2024.03.06
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意外と知らない"個別最適な学び"(第1回) 「指導の個別化」と「学習の個性化」

中央教育審議会から「令和の日本型学校教育」の構築を目指して ~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」という答申が出されて、3年が経ちました。「個別最適な学び」というワードも、多くの先生方が聞いたことがあったり、調べたことがあったり、実践されたりしているのではないでしょうか。

今回は個別最適な学びについて、中教審の答申などから改めてみていくとともに、市全体で取り組みを進める加賀市の事例もみながら、2回に分けて取り上げます。

①「個別最適な学び」とは

では、具体的に「個別最適な学び」とは何なのでしょうか。「個別最適な学び」と聞くと、どのようなものをイメージしますか?「一斉指導をしない授業」「AIドリルで自分の理解度に応じた問題を解いていくこと」「子供の関心に合わせて進める学び」など思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。

「個別最適な学び」というワードは、先述の令和3年中央教育審議会答申において示されました。まずは、答申においてどのように整理されているのか、その中身から見ていきましょう。

答申(本文P.17-18)より

○新型コロナウイルス感染症の感染拡大による臨時休業の長期化により、多様な子供一人一人が自立した学習者として学び続けていけるようになっているか、という点が改めて焦点化されたところであり、これからの学校教育においては、子供が ICT も活用しながら自ら学習を調整しながら学んでいくことができるよう、「個に応じた指導」を充実することが必要である。この「個に応じた指導」の在り方を、より具体的に示すと以下のとおりである。

○全ての子供に基礎的・基本的な知識・技能を確実に習得させ、思考力・判断力・表現力等や、自ら学習を調整しながら粘り強く学習に取り組む態度等を育成するためには、教師が支援の必要な子供により重点的な指導を行うことなどで効果的な指導を実現することや、子供一人一人の特性や学習進度、学習到達度等に応じ、指導方法・教材や学習時間等の柔軟な提供・設定を行うことなどの「指導の個別化」が必要である。

○基礎的・基本的な知識・技能等や、言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力等の学習の基盤となる資質・能力等を土台として、幼児期からの様々な場を通じての体験活動から得た子供の興味・関心・キャリア形成の方向性等に応じ、探究において課題の設定、情報の収集、整理・分析、まとめ・表現を行う等、教師が子供一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供することで、子供自身が学習が最適となるよう調整する「学習の個性化」も必要である。

○以上の「指導の個別化」と「学習の個性化」を教師視点から整理した概念が「個に応じた指導」であり、この「個に応じた指導」を学習者視点から整理した概念が「個別最適な学び」である。

答申の引用した部分をみると、個別最適な学びは、「指導の個別化」と「学習の個性化」に分けられます。この答申をまとめる過程の資料である、京都大学・石井英真先生の資料では、個別化を「学習にかかる時間の差(量的差異)」 、個性化を「興味・関心や学習スタイルなどの差(質的差異)」と示しています。

より具体的に示すと、指導の個別化は、例えば算数で1人1人の理解度に合わせた問題を出題し、場合によっては前の学年に遡ったりしながら、理解を深めていくという指導(AIドリルもここに当たると考えられます。)、学習の個性化は、例えば社会科で1人1人の興味・関心に合ったテーマで調査をし、まとめる学習などが当てはまります。

また、今回の答申での整理が「個別最適化された学び」ではなく「個別最適な学び」となった点にも注目してみます。例えば、2019年にGIGAスクール構想が出された際には「公正に個別最適化され」と言う文言が多くの資料にあります。しかし、今回の答申の取りまとめに向けた議論の中で、AIドリルが勝手に”個別最適化”してくれるものではなく、子供1人1人が主語となって、「個別最適な学び」を実現していくことが求められていると確認されたようです。

答申を取りまとめられた1人である上智大学・奈須正裕先生は、著書『個別最適な学びの足場をくむ。』等の中で、「個別最適化された学び」から「個別最適な学び」という表現になったのは「学びの主体である子どもが、教師の支援のもと、様々な道具や他者から得た情報を適切に活用して、自らにとって「最適な学び」とは何かをそのつど判断しながら、自立的に学び進められるようになっていくことが大切である」という認識を示しています。

