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教育インタビュー

2023.08.21
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大阪府教育庁 一人ひとりの強みを見つけて伸ばす

3年目を迎えた「小学生すくすくウォッチ」

大阪府の子どもたち一人ひとりの良いところを伸ばすべくスタートされた5・6年生対象の「小学生すくすくウォッチ」。情報活用能力をはじめとする「予測困難な社会を生き抜く力」の育成が求められる昨今、大阪府の日々変わりゆく教育現場の陣頭に立つ大阪府教育庁 市町村教育室 室長 桝田 千佳氏に、今年で3年目を迎えたこのプロジェクトへの想いを伺った。

教材としても活用できる"テスト"

大阪府教育庁 市町村教育室 室長 桝田 千佳氏

学びの場.com

3年目を迎えた「小学生すくすくウォッチ」について、始めた背景、目的を教えてください。

桝田 千佳(敬称略 以下、桝田)

きっかけは、平成19年に全国学力・学習状況調査が始まり、大阪府の平均正答率が全国最下位レベルであることがニュースになったことですね。教育緊急事態宣言が出され、徐々に全国平均に近づいていったのですが、小学生は伸び悩んでいました。特に弱いとされたのは、いわゆる読む力です。大阪府の学力向上施策の“切り札”として、学力の基盤となる論理的思考力や言語能力、非認知能力を伸ばすことが挙げられました。

もう一つのきっかけは、先生方の世代交代です。「教科横断的に取り組みましょう」という提案は以前から行ってきましたが、具体的にどのような授業を行うべきなのか、非認知能力はどのように育成するのか、といったことを模索している若い先生方に、教材としても活用してほしいという思いを込めて考え出したのが「小学生すくすくウォッチ」です。

学びの場.com

まず国語、算数、理科の問題の特徴を教えてください。

桝田

国語、算数、理科の解答時間は、それぞれわずか20分です。大人の感覚からすると短く感じられますが、小学生には十分な時間です。ポイントを絞った出題にして読みながら考える力を問うようにしています。

国語はリーディングスキルに特化し、主語と述語のズレがないか、ローマ字を読めるか、など基本中の基本を問う問題です。算数は、大阪の子どもたちが苦手な、関数の概念や、なぜそうなるのかということを言葉で説明する問題を中心に出題しています。

理科は日常の場面から問題点を見出し、その解決方法を考えるような問題を出題しています。例えば、令和5年度は防災フェスタを取り上げ、災害時の避難方法や避難所での生活など、世の中の課題をここで考える機会にしています。

読んで、考えて、表現する、教科横断型の「わくわく問題」

学びの場.com

5・6年生共通の「わくわく問題」について教えてください。

桝田

大阪府独自のスタイルで、言語能力や情報活用能力等を発揮させる教科横断型の問題で、40~50分で解答します。先生方に意識してほしいことを明確化する必要があると考え、教科横断的な学習によって身に付けさせたい力を下記のA~Eに整理して、示しました。

A:図や表、文章などのつながりを見つけ、正しく理解する力
B:図や表、文章などのつながりを見つけ、それをもとに順序よく筋を通して考える力
C:図や表、文章などのつながりを見つけ、それをもとに新しく課題を考える力
D:図や表、文章などのつながりを見つけ、それをもとに自分の考えをまとめ、伝える力
E:意欲を持って、工夫して相手に伝える力

簡単に言うと「読んで、考えて、表現する」力です。何を読むのかですが、SDGs、防災、プログラミング的思考などに加えて、大阪を指す「なにわ」という言葉の語源について、大阪湾が魚介類の豊富な海であったことを表す「魚の庭」が転じて「魚庭(なにわ)」になったというような、大阪ならではの身近なトピックスも取り上げています。

そして、子どもたち一人ひとりが持つ良いところを探すのが目的ですので、文章で表現するだけでなく絵を描いたり、図の中の答えの場所を鉛筆で塗ったり、いわゆる学力テストとは違ったスタイルで解答する問題もあります。文章が苦手な子でも絵がうまかったり、色彩感覚が優れていたりすることがありますよね。教科の中だけで見つけきれない強みを「わくわく問題」の中で発見することができます。

学びの場.com

「わくわく問題」はこれまでに無かったタイプの問題ですが、先生方や子どもたち、保護者からの評判はどうですか。

桝田

保護者からは「家庭内で話題になった」という声が多くありました。これからの時代に必要とされている力が具体的に分かるという点で評価が高かったです。議員や教育委員の皆さんにも解いてみてもらったところ、大人が取り組んでも“気づき“があるような問題だという感想をいただきました。

先生方からも「わくわく問題」への評価は良いです。わくわく問題を授業内で改めて取り上げて、情報を整理したり、議論のきっかけにしたり、思考力育成に活用いただいていているようです。

子どもたちからは「難しいから、わくわくせえへんわ」という声もありますが、諦めずに一生懸命取り組んでいる様子が伝わってきますので、こちらも有意義だと感じます。例えば、令和5年度は「新しいピクトグラムを考えてみよう」という問題を出しましたが、各自がより自由な発想で正解のない問いに取り組む体験になったと思います。いつものテストでいい点数が取れない子どもが、驚くような面白い発想を持っていることなどが分かればいいですね。

