2019.10.03
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『任侠学園』 任侠道が教えてくれる絆の大切さ

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『任侠学園』と『人生、ただいま修行中』をご紹介します。

経営不振の学園をヤクザが立て直す!?

おそらくほとんどの方が『任侠学園』というタイトルを聞いただけで、なぜ映画と教育問題のコーナーで取り上げる必要が!?と思ったのではないだろうか。正直、筆者もこの作品を鑑賞するまでは、紹介する気はさらさらなかった。しかし実際に鑑賞して、その考えは180度変わり、これはぜひ多くの方に観てもらいたいと思うようになった。それは現代に欠ける“人との繋がり”をすごく感じられる作品だったからだ。

この作品を簡単にいえば、ヤクザが学校の運営に回るというストーリーである。これだけでもちろん「ありえない」と眉をしかめる方もいるかもしれない。ただ本作に出てくるヤクザ「阿岐本組」は、今の暴力団のような反社会勢力とは大きく異なる。いわゆる昔気質のヤクザであり、必要悪として存在しているヤクザたちだからだ。

なにしろ西田敏行扮する組長は社会貢献に目がない。彼は自分たちのことを社会においては半端者であると自覚しており、それならせめて社会の役には立ちたいと思っているのだ。

だから彼らは町の人達からも本当に慕われている。商店街を歩けば、怖がられるどころか様々な人達から声をかけられる。どこの馬の骨ともわからないチンピラに絡まれている店があれば、拳でチンピラを一瞬で沈める。

しかしどんなに何があろうとも、カタギの人間には決して手は出したりしない。チンピラなら秒殺でも、カタギ相手なら自分の身を差し出す……それが阿岐本組の流儀なのだ。

そんな阿岐本組に来た依頼が、経営不振の仁徳京和学園高校の建て直し。いつも親分に振り回されてばかりの阿岐本組No.2の日村(西島秀俊)は、学校に嫌な思い出しかなく気が進まなかった。けれども親分の言うことは絶対なので、仕方なく子分たちを連れて学園へと向かう。そこで世直しならぬ学園直しを彼らがしていくという展開なのだ。

無気力・無関心の生徒たちに鉄槌

一見すればごく普通の高校にしか見えない仁徳京和学園高校。だが、生徒たちは何事にも無気力で無関心。一部の生徒たちが暴走して校内の窓ガラスを割ったりしているが、それを学園側では穏便にすまそうとしていた。

校長の綾小路(生瀬勝久)は、これ以上トラブルが起きないように最低限の仕事だけをしており、他の教師も校長に右へならえで、事なかれ主義者ばかり。それを阿岐本組は極道ならではのやり方で生徒たちとぶつかっていく。

特に興味をそそられたのは、ガラスに石を投げて面白がって割っていた生徒たちを、日村らが捕まえた後の行動だ。イキがる生徒たちは「なんだよ、殴るの?」「殴ってみろよ」と調子にのって日村たちをからかうように言う。自分たちが殴られないのを理屈でわかっているからだ。それでも日村は怒鳴るわけでもなく、犯人の生徒たちに質問を投げかけ続ける。なぜ窓ガラスを割るのか、答えを出させようとする。それでも無視し続けた彼らに向けて日村が取ったのは、隣にいた子分を殴るという行動だった。しかも一度ではなく何度も。「うわ、血だ」と鼻血を出した子分を見て慌てる生徒たち。テレビや映画などで見たことはあっても、本当に目の前で殴られる様なんて見たことがなければ、流血も初めての学生たちは、息をのんで黙る。初めて日村の言葉を真っ当に聞こうと襟を正す。

これを観た時に思ったのは、このくらい見せないと本当に伝わらない時代なのかもしれないなということ。近頃、想像力の欠如が叫ばれているが、相手の痛みを想像するとか、それをすることでどうなるか、その想像ができない人が本当に増えている。「殴れるものなら殴ってみろ」と平気で言うけれど、人を殴れば自分の手も痛いし心だって痛くなる。その言葉では説明できない何かが、学生たちを目覚めさせていく。この人達本気だ……と思わせることは、暴力という恐怖ゆえの結果ではあるけれど、相手の言葉にちゃんと耳を傾けるという行為を生み出していく。

もちろん暴力はいけないことだ。だがここまで想像力が欠如して、敬う心を失って、自分のことしか考えられない人間が増えた今、ショッキングなおしおきも必要なことなのかもしれない。必要悪なのかもしれないとも思ったりしてしまう。

しかもヤクザになった面々は、過去にグレた経験のある人間ばかり。だからこそグレた若者たちの気持ちもわかる。こうして日村たちは、事なかれ主義の教師ではなしえなかった深い絆を、生徒たちと紡いでいく。

