教育トレンド

教育インタビュー

2020.03.11
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

海老沢 穣 教員中心の”ゆるやかなネットワーク”が生み出す新しい教育

テクノロジーをキーに教育を考える「SOZO.Ed」の可能性

「テクノロジー」「クリエイティブ」「エデュケーション」をキーワードに結成した、教員によるコミュニティ、SOZO.Ed(ソウゾウエド)の代表を務める海老沢 穣(えびさわ ゆたか)氏。特別支援学校の教員として、2児の父親として、日々子どもたちの教育に向き合っている海老沢氏に、現役の教員が学校の枠を超えてつながり、学び、活動する場を持つことの意義をうかがった。

SOZO.Ed(ソウゾウエド)

小中高特別支援学校に勤務する、有志の教員によるコミュニティ。「SOZO」は創造・想像を、「Ed」はEducationと江戸(東京)を表す。情報交換会や企業・団体等とコラボしたテクノロジー体験会、公共施設や学校と連携した大人や子ども向けのワークショップなどに取り組んでいる。運営チームには、現在で有志35名が参加している(2020年2月時点)。

意欲やスキルのある教員を探している企業にとっての窓口になる

学びの場.comSOZO.Edの活動内容についてお伺いさせてください。

海老沢 穣教員を中心にゆるやかにネットワークをもちましょう、というのがもともとの趣旨です。企業と連携したテクノロジー体験会や大人向け・子ども向けのテクノロジーワークショップ、教育をテーマにした様々なヒトとの対話会などを行っています。教員によるイベントということで安心感があるのか、子どもから大人、教育関係者までたくさんの方に参加してもらっています。授業研究会というかしこまった会よりも、ワクワクした面白いことをやりたいというメンバーが集まって運営しています。企画を考える人がいて、協力する人がいて、イベントを開く、お互いにフラットな関係性で、無理なく続けることができています。お互いの学校がコラボレーションして授業をしたり、企業や団体、公共施設やカフェなど様々な方たちと連携させていただいています。

子どもたちにテクノロジーを活用してもらいたいと考えている企業があったとしても、学校に繋がりがないとどこに働きかけていいか分からないですよね。意欲やスキルのある教員を探している企業にとっての窓口になり、メンバーの所属校で実践できることもメリットのひとつです。

学びの場.com自然発生的につながる共同体みたいですね。誰かの発案に自発的に協力して、自然に物事を進めていく姿は、主体的で協働的に学んでいく新学習指導要領の大人版の実践のようです。なぜ、こうした教員のコミュニティをつくろうと思ったのでしょうか。

海老沢 穣ICT を学校現場で活用している教員は、まだ少数で孤軍奮闘していることが多いです。自分の学校内では新しい情報が得られないので、外に出るしかありません。研修会に参加しているうちに知り合いが増えていき、自分たちでも情報交換する場がほしいと思い、2017年11月にSOZO.Edを設立しました。私のつながりで声を掛けた結果15人が集まり、自然と私が代表を務めることになりました。今では35名となり、今年は一般社団法人日本教育情報化振興会が主催するICT夢コンテスト2019でメンバー4人が4つの賞を受賞するなど、実力のある教員が集まっています。

実施企画の打ち合わせをするメンバーの様子

学びの場.com活動の原体験となっているような出来事はなにかありましたか?

海老沢 穣息子たちがまだ小さかったときに、親子で学ぶのも楽しそうだと思って、一緒にいろいろなワークショップに参加しました。私は美術の教員なので、自分の授業のアイデアやヒントになるかもしれないという期待もありました。いろいろと調べて参加した中でも、NPO法人CANVASのワークショップはクリエイティブなアイデアを育てる工夫がたくさんあり、定期コースにも通ったほど影響を受けました。実はSOZO.Edの副代表・山内佑輔さん(都内公立小学校図工専科教諭)とも、CANVASを通じて出会っているんです。

ワークショップのひとつに、子どもたちが3~4人のグループになり、iPadで写真を撮り簡単な物語をみんなで繋げていく活動があり、タブレットってこんなふうにも使えるんだなと感心しました。ちょうどiPadを学校現場でどう活用するかということが話題になっていたころだったので、特別支援学校でiPadを使うなら物語づくりをしたら楽しそうだなと思ったんです。

ガラッと突然変わるのは難しいかもしれない。 まずは繋がっていきましょう

学びの場.comSOZO.Edのキーワードにもなっている「テクノロジー」の可能性についてどう考えていますか。

海老沢 穣昨年末に国のGIGAスクール構想が打ち出され、日本の学校現場にもようやくICTの環境が整っていくことになりました。昨年SOZO.Edでも自主上映会を行った「Most Likely to Succeed」という映画の中に、今の教育システムは20世紀型工業化社会の中で活躍できる人材を育てるために、100年以上前に作られたものであることが指摘されています。その時からほとんど変わっていないシステムがもう時代に合わなくなっているんです。今の学校にICTを整備するというと、「調べ学習をするときは便利かも」とか「キーボードのタイピングは速くなるだろう」というイメージが思い浮かぶかもしれませんが、これだと従来型の授業にICTを当てはめただけで、テクノロジーの可能性を十分に発揮しているとはいえません。子どもたちが思考や表現のツールとして、写真でも動画でも音楽でも自分がアプローチしやすい表現でアイデアをアウトプットしていく、オンラインやネットワークを通じて学校の外へと学びを広げていく、テクノロジーで可能になることをたくさん体験しながら社会の中で何ができるか考えていく、ICTを活用することでそんな学びをデザインする授業に変えられる可能性が見えてくるんですね。

