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教育インタビュー

2018.05.16
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泰山 裕 情報活用能力を語る。

情報活用能力の育成は、これまでの教科指導の延長線上にある。自信を持って取り組んでほしい。

泰山裕氏は鳴門教育大学大学院の准教授として、子どもの思考力を育成するための授業設計や学習環境について研究する教育学者。その知見を活かし、2016年度からは文部科学省の情報通信技術を活用した教育振興事業「情報教育推進校(IE-School)」調査研究に携わり、これからの情報化社会で求められる「情報活用能力」を体系的に育成するための仕組みづくりに取り組んでいる。情報活用能力とは何か? 思考力との関連は? 思考力、情報活用能力を効果的に育むカリキュラム・マネジメントや授業設計とは? 泰山氏にお聞きした。

情報活用能力は「教科の枠を超えた汎用的な力」

学びの場.comそもそも情報活用能力とは、どのような力を指すのでしょうか?

泰山 裕一言で言えば、情報をうまく扱う力だと言えるでしょう。必要な情報を集め、整理し、それを自分の主張と組み合わせて受け手に伝わりやすいように表現すること、プログラミング的思考、ICTの操作スキル、情報モラルなど、急速に進展する情報化社会の中で情報や情報手段を適切に活用していくために欠かせない力を指します。これを文部科学省はこれまで「情報活用能力の3観点8要素」として定義してきました。新学習指導要領では「教科等を越えた全ての学習の基盤となる資質・能力」と明確に位置づけて、各教科等の学習の中でバランスよく育成することを目指しています。新学習指導要領では、すべての教科等の目標が「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力・人間性等」の3つの柱で整理されていますから、情報活用能力もこの3つの柱で整理されています。

図1「情報活用能力の3観点8要素」

文部科学省「21世紀を生き抜く児童生徒の情報活用能力育成のために」2015年P2より

学びの場.comこれまでのICTを活用した授業では十分に育成できなかったということですか?

泰山 裕学校間の格差が大きくなっているのは確かだと思います。文部科学省が小・中学生を対象に2013年10月から2014年1月にかけて実施した「情報活用能力調査」 で、ICTを日常的に使い、情報を収集整理したり、発表したりするような学習経験を積んでいる子と、そうでない子とでは、その情報活用能力に差があることが明らかになっています。傾向として日本の子ども達は整理された情報を読み取ることはできても、複数のウェブページから特定の情報を見つけ出して関連づけることや、情報を整理・解釈すること、それらを根拠として意見を表現することを苦手とする傾向があることがわかっています。

学びの場.com学校側がどれだけ授業にICTを取り入れられるかが重要になるのですか?

泰山 裕そう思います。ICTを自由に活用し、情報を扱うことができれば教科等の学習もより深まります。そして、そのような学習活動を繰り返すことで情報活用能力も育成されていくと考えられます。しかし、ただ子ども達にICTを触らせればよいというものではありません。情報活用能力を教科にとらわれない汎用的な力として身につけるためには、情報活用能力を「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力・人間性等」という資質・能力の「三つの柱」の枠組みから捉え、教科や学年を超えて体系的に育成することが必要です。私が参加している文部科学省の情報通信技術を活用した教育振興事業「情報教育推進校(IE-School)」調査研究(以下、IE-School事業)では、そのためのカリキュラム・マネジメントや授業設計のモデル化に向けた実践的な研究を行っています。

情報活用能力を構成する「資質・能力」を明確に

学びの場.com情報活用能力を育成するためのカリキュラム・マネジメントは、どう進めていけばよいのでしょうか?

泰山 裕まずは「情報と情報技術を適切に活用するための知識や技能」「問題解決・探究における情報活用の方法」「情報モラル・セキュリティなどについての理解」などの情報活用能力を子どもの実態に応じて具体的に捉えてリスト化します。各学校・地域のICT環境などの状況や子どもの実態に応じて、項目や分類に違いも出てくると思いますが、校内で合意が取れていれば問題ないと思います。例えば、コンピュータの操作技能などは、学校のICT環境によって求められるレベルが変わってくると思います。 リストができたら、それを学校内で共有し、教科等の指導の中で関連する活動を抽出し、年間指導計画に配置していきます。これまでに指導してきた学習活動と重なるものが必ずあるはずですから、まずはそこからピックアップしていくとスムーズでしょう。その際、教科や学年で偏りが出ないよう、様々な教科に紐づけ、発達段階を踏まえて各学年の教科の取り組みに落とし込んでいくことが大切です。授業設計は、各教科の目標を達成するためのプロセスの中で情報活用能力を育成する、という視点で行います。例えば、「情報を集めて整理する」という学習活動は様々な教科等で行われています。どのタイミングでどのように情報の集め方を指導するのか、どのように整理できるようにしておく必要があるのかなどを教科横断的に検討することが必要です。

