いのちの教育の実践 ホスピスからの提言子どもといのちの教育研究会
今回は前回に引き続き、「いのちの教育の実践~ホスピスからの提言~」として、横浜甦生病院ホスピス病棟病棟長、小澤竹俊氏による講演を小股千佐さんがレポートします。
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少年による傷害事件が報道されるたび、「いのちの大切さ」を伝える必要性が叫ばれる昨今、私たちはその「いのちの大切さ」をどう伝えていけばいいのだろうか。彼らは苦しくて誰かを傷つけずにはいられないのかもしれない。だとしたら、苦しみに向き合い、生きていく力を育むことが大切だ。 苦しくても、誰かや自分を傷つけないでいることはできるのか? 苦しみがあってもおだやかに生きるにはどうしたらいいのか? 続けて「では、"苦しみ"とは何でしょうか? なかなか定義できる人はいないかもしれません。苦しみの構造は希望と現実のギャップである、と言った人がいます。こうしたい、こうでありたいという希望に現実が追いつかない、そぐわないという場合に苦しみが生じるんですね。また、苦しみには、肉体的なもの、精神的なもの、社会的なもの、スピリチュアルなものの4種類があります。"スピリチュアルな苦しみ"とは、自己の存在の意味の消滅からくる苦痛です。不治の病に冒された人は、「どうして私が・・・・・・?」と思いますが、それには答えがありません。スピリチュアルな苦しみから発生する問いかけには、答えることができないのです」 では、死や挫折から学ぶとはどういうことか?小澤氏は「負のできごとから、今まで気づかなかったことを学び、強く生きようとする力を得ること」と話す。ある患者の奥さんが「仕事人間だった夫は仕事に役立つ付き合いしかしなかったのに、病気になってから何が大切かがわかったようです。病気になってから人にやさしくなりました」と話したと言う。また、死の病を抱えたこどもの詩に、「この病気が気づかせてくれた。僕に夢もくれた。絶対僕には病気が必要だった。ありがとう」という一節があった。彼らは苦しみのなかで学び、生きようとする力を得ているのだ。その力はどこからくるのか。『NARUTO-ナルト-』というマンガから例を挙げた。 「この世で一番辛いことって何だと思う?」 小澤氏は「苦しみと向き合い、生きようとする力を支える3つの存在がある」と話す。それは将来に向けてがんばろうとする"時間存在"、他者から与えられる"関係存在"、自己決定することができる"自律存在"(たとえば下半身マヒの人がひとりでトイレに行く、といった"自立"は難しいかもしれないが、トイレに行く、という自己決定をする"自律"はできる)だと話し、存在の意味を失う痛み、"スピリチュアルペイン"をケアするための"スピリチュアルケア"の概念を紹介した。 「"存在"は時間存在、関係存在、自律存在の3つの柱で支えられているテーブルのようなものです。もし、不治の病におかされて、「自分には将来がない」と悲観し、時間存在の柱が折れてしまったとしたら、そのテーブルは支える力が足りずに倒れてしまうでしょう。しかし、人は将来を失う(時間存在の柱を失う)と、自分の生きてきた道、過去を振り返ろうとするもの。ホスピスでは、皆さんに人生を語っていただくことにしています。そうすると、「戦争で仲間たちはみな死んでしまい、俺だけが生き残った。仲間の分もと俺はがんばって生きてきた」というような話が出てきます。そうして、「自分はひとりではない、仲間がいてくれたんだ」と思うことで、"関係存在"の柱が強化され、"存在"というテーブルを支えることができるようになります。また、「あの世で仲間たちにお礼を言うんだ」と、死を超えた未来への確信を得ると、"時間存在"の柱が再構築され、テーブルはしっかりと安定します」 小澤氏は『僕の生きる道』というドラマを例に挙げた。死にいたる病を抱える主人公の中村先生に対し、みどり先生が「大切な人を守りたい、私は中村先生が死ぬまで一緒にいて支えたい、そのために生きている」と自分が生きる意味を見出す。中村先生は死んでしまうが、彼女は強く生きていく。たとえ、目に見えない存在になったとしても、「つながっている」という思いがあれば、その人は強く生きることができるのだ。 また、苦しんでいる人の前で、何ができるのかの事例として、次のようなドラマの一節を紹介した。それは白血病の13歳の少女が、ドナーが見つからなければ自分は死んでしまうと悲嘆にくれ、刃物で自らを傷つけようとし、援助者である院内学校の先生がそれに対応する場面。 先生「生きるか死ぬかじゃなくて、どう生きるかだよ」 「ホスピスでも、他者の本当に辛い思いは知りえない、わからないというスタンスをとっています。でも、"理解"はできなくとも、相手から"理解者である"と思ってもらうことはできます。苦しんでいる人に理解者だと思ってもらうには、"聴く"ということが大切です。相手が発するサインを受け(聴き)、言語化してメッセージを返すことで、相手は満足、安心、信頼を得ることができます。理解者になるための聞き方のスキルとして、"反復"があります。先のドラマでは少女が「あんたに私の気持ちがわからない」と言ったのに対し、教師は「そうだね、先生はわからないと思う」と反復しています。それに対し、少女は「そうだよ」とその答えに満足していますね。 誰かの支えになろうとする人こそ、実は一番支えを必要としている。ホスピスでは死と向き合い、後悔のない人生を送れるように援助をしているが、患者や家族の希望に応えられないこともある。「死にたくない」と願う患者や「死んでほしくない」という家族の思いを、叶えてあげることはできない。その希望と現実のギャップによる苦しみが、治療者への非難という形をとることもあるが、治療者側としても、苦しみをやわらげる力を持ちたいという理想と、苦しみをやわらげることのできない自分という現実のギャップに苦しみ、無力感を覚える。 小澤氏は「そんなとき、自分を支えてくれている周囲の存在が明らかになっていきます。家族や友人、スタッフ・・・・・・。支えてくれている彼らの存在があって、たとえ力のない私でもそこにいてもいいと思えるようになります。関係存在の柱が太くなり、テーブルが水平を保てるようになるのです」 真の力とは、たとえ解決できない問題を前に無力な自分であったとしても、逃げないで最期までその人と向き合う力だと小澤氏は考える。そして、弱い自分は、支えられているからこそ、苦しみの多い現場にとどまることができているのだ、と。 現在、小澤氏は小学校高学年向けの道徳教材を作成しており、「いのちの教育がすべての学校であたりまえのように行われること」を願っている。 最期は駆け足となったが、ビデオやマンガなどの教材が随所に織り込まれ、聴講者が理解しやすいようによく工夫された講義だった。この後質問の時間がとられ、全部で2時間半ほどでワークショップは終了した。
(取材・構成:小股千佐) ◆小澤竹俊氏のホームページ http://www.bekkoame.ne.jp/~ta5111oz この中に、ホスピスからみたいのちの教育というカテゴリーがあります。その中に、講演で紹介したイラストなども掲載しています。 ◆小澤竹俊氏の関連書籍・教材 苦しみの中でも幸せは見つかる/小澤竹俊著(扶桑社) 自己肯定感、自尊感情を育むヒントとしての存在論を子ども向けに書いています。 ぼくたちの生きる理由(わけ)/今西乃子著(ポプラ社) 横浜甦生病院ホスピスの紹介です。ホスピス病棟での実態が子ども向けに書かれています。 ◆ワークショップの模様はこちら ポジティブに取り組む「いのちの教育」 |
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