2003.09.09
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心の教育の時代。道徳で何を教えるのか

教科書もない、テストもない、通知表に評価欄もない。他の教科や、レクレーション、受験指導の時間に振り替えられる確率ナンバーワンとも言われている道徳。そんな道徳の授業づくりに全力投球し、互いにその実践を報告し高めあう「道徳教育改革集団」。なぜ、道徳なのか、その秘密をさぐるべく、同会の主催する「第14回道徳教育改革フォーラム」に参加した。(最後にプレゼントのお知らせがあります)

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  

道徳教育改革集団代表の深澤久氏
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
羽島悟先生。生徒指導担当となり、地域の商店街、警察署などと協力して、荒れた中学生を指導した経験を語る。

土作彰先生。点字メニューを企業から取り寄せて「バリアフリー」をテーマに授業を行った。

同会の団長の佐藤幸司先生。意外性のあるネタ探しには定評あり!
   
 
 

原口先生
 
  
 
   
 
 





























 
 
高田先生
 
 
 

 以前、学びの場文庫でも紹介したが、「道徳教育改革集団」のメンバーが実践記録を出し合って出版した『とっておきの道徳授業I、II』(日本標準)は、重版を重ね、教師達の間でちょっとした話題となっている。8月には『とっておきの道徳授業 中学校編』も完成し書店に並んだばかり。売れ行きは好調で、早くも中学校編の第2弾の企画が進行中だという。

 なぜ、道徳なのか。

 同会の出す出版物や、ホームページ、メーリングリストから垣間見える彼らの熱気は、「心の教育の時代だから」と一言で片付けるには強すぎる。いったい何がこの会の原動力なのか。「改革集団」というネーミングのものものしさに腰が引けつつも、同会は気になる存在であり続けた。
 そんな折、8月7、8日の2日間にわたり、同会の主催する「第14回道徳教育改革フォーラム」が群馬県高崎市商工会議所で開催されると聞き、さっそく現場に赴いた。

 初日7日は実践記録を持参するのが参加の条件。先生を対象とした、限定30名の勉強会だ。互いに厳しく検討し合い、確実な力をつけるのが目的。辛らつな意見も飛び交い、物見遊山的な参加はちょっと気が引ける。
 2日目は、会の選抜メンバーによる授業実践の発表会。こちらに参加することにする。
 台風にもかかわらず、遠くは沖縄、北海道から、約70名が参加。ほとんどが教師だが、小学生の子どもを持つ保護者も若干名。動機を聞くと「だって、基礎学力も大切だけど、本当に大切なのは道徳でしょう!」と元気な答えが返ってきた。

●面白い!もっと見たい!そんな授業の連続

 2日目の口火を切ったのは、代表者の深澤久先生の開会講座「なぜ今、道徳教育なのか」。

「個性をのばす、ほめて育てる、という言葉が氾濫しているが、そんなことよりも、まず人間としての常識とは何か、善悪とはなにかを教えるべき。教師は、道徳の授業で何を子どもに言いたいのか、これだけは教えるぞ、という信念を持って臨むべきだ」
と激をとばす。

「悪いことははずかしい、そういう美意識をからだに染み込ませる、それが道徳の役目だ」
と深澤先生。日常生活すべてが道徳教育の場だ、という氏の実践の詳細は、ホームページをご覧いただきたいが、一例として、「刑法を使った授業」の実践が披露された。刑法の中から、いじめ、恐喝、傷害など、子どもたちの身近に起こりうる事件に関連するものを引用し、口語体に書き直して、子どもたちに配布する。暴力行為によって人を傷つけたら10年以下の懲役か30万以下の罰金。暴力を振るわなくても脅迫によって相手に何かを強要すれば2年以下の懲役か30万円の罰金etc。

「日本は法治国家なのだから、義務教育で法律について学んでもいいはず。しかも、子どもたちが理解できるよう、身近な生活の場面で教えることが大切なのです」

 ちょっと過激な授業かも知れないが、いじめがなぜいけないか、あれこれ理屈を言うよりもストレートに子どもの心に届くに違いない。

 続いて、6名の先生たちによる実践が報告された。どの実践もユニークなものばかりだ。環境問題、平和問題、進路をどう決めるか、荒れた子供たちをどう指導するか、など。使用された教材も、新聞記事あり、マンガあり、スポーツ選手の写真、広告チラシ、レストランの点字メニュー、インターネット、手作りの紙芝居などなど。それらを45分の中でさまざまに組み合わせて、導入から最後まで飽きさせることがない。もっと見たい、と思わせられる授業の連続だった。

●道徳教育の魅力は何か?

 しかし、週一時間の道徳の授業に、これだけ念のいった構成を考え、手作り教材をそろえる、そのパワーの源は何なのか。深澤先生に聞いた。

「道徳には教科書がない。指導要領の縛りもない。だから教師が自由に企画できる。そこが面白いところです。それからもうひとつ、道徳の授業をきちんとやる、それだけで子どもたちは確実に変わる。だからみんなハマるんです。」

 道徳教育改革集団は15年前、「正義と勇気を育てる教育」を目的として発足。以来、インターネットや今回のようなセミナーで、メンバーの先生がたが独自のスタイルで開発した道徳教育の実践を公開し合い、評価し、高め合ってきた。

 「道徳の副読本をご覧になったことがありますか? そこには誰が聞いても否定できないような“いい話” は書かれていますが、徳目を並べ立てるだけでその先がない。また、実生活に根ざしていないから、子どもたちの行動に生かされない。」

