教育トレンド

教育インタビュー

2019.05.15
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鹿野 利春 高等学校の「情報科」改訂を語る。

「問題の発⾒と解決」が未来をつくる。

2020年に改訂される学習指導要領。その注目の一つは、小学校からプログラミングなどの情報教育が本格的にスタートすることにあります。高等学校においては、2022年から情報科の共通必履修科目として「情報Ⅰ」が設けられ、全ての生徒がプログラミングやネットワークなどの基礎知識やスキルを学んでいくことになります。今回は、情報科の学習指導要領の改訂に携わる国立教育政策研究所教育課程研究センター教育課程調査官・鹿野利春氏に、情報科改訂のねらいを伺いました。

やりたいことを見つけ実現する力を養う、“やりたいことができる教育”に。

学びの場.com情報科の改訂のポイントを教えていただけますか?

鹿野 利春“問題の発見と解決”がポイントです。情報というと技術的なことを想像されている方が多いかもしれませんが、情報をデザインしたりプログラミングしたりデータを活用したりすることは手段であって、プログラミングの技術を磨くことがねらいではありません。情報科改訂のねらいは問題を発見することと、どうすればよいのか解決策を考えること、この両方の思考を養うことにあります。その解決策はプログラミングを必要としないかもしれませんが、プログラミングを使えれば効率的に解決することが可能となるでしょう。

学びの場.com具体的にどんなふうに学んでいくことを想定されていますか?

鹿野 利春例えば「スマホと人でしりとりができるようになりたいな」といったふうに、やりたいことを見つけて取り組むことを想定しています。社会問題などを取り扱ってもいいですが、もっと身近な問題でいいのです。もちろん先生のリード次第ですが、「スマホで写真に落書きをするアプリを作りたい」でも。自分で興味のあることや、何を実現したいのかを見つけて、そのために何をしたらいいのかを自分自身で見つけることが大切です。

学びの場.com覚えることの多い現在の教育から、ずいぶん変わりますね。

鹿野 利春“やりたいことがある子ども”を育てないといけませんから、そうすると“やりたいことができる教育”でなければ育ちません。新学習指導要領ではどの教科もそのように変わっていきます。また、経団連では、今後2つの“そうぞうりょく”が必要になると言っています。

学びの場.com2つの“そうぞうりょく”?

鹿野 利春例えば、今はデジタルカメラで写真をたくさん撮りますね。でも100枚の中から1枚の良い写真を選ぶのに、全てに目を通して確認していくのは時間がかかります。そこでプログラミングで“良い写真の基準”を作って選別し、20枚まで絞り込む。その中から選ぶという方法なら時間を短縮できますね。 2つの“そうぞうりょく”とは、今の話のように“良い写真”とは何かを頭の中に描くイマジネーションの“想像力”。もう一つは選別の方法を考えるクリエーションの“創造力”。クリエーションは主に情報科で養う力ですが、イマジネーションは情報科の授業だけではなく、全教科で取り組んでいくことです。全教科を通して社会のいろいろなものの仕組みを知って、誰かの役に立つように情報を活用できる力を養います。

これからは人工知能も組み合わせて“人間の力”を評価される時代。

学びの場.com元々石川県で高校の教員をされていたということですが、当時から情報の教科について必修化する必要性を感じていらっしゃいましたか?

鹿野 利春これから技術が発達し、コンピュータに囲まれた中で生活するのであれば、その仕組みを知ることは重要だと思っていました。コンピュータはどうやって動くのか、とか、間違った命令をすればそのまま間違ったことをしてしまうということ、これらが分かっていないと使いこなすことができません。 情報科は最初から必履修教科でしたが、全員が情報の知識を持ち合わせて、プログラミングができるようになったら世の中が大きく変わるのでは、とも考えていましたね。例えばプログラミングを使えば5時間の仕事を50分で、50分の仕事を5分で片付けることも可能でしょう。でもその努力をして短時間で終わらせた人の給料が上がらないのでは意味がありません。その仕事にお金を支払う側もプログラミングの大変さや便利さを理解していないと、きちんと評価ができませんよね。仕事を発注する人と受ける人、全員がプログラミングを理解していれば、世の中がうまく回るのではないでしょうか。 (インタビュアーに対し)あなたがこの取材をもとに原稿を作る時も、私の話を頑張ってメモしたり、音源を耳で聞いて文字に起こしたりするよりも、人工知能を使って要点をまとめ、それを参考に原稿を書く方が効率的ですよね。作業的なことは人工知能に任せて、あなたは原稿内容を考えることに集中できます。仕事の生産性が上がれば、余暇的な自分の時間も増えます。 これからはこのように、自分の力に人工知能も組み合わせて“人間の力”になります。ですから、この“人間の力”を評価する側もやはり、プログラミングの仕組みを知り活用できる人でなければならないでしょう。

学びの場.com今お話しいただいたような情報科で培った力を、社会で発揮するには何が大切でしょうか?

