2015.04.21
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自ら課題を見つけ、解決していく体育(vol.1) 児童が走る心地よさ・楽しさを味わえる教材を開発 ―東京都教育委員会研究開発委員会― 前編

2月23日、東京都教育委員会研究開発委員会(小学校体育)指導資料説明会が、品川区立小中一貫校豊葉の杜学園において行われた。これは、東京都教育委員会が教科ごとに新たな教材や指導方法等を開発するために設置した研究開発委員会の平成26年度の成果発表会。1年間の研究を集大成するものだ。当日、300名以上もの参加者が見守る中、第6学年体育科の授業が公開された。同委員会が開発した「ハードルリレー」という陸上運動系の教材で行われた、同授業についてリポートする。

授業を拝見!

自分の課題を把握し、仲間と協働して課題解決と記録更新を目指す

学年・教科:6年1組(児童30人) 体育科
単元:陸上運動「ハードル走」
本時の学習(6時間扱いの4時間目):【技能】スピードを落とさないようにハードルを走り越すことができるようにする。【態度】約束を守り、友達と助け合って練習や競争をすることができるようにする。【思考・判断】課題の解決の仕方を知ると共に、自分の課題に合った練習の場や用具を選ぶことができるようにする。
指導者:品川区立小中一貫校豊葉の杜学園 主幹教諭 小林謙二 氏
使用教材・教具:ハードル(大・中・小)、ホワイトボード、ラバーマット、ストップウォッチ、旗など

走運動の二つの楽しさを味わえる新教材「ハードルリレー」

「陸上運動系の走運動には、『二つの楽しさ』があります。第一に、自分の記録を伸ばし、フォームを美しくする等の目的を達成する楽しさ。第二に、相手と競争して勝つ楽しさです」
と語るのは、東京都教育庁 指導部 指導企画課 統括指導主事の佐藤洋士氏。佐藤統括指導主事が担当する平成26年度東京都教育委員会研究開発委員会(小学校体育)では、児童に陸上運動系の学習内容を定着させるために、児童が「走る心地よさ」を味わうと共に、自ら課題を見つけ、解決していく学習を目指している。この考え方を基に「12の教材」を開発した。その一つが、本時の教材「ハードルリレー」だ。

ハードル リレー

ハードルリレーとは、その名の通りリレー形式のハードル走。先述の二つの楽しさ――記録等の達成を目指す楽しさと、勝敗を競う楽しさを同時に味わえる。本時では、一辺40mの菱型状のコースを作り、各辺に4脚ずつハードルを設置。第一走者が菱型の一辺を走り、第二、第三、第四へとつなぎ一周する。児童は5人1チームとなり、走者・記録計測者・スターター・ハードルの位置修正係という役割を順番に担当する。

本日、授業を行ったのは、同委員会の委員でもある品川区立小中一貫校豊葉の杜学園 主幹教諭 小林謙二氏。小林主幹教諭が担任する6年1組の児童30名が、このハードルリレーに取り組んだ。

授業は、1走目→振り返り→2走目の3部構成

品川区立小中一貫校豊葉の杜学園 主幹教諭 小林謙二 氏

単元は全6時間。1時間目ではハードルリレーの行い方を知り、チームごとに初めて取り組んだ記録を計測する。2時間目では、ハードル走に必要な動きを踏まえた上で、自分の現時点での課題を確認。課題解決のために用意された様々な練習方法(後述)を知る。3時間目からは活動を本格化。授業の冒頭にハードルリレーを行い、個人とチーム全体の記録を計測。その上で課題解決のための練習に取り組み、授業の最後にもう一度記録を計測する。つまり、

  1. 1走目で自分の課題をあぶり出す。前時までの課題を解決できた児童は、新たな課題をつかむようにする
  2. その課題を解決できる練習メニューを選び、練習する
  3. 2走目で練習の成果を発揮する

という流れを1時間の授業内で行う。これを3~6時間目で行い、他者・他チームと競い合いながら、技能の上達とタイムの短縮を図っていく。

本時は4時間目。1走目の前に、小林主幹教諭が今日の注意点を児童達に伝えた。
「自分の“今日の”課題を発見し、練習で解決しよう!」
大勢の見学者が詰めかけた校庭に、小林主幹教諭のよく通る声が鳴り響き、児童達は個々の「学習カード」に目を落とした。このカードには、これまでの計測タイム(個人・チーム)、自分が見つけた課題、課題解決のために取り組んだ練習メニュー、授業の振り返りなどが、毎時間ごとに記されている。これを見て、児童は自分の現時点での課題を再確認し、それをクリアできるようにフォームを意識し、記録を伸ばそうと挑戦するのだ。