 子どもたちに、他人事としてではなく、自分の問題としてちゃんと道徳を学ばせるためには、自分たちで教材を作るしかない。それが会の発足のきっかけだった。
 生活に根ざした素材から発想することで、戦争や、環境破壊の問題も、どこか遠いところの話ではなくて、自分たちの生活につながっているんだ、と気付かせる。そこから意識改革がおこり、行動につながっていく。

 報告された実践例をいくつか紹介しよう。

◆ 夢をもち限界まで頑張る気持ちを
 子どもたちにどう持たせるか

 鹿児島県西之表市立榕城中学校の原口栄一先生は、マンガを使って授業を行った。
 対象は中学3年生。受験を控え、進路について迷う時期である。
 生徒たちに、希望する高校の志望動機を聞いたところ、「その学校でやりたいことがあるから」というよりも「そこならなんとかは入れそうだから」という消極的な意見が多かった。この結果を見て、生徒たちに「自分の夢を持ち、限界まで頑張ろう」という気持ちを持って欲しかったのでこの授業を考えたのだという。
 マンガは近未来の日本を描いたもの。主人公は、シェフを目指して修行中だが、遺伝子的に適性がない、と職場をクビになる。遺伝子情報が公開され、自分のしたいことよりも遺伝子の適性によって、就職先が決められる時代なのである。後に主人公は、科学者となって成功を収めるが、どうしても、もともと好きだったシェフの道に進みたくて、結局は研究所を去り修行を続ける、という話。
 マンガをそのまま見せるのではなく、適当に切り張りし、間に発問を入れながら授業を進める。授業を通して、やりたいことのために一生懸命努力したい、と子どもたち自らが思うように導いていく。この授業の後、ほとんどの生徒が「自分のやりたいことをやるために高校を選ぶ」という意見に転じたという。

原口先生のホームページ http://www4.synapse.ne.jp/eiichi-h/

◆「あっ」と驚く導入、意外な素材の組み合わせで、
 生徒の心をつかむ!

 熊本市立武蔵中学校桃崎剛寿先生の授業はこんな展開で始まる。

「佐々木、イチロー、松井、この中で、モンゴルで最も知られている日本人は?」
と発問。

「イチロー」、「松井」と声があがる。「正解は、佐々木さんです」。
え~? 意外、という反応があがる。

「では次にこの曲を知っている人」(CDを紹介)

だれもいない。

「実は、この曲は、モンゴルのオユンナさんという歌手が歌ってとてもヒットした曲で、佐々木さんのことが歌われています」

一同、「?」。

「佐々木というのは、マリナーズの佐々木じゃありませんよ。佐々木サダコさんという女性です」

 意外な展開である。 いやがおうでもこの先の展開が気になってくる。

 そして、紙芝居。広島で被爆した女の子の話である。千羽鶴を折れば命が助かる、と信じて鶴を折り続けたが12歳で短い生涯を閉じる、この紙芝居の主人公が佐々木サダコさんなのだとわかる。モンゴルから日本に来ていた留学生がこの話を知り、本国に持ちかえったのが広がり、先の歌となった。日本では全く知られていないが、アメリカやスペインなど海外では広く知られ、クロアチアでは「サダコ物語」は授業で必読書となっているという。

 この歌は英語版も出ていて、たまたま英語の教科書に歌詞が掲載されているのをみつけ、それをこの授業の締めくくりとした。意外な素材の発見と組み合わせの勝利!という感じの授業だった。

 「先進国で唯一の被爆国の日本で、この歌が全く知られていないなんて意外でした」

というオユンナさんのコメントは胸にズシリと来た。ただ言葉で「平和について考えよう」というだけでは決して伝わらない、強い印象が残る授業だった。

◆ 何がいい、悪い、と教えることだけが道徳ではない

 島根県松江市立大庭小学校の高田保彦先生の授業は「ある少女のメッセージ」と題されたもの。

  導入に、イラクの子どもたちの写真を見せる。劣化ウラン弾で被爆した子ども、栄養失調で入院している赤ちゃん、なすすべもなく子どもの手を握る母親…。

 次に、アメリカメイン州での平和集会で、シャーロット・アルデブロンという13歳の少女が話したメッセージ(インターネットで入手したものを配布。高田先生が読む。

 そして、ブッシュ大統領、小泉首相、国連のイラク問題についての見解を紹介。
 「あなたはどうすればいいと思いますか」と問う。

 最後に、ジョンレノンの『イマジン』を流しながら訳詞を読む。
 サファア(ショールをかぶったイラクの少女)の写真を提示する。

 以上が実際の授業の構成である。報告の中で、参加者もシャーロット・アルデブロンのメッセージを読んだが、読みながら、そっと涙をぬぐう人の姿も見られた。

 この授業で、高田先生は、誰が悪いとか、戦争ってよくないよね、といったことは一言も言わない。現実の社会は、従来の道徳の授業のように、A
さんとBさんではどちらの行動が正しいのでしょう、と簡単に割り切れることばかりではないのだ、と改めて考えさせられる授業だった。

 では、子どもたちは、この授業から何を感じ取ったのだろうか。高田先生に聞いてみた。

「実は、この授業のあと、みんなで胸に黄色いリボンをつけたらどうだろう、とある子が言い、クラス全員のリボンを作りました。黄色いリボンは、9.11のテロのあと、ニューヨークで平和を訴えるために集まった人たちがつけていたのです。子どもたちは、全員黄色いリボンをつけて登校するようになりました。平和のためにできることを自分たちなりに考えて、自主的な行動に移したのです。
 子どもはもともと、人に会えばあいさつをしたり、いいことをしたら気持ちがいいと感じたりする、優しい心を持っているんです。それをどう表に出してあげるか、それが道徳教育の役目だと思います」

 

(取材・構成:学びの場.com)


 

 

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