鹿野 利春情報の授業ではもちろんプログラミングなどの技術を習得するのですが、技術は常に進化していきます。そこで大切なのは「自分の仕事を改善しよう」とする意志です。そういったことも教育を通して培っていきたい部分です。例えばプログラミングによって、できることが増えたらとても嬉しい。その気持ちを「じゃあ、次はこんなこともできるかもしれない!そのためにはどうしたら良いだろうか」と新しいチャレンジにつなげる。こういった「より良くしよう」というモチベーションがないと、せっかく全員がプログラミングを習得しても、世の中のために使われず意味をなしません。

学びの場.com情報科に限らず全ての教科においてモチベーションがないと世の中で活かすことができないですね。

鹿野 利春私は高校教員をしていたときから現在も、一貫してモチベーションを大切にしています。生徒が主体的に学びたい気持ちを作るには、どういった環境や教材を準備すればいいのかを考えていました。教え方は教師歴5年と20年の先生では差がありますが、生徒がやる気を出してくれれば、結果として成績が伸びます。教えるというより、生徒自身にやっていただくというスタンスです。本人自身のやる気や主体性と、どうしたらうまくいくのかを考える課題発見・解決の思考は、情報を活用する力を養う上でどちらも欠かせません。

情報科の授業は、生徒と向き合い会話することから始まる。

学びの場.com現在、プログラミングなどの必修に向けて不安を抱えている先生もいらっしゃると思いますが、心構えなど教えていただけますか?

鹿野 利春今後はプログラミングを学んだ世代と、その前の世代との間に大きなギャップが生まれると思います。学習指導要領改訂前に社会人になられた方向けにICT社会教育センターのような場所を作って学べる仕組みが必要となるかもしれません。

また、先生は生徒ともっと話す時間が必要になるでしょう。現状は、「何をしたいのか」と本人の意志を聞くための時間が足りないような気がします。ですが、今の先生の仕事も5時間の仕事を50分でできるようになれば、生徒と4時間10分話す時間ができます。そのために先生にもプログラミングのような情報を活用する力を身につけてほしいです。

学びの場.com先生はまず自分の仕事を見直し、今一度生徒と向き合うことが大事?

鹿野 利春そう思います。「情報で何をやりたいの?」って生徒に質問して「何もやりたくない」って返答してきたときに、事前に生徒の興味のあることを話せていたら「じゃあこれをやってみようか」と提案できます。今後すべての教科においてモチベーションが大切というお話をしましたが、モチベーションは教えて身につくものではなく、生徒自身が何かやってみて初めて身につくもの。ですから、生徒と向き合って会話をし、お互いが理解し合える関係を作ることが大切です。

学びの場.com最後に、これから情報科を教える先生方や、保護者の方へのメッセージをお願いします。

鹿野 利春ICTが発展し、いろいろなものがコンピュータによって変わることを心配されている方もいらっしゃるかもしれません。ですが、情報技術が発展したからやることが少なくなるのではなくて、自分のやりたいことを実現するための手段や時間が増えると考えて下さい。 授業では、“問題を発見し解決する”というストーリーの中で、生徒一人ひとりがやりたいことを発見して実際にやってみる、という取り組みをします。そうやって学んだ生徒の中には、スマホの未来の形を想像して、実現していく子も出てくるでしょう。「スマホは便利だけれど重いから持ちたくない。じゃあ次は手に持たずに済む、メガネやコンタクトの形がいいかもしれない」「道案内も、目の前の景色に投影されて矢印が出てきたら道に迷わず目的地にたどり着くことができるな…」こんな風に「〇〇がほしい」「△△がしたい」といった問題を発見・解決する思考を身につけることが、学習指導要領改訂の一つのねらいであり、それがこれからの新しい未来をつくる力につながることを願っています。

鹿野 利春(かの としはる)

石川県出身。1986年から石川県内の公立高校で理科(物理、化学、生物)を教える。1994年から鳴門教育大学大学院修士課程にて授業研究、ICT環境の構築などを研究。1996年から(財)石川県文教会館勤務、1998年から高校現場に戻り、理科と情報の授業を担当。2014年、石川県教育委員会教員指導力向上推進室主任指導主事。2015年、国立教育政策研究所教育課程研究センター教育過程調査官(現職)。

構成・文・写真:学びの場.com編集部

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