300人以上もの見学者に囲まれながらウォーミングアップする児童達

「今日の課題」を「自分なりに」つかめと、小林主幹教諭は真剣な表情で檄を飛ばし、さらに
「友達の走りもしっかり見ておくこと! 上手な友達と比べて、自分はどこが違うかを考えよう」
と指示した。これが後述する「学び合い」に生きてくるのだ。300名を超える見学者に囲まれ緊張していた児童達の表情がみるみる引き締まり、集中していくのがわかる。

全児童がスタートポジションに散り、第1回目の計測を開始。その様子を見守りながら、小林主幹教諭は
「最後まで全力で!」
「(ハードル間の)インターバルを同じリズムで走るように!」
と、熱く指導していた。

自分の課題解決のための「レベルアップタイム」

全チームが一走目の計測を終えると、一度集合。計測した記録を、皆が見える大きなボードに記入した。ここで記されたのは、個人の記録ではなく、チームごとの記録のみ(個人の記録は、個々の「学習カード」に自分で記入する)。チーム同士の競争心を刺激するねらいであり、どのチームが速いか、前時と比べて記録が伸びたか一目瞭然だ。チームの記録が低迷して悔しそうにボードを見つめる児童もいれば、トップのタイムを記録したチームでは「よし!」とガッツポーズする児童の姿も。チームの記録も自分の記録も伸びて、満面の笑みを浮かべる児童もいた。「記録を伸ばす楽しさ」「相手と競う楽しさ」を実感しているようだ。

プレートハードルで練習する

そんな児童達の様子を見渡してから、小林主幹教諭は問いかけた。
「自分の課題がわかった? 友達の走りを見ていて、友達の課題に気づいた?」
ここでは具体的な指示は控え、児童自らが課題を見つけるよう促す。そして、
「自分が感じたこと、友達に対して感じたことを伝え合ってからレベルアップタイムに入りましょう!」
と指示した。この「レベルアップタイム」は、自分の課題を解決するための練習方法や場を選び、取り組む時間。そのため、以下のような豊富な練習メニューが用意されている。

  1. フラットハードル
    高さ15cm程のとても低いハードルと、踏切位置にラバーマットを設置。踏切位置を意識しつつ、ハードルを「跳び越える」のではなく、スピードに乗って「走り越す」練習を行う。
  2. 小型ハードル
    高さ30cm程の低いハードルで、「トン・1・2・3」とリズムよく跳ぶ練習。
  3. 通常ハードル
    通常のハードルを使用し、ハードルの間隔を調整。6m・6.5m・7mの中から、自分に合った間隔を選ぶ。
  4. プレートハードル
    ハードルの上部右にハガキ大の薄いプラスチック板を貼り付けて、リード脚でこのプラスチック板を蹴りながら跳ぶ練習。正しい跳躍フォームをつかませるねらい。

児童達は慣れた様子で校庭の各所に散らばり、
「僕はインターバルのリズムが揃わないから、小型ハードルで練習しよう」
「私はまだハードルを跳び越えようとしているから、フラットハードルで走り越す練習をしよう」
という風に、自分で練習の場や用具を選び、すぐさま練習を開始した。小林主幹教諭は各練習メニューを巡回して様子を見守りながら、
「自分に合ったインターバルの間隔を確かめよう」
「跳ぶのを意識しないこと。走っている間にハードルがあると考えて」
と、一人ひとりに指導を行っていた。

ここで特筆すべきは、児童同士の学び合いだ。チーム内で自発的にペアを組み、一人がハードルを跳び、その横でもう一人がフォームをチェックする。ペアの児童が跳ぶ様子を横で見守りながら、踏み切った位置にお手玉を置いて、踏切足の位置を確認し、
「踏切足が近すぎる」
とアドバイスする。互いにアドバイスし合ったり、練習に付き添ったりする児童の姿が各所で見られた。自らの課題を把握した上で、仲間と協働して課題解決に取り組むその姿は、まさにアクティブ・ラーニングだった。

練習の成果を発揮する2回目の計測

約15分間のレベルアップタイムを終えて、最後に2回目の計測を開始。すると、1回目とは異なる光景が出現した。
「僕はインターバル6.5ね」
「私は6で」
と、個別に細かくハードルの間隔を調整し始めたのだ。さらに児童同士で顔を寄せ合い、
「もっと前傾を意識した方がいいよ」
「高く跳ばないイメージで」
などとアドバイスし合う姿も見られた。ハードルを走り越す動きも、明らかに1回目より良くなった。その結果、6チーム中3チームが、1回目よりもタイムを縮めることに成功したのだ。大観衆の視線で緊張さえしなければ、もっと多くのチームが記録を伸ばしていたに違いない。

