2003.11.04
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2011年の「ありたい自分」を表現する 田園調布雙葉中学高等学校

「3年間の高校生活が終了し、私立W大学教育学部(文系)に入学しました。さて、入学金と4年間分の授業料、あわせていくら?」これは、田園調布雙葉中学高等学校高校3年生の情報科選択授業のひとコマ。将来の夢、やってみたいこと、いろいろあるが、生きていくにはなにかとお金が必要。人生設計を学ぶ前に社会におけるお金の役割を考えようという授業が行われた。

 




















 
結婚にかかる費用は
どれくらいだろう?

















 
見学者たちも頭を悩む・・・































"口"に3画、3画・・・?



私の場合は・・・、話を
真剣に聞き入る



「2軸で考える」ワークシート








漠然としていた卒業後の
進路











 
やりたい仕事に向かって
がんばりたい


 

■お金ってどれくらい必要なの?---お金の役割を考える

「今日から5回の授業で2011年の自分がどうありたいか、考えてもらいます」
「えー!?」「何それ?」

そんな生徒たちのざわめきから授業は始まった。ここは田園調布雙葉中学高等学校のコンピュータルーム。高校3年生の選択情報の公開授業、9名の生徒たちと社会人の見学者27名が座っている。教鞭をとっているのは同校情報科教諭の小林潤一郎先生。
今回の授業は小林先生が日本経済新聞社と共同で開発中の「マネー&ライフプログラム」の初回である。

まずは小林先生から質問がひとつ。
「あなたが人生において、重要だと思うもの、持っていたら幸せになれるもの、大切なものを“漢字一文字“で表現してください」
「う~ん、頭」「そのココロは?」「考える場所だから」
「お金かな。生きていくうえで必要だから」
「幸せ。幸せが一番」
「夢。目標がないと、卒業制作ができない・・・」
など、次々と生徒たちに答えさせて、ウォームアップは終了。
「今、挙がった中でお金ってあったけど、これは生きていくのに切っても切れないものだね。・・・ということで、今日はお金の役割について考えてみようと思います」と、本題に入る。

「では、支出についての身近な話題について考えてみましょう」
配られたワークシートには、「ライフイベントクイズ(支出編)」として9つの例が出ている。

・4年間で無事、大学を卒業し、大手電機メーカーに就職が決まりました。就職4年目の26歳でめでたく取引先の男性と結婚することになりました。彼女は披露宴を青山のおしゃれなレストランで行うのがかねてからの夢でした。さて、今時結婚にかかる費用は総額でいくらでしょう?

・両親も高齢になり、介護の必要となった父が老人ホームに入居することになりました。介護付終身利用型老人ホームに入る場合、個室の入居費用+3年間の利用料はどのくらいかかるでしょう?

というように、高校を卒業後、進学し、就職、結婚、出産、育児、住宅購入から両親の老後までに考えられるライフイベントが並び、それぞれの項目について必要と思われる金額とその合計金額を予想するというもの。生徒も見学者もそれぞれ頭をかかえながらペンを手にする。

「では、合計金額が、4000万未満だった人?」
見学者の挙手はない。
「4000万から8000万の間だった人?」
生徒からちらほら手が挙がる。
「では、8000万から12000万だった人?」
見学者のほとんどが挙手。
小林先生から、正解の金額とその内訳が明かされると、「えー!高い」「そんなにかかるの?」と生徒たちからは驚きの声が。

「人生の三大支出ってあるんだけど、なんだろう?」
という小林先生の問いに、住宅、老後、子ども(教育)の三つが挙がる。
「では、その中で一番身近な子どもの教育について考えてみよう。子どもひとりが成人するまでの22年間に一体、いくらかかるだろう?」
「・・・3000万くらい?」
子どもにかかる費用には大きく分けて「養育費」と「教育費」がある。前者は、出産・育児に始まり、食費や衣料費、医療費など生きていく上で必要とされる費用、後者は、授業料や教材費、通学にかかる交通費など、教育に関わるすべての費用を指す。
「養育費に1680万、教育費に2270万、あわせて3950万。4000万くらいかかります。ちなみに、4000万あったら、なにができるか・・・。例えば、100日間世界一周豪華クルーズ2人分や、西軽井沢で別荘、ハワイでコンドミニアムを買うことができます」
その後も「授業を1日受けたらいくらかかると思う?」といった身近な例での比較も考えた。

