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教育インタビュー

2020.04.22
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熊谷 恵子 算数指導は"得意"の見極めが鍵

算数障害の判別と、タイプ別の支援

他の教科は問題ないのに、九九を何度暗唱させても覚えられない。計算ドリルに繰り返し取り組ませても同じ問題を間違える。そのような子どもは、努力では克服できない、「算数障害」の可能性がある。算数障害とはどのようなものか。注意欠陥多動性障害(ADHD)などの他の発達障害との見分け方や、子どもへの指導法のヒントなどを、発達障害心理学が専門の筑波大学人間系教授・熊谷恵子先生に伺った。

見極めのポイントは、能力のアンバランスさ

筑波大学人間系 教授 熊谷恵子氏

学びの場.com「算数障害」は、どのようなケースで見つかることが多いのでしょう?

熊谷 恵子筑波大学では、心理・発達教育相談室を設置し、発達障害・学習障害についての相談を、広く一般から受け付けています。そのなかで「計算ができない」「塾に通わせても、算数の理解度が上がらない」といった相談から、算数障害が見つかる場合がよくあります。WISC-ⅣやKABC-Ⅱ等の検査を受けてもらい、能力の強弱を把握し、支援方法を考えます。仮説検証を積み重ねて、活かせる指導法を見出してきました。

学びの場.com学校の先生に言われて相談に来るケースが多いのでしょうか。

熊谷 恵子保護者が「学校に相談しても、どうにもならない」と相談に来る場合が多いです。一般の教育現場で、教員が算数障害を見つけることは、なかなか難しいと思います。テストの結果だけでは、障害があるからなのか、ただ学習内容が習得できていないだけなのか、判別しづらいためです。ただ、見極めるポイントがないわけではありません。それは、能力のアンバランスさです。他の教科の成績は悪くないのに、算数だけ極端に悪い。このような場合は、算数障害の可能性があります。

「算数障害」を判断する4つの基準

文栄社「小児内科 第49巻第6号(2017年6月)」P.885より転載。「数処理」に障害があると、この対応関係の理解が困難。

学びの場.comそもそも「算数障害」とは、どのようなものなのでしょうか?

熊谷 恵子算数障害とは、発達障害に分類される学習障害のひとつです。8タイプあり、大きく「計算する」「推論する」の2つに分けられます。主に「数処理」「数概念」「計算」「数的推論」の4つの基準をもとに判断します。

学びの場.com詳しく教えてください。

熊谷 恵子1つ目の「数処理」は、数詞、数字、具体物の対応関係を理解すること。例えば、数字「3」の読み方は「サン」で、数量が3の具体物を結びつけて考えられるという能力です。当たり前だと思われるかもしれませんが、この対応関係が6歳までに自然に身に付かない子どももいます。
2つ目の「数概念」は、序数性と基数性を理解しているかという点がポイントになります。序数性は、順序を表すもの。列の何番目に並んでいるのか答えられない場合は、この概念の理解に障害があると疑われます。基数性は、数の量的感覚を表すもので、これが捉えられないと、120と135のどちらが大きいかといった数の大小がわかりません。3個と5個で、どちらが5個かという分離量は理解できるけれど、30cmと50cmの目盛りのないテープがあり、「こちらが30cmだとするとこちらは何cm?」と問うても数の相対的な関係がわからず、連続量の理解は難しいという子どももいます。

熊谷 恵子3つ目の「計算」は、暗算と筆算の両方を評価します。暗算は和が20までのたし算・ひき算、九九の範囲のかけ算・わり算ができること。筆算は、数字を空間的にきちんと配置できるか、くり上がり・くり下がりなどの手続きができるか、といったところが要点となります。
4つ目の「数的推論」は、文章題が解けるかどうかを見ます。設問の内容を理解し、数学的な処理を行って答えを導き出すという、一連のプロセスを行うことが求められます。文章の内容からその状況をイメージできず立式できない、立式の時に求める答えが文章のどこにあるかにより立式が難しいなどがあります。これら4つの基準から、算数障害の有無や程度を評価します。
なお、小学校5、6年生くらいで異分母分数、割合、比率などにつまずいてしまう子どもは、20%弱いるはずなのですが、これらの中には、知的能力のアンバランス、能力レベルなど様々な場合が考えられますので、問題があると感じたときには、知能検査を受けるなどして、要因を精査する必要があります。子どもに知能検査を受けさせたくないと思われる保護者も多いかもしれませんが、どういう能力のアンバランスがあるのかを確認するためは必要であり、そこから子どもの学習しやすさが見えてくることは大いにあります。

学びの場.com大きく「計算する」「推論する」の2タイプがあるということですが、「計算する」の障害には、どのようなケースがありますか?