  

こうした一連の情報を教員間で共有し、ICT機器を適切に運用しながら、PDCAサイクルによって計画、実施、評価、改善を繰り返していくことが求められます。 IE-School事業では初年度の推進校における取り組みを基に情報活用能力の体系表(図2)を作成し、カリキュラム・マネジメントのポイント(図3)をまとめていますので、ぜひご参照ください。

学びの場.comこれから情報活用能力の育成に取り組む教員にとっては、授業設計も気になるところです。推進校では、どのような授業が行われていたのでしょう?

泰山 裕日常的にICTが活用できる状況の学校では、必要な情報をさっと調べたり、自分の考えをまとめて発表するなどの学習活動が行われていました。また、2017年度に見せてもらった草津市立志津南小学校・草津市立玉川小学校の6年生・理科の授業では、これまでの学習を基に水溶液の種類を見分けるためのフローチャートを作成することで、プログラミング的思考の育成を目指していました。このように、教科目標を達成するためのプロセスを通して、日常的に情報を収集、整理、分析、表現、発信する力やプログラミング的思考を育む学習が行われていました。このような学習活動を繰り返すことで、ICTの操作スキルも身についていくでしょう。カリキュラム・マネジメントで情報活用能力を構成する資質・能力を明確に捉えられていれば、教科における情報活用能力の育成ポイントも見つけやすくなるはずです。この授業では主体的・対話的で深い学びも実現されており、その点でも参考になると思います。

学びの場.com情報活用能力がどれだけ身についたかは、何によって評価するのでしょうか?

泰山 裕ICTの操作スキルはコンピュータやソフトウェアの操作、文字入力などのパフォーマンスを見る課題、情報モラルは自分を危険にさらしたり、他者に害を与えたりしないようにするための情報に関する知識を問う課題で評価できます。「思考力・判断力・表現力」にまつわる力は、学んだ知識を使って答えを導き出す全国学力・学習状況調査のB問題のような課題によって評価が可能です。情報活用能力を具体的に捉えることで、評価の方法も定まってくると思います。

情報活用能力の育成にもつながる「思考スキル」

学びの場.com先生の研究テーマである思考力は、情報を活用する上でも重要な力と言えますか?

泰山 裕「考える」ことを「分類」「比較」「関連づけ」など発達段階に応じた技法として具体化したものを「思考スキル」と呼んでいます。例えば、作文を書くのであれば、資料を集めて「分類」し、わかりやすく「順序立て」、「構造化」して文章を組み立てていかなくてはいけません。ICTを活用することで情報の質や量が増えたり、表現が豊かになったりしますが、それをうまく学習活動につなげるためには、情報を整理する力がより一層大切になると考えています。そのため、「頭の中にある情報の整理の仕方」として、思考スキルが情報活用能力に位置づくと考えています。

学びの場.com思考をスキルとして具体化することには、どのような意図があるのでしょう?

泰山 裕「考えよう」と教員が指示しても、すべての子どもが「今考えるべきことは何か」を理解し、必要な思考活動を実行して、その結果を表現できるわけではありません。できない子にとっては、今自分が何をすればいいのかがわからず、置き去りになってしまいます。しかし、考えてほしいことを「比較しよう」「分類しよう」などと教員が具体的に示してあげれば、子どもは取り組むべき学習活動を理解しやすくなり、教員が行うべき支援も明確になるはずです。同時に、今自分がやっていることが「比較」や「分類」という方法なのだと自覚することで「比較」や「分類」の方法がスキルとして身についていくことが期待できます。

学びの場.com授業設計には、どう取り入れていけばよいですか?

