2016.12.14
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『海賊と呼ばれた男』 実在の石油商の不屈の精神を描く

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、次々に困難に襲われても立ち向かった、実在の石油商の不屈の精神を描く『海賊と呼ばれた男』です。(当記事には一部、映画の内容が含まれています。)

厳しさと優しさ、大胆さと慎重さ、様々な面を併せ持つ主人公

驚くほど大当りした映画『永遠の0』。それと同じ原作者・百田尚輝の小説を、同じ山崎貴が監督し、主演がこれまた同じ岡田准一と聞けば、どう転んでも二匹目のドジョウを狙った、ヒットの法則に乗っかった作品に違いないと思うだろう。だがこの作品を観てみると、そういう嫌な「狙い」の匂いは感じなかった。むしろ岡田が演じあげた‍「店主」という男に、制作スタッフが魅了され、突き進んでいったら出来上がった、という作品に思えるものだった。

物語は「店主」こと国岡鐵造の生涯の中で‍最も大変だった出来事が、戦後をベースに時‍制をバラバラにして描かれる。そもそも国岡の人生は若い頃から危機また危機の連続だ。まず20代の頃、彼はこれからの燃料は石炭で‍はなく石油になると確信し、北九州の門司で石油業に乗り出す。彼に協力してくれた資産家からお金を借りて動き出すが、最初からそう簡単に彼と取引してくれる人がいるはずもなく、早くも倒産の危機に追いやられてしまう。だがそこで彼は起死回生の一手に乗り出す。陸では他の石油業との縄張り問題があるが、海には縄張りはないと、小型船に軽油を積み、自らも船に乗り込んで「国岡商店」の旗を掲げ、海で漁をする人達に直接に油を売りにいくのだ。ある意味画期的な商法であったが、半ば強引なこのやり方は他の石油商の反発を買い、「海賊」と呼ばれることになってしまう。しかしどんなことを言われても、店主はひるむことなく、毎日売りに出て、安い軽油を大量に売りさばき、会社を少しずつ大きくしていく。そしてその将来性の高さと何事にもひるむことなく困難にぶち当たる強さ。さらに社員達をまるで家族のように扱っていく深い愛情。厳しさと優しさ、大胆さと慎重さ、様々な面を併せ持つ店主は実に魅力的であり、その魅力に吸い寄せられるように従‍業員達も少しずつ増えていく。

しかし一難が去るとまた次の困難が襲ってくる。彼の大胆な手法は多くの敵、特に同業者からは敵視されやすいこともあり、様々なトラブルが降りかかってくる。

その中でも最大の危機は太平洋戦争後。まず石油を売る権利を剥奪されてしまったことだ。当時、石油は「石統」と呼ばれる石油統制会社が管理していたが、そこへの加入を拒否されてしまうのだ。そうなってしまったらもう石油は売れない。本業である石油を扱えなければ、もうどうしようもない。が、店主は ‍なんとそれでも社員達のクビを切ることはなく自宅待機させておく。そしてまたまた大胆な案に乗り出す。それは戦後の物資のない状況を見越したラジオ修理という新しい部門の開発だった。それで経営をしのぐが、そんな彼にさらなる使命が下る。

それは旧海軍が貯蔵していた油のタンクから油をすべて汲み出すというもの。それができないと海外からの石油を入れさせないとアメリカ軍が言うのだ。日本の将来のためにもどうにかしたいと考えた店主は、人足すらも逃げ出すような過酷な仕事を社員達に強いる。そして自らもその現場に足を向け、油まみれになりながら社員達を手伝うのだ。

その後、またまたさらなる危機を迎える国岡。それについては、ネタバレになりすぎてしまうので、劇場で楽しんでいただきたい。

何か犠牲を払ってでも、一つのことを成し遂げようとする姿に感銘

とにかく国岡の生き方を見ていると、その大胆な発想と実行力、そして不屈の精神に驚かされる。同時にすごいなと思えるのはその責任感。何かあれば自分が責任を取ると言い、すべて覚悟の上で荒波を乗り越えていこうとする。物事にはどんな些細なことであろうとも、何かするからには必ず責任の問題は発生する。店主はどんな些細なことであろうともすべて背負い込む。こういったリーダーだからこそ、色んな人がついてくるし、彼のためならひと肌もふた肌も脱ごうという仲間が現れてくるのだろう。

こんなリーダー、今の日本には何人いるのだろう。申し訳ないが、連日の様々なニュースを見ていると、責任逃れとしか思えないような言動をする人の方が多い。何かが起きた時に責任の所在があえてわからないようにしているのではないかと、勘ぐりたくなるようなことも多い。もっとしっかり責任を取る行為をしてくれれば、世の中、変わっていく気がするが、ずるく立ちまわろうとする人達があまりに多すぎる。そんなリーダー論についても考えさせてくれる映画なのだ。