熊谷 恵子先ほど紹介した基準のうち、現場でよく見かけるタイプは大きく2つ、大まかな概念や量感はわかるが、「計算」が手続き的にできないというケースと、「計算」は手続きとしてできても、数字が示す量感がわからなくて、10+20=300などと、とんでもない答えを出しても気づかないケースです。
例えば、前者は120と135だった、どちらが大きいかは判断できます。でも、右辺から左辺に移動するとマイナスになる、といった計算の手続きが複雑になってくると手順の途中で間違えてしまいます。このような算数障害があると、たとえ計算をたくさん練習しても、できるようにはならないのです。ちなみに、計算のケアレスミスはADHDの子どもにもよく見られますが、算数障害の場合はできたりできなかったりするのではなく、間違い方に規則性があります。そこが、両者を見分ける大きなポイントですが、なかなか区別できません。

学びの場.com「推論する」の障害には、どのようなケースがありますか?

熊谷 恵子もう一つのケースである、計算の手続きはわかるけれど、概念や量感がわからないという「数概念」に問題があるケースもよくあります。このような子どもは、例えば100と200の目盛りがあったとき、そのちょうど真中の目盛りが150を表す、ということが理解できません。100の次の目盛りなので、「101」と答える例は、その典型と言えます。
また、10の長さを表す線をもとに、5の長さを表す線を引く、ということもできません。このような10程度までの量感は、一般的には5~6歳児までに日常生活の中で身につくものです。ある程度の年齢になってもできない場合は、算数障害の可能性があると言えるでしょう。

五感を駆使し、得意な能力を生かした指導が有効

学びの場.comこのような子どもたちに対して、どのような指導法が有効でしょうか?

熊谷「数処理」がうまくできない子どもは、「数詞」「数字」「具体物」のなかで、どれが苦手か見極めることが重要です。「数詞」は言語、「数字」は視覚的なシンボル、「具体物」は実際に操作できるもの、つまり脳の使う場所・機能が異なります。どのアプローチなら数や量を捉えられるのか、そこをとっかかりに教えていくことが、理解の鍵になります。
「計算」に障害がある子どもに対しても、その子どもが得意な能力を見つけることが緒となります。例えば、九九を覚える場合、日本では「イン・イチがイチ」「イン・ニがニ」と音韻を踏んで暗記するのが一般的です。しかし、それを覚えられない子どもは、情報を知覚する手段としての聴覚が弱いため、「計算」に障害が出ている可能性があります。そのときは、九九の一覧表などの視覚的なイメージで覚える。紙に書くという運動を通じて覚えるなど、聴覚ではなく別の五感を使って取り組むことで、改善される場合があります。

三角形と四角形の性質の教え方の違い。『長所活用型指導で子どもが変わる―認知処理様式を生かす国語・算数・作業学習の指導方略』P.98~99

学びの場.com概念などを理解できない場合はどうすればいいでしょうか?

熊谷 恵子こちらも子どもの個性に応じた指導法が求められます。情報を処理する能力の強弱で2タイプにわけられます。まずは、物事を一つひとつ数えるように捉えていく継次処理が得意な子ども。この場合、公式が提示されると具体的な数字を当てはめることで学習が進む演繹的な推論を応用した指導が有効です。例えば、“三角形と四角形の性質を知る”授業の場合は、それぞれの図形の定義から説明します。「三角形は、3つの辺と頂点からできている」という具合です。次に、その定義を確認するために、プラスチック棒を辺、丸いシールを頂点に見立てて、実際に三角形と四角形を作らせる。その後、積み木などの辺と頂点を指でなぞらせつつ、三角形、四角形、その他なのか、1つずつ分類する、というステップで学んでいきます。
一方、物事を全体的に捉えて判断していく同時処理が得意な子どももいます。その場合、帰納的な指導が求められます。先ほどの“三角形と四角形の性質を知る”授業なら、まず、さまざまな大きさや形の図形を、例となる三角形、四角形、それ以外の図形をもとに、はじめに自分で分類させる。そこから、どうして仲間の図形だと思ったのか、特徴を考えさせる。その特徴をもとに、プラスチック棒を辺、丸いシールを頂点に見立てて、図形を作ってみる。そして、それぞれの図形の性質を知る、というステップとなります。
このように、子どものタイプによって真逆のアプローチが必要です。この方向性が合っていないと、子どもは混乱してしまいます。もちろん、どちらの説明でも理解できる子どもの割合が一番多いのですが、どちらかのアプローチの説明だけで授業を進めて行ってしまうと、置き去りになってしまう子どもがいるということです。

情報を処理する手段(認知)の特性と算数の指導

学びの場.com注この認知特性は、算数だけではなく、他教科の学習や日常生活にも当てはまる。例えば、教室の掃除の仕方を説明するときでも、音声や文字で手順を順番に示した方が分かりやすいタイプと、完成形や全体像(掃除をしてきれいになった状態の写真と、いくつかの作業場面の写真)を示した方が分かりやすいタイプがいる。

