2025.11.03
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家事育児分担シミュレーションを通じて、将来の自分の生き方や働き方を考える(前編) 桐蔭学園高等学校「家庭科」授業リポート

「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方については、64.8%が反対と回答している(「男女共同参画社会に関する世論調査」(令和6年9月))。その一方で、6歳未満の子供を持つ共働きの妻の家事関連時間は1日当たり6時間31分、夫は1時間54分であり、妻の分担割合は77.4%と高い(2021年の総務省「社会生活基本調査」週全体平均)。その背景には、建前は反対でも、本音の部分に根付く「性別役割分業意識」があると思われる。

そのような中、家庭科教育では、家事や育児の分担をはじめ、家庭のあり方についての学びが充実しつつある。今回は、桐蔭学園高等学校・佐藤誠紀教諭の授業実践を取材した。前編では「家事・育児分担を考える」をテーマとした授業を紹介する。

【授業概要】

学年:高校2年
教科・単元名:家庭基礎「これからの家庭生活と社会」
授業のねらい:ワークライフバランスを具体的な生活シミュレーションを通じて「自分ごと」として捉え、現実的な制約下での実現の難しさと重要性を体験的に学ぶ。
使用教材:教育図書「家庭科資料集 家庭科55デジタル+」などを参考に作成したオリジナル教材、ロイロノート
授業者:佐藤誠紀 教諭

疑似家族をつくり、家庭生活をシミュレーションする

STEP1:シミュレーションを行う目的の説明

今回の授業で取り上げるのは「家事育児分担」。授業冒頭では前時の振り返りと、本時の課題と目標などの説明が行われた。

佐藤教諭「前回は理想のパートナー像を考えてもらいました。人柄や共通の趣味などは男女共通で、男子は容姿を、女子は経済力を相手に求める傾向があるという分析結果になりましたね。今回のテーマは『家事労働のマネジメント』です。将来、パートナーと暮らしていて、保育園に通う子どもがいたとしたら、どのように家事分担するかを考えてもらいたいと思います。ただ、あくまで仮定の話です。一人で生きていきたいという人、子供はいらないという人もいますし、結婚を押しつける訳ではありません。」

STEP2:年収の設定→ペアになる

続いて、隣同士でペアを組み、疑似家庭をつくる。ここでポイントとなるのが年収の設定だ。年収と平均残業時間に関するデータ(Vokers(現OpenWork)の2013年6月~2014年5月のデータより)をもとに、家事・育児ができる時間を決めていく。本時では、以下の5パターンが設定された。

  1. 年収300万円(月収25万円)未満
    1日1.25時間の残業
  2. 年収300〜500万円(月収25~42万円)未満 ※平均
    1日1.7時間の残業
  3. 年収750〜1000万円(月収62~83万円)未満 ※平均以上
    1日2時間の残業
  4. 年収1250〜1500万円未満(月収104~125万円)
    1日3時間の残業
  5. 年収100万円(月収8万円)未満 ※アルバイト
    1日3時間の労働

佐藤教諭「皆さん、『収入は多いほど良い』と感じていることでしょう。ですが、収入が高い仕事には大きな責任が伴うものです。一般的に、年収が上がれば残業時間が増え、年収が下がれば残業時間が減る傾向にあります。」

年収の設定は、くじ引きで行われた。佐藤教諭が黒板にA、B、C、D、Eの5つのアルファベットを書き、生徒に好きな文字に手を挙げさせた。その後、各アルファベットの年収が発表された。

なお席順的に異性が隣に座っているとは限らないため、同性ペアになる場合もある。また、女子が男子より収入が高いペア、世帯年収200万円未満だが時間があるペア、2000万円超えだが時間がないペア、シングルなどさまざまな家庭が誕生した。

STEP3:生活時間の設定

次に、ペアと家にいることができる時間を決めていく。年収が高い家庭の場合はお互い限られた時間しかないため、勤務時間をずらしたり、延長保育やベビーシッターを活用したりすることもできる。

佐藤教諭「自分の労働時間を参考に、『家にいない時間』を算出してください。たとえば年収3の場合、法定の勤務時間8時間に残業時間2時間、通勤時間1時間が加わり、家にいない時間は合計11時間となります。その後、出した数字をもとに、プリントにある時間帯を塗りつぶしてください。通勤時間は全国平均は1.2時間、神奈川県では平均1.45時間ですが、ここでは往復で1時間としてください。」

