2006.04.11
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東大で科学の最先端を学ぶ 中学生の東京大学体験学習

「中学生が東大で講義を受けられる」。こんな話を聞いて取材に行ってみた。講義の内容は科学の最先端に関わることでけっしてやさしい内容ではないが、熱心に講義を聴き、活発に質問をする生徒の姿がとても印象的だった。


赤門の前で記念撮影
 3月26、27日の両日、「東京大学体験学習」というイベントが東京大学の本郷キャンパスで開催された。これは長崎県上五島(五島列島)と東京周辺の中学生が東京大学教授らによる講義を受ける、というものだ。昨年1月7、8日に第1回が開催され、今年は第2回目になる。昨年は上五島町の中学生12名、東京近郊の中学生28名が参加し、その後8月1~7日には、逆に東京の中学生が上五島を訪れ、上五島の自然を体験し交流を深めた。
 こうしたイベントの主催は、宮健三氏(東京大学名誉教授・慶應大学教授)が理事を務めるNPO法人「日本の将来(あした)を考える会」(IOJ: Innovation of Japan) だ。IOJは教育問題とエネルギー問題を2本柱に活動を続けている団体で、若者の知力向上活動の一環として前回・今回のイベントを企画した。上五島との交流は唐突な感じがするかもしれないが、これは代表の宮教授が上五島出身という事情による。

 

 第2回の今回、上五島からは中学生10名、東京からは中学生48名と小学生6名が参加した。東京からの参加者は、主に主催側の関係校からが多く、筑波大学附属駒場中学校から20名、墨田区立竪川中学校7名、青梅市立第一中学校から3名などとなっている。

 当日の3月26日、講義は午前10時からだったが、希望者は8時半に安田講堂前に集合して講義前に東大本郷キャンパスの見学を行った。正門、赤門、付属病院、グラウンドと見て回ったが、構内の広さと歴史を感じさせる建物が多いことに中学生たちは驚いていたようだった。


三四郎池で

磁石が浮かぶ、超伝導実験

 10時から講義開始。最初の講義は、大学院工学系研究科出町和之助教授による、「宙に浮かぶ磁石―超伝導実験」だった。超伝導体発見の歴史に続き、超伝導体の性質、どんな分野で利用されているか、という内容で講義が進む。はっきり言って、講義のレベルはひじょうに高い。高校生でも、文系の生徒であれば半分以上理解できないのではないだろうか。それでも、自分から希望して参加したとあって、中学生の半数以上が熱心に講義に聴き入っている姿がとても印象的だった。

 講義のあとは、2班に分かれて別室に移動し、実際に超伝導体の上で磁石が浮かぶ実験のデモンストレーションに移った。超伝導体の上にスペーサーと磁石を置き、液体窒素をかけて冷却する。十分冷えたところでスペーサーを取り除くと、磁石は超伝導体の上でそのまま浮いていた。ほとんどの中学生が、初めて見る光景に驚くと共に、手袋をして自分で液体窒素をかけてみたり、浮いている磁石にさわって実験の結果を確かめていた。

 

磁石が宙に浮かんだ!
脳の仕組みを知る、磁気の利用

 2時間目の講義は、この3月で東大を退官された、上野照剛医学系研究科教授による、「脳の秘密と秘密を解く道具」。磁気を用いて人間の脳を刺激する、また脳の活動によって現れる微弱な磁場を測定して脳の活動変化をとらえる、というバイオマグネティックスの最先端の話で、内容的にはやはりかなり難しい。しかし、脳と心はどういう関係があるのか、賢い脳にするにはどうしたらいいかなど身近な話題も多く、中学生でも十分興味が持てる内容になっていた。磁気と脳の関係についてどの程度理解されたかはわからないが、「一夜漬けの勉強でも、脳にとっては意味がある」という話などはしっかりと記憶に残ったに違いない。


上野照剛医学系研究科教授


単語の木にチャレンジ中
効果的に英単語を覚える! 

1日目の講義終了後、東大生協での昼食を挟んで、午後希望者はすぐ近くのIOJに移動し、「単語の木」という英単語学習ソフトのデモンストレーションを行った。「単語の木」はIOJが若者の教育用に使用している学習ソフトで、単語ひとつひとつを覚えるのではなく、関連のある単語13をまとめて覚えるため、中学で覚える1300の英単語を100場面ですべて覚えられるようになっている。パソコンを使ってゲーム感覚で学習できるほか、ネイティブの発音も聞けるので、リスニングの勉強にも役立つ。

 3人1組のグループに分かれ、使い方の説明を受けた後は、実際にいくつかの場面で英単語を覚え、グループごとのコンテストを行った。パソコンで気軽に使えるので、子どもたちは学習というよりゲーム感覚で楽しめたようだ。

原子力発電の長所と短所を学ぶ

 2日目最初の講義は、WIN (Women In Nuclear)-Japan 代表、小川順子氏による「エネルギー利用における原子力発電の役割」。人間が利用しているエネルギーの種類に始まり、日本のエネルギー使用状況、原子力発電所の仕組みについて講義があった。また、実際に原子力発電で使われている燃料ペレットのサンプルが回され、興味のある中学生は熱心に見入っていた。最後に、原子力発電には少ない資源で大きな発電量がえられる、発電時に二酸化炭素を排出しない、などの利点がある反面、事故があると大変なことになる、廃棄物の処理が決まっていない、燃料が転用可能である、などのデメリットが紹介された。

 これまでの講義でも、最後の質疑応答の時間になると必ず数人の生徒から質問が出されていた。しかしこの原子力発電に関する講義では質問が多く、中にはかなり専門分野に関わる質問もあり、時間が15分以上延長された。あらためて、今回参加した生徒たちの知的好奇心の強さを目の当たりにした思いだ。


小川順子さん

岡野邦彦教授
核融合発電の現在

 そして最後の講義が、岡野邦彦教授による、「宇宙に輝く星の秘密―核融合―」。宇宙にある星が輝いている裏で、核融合がどのように行われているのか、地球上で核融合を起こすためにはどうしたらよいのか、また核融合発電の長所と短所などについて講義が進められた。この講義も、他の講義に負けず劣らずレベルの高い内容だったが、天体写真を初めとして写真がたくさんスライドで映し出され、興味をもって話を聞くことができた。講義終了後生徒に書いてもらったアンケート結果でも、この講義については、「また同じような授業を受けてみたいと思いますか?」に89%が「はい」と答え、最も高かった。

 
理事の宮健三氏
 今回この「東大体験学習」を取材して、科学の最先端のおもしろさ、またその一部でも優れた講義で中学生が興味を持てることを強く感じた。しかし、いちばん印象に残ったのは、参加した生徒たちの熱心さだ。アンケートを見ても、「授業のレベルが高いと思った」(中3男子)という意見がある反面、「講義の時間をより長くして、もっと詳しく説明してもらいたかった(中3男子)、「もっとじっくりひとつのことを勉強したい」(中1男子)という声が少なくない。

 理系離れ、が危機感を持って語られているが、全体のレベルでは確かに理系離れが進んでいるのかもしれないが、理科のおもしろさを理解し、もっともっと勉強したいと感じている子どももその一方では確かに存在している。そうした意味でも、今回の東大体験学習のような場が、NPOの活動としてだけでなく、大学自体が進んで行うようになれば、知的好奇心の刺激、学習の動機付けとして大きな意味がある。また、今回は理系の講義だけだったが、文系でも同じような試みを進めれば、国語嫌い、英語嫌いの子どもが自分の学習する意味を再確認する機会になるのではないだろうか。

(取材・文/堀内一秀)

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