授業の最後、児童達は大きなボードにチームの記録を、「学習カード」に自分の記録を記入し、今日の授業を振り返った。
「インターバルを自分に合わせて変えたら、走りやすくなった」
「ハードルすれすれに跳べるようになった」
多くの子が「やりきった」という充実の表情を浮かべていたが、中には悔しそうな顔、残念そうな顔も見えた。その悔しさをバネに、次の時間ではもっと熱心に練習するのだろう。

実践者に聞く

新教材「ハードルリレー」によって育まれた力

子ども達は走運動の楽しさを味わっている

東京都教育庁 指導部 指導企画課 統括指導主事 佐藤洋士 氏

「子ども達は、ハードルリレーについて『楽しい!』と言っています」
と、東京都教育庁 指導部 指導企画課 統括指導主事の佐藤洋士氏。この新しい教材、ハードルリレーではどんな成果が出ているのか、聞いてみた。
「子ども達にどこが楽しいかを聞いてみた所、『授業の最初と最後に、タイムを2回計測できるのがいい!』との答えが返ってきました。1回目の計測で自分の今の課題を知り、レベルアップタイムで自分に合った練習メニューを選び、課題の克服に取り組む。そしてその成果を、2回目の計測で出す。この流れが、子ども達には好評で、『タイムが縮まった!』『苦手だったインターバルのステップが上手になった!』と喜んでいます。走運動の“記録等の達成を目指す楽しさ”を実感しているようです」。

もう一つの“勝敗を競う楽しさ”も、児童は実感しているようだった。授業中には、相手チームの位置を見てどっちがリードしているか確認し、「行け! 行け!」と味方に声援を送る姿も見られた。

ハードル走の魅力を言語化できるようになった

さらに佐藤統括指導主事が実感していることがある。それは、児童同士の「学び合い」「教え合い」が上手になっている点だ。
「最初の頃は、うまく友達にアドバイスできなかったのですが、授業を重ねるにつれ、的確にアドバイスできるようになっています。人に教えるスキルが上達しています」
今日の授業でも、児童同士で熱心に教え合うシーンが各所で見られた。ある児童は、自分の学習カードに
「練習中に、友達が『前傾し過ぎている』とアドバイスしてくれたので、直せた」
と、書いていた。このように学び合いが活性化している理由を、佐藤統括指導主事は解説してくれた。
「『学び合い』が上達したのは、『ハードル走』への理解がより深まったからでしょう。ハードル走のポイントを正しく理解しているからこそ、友達に適切なアドバイスをできるのです」。

授業中、担任の小林主幹教諭は児童達の学習カードを読んで、皆をこう褒めていた。
「皆、コツを文章で表現できるようになったね! 自分の課題や改善のポイント、上手い友達との違いを、文章で自分なりに表現できるようになった。すごいよ!」
事実、ある児童は、
「自分の跳び方が高くなり過ぎ、時間をロスしてしまっている。上手な人は、跳ぶときも走っているときも、手足の高さがあまり変わらない」
と、学習カードに書いていた。
名選手必ずしも名コーチに非ずとはスポーツ界でよく言われることだが、それは自分の技術を言語で伝えることができないからだ。だが、この児童達は違うと、佐藤統括指導主事は言う。
「ハードル走のコツを体で感覚的につかんだだけではなく、言語化できるほど理解した。だからこそ、相手にも伝えやすくなったのでしょう」。

前編では東京都教育委員会研究開発委員会(小学校体育)が開発したハードルリレーについてお伝えしたが、後編では同委員会が創り出したその他の教材も紹介し、その研究主題やねらいについて細かくリポートしていく予定だ。乞うご期待。

記者の目

授業開始数分で、「これはいい授業になる」と確信した。授業を進行した担任の小林主幹教諭が素晴らしかったのだ。校庭の隅々までよく通る大きな声で「さぁ、行こう!」「全力を出そう!」と檄を飛ばし、子ども達の緊張をほぐして授業に集中させると、その後も「練習しながら、友達同士でしっかり教え合おう!」などと、活動のねらいを短い言葉で徹底させていた。また練習中は精力的に校庭を走り回って一人ひとりに声を掛け、「1回目のタイムは何秒だった?」「もっと体を前傾させるといい」と、個別に指導していた。素晴らしい授業計画と担任の高い指導力が両方揃うとき、子ども達は飛躍的に成長するのだと感じた。

取材・文:長井 寛/写真:言美 歩

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