泰山 裕例えば「自分の街のよいところをまとめたパンフレットを作る」という国語の単元であれば、まずはその中で重視したい思考活動を具体化します。「集めた情報をもとにパンフレットの構成を考える」という思考活動を行うとしたら、それに求められる「構造化する」「筋道立てる」といった思考スキルを選び、その思考スキルに関係の深い思考スキルを図で確認して支援するポイントを決めていきます。この場合は街のよいところを「多面的」に見て、それらを「分類」し、「焦点化」して、その理由が伝わるように「理由づけ」「順序立てる」ということを意識するとよいでしょう。「多面的」に見るためにはグループでの話し合い、「順序立てる」には「分類」した情報を短冊に整理して並べ替える活動、というように、それぞれの思考スキルに対する支援を想定しながら授業の流れを考えてみてください。

図4「思考スキル同士の関係を整理した図」

泰山裕、小島亜華里、黒上晴夫(2014)「体系的な情報教育に向けた教科共通の思考スキルの検討」より

学びの場.comこうした細かな思考活動を取り入れれば、自然と「主体的・対話的で深い学び」が実現できるのでしょうか?

泰山 裕そもそも主体的・対話的で深い学びは、必要な資質・能力を育てるためのもの。「何をどう考えさせたら、この資質・能力の育成につながる」ということを想定して授業を設計することが大切です。こうした授業を繰り返し、「比較することで何がわかるのか」というところまで子ども達の理解が進めば、色々な教科の学習や日常生活の中で、比較するという技法を使って問題が解決できるようにもなります。

学びの場.com教科横断的な思考力の育成にも役立つのですか?

泰山 裕思考スキルの汎用性を高めるには、それぞれのスキルを図と対応づけた「シンキングツールⓇ」を活用すると、より効果的です。例えば「比較」を教える際に使うのは、二つの円の一部が重なるように描いた「ベン図」。国語で物語に登場する人物の心情の変化を比較する時、理科で日向と日陰の植物を比較する時、そのどちらにもベン図を用いることで、教科を超えて同じ思考スキルを使っているということが子ども達にも理解しやすくなるでしょう。

情報活用能力の育成は、これまでの教科指導の延長線上にある

学びの場.com2年にわたるIE-School事業で、推進校の子ども達の情報活用能力はどう変化しましたか?

泰山 裕情報活用能力は時間をかけて育成していくものですが、それでも「必要な情報を集めたり、それをまとめて表現したりすることは、かなり早く的確にできるようになった」という声は現場の先生からよく聞きました。情報活用能力を育てておくことで教科等の学習がより深く、豊かになる姿が見られました。ただ、「情報を処理する力はそこまで育てられなかった」という意見もあり、思考力のような高次な能力はこの先、時間をかけて育成していくことが求められるところです。

学びの場.comその他に現場で気づいたことはありますか?

泰山 裕IE-Schoolの推進校ではICTの導入時と同じく、最初は情報教育の担当教員が学習指導の方法や意欲的に学ぶ子どもの姿を示し、そこを入り口に他の教員に広げていく役割を担っていました。そして、情報活用能力を育てることの大切さを具体的な子どもの姿から共有していました。すべての教員が情報活用能力を育成する必要性を理解していないと、単なる負担増と受け取られかねません。また、理解を得ていても、担当教員の示す授業の難易度が高すぎると、ICTが苦手な先生は尻込みしてしまいかねません。すべての教員が主体的に取り組んでいけるよう、管理職や主任クラスの教員が働きかけていくことが大切だと思います。

学びの場.com今年度から新学習指導要領への移行期間に入り、いよいよすべての学校が情報活用能力の育成に向けた準備に取り組んでいくことになります。

泰山 裕情報活用能力の育成と聞くと、これまでの指導に加えて新たにやるべきことが増えると思いがちですが、決してそうではありません。お話ししたように、情報活用能力の育成とは、これまでの教科指導で育んできた資質・能力の育成をさらに推し進めようとするものです。そして、情報活用能力自体も、これからの社会に生きる子ども達にとって非常に重要な能力であることは間違いありません。まずは自分がこれまでにやってきたことや、それがどのレベルまで進んでいるかを体系表で確認することからスタートし、教科の目標と育成すべき情報活用能力のつながりを意識しながら、自信を持って指導にあたっていただければと思います。

泰山 裕(たいざん ゆう)

鳴門教育大学大学院 学校教育研究科 准教授
2009年に関西大学大学院で情報学修士を、2014年に同校大学院で情報学博士を取得。同年より現職。初等中等教育における思考力育成のための授業研究や学習環境について、実践現場と連携しながら研究を進めている。2016年度より文部科学省の情報通信技術を活用した教育振興事業「情報教育推進校(IE-School)」調査研究に参画。主な著書・訳書に『思考ツールを使う授業(分担執筆)』(さくら社)、『教育目標をデザインする 授業設計のための新しい分類体系(共訳)』(北大路書房)などがある。

インタビュー・文:吉田教子/写真:言美歩

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