「未来に向かう力」と「好奇心」

令和4年度の回答状況

学びの場.com

児童アンケートの特徴を教えてください。

桝田

学校でどのような教育活動をすべきかを、データとして先生方に提供するという目的で、非認知能力である「未来に向かう力」(目標に向かって頑張る力、人と関わる力、気持ちをコントロールする力)と、新たな知識や経験を探究する原動力となる「好奇心」について尋ねています。 

先生方の世代交代が進む中で、ベテラン教員なら知っているであろうことが、若手教員にはなかなか気づけないという問題を解決する手助けにもなります。先生方がさまざまなタイプの子どもたちの非認知能力を知るきっかけになるのではないでしょうか。

ただ、質問数が多すぎるという課題もありますので、精査していく必要があると考えております。

学びの場.com

分析結果から新たに見えてきたことはありますか。

桝田

学力を上げるための要素という点ではこれまで積み上げてきた一定の知見はあります。しかし、それに加えて新たに見えてきたことでは、自分の学習過程を客観的に見ることができる力「メタ認知」が関連しているということが分かりました。

カテゴリーごとに見ると、大阪の子どもたちは「共感する力」「相手への理解」という「人と関わる力」が他の力に比べて高い傾向であるという結果でした。

また、令和3年度と4年度の結果を比較すると、「共感する力」と「色々なことに対する興味・関心」が高まっていて、普段からの先生との関係や教育の環境の改善が影響していると分かりました。

答案を画像化して返却

学びの場.com

すくすくウォッチの設計や実施にあたり、難しかったと感じるところがあれば教えてください。

桝田

ひとつは制度設計ですね。教科横断型の問題を実施したいという思いはありましたが、その目的や身に付けさせたい力が何なのかは問題だけでは先生方にはっきり伝わらないので、改めて先ほど挙げたA~Eの力に整理しました。

次にアンケートの質問文の調整です。聞き方についても、小学生が答えやすくなるように工夫を重ねました。

3つ目は結果の個人票の内容です。大阪府内にいる5・6年生計14万人に、それぞれの良さを伝える個人票を作るというのはなかなか至難の業でした。

学びの場.com

個人票「ウォッチシート」の特徴を教えてください。

桝田

これまでの大規模テストの個人票には各問題の正誤のみ掲載されているので、振り返ろうにもどう答えたのか忘れてしまうケースもありました。そこで、「すくすくウォッチ」では、答案を画像化して返すことを実現しました。これは「結果はゴールではなくスタートですよ」ということを子どもたちに伝えるために、とても意味のあることだと考えます。

「ウォッチシート」はA3サイズ両面2~3枚のシートとなっていて、情報量は通知表よりも多いくらいです。じっくり読むと時間がかかるのですが、自分について書かれているのですから面白いですよね。担任の先生が一人一人の個票を見てももちろんいいですし、忙しい場合は子どもたちに返却するだけで指導(子どもたちにとってプラス)になるようにしています。

学校向けには得点もお渡ししているのですが、子どもたちには星の数(★★★正解、★★もう少し、★見直してみよう)で評価を伝えています。星の数がひとつだったとしても、こういうところを伸ばしていきましょう、といった前向きなアドバイスが書かれています。また、文字量は多いのですが色の枠で塗り分けを行い、読むことに対する拒否反応が起こらない工夫をしています。正解の中でも素晴らしいものには星にキラキラを付けているのですが、保護者の方も子どもの解答と評価を照らし合わせて見られるので、具体的にほめることができると思います。

アドバイスの例

自分の得意なところを知って自信に

学びの場.com

学校は結果をどのように活用していますか。子どもたちに変化はありますか。

桝田

様々活用いただいていますが、一例をあげると、子ども同士の関係づくり、間違ったことを言っても笑われない環境づくりをより大切に取り組んでいるようです。また、今後子どもたちが生きていく時代において、どんな力があったら幸せになれるのかということを考えた時に、自分の考えをしっかり表現できて、人の考えも聞くことができる、書いてあることを読みとれる、ということが大事だと伝わったと思いますので、それに向けて各学校で工夫いただいています。

子どもたちの変化に関しては未知数な部分もありますが、自分の得意な部分を先生や保護者、また第三者の目線からほめてもらうことで自信や興味・関心につながると確信しています。自分自身でも気づいていなかった良いところを教えてもらうことが後々の人生においてどこかで生きてくることを期待したいですね。

学びの場.com

今後の展望について教えてください。

桝田

やはり一つはCBT(Computer Based Testing)化ですね。紙よりも色々な出題ができることと、最大のメリットは選択問題の結果集計が瞬時にできるということだと思います。課題としては子どもの文字入力能力に差がある点などが考えられますが実現していきたいです。

もう一つは問題を作る側としての展望です。オール大阪で、指導的な立場にある人が組織的にみんなで問題作りに取り組んでいければ、お互いにより深い学びを得られ、子どもの指導に生かすことができるのではないかと考えています。

記者の目

勉強が得意でない子どもたちにも新たな素晴らしい点を発見する方法として、非常に興味深いツールだと感じた。身近な問題に取り組み、それに対して導き出した正解のない答えの発想や感覚を褒められるというのは彼らにとって新鮮な体験と自信になり、後々の人間関係にも影響を与えるかもしれない。点数化されたもので評価されることに慣れた子どもたちにとってポジティブなイメージだけで作られた個票がどれだけのプラスになるのかを考えると楽しみだ。すぐに結果が出ることではないが、生きるために考える力を培うことが実際に社会に出てから、それぞれ役に立つ日が必ずやってくるだろう、と桝田室長のお話から確信を得ることができた。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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