「では、次はライフイベントクイズの収入編です」
話は収入へ移る。出題は、大学卒業後、ひとり暮らしを始めるのに必要な生活費や、大卒で企業に入社した時の初任給、年収が高い職業で思いつくものなど。

「大学卒業後、ひとり暮らしを始めるのに必要な生活費はいくらくらいだと思う?」
「10万」「60万」見学者から笑いが漏れる。
別の生徒から「20万」
「大体、いい感じだね。正解はおよそ15万円です。それなら、自宅から通った方がいいかな?では、企業で働いている人の平均年収はいくらでしょうか?」
「600万」「2000万」「800万」
「全体の平均で447.8万円。これが30代男性だと548万、同じく女性だと278万」
「年収が高い職業と聞いて思いつくものは?」
「開業医」「鋭いね」「勤務医とは違うよ」
「では、例えば、年収1000万のA男さんがいます。彼の仕事はインターネットベンチャーで、帰宅は毎日深夜です。一方、年収500万の教員B男さん、毎日ほぼ18時には帰宅します。結婚するなら、どちらを選ぶ?」
すかさず「A男!」と声があがり、見学者も思わずくすくす笑ってしまう。

「ここで1学期の授業の復習だけど、利益ってどんなものだった?
――― 売上-売上原価-費用=利益 だね。
先生が幸せをこんなふうに定義してみました。
――― お金-拘束時間-疲労度=幸せ
かな?と思います。これを踏まえて、2コマ目ではお金になる/ならない仕事、やりたい/やりたくない仕事について考えていきますので、この切り口で話ができるように、生徒も見学者の方も頭を整理しておいてください。では、1コマ目を終わります」


◆教材は見学者?!---社会人から生の声を聞く

そして、2コマ目の授業。今度は、生徒たちも見学者たちも席を指定されたところに移動する。ちょうど、生徒1人に見学者が3人というグループになる。

「まず今日、ここに来ている大人たちがどんな人たちなのか知るために、クイズをしてみたいと思います」
そう言って、小林先生は1問クイズを出題する。

Q."口"に3画加えて漢字にしなさい

例えば、吉、早、因、叶、虫、吸、吊、加、合、舌、各、向・・・
それぞれが考えた漢字をグループ内でつき合わせてから、各グループで出すことのできた漢字の数を発表。初対面の見学者たちに少々戸惑い気味だった生徒たちにも少しずつ笑顔が戻る。

少し和やかな雰囲気になったところでいよいよ本題に。
「2軸で考える」と書かれたワークシートには縦軸が時間的な拘束・精神的な疲労度、横軸がお金(年収)で、右上に行くほど「お金になるやりたい仕事」、左下に行くほど「お金になりにくいやりたくない仕事」を表している。

はじめに小林先生の経歴を例に説明する。小林先生は、自身の希望通りIT業界に就職したところから、一転、教員に転職し、現在に至る経緯を、結婚や子どもの誕生などプライベートな出来事も盛り込んで話した。

「生徒のみんなは、グループの大人たちからこのワークシートを使って、今までの職歴などを聞いてください。聞いたお話から、自分の未来を予想する切り口を考えてください。進行役は生徒でディスカッションを進めてください。社会人の皆さんは、生徒たちに失敗談でも構いませんので、話してあげてください。あまり不幸過ぎない程度に・・・。(笑)まずは個人で3分間考え、次にグループで7分間ディスカッションした後、発表してもらいます」