ペアでの話し合いには5分ほど与えられた。なおプリントには、朝6時から深夜0時までの時間表がある。家にいない時間帯を塗りつぶすことで、家事・育児が可能な時間を把握することができる。年収3の場合、家事育児に使える時間は7時間となる。

STEP4:家事分担をする

佐藤教諭「次に、プリントの家事・育児の項目表を見ながら、ペアでどのように分担するかを決めましょう。自分が担当する家事には赤丸、相手にお願いする家事には青丸、そのカップルの価値観で必要ないと思う家事にはバツをつけてください。」

「家事・育児の項目表」には、朝の仕事が30、夕方の仕事が30、不定期の仕事が40と、合計100項目が記載されている。これらの項目は、朝日新聞社「AERA」に2016年5月に掲載された「AERA共働きの家事育児100のタスク表」をもとに作成されている。

たとえば、朝の仕事には「朝食をつくる」「洗濯物を干す」「ゴミを捨てる」「子どもの歯磨きをする」「子どもを着替えさせる」「保育園に送っていく」などが、夕方の仕事には「保育園に迎えにいく」「洗濯物を取り込む」「夕食をつくる」「子どもを風呂に入れる」「子どもを寝かしつける」などが、不定期の仕事には「保育園の呼び出しに対応する」「予防接種や検診に連れて行く」「子どもの爪を切る」「子どもの持ち物に記名する」「保護者会に出席する」などがある。

ペアで考える時間として、約15分が与えられた。年収がともに1250〜1500万円のペアからは、「家族団欒の時間をつくるため、できるだけベビーシッターにお願いしたい。」といった意見が出された。

また、女子生徒の年収が1250〜1500万円、男子生徒の年収が100万円未満というペアでは、「お金は私が稼いでいるのだから、家事はアルバイトの男子生徒がすべて担当するのが理想的」と、女子生徒から提案された。

「自分の母は意外とすごいことを知った」といった感想も聞かれた。

STEP5:結果を発表する

家事・育児の分担を決めた後は、近くのペアと発表し合う時間が設けられた。さらに、以下の3つの項目を記入する課題も出された。生徒は自分のタブレットやスマホでロイロノートに入力し提出する。

  • 家計を考えて決めたところは?分担がスムーズに進むコツとは?
  • 周りのペアと比べてみて、わかったことは?
  • ワークライフバランスの理想と現実を見て、今回で活かせることは?

最後に、提出された回答をスクリーンに映し出しながら、指名された生徒が家事・育児の分担で工夫した点や感じたことを発表していく。

年収4(1250〜1500万円未満)のシングル
「僕が工夫したのは朝の時間の使い方です。できるだけ早く起きて、家事を済ませておけば、子どもと僕の支度が両立できると思います。またお金はあるけれど時間はないという人は、ベビーシッターや周りの人に頼る必要もあると感じました。」

年収2(300〜500万円未満)と、年収5(100万円未満)のペア
「僕たちは、子どもの世話の分担はすんなり決まりましたが、どちらも料理はしたくなくて、離婚するかもしれません。」

配布資料のワークライフバランスについての調査結果では、正社員の場合、約4割が「家庭生活」を優先したい、約2割の人が「仕事」と「家庭生活」をともに優先したいと希望している。一方、「仕事」を優先したい人は約1割に留まるが、実際は半数が「仕事」を優先しており、「家庭生活」を優先している人は約15%である。(平成30年度内閣府委託事業「企業等における仕事と生活の調和に関する調査研究報告書」より。「仕事」「家庭生活」「地域・個人の生活等」の3つについて質問したもの)

佐藤教諭「ペアで話し合う中で、理想と現実のギャップを感じた人も多かったと思います。その一方で、『お金があれば解決できる』と感じた人もいたのではないでしょうか。今回は、3や4の高収入の人が多いシミュレーションになりましたが、シングル家庭などは収入が少ないケースもあります。そのような状況ではどうやって家事と育児をこなしていくのか、そうした現実にも目を向ける必要がありますね。」

授業はここで終了したが、配布資料には、6歳未満の子供を持つ夫婦の1日当たりの家事・育児関連時間の国際比較のデータも掲載されていた。日本の夫は育児49分、家事34分なのに対し、たとえばフランスでは育児40分、家事1時間50分、スウェーデンでは育児1時間7分、家事2時間14分で、実は育児時間は海外とあまり変わらず、家事時間が短いことがわかる。(「男女共同参画白書 平成30年版」より)

後編では佐藤誠紀教諭へのインタビューを紹介する。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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