しかもこの話、絵空事ではない。そもそも国岡にはモデルがいる。それが出光興産の創始者である出光佐三氏だ。出光氏がすごいのはやはり戦後。多くの会社が人員を整理して再出発をしようとする中、一千人もいた従業員をそのまま雇っていたという。しかも「黄金‍の奴隷になるな」「学問の奴隷になるな」「法律、組織、機構の奴隷になるな」「権力の奴隷になるな」「数、理論の奴隷になるな」 ‍「主義の奴隷になるな」「モラルの奴隷になるな」といい、実際に儲け主義ではない経営方針を貫いていったという。その他にも出光氏はたくさんの言葉を残しており、その功績は映画で描かれた国岡同様、素晴らしいものばかりだ。

この映画が面白いのは、色々すごいことを成し遂げた人であり、その事実も描いていくが、決して偉人伝という形ではなく、欠点も踏まえた人間臭い人物として描いている点だ。例えば、映画の中で店主はユキという女性を妻として迎えるが、仕事に熱中するあまり、家庭を顧みることをしなかったため、ユキは店主のもとを去ってしまうのだ。社員という擬似家族とはとても深い絆を紡げた店主ではあったが……。

一つのことを成し遂げようとすれば何か犠牲になる。仕方ないことかもしれないが、それも「責任」を背負ったものの宿命かもしれない。だからこそ、そんな「犠牲」を払ってでも何かを成し遂げようとする姿に感銘した。自分もそんな生き方をしたいと励みになった。個人的にはまさしく国岡の不屈な精神は見習うべきだと思う。何事も自分が諦めたらすべてが終わってしまうことを痛感させられた。生きている以上、人は頑張って生きていかなくてはならないのだ。

人は人の生き方を観て、色々なことを学んでいくもの。国岡の生き方を観てあなたは何を学ぶのだろうか。

Movie Data

監督:山崎貴/原作:百田尚樹/出演:岡田准一、吉岡秀隆、染谷将太、鈴木亮平、野間口徹、ピエール瀧、堤真一、小林薫ほか
(C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会
(C)百田尚樹/講談社

Story

主要燃料が石炭だった時代から、石油の将来性を見抜いていた国岡鐵造は、北九州の門司で石油業に乗り出す。しかし国内の販売業者や欧米の石油メジャーなどが彼の行く手を阻むことに。それでも型破りな発想と行動で自らの道を切り開いていく。しかし遂に石油メジャーに敵視され、石油の輸入ルートを封じ込められてしまうことに。国岡の運命は!?

文:横森文 

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』

魔法使いではない、人間のおじさんが冒険に巻き込まれる

この映画はあの『ハリー・ポッター』シリ ‍ーズのスピンオフ作品だ。ハリーが教科書として使っていた『幻の動物とその生息地』の著者ニュート・スキャマンダーが主人公という設定で、原作者J・K・ローリングが書き下ろした脚本を映画化したもの。ハリー達が生きていた時代よりも過去に遡り、しかも英国ではなく禁酒法時代のアメリカが舞台。

魔法生物学者のニュートがある理由で渡米する。ところが、捕まえて魔法のトランクに入れていた魔法動物を逃すというドジを踏んだことから、トラブルに巻き込まれていくというもの。怖い系から抱きしめたくなるようなキュート系まで、色々な魔法動物が出てくるあたりは、『ポケモン』など架空の動物達に惹かれやすい子ども達には最高に魅力的だろう。また、心に悪意や闇を抱えているとそれが化け物に変貌する可能性があるという設定も、無差別殺人等の凄惨な事件が起こる今の時代を象徴しているようだ。こども達にも、心の問題がいか‍に大切か、大変なことか、わかりやすく伝わることだろう。

しかも、この作品では初めて魔法使いではなく、人間のおじさんが冒険に巻き込まれる。魔法を使えない人を中心に置くことで物語に入り込みやすく、魔法に触れたがためにミュート達のことを忘れなければならなくなる切ないドラマが胸に迫る。忘れる哀しさは、さんざん色んなことを忘れてきた大人ほど身に染みるはず。小学生~中学生の思春期にさしかかり心の問題にぶちあたる子ども達には是非観てほしい。もちろん、大人もしっかり楽しめる作品に仕上がっている。

監督:デビッド・イェーツ/出演:エディ・レッドメイン、キャサリン・ウォーターストン、ダン・フォグラー、アリソン・スドル、エズラ・ミラーほか
(C)2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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