言語活動の充実から全教科等の授業改善へ(vol.1) 44事例収録の「サポートブック」参考に幅広い活用促す ―横浜市教育委員会・横浜市立間門小学校― 前編
「言語活動の充実」は、新学習指導要領の目玉の一つ。国語はもとより、全教科等で実施することが求められている。横浜市教育委員会は独自に『言語活動サポートブック――くりかえし指導したい44の言語活動』(時事通信社刊)を作成して、学校生活のあらゆる場面で活用し、思考力・判断力・表現力等を育成することを促している。どのように実践していけばいいのか。前編では体育を核に研究を進めながら他教科等の改善を図っている、市立間門(まかど)小学校の事例をリポートする。
授業を拝見!①
作戦を考え、話し合う
学年・教科:6年生 体育(児童38名)
単元: ゴール型ゲーム「タグラグビー」(全7時間)
本時の学習: 作戦ボードを使って考え、話し合う
ねらい: ルールを工夫したり、自分のチームの特徴に応じた作戦を立てたりすることができるようになる。
指導者: 山崎啓介 教諭(学級担任)
使用教材・教具: 移動式黒板(作戦ボード)、ゼッケン、タグ
学校の伝統から、体育を核に
間門小学校は昭和初期創立の伝統校で、市内では珍しいほど広い校地を持つ。臨海工業地帯の整備で埋め立てられる前はグラウンド前まで遠浅の浜が広がり、虚弱児を対象とする臨海学級も開設されていた。今は本格的な附属海水水族館「まかどマリンパーク」(地域と連携して運営)が海のなごりを残すだけだ。
そうした背景もあって戦後から健康教育に取り組み、全国から参観者が集まる研究発表会は今年で60回目を迎える。「この学校に赴任した教師は、体育の研究に取り組むことが宿命です」と笑う前田隆校長は、市立小学校体育研究会の会長も務める。
それゆえ言語活動の充実に当たって体育を核にしたのも、当然の流れだ。『言語活動サポートブック』で紹介される小学校体育の事例も、同小の実践が基になっている。
教師の発問も重要な言語環境
体育の時間になると一人の児童が移動式黒板を抱えながらグラウンドに向かい、記録用バインダーを持った児童たちが後に続く。あいさつの後は、お決まりの準備運動。しかし山崎教諭は「1、2、3、4……」と号令を掛けることはしない。代わりに、
「いま自分でどこを伸ばしているかわかる?」
「お尻を下にグッと落として」
「じわじわと伸ばします」
――常に体を意識して動かすよう促すのが、間門流だ。しかも、こうした教師の指示がそのまま子どもの言語を豊かにする“言語環境”になっている。
検討を通して思考力・判断力・表現力をつける
パスの練習をして体が温まってから、いよいよ作戦の検討だ。テーマは「どんな位置にいればパスがつながるか」。児童が次々と前に出て、作戦ボード上のマグネットを動かしながら
「この人がここにいた時、こう動いて……」
等と説明すると、山崎教諭が
「どうして?」
「もう少し工夫して」
と質問や助言を挟む。これに呼応して別の児童が
「○○さんはこうだったんですけど、ボールを持っている人が後ろを見るのは時間がもったいないので、こちらに行って……」
等と意見を出し、活発なやりとりが続く。こうして各々が自分の考えを発表しながら、課題を明らかにしていく。
「どれが一番いいかは、やりながら考えてください。ただ、これまでの授業を見ていると、皆、真ん中に集まるよね。はじっこにボールが来た時、3人はどう位置を取ったらいいのか。ここが難しい点だから、考えながら動いてください。結果は後で聞きます」
児童から十分意見を引き出した上での、山崎教諭からの課題の投げ掛けだ。
実際のゲームに入っても、山崎教諭は児童の動きを一緒に追いながら
「位置は! 位置は!」
と、守備位置を考えるよう繰り返し注意を促す。記録係の児童も、コートの外から
「もっと広がって!」
等と声を掛ける。プレーヤーもだんだん自分の守備位置が意識できてきたのか、コートいっぱいに動きが広がってきた。