②なぜ今「個別最適な学び」なのか

今回の答申で注目が集まった「個別最適な学び」ですが、実はこれまでの学習指導要領でも同じような観点の記述はありました。以下の表に一例をまとめています。

学習指導要領改訂年
記述内容
昭和33(1958)年 児童(生徒)の興味や関心を重んじ自主的・自発的な学習をするように導くこと
児童の個人差に留意して指導し、それぞれの児童(生徒)の個性や能力をできるだけ伸ばすようにすること
昭和43(1968)年 児童(生徒)の興味や関心を重んじ、自主的、自発的な学習をするように指導すること
平成元(1989)年 個性を生かす教育の充実
・各教科等の指導に当たっては、体験的な活動を重視するとともに、児童の興味や関心を生かし、自主的、自発的な学習が促されるよう工夫すること
・各教科等の指導に当たっては、学習内容を確実に身に付けることができるよう、児童の実態等に応じ、個に応じた指導など指導方法の工夫改善に努めること
平成10(1998)年 ・個性を生かす教育の充実
・各教科等の指導に当たっては、体験的な学習や問題解決的な学習を重視するとともに、児童の興味・関心を生かし、自主的、自発的な学習が促されるよう工夫すること
・各教科等の指導に当たっては、児童が学習内容を確実に身に付けることができるよう、学校や児童の実態に応じ、個別指導やグループ別指導、繰り返し指導、学習内容の習熟の程度に応じた指導、児童の興味・関心等に応じた課題学習、補充的な学習や発展的な学習などの学習活動を取り入れた指導、教師の協力的な指導など指導方法や指導体制を工夫改善し、個に応じた指導の充実を図ること

このように、一人一人にあった形を目指すのは、今に始まったことではありません。これからの時代でも求められ続けるものです。ではなぜ、改めてこの答申で「個別最適な学び」なのでしょうか。

それは答申の「1.急激に変化する時代の中で育むべき資質・能力」にヒントがあります。

ここでは、「社会の在り方そのものがこれまでとは「非連続」と言えるほど劇的に変わる状況が生じつつある。」としており、学習指導要領改訂の際に「社会の変化が加速度を増し、複雑で予測困難となってきていることが指摘」されましたが、「新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大により、その指摘が現実のものとなっている。」と指摘しています。そして、そのような社会では自立した学習者として学び続ける力が求められますが、「新型コロナウイルス感染症の感染拡大による臨時休業の長期化により、多様な子供一人一人が自立した学習者として学び続けていけるようになっているか、という点が改めて焦点化されたところ」としています。

このような、今後子供たちが生きていく社会においては、基礎的な知識・技能はもちろん、インターネットで調べれば分かるようなことだけでなく、「思考力・判断力・表現力等」や「自ら学習を調整しながら粘り強く学習に取り組む態度等」といった、より高次な資質・能力を育成する必要があります。そのためには、一人一人の子供を適切に見取り、力をつけていかなければなりません。

③キーワードの1つは“一人一人”

この答申には、「学習指導要領に基づいて、一人一人の子供を主語にする学校教育の目指すべき姿を具体的に描いている。」と書かれており、答申は学習指導要領を実現するための手段の一つです。

ここで、学習指導要領が出てきたので、その前文も見てみましょう。

小学校学習指導要領 前文 より
  • 一人一人の児童(生徒)が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊か な人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。
  • 児童が学ぶことの意義を実感できる環境を整え、一人一人の資質・能力を伸ばせるようにしていくことは、教職員をはじめとする学校関係者はもとより、家庭や地域の人々も含め、様々な立場から児童や学校に関わる全ての大人に期待される役割である。

答申と学習指導要領の前文に共通するキーワードは“一人一人”です。子供たち一人一人を主語に、一人一人の資質・能力を伸ばす。そのためには、一人一人合うかたちが違うので「指導の個別化」や「学習の個性化」といった「個別最適な学び」が必要になります。

私自身も、学校現場で子供たちと日々接していると、興味関心も理解のスピードも、誰一人として同じではなく、一人一人が違うということを毎日実感します。

ただ、一人一人が違うからといって、一人一人に個別の学習メニューを組めば良いかというと、そうではありません。答申では「個別最適な学び」が「孤立した学び」にならないように、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実することが、何度も書かれています。

では、具体的にどのような実践につなげているか、GIGAスクール構想において整備されたICT環境と「個別最適な学び」の関係性も含めて、第2回で述べます。

秋野 光哉(あきの みつや)

東京学芸大学卒業後、内田洋行教育総合研究所 研究員を経て、現在、石川県加賀市の小学校で4年担任。ICTの活用をしながら授業改善、校務改善に取り組む。

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