います」と語るAさんの長男は、最年少の15歳。小3のときLD児であることがわかり、その後、保健室通いと不登校が続いた。それでも4年生から始めた少年野球には熱心に参加し、『野球を見ることと、やること。それだけはとにかく大好き』だった。そんなとき新聞で見かけたのが「プロ育成校」の記事。本人に相談するや即決。「少年野球の現場には、どうしても"なんだ、バカヤロー!"的な指導や雰囲気があるもんなんですよ。人間関係におそろしく敏感な息子がこのスクールを楽しいという理由は、それがないからなんでしょう。テクニックの前に、プロの指導は人としての気持ちが伝わってくるんです」とAさん。

 一方、2回目の参加というBさんの長男は17歳の高校2年生。小1~中3まで軟式野球を続け、入学した中高一貫校の野球部でも期待された逸材だった。
 「それが中学部の監督と、高等部の監督のやり方が全然違って。結局、高校の監督になじめず反発するばかりで、高1から不登校になったんです。このスクールのことは、私がインターネットで見つけたんですけど、開校式に連れてきたら『硬式なんて聞いてない!』って(笑)。一度はユニフォームもお返ししたんですけど、中村さんが『ゆっくりいきましょうよ』って声かけて下さって……。約1ヶ月ぶりに連れ出してきたんです」とBさん。それでも、前日、彼はこっそりグローブの手入れをしていたらしい。

 それぞれの歩幅でそれぞれの野球と向き合えばいい。そうやって野球と向き合うことが、同時に自分と向き合うことになる。

 コーチの中村稔氏は言う。「指導する相手が、小学生だろうと、プロだろうと、このスクールの生徒だろうと、野球の基本は常に同じです。ただ、ここの彼らを指導していて感じるのは『野球がやりたくてしょうがない!』という気持ち。それはしっかり伝わってきますね。ただ、みんなシャイなんだ。声の出がどうしても少ない。まだこちらもチームとしての指導をしていないので、これからの課題なんですが、この先、他チームとゲームをしていって"チームワーク"が育ってくれば、みんなより一層伸びていくと思うんですよ」
 


「いじめ根絶推進会議・全国老人福祉介護会」代表で、「プロ育成校」校長の中村清也氏


「プロ育成校」一期生たち

  彼らの志はもちろん野球のプロを目指すことだ。しかし、フリースクールの彼らに『甲子園』出場はない。それゆえ、プロになるにはプロテストでの入団以外、アピール方法がない。

 「全員が全員、プロ野球選手になれるとは限らない。それは百も承知です。でもね、不登校や中退で世の中のルールから外れてしまった者が、自分の好きなことをやって、その中でルールを学んでいくことで、元に戻る。コーチたちは、技術のみならず、プロとして生きることの厳しさを知っている。そこに生で触れることが、この先、彼らの"何か"になるかもしれない。ここはそんな場所でいいんじゃないんですか(笑)」

 高田氏によるマン・ツー・マンのバッティング指導、守備練習を終えて、広い球場のあちこちから生徒たちがベンチ前に戻ってくる。赤いユニフォームの胸には、<Challenge>の文字。チャレンジ。「プロ育成校」ではこの野球塾を皮きりに、サッカー、歌手、俳優などのコースの増設を検討している。しかしスクール運営費の大部分は、いまも中村氏の個人負担だ。「いいの。いいの。そんなことは」得意の駄洒落でしゃらりと周囲を雲に巻く70歳の校長先生。彼と22名の「プロ育成校」一期生たちの挑戦は今日も続く。めざせ、大リーグ。めざせ、<僕の道>を。

 

(取材・執筆:寺田薫)

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