実はこういう絆こそが、学園時代に築くべきことなのではないだろうか。

一番大切なのは絆を紡げるかどうか

阿岐本組は組長の教えのもと、強い絆で結ばれている。出されたものは残さず食べるとか、そういうことも未だにちゃんと守ったりもしている。他人に迷惑をかけまいという相手を思う気持ちが取らせる行動だ。おそらくかつてはグレて自分さえよければそれで良いという人間だったはずなのに、強い絆の仲間を得た結果、阿岐本組の面々は誰にでも優しい心を向けられるような人間となっている。すごいことではないか。世間から疎まれている存在のヤクザが、誰もが嫌がるグレた子たちに誰よりも手を差し伸べているのだから。
ちなみに本作にはいわゆるモンスター・ペアレントと呼ばれる「ウチの子は悪くない」親なども登場するが、そういう親と子供は血こそ繋がっているが、その間に絆と呼べるものは全く存在していないものと描かれている。
人が人を信用する。信頼する。それによってしか生まれない絆で、ちゃんと人と結ばれることの大切さを、若いうちに知ることが大事なのだ。この映画は、任侠というちょっと特殊な世界を通すことにはなるけれど、それをキッチリ教えてくれるからすごいのだ。
ヤクザたちの改革がどんな結果をもたらすかは、実際に映画を観てからのお楽しみだから言わないでおくが、この作品を観て絆の大切さに関しては話し合うことができるのではないだろうか。とんでもなくエンタテインメントな作品だし、ある種のファンタジーともいえるけれど、描かれているテーマはまさに真実なのだ。

Movie Data

監督:木村ひさし 原作:今野敏 出演:西島秀俊、西田敏行、伊藤淳史、葵わかな、池田鉄洋、佐野和真、前田航基、葉山奨之、中尾彬、光石研、生瀬勝久ほか
配給:エイベックス・ピクチャーズ

(C)今野敏/(C)2019 映画「任俠学園」製作委員会

Story

義理と人情に厚すぎるヤクザ・阿岐本組。社会奉仕に目のない組長は次から次へと厄介事を引き受けていた。そんな彼らが、今度は経営不振の高校の建て直しに協力することに。だがそんな彼らを待ち受けていたのは、想像以上に無気力・無関心な高校生と事なかれ主義の先生たちだった。それでも義理人情の正義を貫こうとする阿岐本組の情熱に、学園内の空気は徐々に変わっていく…。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『人生、ただいま修行中』

何かを学ぶということは一朝一夕でできることではない。それには多くの時間と苦労を辛坊我慢することが必要となる。実際に学んでみれば、想像とは違う苦難がつきまとうことだってある。プロの世界になればなるほど、厳しい叱咤が飛ぶこともある。思わぬことで傷ついている自分に出会うこともある。

この映画はそういう「学ぶ」ことの様々な現実を、真正面からとらえていくドキュメンタリーだ。舞台となるのはフランスのパリ郊外にある看護学校クロワ・サンシモン看護学校。年齢も性別も出身地も宗教も違うが、看護師になりたいという希望を胸に集まった看護師の卵40人たちに150日間密着していく。それこそ手の消毒の仕方から始まり、注射の気泡の抜き方、心臓マッサージの仕方など、ありとあらゆることを学んでいく看護学生たち。その授業は時には笑いのあふれるようなもので、生徒たちもユーモアを持って臨んだりしている。

しかし実習段階に入ると、その笑顔はかき消されていく。本物の患者を相手にするということは生半可なことではないからだ。採血も点滴もギブスを外すことも全てがドキドキの初体験。看護される側だって、末期ガン患者もいれば、統合失調症や躁うつ病などさまざまな患者がいる。時には『死』と対応しなければならないことも。もちろん人を看る仕事を選ぶ以上は、ある程度のことは覚悟しているはず。けれども現実は想像を上回る。さらに対患者だけではなく、職場は仲間とのコミュニケーションも重要。そのコミュニケートがうまく取れない者、患者とトラブルになる者、上司の小言に耐えられない者……。本当にいろいろなことが起き、生徒たちはその現実にさいなまれていく。

監督のニコラ・フィリベールは、『ぼくの好きな先生』『パリ・ルーヴル美術館の秘密』など、傑作ドキュメンタリーを次々と生み出し、現代ドキュメンタリー最高峰の一人と言われているが、そんなフィリベール監督らしく人間の成長がつぶさにとらえられていて胸を打つ。もともと『人間はいかにして成長することを学ぶのか』というテーマに焦点を当て続けてきた監督だが、そういう意味ではこの作品は監督の真骨頂と言えるかもしれない。

この作品は看護師の卵たちが描かれているが、いずれ社会に出て働くということは、どんな職業であれ、同じような苦しみや痛みを味わうものだと思う。それでも「誰かの役に立ちたい」という情熱のもとに成長を続けていく人たちは美しいし清々しい。将来をいろいろ見据える時期にさしかかった、13歳以上のすべての若者に見てほしい作品だ。

監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベール 
出演:クロワ・サンシモン校の看護学生と指導官の皆さん
配給:ロングライド

(C)Archipel 35, France 3 Cinema, Longride - 2018

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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