私が日々接している特別支援学校の子どもたちは、とっても素敵なアイデアや発想があっても、それをアウトプットする手段が少なかった。テクノロジーはそれを可能にするツールの一つです。内面の世界や表現したい世界がテクノロジーによってアウトプットできる。その魅力に気づくことができました。テクノロジーは万能ではないけれど、今までイメージできなかったいろんなアプローチが見えてくる。活用していってはじめて、その可能性が実感できるのではないでしょうか。

学びの場.com海老沢さんは2017年にはApple Distinguished Educator(ADE、アップル社が認定する教育分野のパイオニア)に選ばれていますね。

海老沢 穣東京都のICT活用推進事業に取り組み、iPadを活用した授業実践をフォーラムで発表する機会がありました。それが教育関係者の目に留まり、雑誌 Mac Fan の取材へとつながって記事にしていただくことになりました。その取材の時にADEへの応募を勧められて、チャレンジしてみようと思ったのがきっかけです。ADEは世界的なコミュニティで情熱的に教育の革新に取り組んでいる方たちばかりで、いつもものすごく刺激を受けています。SOZO.Edにも、ADEやMIEE (Microsoft Innovative Educator Expert)、Intel Teach Mater Teacher など、ICTのいろいろなコミュニティに属しているメンバーがいます。

勉強会でICTの活用事例を紹介する海老沢さん。

学びの場.comICTの活用がどの教育現場においても課題となっていて、スキルやテクニックについての議論はありますが、その前に楽しみたいという思いが大切なのではないかと思います。技術の進歩が速いので、知識欲や好奇心がないとすぐに取り残されてしまいます。先生たちの意識改革について、どういうところから始めていけばよいと思いますか。

海老沢 穣ガラッと大きく変わるのは難しいので、まずは思いや意欲のある人からつながっていきましょうという感じでしょうか。教員自身がワクワク楽しんで学んでいけば授業が変わります。そうすると、子どもたちも生き生きと授業を受けることができます。周囲の先生たちや保護者も、子どもたちが楽しんでいる様子を見たら、ICTの有効性を感じてくれると思います。

授業を楽しんでいる子どもたちの姿に手応えを感じた

ワークショップを楽しむ子どもたち。

学びの場.com学校の内外で活動を広げる海老沢さんについて、周囲の人たちはどんな反応ですか。

海老沢 穣最近では、いろいろやっても誰もなにも言わなくなりました(笑)。学校は外部の人が教育の場に入ってくることにすごく身構える傾向があります。私は学校の外にも素晴らしい人がいれば、ぜひ学校に来てもらって授業をしてもらいたいと思っています。常にアンテナを張って、刺激になるような人がいたらできる限り講師に招くようにしているのですが、校内でもそれを受け入れて教員も楽しみに待っている雰囲気になってきましたね。

子どもたちとアーティストが出会ったら絶対面白い化学反応が生まれるなと考えていたときに、ちょうど公募していた東京都の事業に応募し、映像の講師に来ていただいたのが最初でした。まず自分で企画をし、校内で説明して申請の許可をとり、応募をし、子どもたちの実態や特性に合わせて授業内容の打ち合わせを繰り返し、当日のコーディネートをするなど、これらすべてが初めてのことでとても大変でしたが、ものすごく勉強になりました。実際の授業では、子どもたちがとても喜んでくれて、楽しむ子どもたちの姿に手応えを感じました。これがキッカケとなり、アーティストの方とご一緒する授業は毎年恒例になり、継続することができています。私たち教員とのやりとりを通して見る子どもたちの様子とは違った側面を見ることができるため、教員にとっても発見が多く、学びの多い授業になっています。

ICTを導入するときも、新しい取り組みに少し懐疑的な雰囲気がありました。でも、ICTを使って授業をして、子どもたちに視覚的に説明をすると、明らかに子どもたちの理解度が高いんです。その様子を見て、自分も使ってみようかなとチャレンジする教員が増え、今ではスライドや動画を見せて説明することが普通になってきています。

私は子どもたちが本来持っている力を信じています

学びの場.com特別支援学校の教員になったのは何か想いやきっかけがあったのでしょうか。

海老沢 穣人間の心理に興味があり、学生のころは障害のある子どもたちを支援するボランティアをしていました。どんな子どもでもやりとりの中で分かりあえる瞬間、通じ合える瞬間があるんです。ふとしたことで子どもたちの心とつながったときにとてもやりがいを感じて、もっと日常的に子どもたちに接していたいと思って特別支援学校の教員を志しました。今でも子どもたちと通じ合えるポイントが分かったときは面白いし、子どもが心を開いてくれるとうれしく思います。