対戦チームを替えながら一通りのゲームが終わった後、再び黒板前に集まって作戦の振り返り。山崎教諭が
「□□さん、いい動きしていたね。何を考えてこの位置にいたの?」
と聞くと、
「こっちのスペースが空いていたので……」
と、ゲームを振り返りながら児童が答える。このようなやりとりの中、記録係だった児童が
「見ていてわかったんですけど、一人がいい位置にいたのでパスがつながりました」
パスのラインを作る重要性に気づいた瞬間だ。山崎教諭が
「常にラインを崩さないことが重要なんだね」
とまとめると、真剣に聞いていた児童たちは深く頷く。頭と体で“考えたこと”が、しっかり腑に落ちたようだった。
授業を拝見!②
動きを見合ってアドバイスする
学年・教科: 3年生 体育(児童28名)
単元: 鉄棒運動(全9時間)
本時の学習: 動きを見合って、キーワードを基にアドバイスし合う。
ねらい: 自己の能力に適した課題を持ち、技ができるようにするための活動を工夫する。
指導者: 郷戸真秀 教諭(学級担任)
使用教材・教具: 鉄棒、移動式黒板(運動の写真やキーワードを貼った複数のもの)
すべてわかりやすい「言語」で
メインのグラウンドから階段状のスタンドを上がったところ、裏山「まかどの森」の手前に芝生の「中段運動場」がある。グラウンドだけでなく、ここにも鉄棒が備えられている。
準備運動で郷戸教諭は
「ひじをしっかり伸ばして」
「肩を回す時は、ひじで大きな丸を作ります」
具体的で、子どもにもわかりやすい指示だ。
本時の学習は、鉄棒の「間門セット」を活用。移動式黒板に貼られたキーワードを、全員で元気よく読み上げる。
「ピーン! パコッ! ビュン! クルッ!」
擬態語だけで、「前方片膝掛け回転」や「後方支持回転」のコツがつかめる工夫だ。その上で郷戸教諭が自ら悪い例を実演しながら
「どこが悪いか教えてください」
と問い掛ける。すると、さっそく
ビュン! が足りない」
「もっと素早く、飛ぶ感じで」
といった声が出てくる。これら児童たちの意見を取り入れ、再び実演。しかし、それでもうまくできない例を示し、
「もう一回キーワードをください」
と郷戸教諭。児童たちは一斉に
「ピーン! パコッ! ビュン! クルッ!」
と大きな声で唱える。何度も失敗例を示し、その度にキーワードを確認して、児童が技のポイントを意識できるようにしているのだ。
教師の短く的確な指示により、児童は自然と表現力を育む
いよいよ二人一組になって、お互いの技を見合う。途中何度かキーワードを復唱して、できているかも確認。見ている側の児童から
「あ、そうやるのか! わかったぞ!」
という声も。ある児童の
「最後に手首を返すんだ」
というアドバイスに、そばで見ていた前田校長は
「3年生でそこまで言えるのは、表現力がついている証拠ですね」
と目を細める。
郷戸教諭は各グループを見まわりながら、
「手首を見て、教えてあげてください」
「キーワードのどこを直せばいいですか?」
とポイントを押さえて短く指導を加える。
この日はあいにく雪がちらつくほど気温が下がり、風も出てきた。郷戸教諭は早めに切り上げ、教室に戻って「学習カード」に授業のめあてと振り返りを記入するよう指示。温かい教室で児童たちは皆、シートいっぱいに今日学習したことを書いていた。
記者の目
間門小の子どもたちが恵まれているのは、校地や施設だけではない。宇宙飛行士・古川聡さんの母校であり、特別に宇宙と同小を結んで交信もできた。しかし何より恵まれているのは、学校ぐるみで授業研究と指導力向上に熱心な先生たちに教わって、確かな学力・健やかな体・豊かな心の「生きる力」をバランスよく着実に身につけられることだろう。前田校長も、まだまだ学校の資源を有機的に教育活動に結びつけられないかと常に貪欲だ。
取材・文:渡辺敦司/写真:言美歩
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