2005.02.15
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科学者たちからのメッセージ スポーツのように科学を楽しもう

1月24日、お台場の日本科学未来館にて「境界線を越えた教育~グローバル知識創生網」と題したイベントが開催された。ノーベル賞科学者の白川英樹氏、宇宙飛行士の毛利衛氏らの豪華メンバーによるパネルディスカッションが行われたが、つい先ごろ相次いで発表された国際的な学力調査の結果を受け、学力低下、理科離れについても言及される興味深い議論となった。

 

 

 





 

 

 


毛利 衛氏
 

 本イベントは、日米教育委員会日本フルブライトメモリアル基金の主催によるもの。同団体は、日米の教育交流を目的に運営されているもので、(1)米国から教育者を招聘し日本の教育や文化、産業などを学んでもらう(米国教育者招聘プログラム)(2)日米の学校がパートナーシップを組み、TV会議やインターネットを活用して共同で学習を行う(マスターティーチャープログラム)、(3)マスターティーチャープログラムに参加した日米の生徒と教員の交流と、日米の教育者による理科教育セミナー(日米共同理科教育ネットワーク・プログラム)が主な活動である。

 今回のイベントでは、米国のミシガン州ヒルサイド中学校、日本からは和歌山県立田辺商業高等学校の共同学習の成果発表が行われたほか、「科学教育の展望」をテーマとしたパネルディスカッションが開催された。

■ 地上300kmから見た地球とは

大型スクリーンに映し出される、青く輝く地球。宇宙飛行士でもあり、日本科学未来館館長でもある毛利衛氏が、地上300Kmの宇宙ステーションから撮った地球の映像である。
「地上300kmから見える生命体は、森林や植物のみ。人間は灰色の塊としてぼんやり見えるだけ。人間は、地球全体の中で見れば、それほど大きな生命の広がりではない」と毛利氏。しかし、これが夜の地球となると逆転する。森や植物は闇の中に見えなくなり、代わりに街の明かりが点々と灯り、人間の存在をそこに示す。それらの点々はばらばらなようでいて、世界中に網の目のようにつながっていることがわかる。
「これからは、個人から世界へ、世界から個人へ、とネットワークが広がる時代。このような時代に、われわれはどういう教育をすべきなのでしょうか」
実に印象的な問題定義から、日米の共同学習の成果発表へと続いた。
 


白山義久氏


TV会議システムを利用してを利用して会話をする田辺商業高等学校の生徒たち

■日米の共同学習

   ヒルサイド中学校と田辺商業高校が参加した学習プログラムは、京都大学フ
ィールド科学 教育研究センター 海域ステーション瀬戸臨海実験所所長の白山義久氏が中心となっているNaGISAプロジェクト(高校)と虫のプロジェクト(中学校)への参加を通じて行われた。
 NaGISA(Natural Geography In Shore Areasの頭文字。日本語の「渚」ともかけている)プロジェクトは、陸と海が出会う場所である「
渚」の生き物を知ることを目的とし、世界各国の参加者が海辺で集めたサンプルをインターネット上でDB化し、比較し合うというもの。子どもたちは、ほとんど見る機会のない外国の渚の生物について知ることができ、また学習の過程を通じて、プロジェクトに参加する専門家と触れ合うきっかけもできる。ネット上の交流だけでなく、2004年の7月には米国の生徒たちが来日し、南紀白浜で日米共同の学習も行われた。

 イベント会場には、両校の生徒は参加できなかったが、TV会議システム
を利用して、感想を語っていただいた。ヒルサイド中学校の理科教諭ドワイト・シーグリーン氏は、
「今回の学習を通して得た国際的な体験、科学的な体験は子どもたちの心の
中に生涯にわたって影響を与えるだろう。また、この子どもたちが将来リーダーとなって伝えていってくれるだろう」と成果を評価した。
 


木村 孟氏


白川英樹氏


ポール・ウィリアムズ氏


中村桂子氏

■科学は面白いものであるし人の心を豊かにする

 続いて、大学評価・学位授与機構 機構長の木村孟氏、筑波大学名誉教授の白川英樹氏、JT生命誌研究館 館長の中村桂子氏、日本科学未来館 館長の毛利衛氏、ウィスコンシン大学名誉教授のポール・ウィリアム氏、前述の白山義久氏によるパネルディスカッションが行われた。

 木村氏は国際的な学力調査、PISA、TIMSSの結果を受け、日本の子どもたち
の学力低下、勉強が好きでない子どもが増えていることや理科離れの現状をあげ、
「教師自身がクリエイティブで、イノベイティブな授業をしなければ、この状況は変わらない」
と警鐘を鳴らす。それを受け、ポール・ウィリアムズ氏は、

「アメリカでも同様の問題を抱えている。教科書の内容をそのまま教えている教師は多い。しかし、教師はコーチでありプレイヤーでなければならない。自らが楽しんで、実体験を通して子どもたちに科学の楽しさを教えなければならない。スポーツが楽しい、絵を描くのが好き、音楽が好き、というのと同じように科学が楽しい、と言える状況を作るべき」と語った。

   中村桂子氏は
「科学技術の進展は喜ばしいことだが、その反面、子どもたちが自然と接す
る機会がどんどん少なくなっている。このジレンマをどうすればいいのかが科学者としての悩み。また、一般の人は社会に出ると科学と無縁になってしまうが、これは科学者の責任でもある。われわれ科学者たちは、科学は面白いものであるし人の心を豊かにするものである、ということをもっと社会に伝えていかなければならない」

   白川博士は、日本科学未来館で毎月1回、子どもたちを対象とした実験教室で、直接指導をされているが、その活動を紹介しながら
「私自身、人よりも自然体験が多かったとか、特別な科学的経験があったと
いうわけではない。大切なのは、友達同士や親子で学ぶ、試す、それを繰り返すという体験」と強調された。

毛利氏は学力低下の問題を受けて
「みんなが科学のエリートになる必要はない。いろんな人がいていい。でも
、科学が好きな人が増えて欲しい。自然界は、さまざまなパラメータでコントロールされているが、まだまだ未知のパラメータがたくさんある。子どもたちの柔軟な感性でしか探し出せないものもたくさんあるだろう。そういうことに出会う場をたくさん作ってあげるべきで、小さなことで優劣を競わせてもつまらない」と語った。

 まだまだ話を聞きたい気持ちだったが、あっという間に時間となり、最後に日米フルブライトメモリアル基金プログラムディレクターのジョーンズ享子氏が、地域、学校、科学館、大学、行政などが垣根を越えて学び、知恵を共有できる「グローバル知識創生網」の形成を提言しつつ終了となった。

 学力調査で日本の順位が下がったことは事実だが、それでも依然上位にあることに変わりはない。「小さな優劣にこだわらず、スポーツのように科学を楽しもう」、科学者たちのこのメッセージこそ、子どもたちにぜひ伝えたい。
 

 


(取材・文/学びの場.com 高篠栄子)


 

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