課題の難しさに「えーっ」と戸惑う生徒たちに構わず進められる。実は今日の教材は、先ほどまで見学者だった大人たちだったのだ。今日集まった27名の見学者の多くは小林先生と繋がりのある社会人。現役の教員や出版社勤務、メーカー勤務、起業家、NPO関連、大学院生など、教材となるにふさわしい豊富なキャリアの持ち主ばかり。中には、小林先生のかつての同僚や上司の姿も。

まずは各自で考えをまとめ、ディスカッションに入る。大人たちは自分の歩んできた経歴について、自分のワークシートを指し示しながら語りかけ、生徒たちはひとりひとりの話を熱心に聞き取っていた。やりたくて就いた職業なのか?はじめはどんな思いで就職したのか?転職のきっかけは何だったのか?これからはどんな道に進みたいのか?

「はい、終了!」「えーっ!まだ!」慌てる生徒たち。

「このまま進学、卒業して、やりたいことではない仕事につくかもしれないけど、少しずつ理想に近づけたらいいな、と思いました」
「希望しない仕事でも、それを変えるのは自分次第。まだ、特定の希望はないけど、決めるのは自分次第だと思いました」
「家族のバックアップなど家族の協力が大事。将来について漠然としていたけど、考えるいい機会になりました」

ただ漠然と進学しようとしていた生徒たちにとって、実社会を歩む大人たちの生の声はよい刺激になったようだ。それは授業後の感想にも表れていた。

---時間が短過ぎて大変だったけど、普段接点の無い方のお話が聞けて、なぁなぁで大学に行こうとしている自分に良い刺激になりました。
---まだ将来のことは漠然としていたけど、皆さんのお話を聞きはじめはやりたくなかった仕事だとしても、ほんとうに自分がやりたい仕事をやるために努力していくことが重要なんだなぁと感じました。
---何を話し合ってよいかわからなくて難しかったけど、色々な人の話を聞けて勉強になりました。
---さまざまな年代の方のお話をお聞きできる機会をもてて、とてもうれしいです。とても参考になって、勉強になりました。自分の未知の将来に今からハラハラどきどきです。
---難しかったです。でも色々な人生の送り方があるのだと実感しました。私も将来、自分の就きたい仕事に就けるといいなと思いました。

「今日は、ありがとうございました」ニッコリと大人たちに挨拶して教室を出る生徒たち。生徒たちはこの後、2011年(26歳)のありたい自分を表現する「Vision2011」と題した卒業制作課題をPowerPointや、One Minute Movie(ビデオ編集)、CGツールを用いて制作し、発表する予定だ。


◆よのなかを近くに感じてほしい---プログラムが導くもの

小林先生はこの1年間の間、自己紹介プレゼンや、夏の思い出ホームページ作成のような自己を見つめるプログラムのほか、企業について学び、情報収集力や、分析力、職業観を育成するための「企業探求プログラム」、「モバイルエージェント」など他者について考えるプログラムを実施している。そして、今回の「マネー&ライフプログラム」が生徒たちにとって最後の課題となる。

小林先生に今回の授業のねらいを伺った。
「一番考えてもらいたいことは、よのなかを近くに感じてほしいということです。学校という世界は狭いです。特にこの学校は12年間(もしくは14年間)同じ人間関係で環境が同じなので、なかなか外を見ることができないという点があります。今回の見学者は私の知り合いなので、ちょっと変わった人が多かったですけれども、普通ではない感覚というものを実感してほしいと思いました」

また、これだけの内容の授業をわずか2コマの時間でテンポよく進めることができるのは、恵まれた環境(生徒の資質、学校のブランド)であるからと前置きした上で、小林先生はこう話した。
「日々の情報収集は、人脈作りが重要だと思います。全てにおいてこのような展開は難しいかもしれませんが、その環境の中でどこまでできるかということを突き詰めないといけないと思っています」

(取材・編集:学びの場.com)

 


 

◆参照URL

田園調布雙葉中学高等学校 http://www.denenchofufutaba.ed.jp/
 

 

 

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