ICT教材は一例。生活の中で幅広く「数」「量」の体験を

平成29~30年度 文部科学省「発達障害の可能性のある児童生徒に対する教科指導法研究事業」 筑波大学『算数をはじめるためのハンドブック』P.25より転載

学びの場.comICTを活用した支援の研究も進んでいると聞きます。

熊谷 恵子なかには、ゲームのように子どもの興味をひくものもあります。例えば、地面(コンピュータ画面の下部)に0、50、100の目盛りがついた数直線が引かれています。画面の上から数字の書かれたUFOが下りてきて数直線上の正しい位置に着陸させる、というもの。連続量の把握ができるように工夫されています。しかし、ICTはバーチャルな世界です。画面の中の、ゲームに特化して理解してしまい、日常生活等には応用できない可能性があります。そのなかだけで完結しないように注意する必要がありそうです。インタラクティブなICT教材は優れたツールですが、あくまでもそれは一つの例。もっと広く日常生活の中で、数や量を実感する体験とつながることで、生きた算数になります。
例えば、「3つのお菓子と、4つのお菓子、どちらが好き?」と聞いたとします。4つを選んだ子は、自然と自分がたくさん食べたいからと数の大小を考えるかもしれません。しかし、もしかしたら、「3人きょうだいだから、一つずつ分けたい」と3つを選ぶ子もいるかもしれません。どのように考えたか、自分にとって、その数や量がどういう意味をもつのかを考えることが重要です。例えば、400m歩くと「疲れた」と感じる、100まで数えてお風呂に入ると「体が熱くなって大変」などのように「情動」と結びついたときにその数の意味や量感が実感できるのです。買い物もキャッシュレスになるなど、数量感覚が習得しにくくなっている現代ですが、湯船で20数えると、こんなに身体が温まる。1時間歩くとこんなに疲れる。そんな生活の中での数や量にまつわる体験を、ぜひ大切にしてほしいですね。

学びの場.com最後に、算数・数学の成績に悩む子どもやご家族、教員にメッセージをお願いします。

熊谷 恵子算数障害を持つ子どもは、IQ70〜85のいわゆるグレーゾーンの子どもたちと同様、小学校5、6年生頃から授業についていくのが難しくなります。中学校では非常に学習が苦しい状況となるでしょう。しかし、その子の能力の特性を捉え、的確なアプローチで指導することで、リカバリーできるチャンスがあります。どんな指導が的確かを考える基準は、“その子が得意な力を活かせるかどうか”です。物事を五感でどのように捉えているのか。捉え方は、継次処理なのか、同時処理なのか。子どもの得意に注目すれば、机間巡視で声をかけるとき、伝えるヒントもおのずと変わってくるはずです。表面的な成績だけでひとくくりにして易しいレベルの復習プリントを渡したり、テストで間違えた問題の類題を与えても、同じアプローチのままでは、なかなかつまずきの克服につながりません。一段深くその子どもの特性を理解し、可能性を広げる支援に取り組んでいきましょう。

記者の目

一見、算数ができない子は、全体的な学習能力が低いと思われがちである。しかし、計算が苦手だが、図形はわかる、文章題は解けるなど、さまざまなパターンがあり、その分野では驚くほどの能力を発揮することもある。『算数の天才なのに計算ができない男の子のはなし』(2013年、岩波書店)という絵本は、まさにそのような例を紹介している。この主人公マックスは、計算はできないけれど小学校3年生で高校数学の問題が解ける天才である。しかし、彼まで極端でなくても、大なり小なり算数障害を持ち、伸び悩んでいる子どもたちがいる。そんな子どもたちは自分なりに数や量を捉え、世界とつながっている。画一的な方法ではなく、その子どものものの見方や考え方まで捉えた指導法が、「できない」と思われていた子どもの可能性を広げることに着目したい。何より、これは算数という一つの教科にとどまる話ではない。数や量は、私たちが生きていくうえで、非常に重要な意味を持つ概念である。それを的確に扱えるようになることは、その子どもにとって、将来を切り開くことにもなるだろう。

熊谷恵子(くまがいけいこ)

筑波大学人間系教授 博士(教育学)
専門は発達障害心理学、発達障害支援、教育相談。学習障害児における学習指導の研究、算数障害児、感覚過敏の一種であるアーレンシンドローム(光の過敏症)、発達障害児者のSST(ソーシャルスキル・トレーニング)、コーチングなどについての研究を行っている。著書は『算数障害の理解と指導法』(2018年、Gakken)など。

構成・文・写真:学びの場.com編集部

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