学びの場.comワークショップで出会う子どもたちについて感じることはありますか。

海老沢 穣ボール型ロボット「Sphero」を使ったワークショップを開いたときに、ほとんどの子どもたちがプログラミングという内容に興味を持って参加しただけで「Sphero」もプログラミングも初めてという状態でした。知識のない状態からスタートしても、子どもたちは興味を持って取り組み、すぐに理解してできるようになり、その適応能力の高さに感心しました。子どもたちにはどんどん面白いものつくりだす力が備わっているんですよね。最近の子供たちを取り巻く環境や変化についていろいろ言われていますが、私は子どもたちが本来持っている力を信じているので全く心配していません。

悩みや課題意識を抱えている教員はたくさんいる だから同じような仲間に出会えると勇気がわく

Spheroを使ったワークショップの様子。

学びの場.com大人のほうが子どもの成長を妨げないように気を付けないといけないですね。現役の教員が学校の外でつながって活動することで得られるものはありますか。

海老沢 穣新しいことにチャレンジするときに、職場のみんなで背中を押してくれると進みも早いのですが、応援する空気ばかりではないようです。新しい取り組みが校内で理解を得られないときに、学校の外に場があれば相談できるし、情報も得ることができます。一度はうまくいかなくても、SOZO.Edでエネルギーを蓄えて再チャレンジする先生もいます。時代の変化に合わせて学校も変わっていかなければいけないのですが、その兆しはなかなか感じとれないですよね。学校の変化があまりにも遅いのでモヤモヤした思いをしている先生はたくさんいます。このままでいいのかな、子どもたちに教えることはこれでいいのかな、そんな悩みを持つ教員が、同じ悩みや課題感、志を持っている仲間に出会うことで、勇気と元気を与えあうことができるのではないでしょうか。

今までの枠組みや当たり前がガラッと変わる可能性もある

学びの場.com日々、子どもたちに接している現役の教員たちがワークショップを開くということで、子どもたちや保護者にも伝わりやすい部分があると思います。今後はどのような活動を考えていますか。

海老沢 穣障害のある子どもたちを対象にしたワークショップってすごく少ないので、これからはそういったこともできないかなと考えています。ICTを使って、障害のある子どもたちがアイデアを表現して、もっといろんなことができるようなイベントをやってみたいです。あと、今まではテクノロジー系のワークショップが多かったのですが、次は社会の意識が変わるような企画も新しく展開していきたいですね。ワクワクしながら社会を動かすようなことができたら素敵ですよね。企業と連携した教育者同士の対話会やSDGs講座など社会に向けて仕掛けていくようなことを企画しています。

大人向けワークショップで話しをする山内さん。

学びの場.com同じ教員として、先生たちへ何かメッセージはありますか。

海老沢 穣ほとんどの先生は子どもたちのために一生懸命頑張っていると思います。でも、それだけでは時代の変化に対応できなくなってきています。10年後のことが想像もできないくらい変化の激しい時代になっている中で、今までの枠組みや当たり前がガラッと変わる可能性もある。公務員だから、教員だからといって安定している時代ではなくなっていくかもしれません。これからは新しいことにオープンマインドでどんどんチャレンジしていく、あまり深く考えずにピンときたものには足を踏み出してみることも大切です。学校の中だけにいると交流があまり無いので、名刺を持っていない教員も多いんです。でも今はSNSなどのツールを通じて毎週のようにいろいろな教育関連のイベントがあることを知ることもできますよね。いろいろな集まりに出掛けて自分から話しかけてみる、共感のできる人たちと繋がっていく。そこから少しずつ変わっていくのではないのでしょうか。

記者の目

SOZO.Edの活動に繋がるような変化が海老沢さんに起きたのはここ数年のこと。物語の始まるキッカケを紐解いていくと、ちょっとした行動の変化や人との出会いであることが多いようだ。最初から大きな変化を期待するのではなく、少しだけ好奇心を解放してみる、少しだけ行動範囲を変えてみる、少しだけ会って話す人を変えてみる、そんな小さな行動や意識の変化がポジティブな変化を呼び込み、結果に繋がる化学反応へと連鎖していくのではないだろうか。「まずは繋がっていきましょう」という海老沢さんの言葉からは、小さな一歩を踏み出す勇気をもらえる気がした。

海老沢 穣(えびさわ ゆたか)

東京都立石神井特別支援学校指導教諭。
知的障害のある子どもたちが通う特別支援学校で、iPadを積極的に活用し、子どもたちの創造性・表現の力を引き出すアプローチに取り組んでいる。ICT夢コンテスト2016日本教育情報化振興会奨励賞受賞。東京都教育委員会令和元年度職員表彰受賞。NHK for School「ストレッチマン・ゴールド」番組委員。Appleのテクノロジーを活用した教育分野のイノベーターである Apple Distinguished Educator に2017年認定された。

構成・文・写真:学びの場.com編集部

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop